表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/683

三つ巴の争奪戦 ♯.31『ヴェノム・キメラ・ヴァンパイア』

お待たせしました。今週分の更新です。

 MPの弾丸に貫かれ、影の竜爪によって抉られ、肥大した猪の突進を一身に受け、風の刃と無数の魔法によって撃ち抜かれながらも毒の吸血候は未だその存在感を強くしていた。

 攻撃を受ける毒の吸血候の体から舞い散る黒い霧は刻一刻と禍々しさを増し、辺りに重々しい雰囲気を漂わせていく。


「攻撃が来ます、避けてください」


 俺とアラドが竜化を果たしてから攻勢に出ていたのだが、次第に戦況は拮抗し始めていた。

 その証とも言えるのが、俺たちの攻撃の最中に繰り出されるようになった毒の吸血候の反撃。

 こちら側が完全な優勢の時は毒の吸血候は防御一辺倒であり、防御の最中、稀に発動される回復技もアラドとシシガミを除くこちら側のプレイヤーの手によってどうにか妨害することに成功させていたのだが、この黒い霧が充満してからというものそれすら芳しくはない。

 あからさまに失敗するというわけではないとはいえ、毎回微量の回復を許してしまっているのだ。


 それに加えてこの攻撃である。

 正直に言えば、この攻撃の脅威度はそれほど高くない。

 毒の吸血候の反撃はたった一種類であり、それも黒い霧を固め捻じれた角のを撃ち出す、いわばプレイヤーが使う初級魔法の『魔法の矢』に相当する程度の攻撃だった。

 プレイヤーが使うそれは一度に多くの矢を撃ち出すことで威力と範囲を高めるという魔法なのだが、毒の吸血候が撃ち出すそれは俺たち一人一人に一発ずつという少ない弾数の魔法を的確に当てるという代物だ。

 的確なのは脅威足り得るが、反面回避や迎撃しやすいというこちら側の利点も存在する。

 今も少し離れた場所から魔法を放っているリンドウたちの声を合図に空中に角が出現した瞬間に注意を僅かに空へと向けた。


 ドスッ、ドスッ、と相対している人数分の角が地面に突き刺さる音が聞こえてくる。

 咄嗟に軸を変えた俺の足元にもそれは深々と突き刺さっている。


「今ですっ」


 もはや何度目になるか解らない合図と共に、俺たちは攻撃を再開した。


「ヌ、オオオオオオオオオオオオォォォォ」


 凄まじい咆哮を上げながらシシガミがその体を毒の吸血候へと打ち付ける。

 瞬間、凄まじい衝撃が辺りを吹き抜けた。


「任せてくれ!」


 高く跳びそう宣言したムラマサが握る一振りの刀を垂直に振り下ろす。

 迫る突風をムラマサが放った風の斬撃が両断した。

 俺たちまでをも飲み込もうとする風は消え、生じた静寂の中をアラドが静かに駆けた。

 身を屈め、両手を構える格好のアラドはどこかの肉食獣の如く。実際に竜と化している今、その印象はあながち間違ってはいない気もするが。


「喰らいやがれェ」


 左右から挟み込むようにして放たれた影の爪撃は毒の吸血候の体を引き裂いた。


「……ぐがぁっ」


 シシガミの巨体を打ち込まれた時よりも大きな呻きを上げ、毒の吸血候は膝を付いた。

 体のいたる所からボタボタと血のように零れ落ちるのは闇のような液体。黒く粘性のあるコールタールのような染みが地面に広がっていく。


『うわぁ……けっこうエグいですねー』

「全年齢対象なんじゃなかったのか?」

『流血じゃないのでセーフなんじゃないですか?』

「あー、でも随分とあやふやな基準だな」


 脳裏を過るフラッフの声に律儀に返事をしながら、俺はガン・ブレイズの銃口を毒の吸血候へと向ける。


「<アクセル・ブラスト・バースト>!」


 放った速度特化の射撃アーツが描く軌跡は威力特化の射撃アーツに比べて細く、発射から着弾までのタイムラグが殆ど無いという代物だ。それに加えて威力特化の射撃アーツの時にはまだかろうじて弾道を視認できていたが、速度特化の射撃アーツの時には到底無理だった。見えるのは宙に残る光の残滓のみ。

