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三つ巴の争奪戦 ♯.8

お待たせしました。

少し遅れましたが今週分の更新です。

 眼下に広がる通路を失い分断された月の里は静かなものだった。

 火の手があがることもなく、里の建物も壊れているものは殆どない。土に妙な染みが広がっているなんてこともなく、まるで暮らしていた人が神隠しにでもあい忽然と姿を消してしまっているかのよう。


 人が居ないこと以外はどこにでもある集落だという印象が殊更、現状(いま)の月の里の異常さを際立させている。


「ムラマサたちは月の里の外れから内部に侵入する予定になってるからな、俺たちは――」

「里に居るはずの襲撃者を掃討すれいいンだろ」

「まあな」


 何度も言うが、この襲撃者に対しては一つの懸念が払拭できずにいる。ここに至るまで里の外れで待機しているムラマサはおろか、共に月の里に突入することになっているアラドにも言えないものだった。

 月の里を占領しているはずの襲撃者を探しながら、俺は自分の胸の内を打ち明けるべきかどうか悩み続けていた。


「いたぞ」


 突然アラドが声を出した。クロスケの背から見下ろしている月の里の家屋の中から現れた一つの人影を指差して告げてきたのだ。

 その人影は確かに人族のように見える。腰に翼は無いし、獣人のような特徴も無い。着ている服だって粗悪な皮鎧のようなものだった。腰から提げられているのも町に行けば何処にでも売っているような簡素な直剣。だからといって俺はこの人影を人族であると断定することは出来ないでいる。顕著に動物の特徴が現れる獣人族ならば見間違うことは無いと言えるが、比較的人族と近しい姿を取ることのある魔人族だという可能性が捨てきれないのだ。


 堕翼種という魔人族の一種族が暮らしていた集落を襲ったという事実からも同じ魔人族であると考えたことも無かったわけじゃない。

 事実は自分の目で確かめるしかないとこうして月の里に訪れることを決めたわけだが、空の上からでは姿を現したあの人影の人相までは見分けることは出来なかった。

 少なくとも風貌や佇まいからも明らかにこの里の住人ではないと判別することができる。だが、俺が一番知りたいことは解らないままだ。


「どうすンだ? 他のヤツらが出てくンのを待つのかよ?」


 確認できたのは僅かに一人。

 無論それで月の里を襲った全員だなんてことはありえないのだから、他にも人が隠れていることになるのだろうが、生憎とまだその姿を確認することは出来ていない。


「そうだな。待っていて出てくる保証はない、か……」


 隠れているというのも俺が勝手に想像していることだ。

 もしかすれば隠れているのではなく、別の場所にいるのかも知れない。その場合、俺たちが次の人影を待っている時間はそのまま無駄になってしまう。


「――行こう」そう言おうとして俺は大きく息を呑んだ。

 何故なら一つの人影が姿を現したのとは違う家屋から別の人影が姿を現したからだ。


 新たに現れた人影はがっしりとした体格をしている。その体格が肉体を鍛え上げて作り上げたものではなく纏っている鎧が描いているシルエットだったのには自分の目を疑ってしまう。

 襲撃者と聞いて俺はその人たちが全員最初に現れた人影と同じようなボロボロの格好をしているとばかり思っていたのだ。それが俺が思い描く一般的な盗賊の類としての姿であると勝手に決めつけていたとも言える。

 しかし現実には俺の想像は違っていた。

 現れた人影が纏う鎧はお世辞にも豪華絢爛とまではいかないが、裏を返せば実用的とも言える鎧。


「他にも出てきたみてェだ」


 アラドが告げたように月の里中の家屋から出てきた人影はその数をゆうに二十を超えていた。

 その一つ一つの人影が纏っている防具を見ればバラバラもいいとこ。最初に現れた人影のように皮鎧を纏ているのもあれば、次に現れたのと同じ鎧を纏っているのもある。他にも普通の服でしかないようなものもあれば、どこかの王様が着るような裾の長いマントを付けてた人影までいた。


 統一性が無いのはそれぞれが持っている装備品が違うということの現れであるとも言えるが、相手が襲撃者であり盗賊同然のことをしている人たちであるということを合わせると、余計自分が抱いていた懸念が色濃くなってきているように感じられた。


「先に行くぞ」

「え!? おい、待てって」


 俺の制止を聞かずアラドはクロスケの背から飛び降りた。

 これだけの高さだ。何も考えずに降りたのではダメージを受けてしまうだろう。しかし、今現在ランク1でありレベルを50近くにまで上げているアラドは並大抵の身体能力であるわけがない。

