三つ巴の争奪戦 ♯.6
お待たせしました。約一週間ぶりの更新です。
アラドの背に曲剣の切っ先を突き付けている堕翼種の女性がもたらしたのは、まさに一触即発の空気。
何一つ拘束されていない俺とムラマサもこの空気の中では安易に動くことはできず、それは俺たちによって拘束されている四人の男の堕翼種も同様だった。
結果がどうであろうとも、誰かが動いたその瞬間に事態も動く。
まるで呼吸することすら躊躇われるような雰囲気の中、真っ先に動いたのは曲剣を突き付けられている当人のアラドだった。
「何!?」
アラドが男たちの迎撃に使っていたのは大剣であり、それは男の一人を捕えるために使用されていることからも女性には多少の油断があったのかもしれない。
それはそうだろう。アラドが使っている武器で最も鍛え上げられているのが防具のようにその手に付けられている手甲だとは思わなかったようだ。
「ハッ、それで俺を脅してるつもりかよォ」
「――クッ」
平然と大剣を放すと、手甲を嵌めた右手で女性の曲剣を掴み、左のストレートを繰り出していた。
見事なまでの切り替えしだと感心する俺の前でその拳は空を切る。
「だが――っ」
堕翼種の女性がアラドの右手で掴まれている曲剣を勢いよく引き抜いた。鋭く研がれている曲剣の刃はその切れ味も中々のもののはずだ。最低でも手甲の上からもその指を切り落としてしまうくらいに。敏感にその危険性を察知したのか、アラドは素早く曲剣を手放していた。
「切り伏せる!」
「させるかよォ!」
曲剣の袈裟斬りとアラドの拳が激突する。
傍から見ているだけでも先ほど指を切り落としてしまうかもしれないとすら思えた曲剣による斬撃だ。何の策もなく拳で受けたのならばいとも簡単に切り落とされてしまうだろう。俺の懸念など百も承知のアラドが繰り出した拳は赤い光を纏っていた。
〈デッドリィ・ブロウ〉
アラドが有する≪手甲≫スキルにおいて最初に習得する打撃アーツ≪ブロウ≫の強化版と言われているアーツだった。打ち出す形はただのストレートだが、シンプル故に使いやすいアーツと評されているほどだ。
アーツの光が障壁となり、曲剣の刃を阻む。
女性の堕翼種は拳と曲剣での鍔迫り合いを早々に切り上げて後ろに飛び退き、反響する声で言葉を紡ぐ。
「〈黒に宿りし星々の光よ、我が敵を穿つ矢となり、降り注げ〉」
腰から生えている黒い翼に蓄えていた光がアラドに向かって一斉に放たれた。
近くで見ていて感じたことだが、光の一つ一つがプレイヤーが放つ魔法よりも強力なものである気がする。それが雨のように無数に降り注ぐとなれば脅威以外の何者でもない。
「アラド!」
降り注ぐ光を目の当たりにして思わず名を叫んだが、アラドは気にも留めない感じでニヤリと嗤った。
「ハッ、全て叩き潰せ〈ガウスト・ハンド〉」
アラドの近くに突き刺さっていた大剣が自身の影の中に沈むようにしてその姿を消す。
次の瞬間、先程男を捕らえたのと同じ黒い手が無数に分裂し、アラドの足元から降り注ぐ光の雨に向かって伸びていく。
無数の黒い手による攻撃は平常時のアラドが使う必殺技だ。
一日一回の制約に比例して、この攻撃は広範囲かつ高威力を誇る。アラドが敵と定めたものを掴んだり引き裂いたりする黒い手が縦横無尽に発生するそれは女性が降らせた光の雨どころか放っていた当人である女性をも襲う。
「バカな……押し切られるだと……」
自身を守るように構える曲剣を黒い腕が幾度も打ち付けていく。
曲剣というものが武器である以上、それには耐久度という限界が存在する。黒い腕に打ち付けられていった結果、ピキっと曲剣の刀身にひびが入り、これ以上は無理だと判断したのか、女性は苦虫を嚙み潰したような表情になり曲剣を手放していた。
「オイ、どうすンだよ、まだ続けンのか」
「……くっ」
背後に黒い腕を引き連れたままのアラドの足元に落ちた曲剣は地面とぶつかった衝撃で刀身をひびを起点に真っ二つに割れた。それがこの戦闘の決着を告げていることは誰の目にも明らかだ。しかし、武器を失ってもなお戦意を失わない女性の堕翼種は憎々し気な視線をアラドに、それから俺とムラマサに向けてきた。
「――何が望みだ。何故人族がここにいる!?」
優劣が決まった後だとしても、女性は自らの気高さを滲ませる声で問いかけてくる。
「望みって言われてもね。オレたちがここに来たのは探し物をしてるからだし……」