 それでもこのアーツが与えられるダメージは確かなもので、膝を付いた毒の吸血候の肩を見事に貫いていた。


 HPの半分近くを失った毒の吸血候が憎々し気な視線を俺に向けてきた。

 そして次の瞬間、足元に広がっていた粘性の高い地面の染みが沸騰し、蒸発し始めたのだ。

 ボコボコ泡立つ染みから立ち込めるのはこれまでにも周囲に漂っていたのと同様の黒い霧。これまでと違うのはただ一点。黒い霧がべたべたと肌に張り付く感覚を与えてくることだ。


『うぅ、気持ちが悪いです』

「んん? フラッフも感覚があるのか?」

『当たり前じゃないですかっ! 今のわたしとマスターは一心同体なんですよ』

「ああ、それはなんとも」


 自分でも感じているこの霧の気持ち悪さを共有している相手がいることに喜ぶよりも前に、フラッフの現在の状態を憐れんでしまっていた。

 ベタベタとした感触を与える霧のなか、僅かながらも動きを阻害されることを危惧した俺は思わず自分の体を確かめることにした。

 腕を触り体を触り、脚に顔。最後にガン・ブレイズを。

 鎧を通して指先に返ってくる感触はベタベタとしたものがあったが、不思議とそれを行う動作自体には何の影響も及ぼされなかった。


『なんか妙な感じですねー』

「確かに。肌や指の感覚と実際に動きに差が在り過ぎるな」


 滞りなく動けそうな自分に戸惑いを受けながら、頭の中に響くフラッフの声に応える。


「まあ、アラドやシシガミは一切気にしてなさそうだけどな」

『ですね』


 呆然と見つめる俺の前で、毒の吸血候とアラドとシシガミの戦いは苛烈さを増していく。


「オラァ!」

「小賢しいッ」

「貴様こそ。黙って受けるがいい!」


 左右からの攻撃を受けても怯まない毒の吸血候になおも二人は攻撃を繰り出す。


「ぬ、ぐおおおおおおおっ―――――――ツッ―――――――」


 いよいよ追い詰め始めたアラドとシシガミの前で呻く毒の吸血候は自身から舞い広がる霧のなか、怪しく浮かび始めた。

 突発的な変化を目の当たりにしながらも攻勢を緩めない二人の姿は頼もしく感じられた。だが俺がそれよりも気になったのはそんな二人が毒の吸血候を攻撃してHPを減らすたび辺りに漂い増えていく黒い霧。

