秘鍵が封じるモノ ♯.15『人形たちの王』
お待たせしました。今週分の更新です。
ギルド『黒い梟』のメンバー全員で挑むことになったこの戦闘の幕が開けたのは翌日になって、それも夜の十時半を越えてからになっていた。
理由としては特殊ボスモンスター出現の知らせが届いた当日では全てのプレイヤーが件の特殊ボスモンスターとは戦えないようになっていたこと。それに加えて俺たち三人の迷宮内に設けられた制限時間が迫っていたことが日を跨いでの挑戦になったワケだ。
そして、集合時間が十時を越えていた理由は単純に今日が平日でギルドメンバーの大半が学校や会社があり朝や昼にはログイン出来ないことがあげられる。
斯くして俺たちが湖のある階層に集まった頃には十時二十分になっており、現実の時間と迷宮の制限時間を考慮しても今日挑戦できるのは残念なことに一回。明日無理矢理時間を作ったとしてもあと一回出来るかどうかとなっていた。
各自ログインする前に少し調べた情報を照らし合わせた結果、この特殊ボスモンスターはプレイヤーがいる全ての階層に出現しているが、その姿形はバラバラ。
ボスモンスターのように複数のHPバーを有しているものもいればそうでないものもいる。
しかし共通していることもある。それは特殊ボスモンスターが総じて挑んでいるプレイヤーのレベルを参照かのしたように高レベルであったということ。
全てのパーティ、全ての階層で相手が高レベルということに疑問を抱いたことでいくつかの戦闘報告に目を通した結果、それは戦っているパーティに参加しているプレイヤーの最大レベルと同等であることが解った。
これを考慮すると俺たちが戦うであろう特殊ボスモンスターの強さはギルド内で最もレベルが高いボルテックを参照して92ということになるようだ。
ランクではなくレベルを参照されていることは良かったのか悪かったのか解らないが、現実問題として俺の今のレベル71よりも二十近く高いモンスターと戦わなければならなくなったというわけだ。
「とはいえ、相手との相性次第だと思ってたんだけどなぁ」
レベル差を覆す為の創意工夫。それがプレイヤーが持つ最大の力なのだと俺は思う。工夫するためのスキルであり、アイテムや装備品なのだ。
だが、眼前にいるそれは戦力の予想という意味では不可能に近い存在のように見えた。
「特殊ボスモンスターだとしても特殊すぎるだろ……」
がっくりと肩を落とす俺の隣にいるのは竜化したアラド一人。
他のギルドメンバーは総じてこの湖を囲むようにして複数のグループに分かれて待機している。
湖の四方、東西南北に分かれどのような特殊ボスモンスターが出現しても良いように待ち構えていたつもりだったが、それにしても実際に現われたそれは異様の一言に尽きる。
まず一つ。特出すべきはその数。
俺たちは十一人。それに対し現われた特殊ボスモンスターは百体近くいるようにすら思える。
だが、俺の想像が正しければ百体全てが特殊ボスモンスターではないはずなのだ。何せ特殊ボスモンスターが複数現われたという情報は一つとして目にしていないのだから。俺たちだけが複数体の特殊ボスモンスターに出くわしたなんてことは無いはずなのだ。というかそう信じたい。
加えてもう一つ。湖の水面に波紋を立てながら浮かぶ百体ものモンスターはまるで互いをコピーしあっているかのようにある一点を除き同じ形をしているのだ。
歪み一つ無い球体が頭部のように、その下にある胴体は正八面体。手足は無いがそこに唯一の違いがあるとすれば、右手となる場所にシンプルな剣や槍、盾や杖が備わっている。
それら全てが透き通る結晶のような体をしており、一様に無機質な輝きを発していた。
これらのモンスターが立っている場所は湖の上。
俺の記憶が間違っていなければ昨日、アラドは竜化してまでこの湖に潜っていたはず。つまりこの湖は潜水することが可能なほどの深さがあり、それは今も同じはず。
「あのモンスターたちは浮かんでいるってことなのか」
正八面体のしたに立つ波紋はあのモンスターが水面に浮かんでいる証拠。ならば俺たちは自ら水の中に入らない限りこの湖の外側から攻撃するしかない。
それでは圧倒的に自分たちが不利になる。
そんな俺の呟きを耳にしてアラドは平然とした様子で湖に片足を付けていた。
すると驚いたことに竜化しているアラドの右足は湖の水面をしっかりと踏みしめ、そのまま湖の上に乗ってみせた。
「どうやら問題はねェみてェだな」
「ああ。それに他の人たちも問題ないって思ってるみたいだ」
「何で解る?」
「や、連絡がないってのは無事な証ってよく言うだろ」
フレンド通信も無く、メッセージも送られて来ない。
これで会話できるくらい近くにいるのならばなんらかのアクションがあったのだろうが、今の俺たちは四つのグループに分かれ湖を囲み散らばっている状況だ。
「でも、あの全部が同じ高レベルかと思うとゾッとするな」
「ハッ」
考えたくはないものだと声に出した一言にアラドは不思議と笑った。
竜となった顔の奥にあるアラド本来の表情は読み取れないが、忙しなく繰り返される手の握り締めはこの状況を歓迎しているようにすら見えるのだ。
「そろそろ始まるみたいだな」
自動的に出現したコンソールに記されているデジタル時計の表示は刻一刻とゼロに向かっている。
このカウントダウンがゼロになった時、その瞬間こそがこの戦闘の幕が開く瞬間。