話をするよりも制圧することを選びそうなアラドに代わりムラマサが返事をした。
「探し物……だと」
さて、ムラマサの言葉をどれくらい信用してくれるのか。
嘘を言っていないと解るのは俺がムラマサの側だからだろう。俺たちを突然の侵入者だと思い込んでいる――実際にそうではあるのだろうが――女性の堕翼種にとってはその言葉は疑いの対象でしかないはずだ。
「ああそうさ」
ストレージを操作するべく、刀を持っていない方の手を動かそうとすると、ムラマサに女性の堕翼種の鋭い視線が突き刺さった。
「心配はいらないよ。危険な物を取り出すわけじゃないからね」
信用できるかと言うように女性の目が細く鋭く変わる。
そんな様子を目の当たりにして、ムラマサが諭すように言いながら取り出したのは秘鍵。
ここに来るまでに集めてきたなかの一本でしかないが、それが俺たちが集めている物であることは間違いない。
「確かめてみてくれるかい?」
足元に投げられた秘鍵を女性は訝しげに見下ろした。
「見ての通りただの鍵さ。オレたちはそれを集めているんだよ」
「鍵…だと?」
一瞬ぎょっとした表情になった女性の堕翼種は秘鍵に向けていた視線を俺たちへと移す。
「とりあえずアンタたちに危害を加えるつもりはないんだ」
「なにを今更」
「先に手を出してきたのはオマエラだろうが」
「ここは我らの領域だ! 無断で立ち入ってきたとなれば警戒ぐらいはする!」
「オマエラは警戒が先制攻撃になンのかよ」
「それはっ――」
本来ならどちらが悪いなどという話ではないのだろう。それ故に双方折れるつもりがないのだ。
この堕翼種の女性からすれば自分たちの領域に突然侵入してきた俺たちこそが無法者で敵と判断したのに対し、俺たちは自分たちに問答無用で攻撃を加えてきた相手を敵だと定めたに過ぎない。
所謂立場の違いが明確に出ただけという話なのだ。
「とりあえず、俺たちはアンタたちがこれ以上攻撃を仕掛けてこないんだったら手を出すつもりはない。アンタたちはどうなんだ?」
「ならば我が仲間の解放が先だ」
「ふむ。オレは別に構わないんだけどね」
ちらりと俺の方を見たムラマサに頷き返しその言葉に続く。
「アンタの仲間に俺たちを攻撃してこないように言ってくれるか?」
自分たちはあくまでも迎撃しただけに過ぎないのだと強調しつつも、念を押す為に告げる。
「………わかった。他の者も手を出すなよ」
まるで捕らえられている四人以外にも隠れ潜んでいるのだと言わんばかりの大声で女性が叫ぶ。
「アラド、放してやってくれ」
男の一人、そして堕翼種の女性を襲う全ての黒い手がすうっと消えていく。
そしてムラマサが発生させた氷もほぼ同時に砕け消えていった。
「あー、それと言い辛いんだけど。俺が攻撃したあの人、治療した方が良いと思う」
非常に申し訳ないという思いを込めて言う。
氷で動きを止めたムラマサや黒い手で押さえつけていたアラドとは違い、解りやすい拘束技を持たない俺は銃形態のガン・ブレイズで実際にダメージを与えて制止する他に無かった。具体的に言えば弓を持つ手と移動を阻害するために足を撃ち抜いていたのだ。
「ポーションが必要なら渡せるけど…」
「無用だ。おい…」
「はっ」
「先に戻って治療してやれ」
「畏まりました」
一瞬にして現れた別の堕翼種の男が女性の指示に従い、傷を負っている男を肩に担ぎ森の奥へと入って行くのを見届けた。
「まさか本当に控えていたとはね」
一応その可能性を棄て切っていなかったムラマサが新たに現れた男を見て呟いていた。
アラドが〈ガウスト・ハンド〉を使い堕翼種の女性を圧倒してみせたからこそ、それ以上の戦闘に発展しなかったというわけらしい。
負けるつもりは毛頭ないが、それでも相手の余剰戦力がどれほどあるのか解らない状態で戦い続けるのは避けるべき事態であることは変わらない。やや強引に戦闘を終わらせてしまったと思っていたが、これは案外悪くない思い切りだったのかもしれない。
「一息吐いたところで自己紹介をしよう。名前も知らないのならば友好的になんてなれるわけが無いからな」
氷漬けにされていた男たちと黒い腕から解放された男が堕翼種の女性の近くに集まってくる。
今戦っていたばかりということもあってか、その三人の視線は疑いと敵愾心の塊だといっても過言ではないようだ。
