三つ巴の争奪戦 ♯.28『不自然』
お待たせしました。今週分の更新です。
「んー、中々強引な攻撃だね」
モクモクと空へと伸びる土煙を眺めるムラマサが苦笑いを浮かべつつ呟いた。
沼から現れた鼠の自爆攻撃すら無視した突進を毒の吸血候へと繰り出したシシガミはあの煙の中にいるのだろう。そして突進を正面から受けたであろう毒の吸血候と巻き込まれるような形になったアラドも。
「呑気なこと言ってる場合か!」
立ち尽くすムラマサに俺は慌てて声を掛けた。
忘れてはならないのだ。シシガミたちは所持している回復アイテムの殆どを使用してしまっているということを。その為に俺がフラッフとリリィを向かわせなければならなかったことを。
「分かっているともさ。けど、少なくともアラドは無事なはずだ。ユウも見えているのだろう。アラドのHPバーの残量はね」
視界の左端にある自身のHPバーの下に連なる二つのHPバー。それはパーティを組んでいるムラマサとアラドのHPの残量を現すものだ。
この僅かな時間の戦闘で受けたダメージを今も継続して自動回復している俺のHPバーは少しずつ右に動き、現在ダメージを受けたり回復をしているわけではないムラマサのそれは微動だにしていない。ならばアラドはどうだ。俺の視界に映るアラドのそれはシシガミの突進を受けた瞬間、多少の動きを見せたものの、今は変化が無い。
それはすなわち、無事であることの証明とも言えるのだ。
「だから、俺が心配しているのはシシガミの方だ。忘れてはいないんだろう? シシガミは今――」
「それこそ無用な心配というやつさ。見てみるんだ」
とムラマサはフラッフとリリィが向かった先、そこでHPの回復に努めているリンドウたちの方を指差した。
「彼女たちは微塵も焦ってはいない。オレたちがアラドの現状を把握できているように、彼女たちもシシガミの現状を把握しているということなのだろう。少なくともHPに関しては問題無いはずだよ」
などと話している間に立ちこんでいた土煙が晴れ始めた。
煙の中から現れたのは絶えず闘争心をむき出しにしたシシガミと、巻き込まれて若干不機嫌そうな表情を浮かべるアラド。そして、その奥で平然と立っている毒の吸血候。
「まさか少しもダメージを与えることができなかったってのか?」
「そんなはずはないさ。ダメージを受けていないように見えているだけだろう。ほら」
鬱陶しそうに服に付いた土を払う毒の吸血候だが、その頭上に浮かぶHPバーは減少を見せていた。
その事実は俺たちの攻撃が確かに通用する証であるように思え、知らずのうちに俺のなかに闘志が漲ってくるかのようだった。
さらに、ダメージを受けた毒の吸血候のHPバーはこれまでに戦ってきたどのモンスターとも違う変化も現れていた。
通常ダメージを受けた場合はHPバーの中にある緑色のラインのみが減少する。そして半分を切ると黄色く変わり、二割を切るくらいで赤く色が変わるのだ。
その時HPバー自体には変化は現れず、最大HPの量に問わずフレームの長さは一定のまま。仮に数字で表すならばY/Xのように、最大値であるXの部分は変化はない。
この最大値を増やす方法はレベルアップやスキル、装備品のように多岐に亘るが、戦闘中、それもダメージを受けてから変化する等ということは聞いたことがない。
そう、俺が毒の吸血候にダメージを与えられなかったのかと錯覚したのはこの最大値ごと毒の吸血候のHPが減少していたからだ。
最大値が現在値に変動する以上、毒の吸血候のHPはある意味常に全快状態を維持しているとも言える。
勿論そんなことは先んじて戦っていたアラドやシシガミたちが気付いていないはずがない。なのに何故それを伝えようとすらしなかったのか。そのような疑問が脳裏に過った刹那、毒の吸血候がサッと手を空に掲げた。
「アレは…?」
「拙いっ! 全員、迎撃開始っ!」
突然空に現れた一メートル近いサイズのコウモリに首を傾げる俺の視線の先で、シシガミが指示を飛ばしていた。
シシガミの指示に促されるまでもなく、リンドウたちは空にいるコウモリに目掛けて攻撃を放った。
魔法、飛ぶ斬撃などそれぞれが有する遠距離攻撃アーツを惜しみなく放つ。そうして撃ち落とされたコウモリは地面に辿り着くまでもなく霧散し消滅していった。
「オイッ、オマエラもぼさっとしてンじゃねェ!」