 それに加えてアラドが落下中に手を掛けたのは背負っていた黒い大剣。それから出てくる黒い腕をクッション代わりに使えば平然と着地の衝撃を受け流してしまうだろう。


 俺の予測はいい意味で裏切られる。

 想像通り黒い腕を出現させたアラドはその手を先に地面に付けて全身に圧し掛かる衝撃を受け流すのと同時に近くに居た人影に黒い大剣を振り抜いたのだ。


 背中や胸を横一文字に切られた人影は突然の襲撃に驚く様子を見せることなく地面に倒れた。

 映像的に血を流さないというのはこれまでにも見てきたことだが、それよりも違和感を感じたのがアラドの一撃で伏してしまっていることだ。


 アラドの攻撃は確かに強力だ。だが、それはHPが全快状態の相手を一撃のもとに叩き伏せることができる程ではない。今回の場合、相手はただの雑魚モンスターというわけではないのだから、この一点に限り俺は違和感を拭うことができなかった。

 言い訳ではないが、その違和感が俺がクロスケの背から飛び降りるのが遅れた理由だ。俺がクロスケに高度を下げるよう指示をしてから飛び降り、地上に着地したのと人影の大半が地に伏せたのはタイミングにして大した差異がなかった。


「手応えが無さ過ぎる」


 それはこれまでに多くの人、NPC、プレイヤー問わない戦闘経験があるアラドだからこそ出た感想。

 何よりも多くの人影がうめき声の一つも上げず倒れたまま消えないのが気になった。


「で、だ。オマエは何を悩ンでやがったンだ?」


 大剣を片手で持ったままアラドが問いかけてくる。

 その問いはここに至るまで俺がひた隠しにしていた物であり、アラドには一言も伝えていない悩みだった。


「何のことだ、なンて言っても無駄だ。オマエが考えることなンて分かりやす過ぎンだよ」

「何時から気付いてた?」

「最初からに決まってンだろうが。イジイジと一人で悩みやがって」

「相談すれば答えてくれたのか?」

「まさか」


 俺の悩みなど意味の無いことだと一蹴するかの如くアラドが鼻で笑った。


「どっちにしろ自分の目で確かめる以外に方法はねェよ。そうだろ」

「……だな」


 嘆息し、俺は足元に転がっている人たちを見下ろす。


「ユサミネが言っていたように人族ではあるみたいだな」


 どんなに人族と似ていても魔人族との違いは体のどこかに現れるものだ。例えば先のとがった耳であったり、鋭い爪だったり、口元から覗く牙だったり。

 俺たちの足元に転がっている人たちにはそれらが一切見受けられなかったのだ。

 故に俺はこの男たちを人族だと思った。


「そして、NPCだ」

「根拠は?」

「俺が戦った感想。それに、こうしてここにコイツらが倒れている事実」


 プレイヤーならばHPを全損した段階で死亡扱いになり教会へと転送される。それにもかかわらず男たちの体が残っているということはプレイヤー以外であることを示していた。


「良かったなァ。気にしてたンだろ? またプレイヤーと戦うことになったらどうしようってよ」

「違う。もし、この人たちがプレイヤーだったのなら、どういう理由で月の里を襲撃したのかと思ってるだけさ」

「だが、コイツらはNPCだ。理由があったとしてもそれは人の意思ではなく、仕組まれたプログラムの動かされてるだけに過ぎねェってコトだ」


 アラドが言うことは理解できる。拡大解釈すればNPCもモンスターも変わらない。製作者が組んだプログラムに沿って動くだけのデータなのだ。だから、より拡大して考えれば月の里という場所は襲撃されることが決まっていた場所であるし、堕翼種の人たちも襲撃者によって攻撃されることが決まっていたということになる。