 俺の見間違いでなければ、徐々にその黒い霧は色の濃さを増している。


「ダメージは通っているんだよな?」


 思わずそんなことを口に出してしまうくらい、宙に浮かんでいる毒の吸血候は表情や感情のようなものが消失してしまっているかのように見えた。

 これまでの毒の吸血候に見られた自我のようなものが失せ、ただ宙に浮かぶ物言わぬ不気味なモニュメントと化してしまっているかのようにも。


『どうしたんですか? 今がチャンスですよ』

「あ、ああ。そう…だよな。分かっているさ。<インパクト・ブラスト・バースト>」


 フラッフの声に促され、射撃アーツを発動させる。

 使用したのは威力特化。動きを止めた毒の吸血候に対して弾速を追求した射撃アーツを使う必要性が感じられなかったからだ。

 放たれた弾丸は極太の光となって毒の吸血候を飲み込んでいく。

 俺たちの攻撃によって着実にHPバーは減少を続けている。しかし、それだけだ。

 変な感覚にも思えるだろうが、これだけのダメージを与えてもなお、勝利に近づいている実感が得られないのだ。


「妙だね」


 風を纏いふわりと降りてきたムラマサがぽつりと溢したその一言に俺は黙って頷いた。


『何が妙なんです? この調子なら勝てそうだと思うんですけど』


 フラッフが言うようにこのままダメージを積み重ねていけば毒の吸血候を倒すことは出来る。ゲームのシステム上それは間違いない。

 しかし、それならば拭い去れないこの得体も知れぬ不安は何だというのだろう。

 無言で動かない毒の吸血候を見つめる俺にムラマサが近付いてくる。


「どうかしたかい?」

「あ、いや。そうだな…なんて言うか、ムラマサも感じているんだろう? なんか変だ」

「んー、それは毒の吸血候のことかな?」

「このタイミングでそれ以外になにがあるって言うんだよ」

「それもそうだね」


 苦笑するムラマサは抜き身の刀を掲げたまま、視線を攻撃を受け続ける毒の吸血候へと向けた。


「それに、こうして撃ってもリアクション一つしないってのも変な感じがしてな」


 繰り返し放つ威力特化の射撃アーツを受けても平然としているように見える。俺にはそれが不気味に思えて仕方ない。


「んー、確かに、もうそろそろ何か動きがあってもおかしくはないかも知れないね」


 刀を振り、風の刃を放ち毒の吸血候に大きな切り傷が刻まれた。

 だが、それすら何も感じてはいないかのように黒い霧を撒き散らし続ける毒の吸血候に対する違和感に手を止めたのは何も俺だけではなかった。

 ムラマサが刀の切っ先を下げ、リンドウたちは魔法を放つ手を止めた。

 アラドとシシガミは変わらず攻撃を続けているが、僅かにその攻撃の手を緩めたように思える。実際に攻撃の回数こそ変わらないが、影を併発させる竜爪の攻撃や肥大化した体を全力で体当たりする攻撃は控えているようだった。