「動いたッ」
嬉々とした声で叫ぶアラドが真っ先に飛び出した。
俺はその後に続きモンスターの群れの中へと飛び込もうとして止まった。
百体ものモンスターの中心に、他とは違う一際巨大な同種のモンスターが出現したのだ。
「まさか…あれがこの階層に出る本来の特殊ボスモンスターなのか」
思わず口から出た問いに答える人はいない。
今回の作戦を立てる時、まず最初に議題に上がったのがどのような特殊ボスモンスターが現われるのかということ。結局結論は出なかったとはいえ、その方向性は割と絞ることが出来た。
まず、俺たちの場合では――いや他の人でも同様だが――プレイヤー側の人数が多いと想定される今回の戦闘では戦うべき相手モンスターのサイズがそれなりに大きいと推測される。でなければ多人数では一体のモンスターを相手にする際に戦い難いという問題が生じてくる。だから必然的に対峙するモンスターは巨大になってくるはずなのだ。
それを解っていながらも驚いたのは、百体も現われた特殊ボスモンスターが大きさではなく数で多くのプレイヤーを迎え撃つのだとばかり思っていたからだ。
しかし違った。
現われた巨大な一体こそが本来の特殊ボスモンスターであり、その周囲にいる百体はその一体に付き従っているだけに過ぎない。
咄嗟にそう思い至ったのは特殊ボスモンスターの姿が他の百体と似通っている部分が多かったからだ。
球体の頭部に正八面体の体。違うのはその背にジグザグに折れ曲がった鏡のようなマントが備わっている。手の中にあるのはただの杖ではなく身の丈ほどもある大樹のような杖。
ただ、それまでもが透明な結晶で出来ているのには驚きだったが。
【パペット・キング】
それが最後に現われた本来の特殊ボスモンスターの名前。
そして、その周囲にいる百体。
中でも剣を持っているのが【パペット・ポーン】。槍を持っているのが【パペット・ナイト】。盾を持っているのが【パペット・ルーク】。杖を持っているのが【パペット・ビショップ】というようだ。
百体の内、パペット・ポーンが占める割合が最も多く、次にパペット・ナイトとパペット・ルークがほぼ同数。パペット・ビショップはそれよりも少ないがそれでも十体以上は確認できる。
「おっと、危ないなっ」
パペット・キングの出現に一瞬足を止めたがそれでもと前に踏み出した。
すると近くのパペット・ポーンがその剣を振り下ろして来た。
幸いにて当然、今の俺もアラドと同じように竜化している。そのためパペット・ポーンの攻撃は容易く回避することが出来る。その上で反撃することもだ。
剣形態のガン・ブレイズを振り抜き目の前のパペット・ポーンを切り裂く。
胴体に刻まれた傷は深く、細かな結晶の粒子が舞う。
一瞬にしてHPを全損したのだろう。俺の攻撃を受けた一体が目の前で砕け消えた。
「次ッ!」
直ぐさま切っ先を別のパペット・ポーンへと切り替える。
そして攻撃を繰り出し、倒す。
山のようなモンスターを前に俺は今一度大きく息を吸い込んだ。
「オラァァァァアアアアアアアアア!」
アラドの叫び声が聞こえる方を見ると複数のパペット・ポーンが宙を舞っていた。
上下左右、縦横無尽に繰り出される爪撃によって次々とパペット・ポーンが消滅していく。
それは俺たちと離れ戦っている他の仲間たちの場所でも同じだ。
一人ではないのだから孤軍奮闘というのは違うと思うが、百体近いパペットモンスターたちを相手に絶えず優勢な戦いぶりをみせている。
恐らくパペット・ポーンよりも強いであろう他の三種を相手にしてもそれほど変わらぬ討伐速度を維持しているのも流石と言うべきだろう。
「俺も負けていられないな」
俺の前に飛び出してきた盾を持つパペット・ルークをその盾ごと蹴り飛ばし、背後から迫る槍を持つパペット・ナイトを切り飛ばす。
飛んでいくパペット・ナイトに巻き込まれるように倒れた他のパペットモンスターも範囲攻撃のアーツ<サークル・スラスト>を使用して一掃する。
目に見えて数が減ったパペットモンスターの奥に佇む巨体。パペット・キングが未だ動かないことに一抹の不安を抱きつつも、今は目の前のことに集中すべき。そう思ってガン・ブレイズを使い目の前のパペットモンスターを倒していったのだが、それだけではこの戦闘が終わることがないことも十分に理解していた。
真に倒すべき相手であるパペット・キングは未だ傷一つ付いてはおらず、不気味にそこに存在し続けているのだから。
「けれど、これだけ数を減らすことが出来たなら――」
全員の力を総動員しての掃討戦は自分たちの当初の予想を裏切り少しの時間で好転した。
それにはパペット・キング以外のパペットモンスターのレベルが予測していたよりも低く倒すことが容易だったことが関係しているのだろう。
やはり自分よりもレベルが高いのはパペット・キングのみ。そして他のパペットモンスターを倒したことで出来た僅かな空間こそが俺たちとパペット・キングが戦う舞台となる。そう作られたモンスターだということなのだろう。
そんな風に考えていた俺を容易く裏切る出来事が起こった。
「なにっ!?」
俺たちの手によって倒されていたはずの多くのパペットモンスターがパペット・キングが杖を天高く掲げたその瞬間に復活したのだ。
「まさか…パペット・キングを倒さない限り延々と復活を繰り替えすってのか」
俺の呟きに返ってくる声は当然、無かった。