「俺はユウ。で、そっちの氷を使った方がムラマサ。もう一人はアラドだ」
代表して俺がそれぞれの名前を告げた。
男たちは態度を軟化させることはないようだが、堕翼種の女性は少しだけ逡巡する素振りを見せ、
「我が名はジルバリオだ」
と言ってきた。
堕翼種の女性改めジルバリオは半分になった曲剣を鞘に収める。どうやら完全に戦闘の意思は消えたみたいだ。
気になるのは残る三人の男たちだったが、ジルバリオが剣を収めた手前、向かってくることはないようだ。
「それでお前たちはこれからどうするのだ? 先に言っておくが、この先の森には足を踏み入れて欲しくはないのだが」
「まあ、入るなって言うんなら、それはそれでいいんだけどさ……ジルバリオはさっき、その秘鍵を見た時に表情を変えたよな? どうしてなんだ?」
ジルバリオの瞳に迷いが走る。
その迷いがどういう類のものなのか。判別することのできない俺は黙って返事が来るのを待ち続けた。
「ユウ、だったな。教えてくれ。その秘鍵とは一体なんなのだ?」
ようやく口を開いたと思ったら質問で返されれしまった。
秘鍵、か。
ゲーム的に言えばイベント専用の収集アイテムである。しかしこの世界的に言えば何なのだろう?
正しくその意味を伝える言葉を探して黙る俺にジルバリオは訝しそうに眉を吊り上げた。
「言うつもりはない…か。友好的という割には隠し事をするのだな」
「そうじゃない。ただ、どう説明すればいいのか解らなくてな」
的確な言葉を見つけられないまま、小さく嘆息し、自分が知っているままのことを言うことにした。
「いまいち要領を得ないと思うけどそれでもいいか?」
「構わん」
「それなら。秘鍵ってのは俺たちからすると、ある事情によって集めている収集品に過ぎない。けど、アンタたちからすると、突然現れた正体不明の物品ってことになるのかな」
「何だそれは。意味が解らないぞ」
「だから言っただろ。要領を得ないって」
イベントだなんだというのは説明しても理解されるのか解らない。
相手がまだ運営が用意した人間が操っている堕翼種のプレイヤーなのだとすればいいのだろうけど、ここまで来たらジルバリオたちがNPCであることは疑いようがない。それだけにどう説明すればいいのか解らないのだ。
「まさか我を謀ろうとしているのではないだろうな」
「そうじゃないさ。本当に何と説明すればいいのか解っていないだけなんだ。けど秘鍵ってのは多分、俺たちには有用だけどアンタたちからすれば無用の長物になるんだろうな」
そもそも名前に鍵とついていても何かを開ける役割を持っているわけではない。それぞれが所属している勢力ごとに設置された箱に収め集めるだけのアイテムなのだ。
「むぅ」
「納得できないか?」
「そうだな。納得は出来ない。が、嘘を言っているわけではないようだ。だが、貴様の言い分だとそれは鍵の形をしているだけで、そこらの石と変わらないと言っているようではないか」
「アンタたちからすればその程度だと思うけど……違うのか?」
「ああ、違う。我らがその鍵を見つけてからというもの貴様のような余所者が増えた」
「余所者?」
瞳に宿る憤りは俺たちにだけ向けられているわけではないようだ。となれば、俺たちを見つけただけで先に攻撃を仕掛けずにはいられない程の何かの事情がジルバリオにはあったというわけか。
もし余所者というのが別のプレイヤーのことを指しているのだとすれば、その人たちが何かをしでかし、その影響で俺たちは攻撃されたということになる。
いやはや、全く以って迷惑な話だ。
「その余所者が何をしたか知らないけどさ、俺たちとは関係ないと思うけど」
「貴様は自分の仲間がしたことを知らないと言うつもりなのか?」
「だから、そもそも仲間じゃないんだって。こう言ってはなんだけどさ、俺たちはアンタが思っているほど纏まっているわけじゃないんだよ。どちらかといえば個人の考えで動いている人の方が大半だよ」
「無責任な」
「アンタだって、顔も見たこともない、名も知らないだけで同じ魔人族の人がしでかしたことにまで責任を負うわけじゃないだろ。どんなことであれ、あくまで責任を負うのは本人であるべきだと俺は思うぞ」
プレイヤーではなくNPCに対して何を持論を語っているのだろうと思うと一瞬冷静になってしまった。