 にわかに信じ難いというよりも信じたくないというのが本音だ。

 決まっている運命なんてものは反吐が出る程に気に食わない。


「まァ、それも怪しいンだがな」

「――どういう意味だ?」


 何も無い地面を見下ろしキツく拳を握る俺の耳にどこか愉し気に嗤うアラドの声が届く。

 そして次の瞬間、俺は自分が抱いていた懸念すら吹き飛んでしまうかのような光景を目にしたのだった。


 まるで糸の切れたマリオネットが唯一体に残ったたった一本の糸で無理矢理引き上げられるかの如く起き上がった男たち。

 起点となっているのは一本の腕、頭、肩、胸、足など体の部位の一つ。およそ人が立ち上がるには無理だと思われる体制で男たちは起き上がり、虚ろな目を向けてきた。


「おい、倒したんじゃなかったのか?」

「言ったハズだ。手応えが無さ過ぎるってなァ」

「それは単純にこの人たちが弱いっていう意味だったんじゃ――って、違うのか」


 肩を竦めるアラドに俺は彼の言葉に対する自分の解釈が間違っていたことを気付かされた。

 ならば考えを改めなければならない。それは目の前の襲撃者共の脅威度は俺が想像しているよりも高いという証だから。


「とにかく、こいつらは一体何なんだ? ただのNPCってわけじゃなさそうだけど」

「まァ、アレを見て普通のNPCだなんて言うようなら一度思いっきり殴ってやンよ」

「遠慮しとく」


 ぞろぞろと集まり出した男たちは先のアラドの攻撃を受けてどこかしらに損傷を負っている。例えば腕が折れていたり、脚が折れていたりと。

 酷い個体だと首が折れてしまっているものまでいる。だが、それだけだ。

 現実でもゲーム世界でもそれだけの損傷を受けて平然としていられる人はいない。


 痛覚が数十分の一程度にまで抑えられているとしても、腕が折れたりするのを見て問題ない、現実ではないと思える人は居ないだろう。それだけ視覚効果というものは大きなものなのだ。

 例えばポーションを使えば一瞬で治ってしまうような損傷だったとしても、それが治るまでは意識は損傷に向けられてしまう。損傷が骨折などではなく大きな切り傷だったとしても同じことだ。


 なのに全ての襲撃者が己の損傷など気にしないと言うようにむくりと身を起こしてきた。


「まるでゾンビみてェだな」

「まるで…じゃないかも知れないな」

「あン?」


 アラドが自分と俺の目の前で起き上がった男たちが呻き声のようなものを上げながら、ふらふらとした足取りで近寄ってくるのを見て吐き棄てるかのように呟いたのに答える。

 これがゲームだからこそあり得る可能性だが、出来ればその可能性は願い下げだった。


「来るッ」


 起き上がった襲撃者のうちの一体が急に走り出した。

 アラドはもっている大剣を握り直すとガチャっという重い金属の鍔鳴りが辺りに響き渡った。

 俺は腰のガン・ブレイズを抜き、即座に剣形態へと変える。そしてそのまま一番近い襲撃者だったモノに斬りかかった。


 ガン・ブレイズ越しに伝わってくる感触はおおよそ人とは思えない感触をしている。

 肉を断っているとは思えないくらいに柔らかく、それでいて妙な弾力がある。大きな水風船を握った時の感触が最も近いだろうか。それはやはり人の姿をしたものを斬った時に返ってくる感触ではありないものだった。


 自分が戦闘に参加したことで相手のデータの一部が表示された。


『亡者』


 短い単語がその頭上に浮かぶ。

 同時にそれまでに見たことも無いくらい短いHPバーも見える。

 大抵の雑魚モンスターよりも少ないHPで大抵の雑魚モンスターよりも強力な攻撃を繰り出す。

 それが亡者という存在のようだ。


「アンデッド系のモンスターか。それならコレだと手こずるかもなァ」


 獰猛な獣のような笑みを浮かべアラドが大剣を亡者の群れに向けて投擲した。

 凄まじい勢いで直線に飛ぶ大剣が巻き起こす一筋の嵐撃が亡者を軒並み巻き込んで遥か彼方へと飛んでいった。


「……どこがだよ」


 眼前に繰り広げられる惨劇に相手が亡者だということも忘れ無事を祈ってしまいそうになるくらいだ。


「あ? 見て解んねェのかよ。たいして効いてるワケじゃねェだろうが」


 アラドが不快そうに言う。

 その言葉の通り、大剣によって薙ぎ払われた亡者共が起き上がり出している。それぞれが先程より大きい損傷を受けているのは確認できるから全くの無傷ではなさそうだが、倒しきれなかったという事実がアラドには気に食わないもののようだ。


 アンデッド系モンスター全般に言える特徴は防御力と言う耐久力が低い反面、HPの回復速度が異様に速い。そもそも生きている種ではないのだからHPという概念が他のモンスターとは違うのだろう。