アラドもリンドウたちと同様に空にいるコウモリを大剣から伸ばした影の腕を操り羽虫のように潰していく。
「ちょっと待てくれ、アラドはあのコウモリのことを知ってるのか? 毒の吸血候を無視してまでも倒さなきゃいけないってのか?」
「んー、おそらくだけど、あのコウモリは毒の吸血候の体力回復手段なんじゃないのかな? それならアラドたちと戦っていた割に体力が多く残っていたのにも納得ができる」
ムラマサは自身の考察を告げながら風の刃をコウモリに放つ。
俺もガン・ブレイズの引き金を引き、手当たり次第に撃ち落としていく。
次々と両断し撃ち落とされていくコウモリの他にも炎上し墜落するコウモリ、叩き潰されたり、魔法によって貫かれたりと散々に思えるが、それでも全てのコウモリが消えたわけではない。討ち漏らされたコウモリは毒の吸血候の手の中に収まった瞬間にその姿を変貌させた。
「ふぅむ。残念だったな」
小さなガラス玉のようになったコウモリを一飲みにすると毒の吸血候の減少していたHPが元に戻ってしまった。
「消えるがいい」
さっと手を振りながら発せられたその一言を合図に空にいた全てのコウモリが一瞬にして消えた。
「さて、攻撃再開といこうか」
ふわりと浮かび上がった毒の吸血候が俺たちを見下ろしながら告げる。
この時、どういうわけか俺は毒の吸血候が纏う雰囲気が一変したように感じられた。先程よりも重く、淀んだ空気が辺りに充満したような。
「踊るがいい」
その言葉の意味は半ば強制的に理解させられた。
足元から飛び出してくる紫色の棘。
色を見るに先程の蛇や鼠と出所を同じくしたものだろうが、今、俺たちの足元には沼も水溜まりも何もあい。
「――っ。このっ、避け辛い攻撃だな」
文句を言いながら俺は棘の合間を縫って回避を続けた。
毒の吸血候の放つ攻撃の傾向からしてもあの棘に触れることは愚策なのは今更言うまでもない。
そんな俺の予想を肯定するかのように、自爆する鼠すら無視していたシシガミがその巨体を器用に操り棘を避けていく。
リンドウたちはそれぞれ協力し合いながら棘を避ける中、アラドは驚いたことに大剣で足場を作りながら立体的な機動を披露した。
ムラマサは纏う風の力を使っているのかアラドよりも自在に宙を駆けている。
「次だ。降り注ぐがいい」
鋭い紫色をした鏃が雨のように降ってきた。
思い起こされたのは毒の吸血候が最初に繰り出した蝙蝠の雨だろう。だが、今回のそれは蝙蝠なんかよりも明らかに殺傷力が高い攻撃だ。
一ヶ所に立ち止まり迎撃することは不可能。とはいえ、何もしないままでは全身を貫かれて敗北。
盾のアーツを使おうにもこの距離では守ることが出来るのは自分の身だけ。
(駄目だ。全員を助けられる方法が――無いッ)
唇を噛みしめて自分の無力感を耐えるよりも、先ずは出来ることをする。
「<タワー・シールド>! みんな、どうにかここまで――」
来てくれという言葉を飲み込んだ。
降り注ぐ鏃は軽々と潜り抜けられるようなものでは無い。無理をすれば決して少なくはないダメージが襲い掛かる。
俺の頭上に出現した広範囲で防御力の高い盾の紋章が降り注ぐ紫色をした鏃を弾き飛ばしていく。
弾き飛ばされた鏃はすぐさま霧になり、残された霧が辺りに留まったまま離れた場所に居るリンドウたちの姿を覆い隠していく。
(どうすればいい? こちらの攻撃は効き辛い上にダメージを与えたとしても直ぐに回復されてしまう。さらに言えば毒の吸血候が繰り出す攻撃は強力且つ広範囲なものが多い…)
現状確認の為だったとはいえ、自分の頭に浮かんだ毒の吸血候のスペックの高さに嫌気がさした。
あくまでもレイドボスモンスターだということか。
<タワー・シールド>で防御しながら皆の無事を祈り鏃の雨が止むのを待つ。
今回の攻撃は威力が高く広範囲だったためか蝙蝠の雨の時に比べて比較的早く攻撃が止んだ。
これが普通の矢による攻撃や銃撃だったのならば地面には無数の鏃が落ちていることだろう。しかし、幸か不幸か地面に落ちた鏃は一つとして見当たらない。これならば足元を気にして動きが鈍るなどということは無さそうだ。
「無事かい?」
徐々に晴れ始めた紫色の霧の中からムラマサが姿を現した。
「ああ。ムラマサは……よかった、無事みたいだな。でもどうやって?」
パッと見た限りダメージらしいダメージを負っていないことにほっと胸を撫で下ろした。