 それでも与えられているダメージは変わらない。それはまるで毒の吸血候の防御力が減少してしまっているかのよう。


「変化、か」

『どうしました?』

「いや、ムラマサの言うことも尤もだと思ってさ」

「んー、どうかしたかな?」


 ダメージの通りが良くなったと言えば喜ばしいが、この現状、敢えて自らダメージを蓄積させているようにすら見えるのだ。


『あのぅ、なんか霧が濃くなってません?』

「や、今更だろ。さっきからこんな感じ――」


 ダメージを受ける度に増えていた黒い霧。それは何かの演出のようでもあり、毒の吸血候が受けているダメージを現す表現とも取れた。

 だが、実際に黒い霧の用途は不明とはいえ無秩序に萬栄しているだけとは到底思えない。


「何かが起こりそうだね」

「何かって、なんだよ」

「さあ?」


 何故か楽しそうに言うムラマサは完全に攻撃の手を止めてアラドとシシガミが攻撃を続けている毒の吸血候を注視している。

 暫くすると徐々に広がっている黒い霧が渦を巻き、その中心にいる毒の吸血候へと集まり始めた。


「これが変化なのか?」

「んー、どちらかと言えば、その兆しなのかもしれないね」

「兆し? ってことは――」

「うん。本当の変化はこれからだということだね」


 遂に攻撃の手を止めたアラドとシシガミの狭間で毒の吸血候に吸い込まれていく辺りに充満している黒い霧。

 竜巻のようになったそれが及ぼす影響は、不思議なことに俺たちには何もなかった。

 いや、正確にはそれまで感じていた体に霧が纏わりつくかのような感覚が消えたのだ。

 妙に快活な気分になった自分に反して、黒い霧を取り込んだ毒の吸血候は全身を黒く濡らし怪しげな光沢を放っている。


『あのぅ、マスター』

「何だ?」

『今の内に攻撃をしたらダメなんですか』

「あー、多分無駄だろ。こういう時は大抵ダメージを受けないようになっているはずだからさ」

『そういうものなんですか?』

「そういうもんなんだよ。ま、いわゆるお約束ってやつだな」


 そして頭上に浮かぶHPバーが歪み出す。

 今や三分の一以下にまで減少していたそれは毒の吸血候の本体と同様にピシッという亀裂音を発生させ、その後に続いて毒の吸血候の体を覆う黒い外殻が剥がれ始めた。

 ボロボロと零れ落ちる外殻は地面に落ちた瞬間に消え、遂に人の形を成していた毒の吸血候の体すらも崩壊させていく。


 腕が落ち、体が崩れ、顔が割れる。

 そして全ての黒い霧が毒の吸血候に吸収され、全身を覆っている黒い外殻が剥がれ落ちたその瞬間、その場に居たのは人の形を棄てたモンスター。

 黒く光沢のあるゴムのような蛇の体。細く長い鼠の尾。そして全身にある三対六翼の蝙蝠の翼。

 三つの要素を併せ持つ空に浮かぶ巨大な合成(キメラ)モンスター。

 それが今、完全に顕現し大地を揺るがす咆哮を上げた。


『あ、あああ、あれは何なんですか!?』

「さあな。おおかた毒の吸血候の本来の姿とかなんかじゃないか」

「そうだね。あのモンスターの名前を見る限りはユウの予想の通りだと思うよ」

「名前か」


 目を凝らし、現れた合成モンスターの頭上に浮かぶHPバーとその上にある名称を見る。


【ヴェノム・キメラ・ヴァンパイア】


 ロードが消え、代わりに追加されていたキメラの文字。HPバーには鎖が巻き付き、それが残り僅かなHPの減少を塞き止めているように見えた。

 あからさまな変化を果たした毒の吸血候はこの場に居る俺たち全員に向けて威嚇を放っている。


「それにしても、何なんだろうね、あのHPバーの表示は」

「分からない。俺も見たことは無い状態だ。シシガミたちなら何か知っているかもしれないけど――」

「んー、話を聞けるような状態じゃなさそうだね」

「みたいだな」


 ヴェノム・キメラ・ヴァンパイアがその身をくねらして俺たち全員に向けて体当たりを繰り出してきた。

 空からの急襲を避けるべく俺は回避できそうな場所を探した。

 上から来る相手に下がることは意味を成さず、横に避けようともあれだけの巨体だ、回避しきれる保証はない。

 下がっても横に跳んでも駄目となれば、俺が選べる選択肢は一つ。


「ムラマサ! 俺たちも跳ぶぞ!」

『え!?』

「分かった!」

『分かっちゃうんですか!?』


 脳裏に響くフラッフの声を無視しつつ俺は全力で跳んだ。

 突風を纏い足元を通り過ぎていくヴェノム・キメラ・ヴァンパイアを見送りコンソールを呼び出した。


『何をするつもりなんです?』

「さっきの戦闘で受けたダメージを回復するんだ」

『え?』

「何を驚く? あのモンスターが変化したせいで仕切り直しになるみたいだからな。良いタイミングだと思うが」

『いえ、そうではなくてですね』


 何故か言い淀むフラッフをまたも無視して俺はストレージから取り出したポーションの瓶の栓を外す。そしてそれをそのまま口にまで持っていったのだが、


『アイテムの使用制限は解除されてませんよ』


 カツンっという音を立ててポーションは顔全体を覆っている兜に当たり止まった。


「最初に言ってくれ。っていうか竜化は改善したんじゃないのか!?」

『だからMPの自動消費が無くなったんですよ』

「本当にそれだけだったのか……」

『あ、あと、使用回数も増加してますよ』

「ああ。そうだったな」


 妙な脱力感を感じつつ、俺は栓の開いたポーションを再びストレージに仕舞った。

 ゲームの世界なのだ。栓を開けただけならばまだ使えるかもしれないと勿体なく思ったのは秘密にしておこう。


「さて、仕切り直しみたいになったとはいえ、与えたダメージは回復してはいないんだ――」


 体勢を整え着地した俺はそのまま視線と銃口をヴェノム・キメラ・ヴァンパイアへと向けた。


「……ここで倒しきる。<インパクト・ブラスト・バースト>」


 自分に言い聞かすように呟き、威力特化の射撃アーツを発動させる。

 放たれる光はヴェノム・キメラ・ヴァンパイアに命中するもそのHPを減らすことは無い。その代りHPバーに巻き付いている鎖の先が砕け散った。



今回は戦局の大詰め。予定では次回でこの戦闘が決着するはずです。……するといいなあ。いえ、します、させます。


本当ならば毒の吸血候からヴェノム・キメラ・ヴァンパイアへの変化に加えその討伐までを一話に纏めるつもりだったんですが、書いていくうちに分けたほうがしっかりヴェノム・キメラ・ヴァンパイア戦を書けるのではないかと思ってしまったんですよね。


作者の趣味なのかボス戦は例によって数回に及ぶ変化アリになっていまうんです。というよりもボスモンスターとの戦闘が純粋にHPの削り合いだけというのは味気無く感じるんですよ。


まあ、実際のゲームのイベント戦で変化が多いのは面倒だと思うのも分かるんですが。書き物にした場合、面倒な方が楽しいんですよね、自分が。


というわけでまたも次回に続くになってしまったのですが、どうかご容赦を。必ず来週にはこの続きを更新しますので。


というわけで今回の謝辞を。

いつも読んで下さりありがとうございます。ブックマークや評価も大変うれしく思います。


では、次回の更新も金曜日。

ブックマークや評価もお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