しかし俺の主張は理解されたようで、ジルバリオは声を潜め「確かに」と呟き、訂正を言ってきた、
「そうだな。貴様の言っていることはもっともなのだろう。だが、頭で理解できたとしても感情で納得できないことはあるのだ」
ジルバリオの言いたい事も解る。
ゲームの中であれ現実であれ感情で処理しきれないことというのは無数にあるのだ。
だが、と、俺はジルバリオを見て考えた。
このゲームのNPCはここまで自然な受け答えをしてきただろうか。
自分のギルドで雇っているNPCたちもそれなりに自然な受け答えをしていると思ったが、目の前のジルバリオは本当にまるでプレイヤーかと見紛うくらいの反応を見せている。
「だったら話してくれないかい? ジルバリオ君が何故、そこまでして他人の来訪を拒むのか。君たちに何が起きたのかをね」
考え込む俺に代わりムラマサが言う。
「ああ、いいだろう。我らの里は貴様達のような余所者によって侵略されたのだ」
苦々しく表情を歪めながらジルバリオが告げる。
そして、それから語られた出来事は凄惨の一言だった。
要約すれば正に侵略。
余所者は武器と魔法を巧みに操り最初に里の表に出ていた人を殺した。
次に余所者は自分たちを迎撃すべく、また襲われている人を守るべく現れた戦士を殺していった。
それから隠れていた子供や老人までも。
里に残されたのは余所者だけとなったと語るジルバリオの顔は悲痛に歪んでいる。
話を聞いて疑問に思ったのは目の前にいるジルバリオたちの存在。それから治療の為に里に戻って行った男たちのことだ。
里を余所者に占領されたというのならば、彼らが戻って行った場所は、ジルバリオが来たという場所は一体どこになるのだろうか。
ムラマサが気を利かして俺が抱いた疑問を代わりに問いかけていた。俺やアラドよりも物腰が柔らかいその語り口調は自然と気を荒立てているジルバリオと話すには適役だった。
それからジルバリオは自分たちの里について話してくれた。
この先の森の中にあるという里の形は俺が想像していたものとは違っていた。俺が想像していたのは所謂農村然としたやつで、ジルバリオが話す実際の里の形は中規模の里が一本の道で繋がっているという形をしていた。ジルバリオが来たのはその左側にある里でその名を『日の里』。余所者に占領されたというのが『月の里』と呼んでいるらしい。
月の里を侵略した余所者が日の里に来なかった理由は二つの里を繋ぐ唯一の道が既に塞がれていたから。
両方の里を侵略するのならばその道を塞ぐ意味はないことからも、それを塞いだのは月の里の者なのだろう。
今のジルバリオたちは月の里奪還と新たなる外敵の排除を目論んでいるらしい。
「なるほどね。俺たちは正にその新たな外敵だったってわけか」
ジルバリオの話を聞いて襲撃の理由に納得したのは俺だけではないようで、積極的に戦闘をしようとするアラドですら目を閉じジルバリオたちと戦う意思を失くしているようだった。
「その余所者の特徴は?」
「何故そんなことを聞く?」
「ここでオレたちには二つの選択肢がある」
聞き返してきたジルバリオには答えず、ムラマサが俺とアラドに向かって話し掛けてきた。
「一つはこのまま引き返すこと」
これはジルバリオが言ってきたこの場から立ち去るということをそのまま受け入れる形だ。
「もう一つは――」
「俺たちも月の里の奪還に手を貸すってコトか」
「ああ」
目を伏せていたアラドがムラマサが言い終えるよりも早く言った。
「待て……貴様達…何を言っている?」
俺たちが言わんとしていることを察して狼狽えているジルバリオが動揺を露わにした。
「ジルバリオたちに手を貸すってことだよ」
相談するよりも明快に俺たちの意思は定まった。
すると俺たち三人の前にコンソールが出現し、
『クエスト
月の里、奪還
開始しますか? YESorNO』
と表示された。
本編とは関係ないですが、今回の話を投稿する前の数日間は、寝違えを起こし首を動かすことすら辛かったです。
寝るのにも起きるのにも痛みを伴うことからも首は大事にするべきだと痛感しましたね。
今は痛みも和らぎ、こうしてPCの前に座ることができるようになったのでよかったですが、痛みがある間は書くことも読むことも出来ずに辛い日々でした。
いやあ、元気な体って大事ですね。
更新はこれからも続けますので、どうぞ本作をよろしくお願いします。