「今の状態なら風を障壁のように使うことが出来るからね。まあMPはごっそり持っていかれるんだけどさ」
「そうか」
はははっと軽快に笑うムラマサにつられるように笑った。
「それで、この状況をどう打破するかだけど……そろそろ良いんじゃないか? アラド」
「ああ。分かってンよ」
音もなく気配すら無く現れたアラドは若干面倒くさそうに頭を掻いた。
「どういうこと?」
「ユウも感じていただろう。この戦闘の違和感ってやつにさ」
「ん、まあ。そりゃあ、少しは」
本当は少しなどではなかった。
この戦闘が始まってから今に至るまでずっと俺のなかには一つの違和感が燻り続けていた。
それは、俺たちよりも先に戦っていたアラドやシシガミたちが何故こうも後手に回っているのかということ。
モンスターとの戦闘においてプレイヤーが後手に回らずを得ない状況はそう多くない。
例えば自分とモンスターとの相性が絶対的に悪い時。自身が使う属性の魔法がモンスターに全く通用しないだとか、近接攻撃しか出来ない状況でモンスターが遥か上空から自在に攻撃を繰り出してくる時なんかがそうだ。
だがそれは多少ゲームに慣れたプレイヤーからすれば準備不足も甚だしいのだということのようだ。
初心者でも突発的な戦闘ではないのならば事前に戦おうとしている相手のことを調べるのは当然で、通用しないような攻撃しか用意できなかった自分が悪いのだと。
他にはモンスターのレベルに比べて自身のレベルがあまりににも低い時。
しかしそれもレベル上げという準備を怠ったと言われればぐうの音もでない。
つまり、ある程度の実力を持ち、複数回の戦闘経験を有しているというのにアラドやシシガミたちがこうも長く劣勢を覆せていないこと自体が不自然なのだ。
「その説明は私から」
アラドが現れてから程なくして、リンドウが霧の中から姿を現した。
「シシガミたちは?」
「今は回復に専念しています」
フラッフとリリィが戻ってこないのはそういう理由らしい。
「まず先に謝らせてください。お二人を騙すような形になってしまい申し訳ありません」
「それはここまで戦闘に積極的には口を出さなかったことに対して、かな?」
「…はい」
「その理由はオレたちに毒の吸血候の動きを見せる為、だと思ったのだけど、当たっているかい?」
「…はい、そのとおりです」
そう言うとリンドウは目を伏せ深く頭を下げた。
「シシガミさんの指示だったとはいえ、それを受け入れたのは私たち自身です。ユウさんとムラマサさんを危険な目に合わせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
「構わないさ。それにアラドもそれに噛んでいるんだろう?」
訝しむムラマサにアラドはフンっと鼻を鳴らしてみせた。
「ハナシで聞くよりも実際に経験したほうが早ェだろ」
「はぁ。ともかく、これで事前の準備は終わったと考えていいんだよね?」
「はい」
「ん? ということはこの霧は毒の吸血候が生み出したモノじゃない?」
「いいえ。基本的には毒の吸血候が発生させているものと考えて貰っても問題ないかと」
「では、基本的ではないものは?」
「それは餡子が霧に乗じて発動させている二つの魔法アーツです」
「その効果を聞いても?」
ムラマサが真剣な面持ちで問いかけた。
アーツの詳細は基本は秘匿情報に含まれる。
同じギルドであったり同じパーティだったとしても余程親しくなければおいそれと他人に話したりはしないことだ。
「そうですね。餡子のアーツですから私の口から詳しいことを話すのは遠慮させて頂きますが最低限のことでしたら。今は敵モンスターに対しての認識阻害――といっても多少のヘイト管理ができる程度ですが、それと状態異常に掛かる確率を減らす効果のある霧を発生させています」
「成る程それでこうして話をする時間が出来たってわけだね」
「勿論、万全とまではいきませんし、時間も無限に確保できたわけでもないのであまり悠長に話すことはできませんが」
紫色の霧のなか、どこかで待ち構えているであろう毒の吸血候が今も牙を研いでいるような気がした。
「分かった。それでシシガミの指示ってのは俺とムラマサに毒の吸血候の動きを見せた後どうするようになってたんだ?」
「お二人に毒の吸血候の動きを見て貰ったあとは、こちらから攻勢に出ます」
「その方法は?」
