迷宮突破 ♯.2
会う度に鎧を変えているハルはその時々のクエストや倒しに行くモンスターに合わせているのだとばかり思っていた。
だから数多くの鎧を持っているのだと。
しかしそうではないことを知った。
必死の思いで頼み込んでいるハルの姿を見てしまうとここで言葉を挟むことは出来ないと感じてしまう。
「ちょっと待って。お願いだから頭を上げて」
突然見せるハルの態度に戸惑うリタは慌てふためいている。
「それ……NPCショップの鎧だよね」
マオが驚いたようにいった。
それもそのはず。正式稼働開始して二週間近くが経とうとしている最近では新たに始めたプレイヤーを除いてほとんどのプレイヤーは懇意にしている防具屋からプレイヤーメイドの防具を購入し装備している。
同じ程度の金額を支払ってまでNPCショップで装備を整える人は皆無だった。
「なんでそんな防具なの? ユウと一緒に次の町に行けるんだからお金が無いってわけじゃないよね」
「え、ああ……まあ」
どうも歯切れが悪い。
何か話したくない理由でもあるのだろうか。
「ハル君もβ経験者なのよね?」
「そうだ」
「だったらβの頃はどうしていたの」
ここではないもう一つの世界。
今は消えてしまった世界にいたのはここにいる俺以外の三人が同じ。そこで様々なことを試し、自分に合ったプレイスタイルを見つけ出した人も少なくはない。それがリタでありマオなのだ。ハルもまた自分に合った武器を探し、思考錯誤を繰り返したと聞く。その際、防具だけが初期装備のままだということはないのだろう。
だからといって今のようにNPCショップで買っただけでは何カ月も戦ってはこられなかったはずだ。
「えっと……」
口籠って話そうとしないハルの様子は人見知りとは違っているように見える。
まるで思い出したくもない何かを思い出そうとしているかのよう。
「話したくないのなら話さなくてもいいんだよ」
リタが優しい声で言った。
「いや、聞いてくれるか? それで俺に鎧を作るか判断してくれると助かる」
決意を込めた目を向けてくる。
長い話しになるという前置きに俺たちは皆近くにあった椅子に腰を下ろした。
ハルは一つ一つ慎重に言葉を選びながら話し始める。
「端的に言うと、嫌になったんだよ生産職の縄張り意識みないなものが」
どこか遠い過去を思い出すように宙を見つめている。
「縄張り意識? そんなものがあるのか?」
このゲーム内でも現実でも同様に初めて言葉として耳にした単語を繰り返す。
「うーん。認めたくはないけど、そんな感じのが無いとは言い切れないなぁ」
「そうだよね。もし私の店の隣に同じようなアクセサリショップが出来たら嫌でも意識しちゃうかも」
二人が揃って困ったような顔をして呟いた。
認めたくはないが、ハルが言うような感情が皆無ではないと自覚しているのだろう。
「でも、みんな似たようなのあると思うよ」
「違う……違うんだ。あの、あいつはそんなもんじゃない」
「どういうことだ?」
「二人の縄張り意識はある種真っ当なものなんだって俺も思う。それに、二人は隣に同系統の店が出来たとしてもその店や店の人に危害を加えようとは思わないだろ」
「そりゃあ、ね」
「当たり前だっ!」
苦笑して見せるリタと、心外だと言わんばかりに声を上げたマオ。二人の様子を見てハルはどこか安心したように肩を撫でおろしている。
「βの頃、俺は懇意にしていた防具屋がいたんだ。使っていた鎧はいつもそこで作っていた。けど、ある時問題が起きた」
俺がリタの防具屋で防具を揃えたように、ハルも自分の知り合いの店で鎧を作っていた。そんな単純な話ならこのようにハルの表情が曇ることはなかったはず。
そして過去に起きたこの問題こそが、現状ハルが鎧をNPCショップに頼っている原因になっているのだろう。
「あの時、俺はβの頃の仲間と一緒にモンスター討伐クエストに挑んでいたんだ。その時戦ったモンスターはプレイヤーの武器や防具を溶かす特殊攻撃を繰り出してくる奴だった。普通はその攻撃に当たらないようにするか、代わりになる装備をあらかじめ準備しておくものなんだが、困ったことに当時の俺はいくつもの武器を試していたせいで金が無かったんだ。ちょうど今のユウみたいにな」
「ほっとけ」
「で、準備が十分でもない状態で戦うことになった俺は当たらなければいいと考えたんだ。実際、装備を溶かしてくる攻撃は避けやすかったし、近くにある遮蔽物も多かったから問題なかった」
「でも、問題は起きたのよね」
「まあ、な。そう。問題は起きたんだ。一緒に戦っていた人を庇って装備を溶かすモンスターの攻撃が俺に直撃してしまったんだ」