 どちらにしてもアンデッド系モンスターを倒す時は特効性能を持つ攻撃をする必要があるというわけだ。

 今までならばセッカがアンデッド系モンスターに対する特効技を持っていたからそれを戦闘の中心に据えて戦えばよかった。しかし共に居ない今、俺たちが取るのは別の方法だ。


 突然ガラスが割れる音が聞こえてきた。

 なんと無く予想が付いたが確認の為に振り返るとアラドの手から水が滴り落ちており、その足元には細かく砕けた瓶の欠片が散らばっていた。


「乱暴な使い方をするなぁ」


 それの使い方としては間違っていないが、もっと簡単に使う方法があるのも事実だ。


「別に問題ねェだろうが」

「それはそうだけどさ」

「どっちでもいいケドよ、オマエも早く使ったらどうだ」

「解ってるよ」


 アラドが握り潰し、俺が今ストレージから取り出した透明な液体が入ったガラスの小瓶のアイテムは『聖水』と呼ばれる物だ。

 使い方としては軽度の呪いを受けた時にそれを払うために使用したり、今のようにアンデッド系モンスターや悪魔系のモンスターと戦う時に武器に特効効果を与えるのに使う。

 武器に効果を与える方法は単純で瓶の中身を武器に掛ければいい。そうすることで一定時間対応したモンスターに対する特効効果を獲得できるのだ。


 だから瓶ごと握り潰してしまう方法も間違ってはいない。まあ、武器が手甲だからこそできる事なのだろうが。


 剣形態のガン・ブレイズの刀身に聖水を振りかける。

 すると一瞬にして仄かな光が刀身に宿ったのだった。そしてそれはアラドも同様。両手の手甲が光るという状態のまま近付いてくる亡者共を睨みつけている。


「さっさと行くぞ」


 言うより早くアラドは光る手甲を構えて亡者共の中へと突っ込んだ。

 アラドの攻撃方法は拳打ではなく、手刀による斬撃。尤も剣や槍のように刀身を持つ武器に比べるとその切れ味は劣るが、今に限っていれば遜色ないと言えるだろう。

 聖水の与える効果がもたらすのはダメージの増加だけじゃない。アンデッド系モンスターに限った話なのかもしれないが、その高速と言えるHPの回復速度を緩めることができるようだ。


 元よりHPの総量自体はそう多くない亡者がHPの回復速度というアドバンテージを失えば結果は明らか。

 アラドが次々と亡者共を屠っていく光景がただただ広がっていくだけだ。


「負けていられないな」


 折角使用した聖水が無駄になってしまうのは勿体ない。

 俺も光る刀身を構えて亡者共に斬りかかった。


 先程とは違い伝わってくる感触は少し硬い砂山を斬ったかのよう。

 俺の攻撃でも一撃のもとに切り伏せられるのだから亡者のレベルはそう高くはないようだ。とはいえ、聖水を持っていなければどうなっていたことやら。


 このイベントが始まる前、町の道具屋で購入した新種の回復アイテムと共に自分の手で作ることの出来ないアイテム等を買い集めた時に聖水も同時に購入していてよかった。

 効果の低いHPポーションやMPポーションは要らないし、そもそも自分の手で作れるようなアイテムは購入するつもりがないのでスルーしていた。解毒薬など時間と共に効果が消える状態異常に関する回復アイテムも同様に後回しにする傾向があった。念のために少量でも全種持っておくべきだというムラマサのアドバイスを素直に聞き入れたのも功を奏した。


 少量でもと言われて全て最低限の数と思い三つづつしか買っていないから聖水に関しては残り二つになってしまったが。


「〈サークル・スラスト〉」


 範囲攻撃のアーツを使い近くの亡者共を倒す。

 HPを全損した亡者が消える姿は他のモンスターとは違い、細かな光の粒子となって消滅するのではなく、固められていた砂が崩れたみたいにその場で全身を崩壊させていった。

 地面に次々と出来ていく小さな砂の水溜まりを一瞥し、さらなる亡者に斬りかかる。

 程なくして視認できる範囲の亡者が消え去った。


「これで全部、か。微妙に肩透かし感があるような……」


 アンデッド系モンスターというのは確かに脅威だろう。だが、総じて意思というものが希薄なのもまたアンデッド系モンスターの特徴なのだ。

 近くにいる生者を襲うのは本能と言われているし、攻撃方法も原始的なモノばかり。そういう意味では俺たちが戦った亡者と言うモンスターにはイレギュラーなことがいくつも見受けられた。


 一つは月の里という集落を襲ったこと。それでいて襲った後も同じ里の中に居続けたのも不自然。

 二つ目は最初だけとはいえ武器を使っていたということ。これは本来のアンデッド系モンスターでは会入れないことだ。


 拭いきれない違和感に眉を顰めていると別行動をとっているムラマサから連絡が入った。


『生存者あり。ジルバリオと一緒に救出して日の里に戻る』


 どうやらユサミネの予想は当たったらしい。

 それならば俺たちも戻るべきだろうと思いアラドを見ると、投擲した大剣を拾い上げながらも警戒を解く様子は見受けられなかった。


「ムラマサからの連絡はアラドにも来たんだろ」

「ああ」

「それなら、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」


 気になることは残るが、何も変化が見られないようならばこれ以上俺たちに出来ることは無い。


「いや、まだやることはあるみてェだ」


 風に乗り亡者の成れの果てである砂が舞う。

 そして、砂が消えた元砂の水溜まりの中から出てきたものは『秘鍵』だった。



十一月に入りました。

先月は台風で色々と大変でしたが、今月は何事も無く過ごしたいものです。

更新は変わらないテンポでしますので、どうぞ今後も本作をよろしくお願いいたします。

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