「お任せします、とだけ」
「はあ!?」
「現状、私達の攻撃力は変わりません。ですので後から参戦したお二人のお力添えに期待すると」
なんとも清々しい丸投げだ。
「一ついいかな?」
「何でしょう?」
「さっきまでは優勢? それとも劣勢だった?」
ムラマサがじろりと視線を向けた先はリンドウではなくアラド。
シシガミの指示をより詳しく理解しているのはリンドウで間違いないだろうが、この中で俺たちが参戦したことの意味を一番理解しているのはアラドの方だ。
「さァな。どっちでもねェよ」
「どういう意味だい?」
「少なくとも最初の戦闘は私たちが圧倒的に劣勢でした」
と、リンドウが口火を切った。
「そして二度目の戦闘はアラドさんが竜のような姿になったことでこちらが優勢に」
「で、三度目が今ってわけか」
「はい」
リンドウが短く肯定する。
「戦闘が切り替わる条件は?」
「不明です。ですが、先程知ったこちら側での戦闘と照らし合わせたことで仮説なら」
「それで構わない。話してみてくれ」
「では、お気付きかも知れませんがお二人が戦った二種のモンスター、それと同タイミングで出現した四種のモンスターが関係していると思います。毒の吸血候との一度目の戦闘が終わった時は皆さんが一度目に出現したモンスターを討伐したのと同じですし、二回目も同様です」
「ってことは何だ。この戦闘にもタイムリミットが存在すると?」
「これまで通りなら、ですが」
俺たちが毒の吸血候と戦っているように、他のプレイヤーたちも現在進行形で三種のレイドボスモンスターと戦っている。
彼らに敗けろなどという気はないが、あまりにも速い討伐はこちらの戦闘時間を短くしてしまう可能性があるのだ。
「つまりその何時縮まるかもしれないタイムリミットのなか、オレたちは自己回復手段を有するレイドボスを倒さなきゃならないってことかい?」
「まさにその通りです」
「それは中々」
苦笑を漏らすムラマサの傍で俺は一つの事実に気が付いた。
咄嗟に振り返った先にいるアラドは何事かと小首を傾げる。
「おい、ちょっと待てくれ。さっきの話じゃアラドは二度目の戦闘で竜化したっていう風に聞こえたけど」
「あン? そう言ってンだろうが」
「言わなかったか? 俺もさっきのスワンプ・ゴーゴンとの戦闘の時に変身したんだけど…」
「知ってンよ」
「はあ!?」
「だからオマエンとこに来たンだろうが」
「や、だから意味が解らないって」
アラドの言い分の中に自分勝手なものが含まれるのは今更だが、今回はその中でもとびきりだ。
「あのドラゴンのマスターはオマエだ」
「だからって何でもできるとは思うなよな」
「違ェよ。何とかするしかねェンだよ。オマエが」
「んぐっ……はぁ、アラドも手伝えよ」
大きな溜め息が口から出た。
戦闘中でなければまだ何か考えようがあったかもしれないが、この状況ではいくら考えても手掛かりのようなものすら思い浮かばない。
迷っている間にも時間は進む。それに戦闘のタイムリミットよりも早く毒の吸血候がこちらを見つけ出すほうが早いのかもしれない。
「ダメだ……どう考えても時間が足りない。それに方法すら浮かばない」
「どうにかしろよ」
「無茶言うな」
「言うさ。じゃねェと勝てる見込みはねェからな」
またしても大きな溜め息が俺の口から出た。
「あのぅ」
コンソールを出現させてその中にある情報を精査しているなか、不意にこの場に居ないはずの声が聞こえてきた。
「聞こえてます?」
とはいえ、今はそんなことに気を取られている暇はないので無視だ。
「あ、あの……」
「ちょっとぉ、いい加減こっち見なさいよ!」
小さな手で両頬を掴まれ無理矢理に頭を動かされた。
「り、リリィ。何すんだ?」
「フラッフが用があるっていうから急いで戻って来たのにどうして無視したりするのさ」
「や、それどこじゃないんだって。このままじゃ――」
「話はマスターを通して理解しています。だから…私は戻って来たんです!」
俺とアラドの間にフラッフが浮かぶ。
「お願いします。マスター、私との従魔契約を解除してくださいっ!」
いつの間にか三月最後の更新日になっていた。
そしてこの章はまだ続く……
うぅ、なるべく早くこの章を終わらせたいのに、
あ、でも、ちゃんとこの章を完結させますのでその辺は大丈夫かと。
では、次回の更新も金曜日になります。