率先して前に出ようとするハルが仲間を庇って攻撃を受けようとするのも容易に想像がつく。
「それがどうかしたのか?」
仲間を守ろうとすることの何が悪いのだろうか。話す口調からはその戦いで負けたという印象は受けなかった。だとすればハルの言う問題はこの後に起きたということになる。
「武器は無事だったんだ。でも、防具はもう使い物にならないくらいに溶かされてしまった。あの時はあれ以上防具を纏っていると俺のHPにまで影響を及ぼすまでになったから脱ぎ捨てるしかなかった。そうするしかなかったんだ」
誰にも見付からないように小さく拳を握るハルの表情は悔しさを堪えているという感じではなさそうだ。どちらかといえば後悔しているというように見える。
「そう……一緒のパーティに居たのね。その防具を作った本人が」
言葉尻を濁すハルにむけてリタが告げた言葉は的を射ていたらしい。
「一つ聞いていいかな? 二人は自分が作った装備を壊されたら、その場に脱ぎ捨てられたらどう思う?」
「私が作るのはアクセサリだから基本的に壊れるようなことは少ないけど……」
「そうだね。私は防具屋だからそういうことが起きないわけじゃないよ。でも、私は自分の作った防具が人を守ったのならそれで満足かな」
屈託のない笑顔を見せるリタの言葉はそれが本心から出たのだと信じられる。
リタの生産職としての心意気は俺も見習うべきところがある。そしてその心意気に感心しているのは俺一人では無かった。
質問を投げかけた張本人であるハルもまたリタの言葉に感心しているようだ。
「そっか。でも……あの人は違った。あの人は俺が防具を脱ぎ捨てたことが気に食わなかったらしくてさ。その戦闘が終わった後すぐにその人はパーティから抜けたよ」
自嘲気味に嗤ってみせるハルはどことなく落ち込んでいるようにみえる。
「そんなこんなでその時のパーティは解散。俺はライラ達と組むまでずっと一人、気ままなソロプレイヤーだったというわけさ」
初めて聞く話に俺は自分の知らないハルを垣間見た気がした。
「で、それがなんでリタに防具を作って貰いたいって話になるんだ?」
場の雰囲気を変えようと敢えて明るく振る舞って見せる。
性能的に限界があろうともハルはこれまで問題無くNPCショップの防具を使ってきた。それが突然リタに鎧の製作を頼み込むなどという事態に、どのような心変わりがあったというのだろうと思ってしまう。
「簡単に言えばユウのせいだな」
「は? 俺?」
「そうお前。オーガの戦いの時にも思ったんだけどさ、ユウが使っている防具は使用者に合うように作られているような気がするんだ」
そう指摘され、俺は自分の装備している防具を見下ろした。
確かに、ユウというキャラクターに合うように作られている気がする。システム上キャラクターに沿うように微調整されるとはいえ、元から合わせて作らないとこうはいかないだろう。新たに製作された左手用のアームガードもなんの違和感もなく装着されている。
「だから、新しく鎧を作るならユウの防具を作った人に頼みたいって思ったんだ」
力強く真っ直ぐな視線をリタに向ける。
βの経験から特定のプレイヤーに装備を作ってもらうことを避けていたハルがこの頼みを口にするのはそれなりの覚悟が必要だったのだろう。断られるかもしれない、昔と同じような事態が起きるかもしれないと不安が過ぎったことも一度や二度じゃないだろう。
それでもこのゲームをし続けるためには自分だけの専用装備というものは必ず必要になってくる。それを作るタイミングというのが今なのだと感じたということだ。
「もちろん必要な素材は俺が用意する。だから、だから作ってくれないか? 俺専用の鎧を」
突然舞い降りた防具製作の依頼を受けるかどうかを決めるのはリタ自身。
一週間後に迫るイベントの準備や元々受けていた依頼の品の製作。それらをこなすには時間が足りないようにも思える。そんな中で新たな鎧の製作など出来るのだろうか。
「いいよ。最優先で作ってあげる」
「ホントか!?」
「パーティ組むんでしょ」
「あ、ああ。勿論だ。素材はこれで足りるか?」
そう言ってハルはストレージから無数の鉱石とモンスター素材を出現させる。
床に積み上げられたアイテムを見て俺は感心するのと同時に呆れていた。万年金欠の俺からすればこれだけの数のアイテムがあれば売ってもっと所持金を増やすことが出来るのにと思ってしまう。
「これだけあれば十分だよ。凄い鎧を作るから、期待して待っててね」




