はじまりの町 ♯.22
降り注ぐ氷が太陽の光を反射して輝いている。
「あれが、コカトリス」
鳥というにはあまりに巨大で、遠くから見たシルエットは翼竜のよう。
それでもこうして対峙してみると身体のあちこちに鳥としての特徴が見受けられた。
「飛ばれたままじゃ手が出せない。ライラ、どうにか堕とせないか?」
斧を構え防御態勢をとったまま、ハルが問い掛ける。
現状、上空で滞空飛行を続けるコカトリスに有効な攻撃できるのは魔法使いのライラただ一人。残る俺たちはというとコカトリスが攻撃を仕掛けてくる際に少しばかり近付いてくるその隙を狙うしか方法はない。
「やってみる」
青い光がライラに宿り、冷気が辺りを包む。
「≪アイス・ピラー≫」
巨大な氷柱が地面から空へと伸びる。
ライラが使ったこの魔法は、本来敵の全身を氷の柱に閉じ込める魔法だ。その威力と効果範囲が広いが故に発動までの溜めが長く、連発出来ないのが難点だ。
いま、ライラが放った魔法は意図的に威力と効果範囲を狭め発動までのタイムラグを減らしていた。
全身を覆い尽くすほどの大きさがない代わりに一点だけを的確に射抜くことが出来る。今回射抜いた場所は大きく広げられたコカトリスの翼だ。
「砕けろ」
凍りついた翼を二発の弾丸が撃ち抜いた。
氷の塊となって砕け割れた肩翼が降り注ぐ。
「フーカ、行くぞ」
「りょーかい!」
肩翼を失い、飛行能力を失ったコカトリスが地面に激突する瞬間を目掛けて二人が駆け出した。
コカトリスの巨体が地面にぶつかり凄まじい轟音と砂煙が巻き上がった。
「はあああっ、≪ライトニング≫」
視界を奪う砂煙のなかで、白い光が流星の如く瞬いた。
「俺も行くぜ≪爆斧≫」
砂煙の中心地、コカトリスがいる場所で炎を伴わない大きな爆発が起こる。
巻き起こる爆風が辺りの砂煙を全て薙ぎ払った。
「今だっ!」
剣形態の剣銃を構えて、コカトリスに向かってゆく。
一度銃形態の剣銃で撃ったことにより俺の視界にはコカトリスのHPバーが表示されている。ボスモンスターの証明とでもいうべきか、コカトリスにはHPバーが二本存在し、肩翼を失わせた攻撃でも削ったのは僅か一本目のHPバーの二割程度。戦闘はまだ始まったばかりだ。
「コカトリスが起きる。距離をとれ」
ハルの指示を受け、最初から遠距離攻撃をしていたライラを除く三人が一様に下がりはじめた。
何もしないで逃げるだけでは芸が無い。即座に剣銃を銃形態に変形させ、時折り振り返りながら発砲する。立ち止まることが出来ない以上、狙いはバラバラで着弾点も滅茶苦茶だ。それでもダメージは与えられる。削ることのできるHPはわずかでもゼロではない。
「ブレス、来るよ」
起き上って直ぐに大きく息を吸い込むのを見てフーカが叫ぶ。
コカトリスのブレスというのはダメージを与えるものではない。プレイヤーを石化させて動きを止める石化ブレスだ。
「まかせて。≪アイス・ウォール≫」
吸い込んだ息を石化ブレスとして吐き出すその僅か手前、ライラの作り出した氷壁が俺たちを守った。
石化ブレスを全て受け切った氷壁が瞬く間に石になり、粉々に砕け散る。たった一度きりの防御のおかげで俺たちに石化は当たらない。
「攻撃再開だ」
失った片翼は回復することはなく、これからコカトリスとはこの戦闘中、ずっと地上で戦うことになる。近接戦が中心となるパーティ構成なだけに、早い段階で翼を壊せたのは良かった。
絶え間なくおびせられる攻撃にコカトリスのHPは確実に減少していく。一本目のHPバーもそろそろ無くなりそうだ。
降り注ぐ氷の矢が砕ける音か、それともコカトリスの一本目のHPバーが消失したことを知らせる音なのか、ガラスが砕ける音が俺の耳に届き、コカトリスが絶叫をあげた。
力無く地面に倒れ込むコカトリスは翼を破壊し空から堕としたときと同じ。
もがき苦しむように体を動かしてはいるが、一向に起きることが出来ない。
「たたみ掛けるぞ」
これが好機と捉えたハルが叫びながら突っ込んでいく。
コカトリスの前にハル、右後ろにフーカ、左後ろに俺。そして頭上からライラが攻撃を加える。
ダメージを積み重ね減少を続けるHPバーが遂に残り僅かになった。
「決めるぞ」
勝利を確信したハルの声に俺とフーガが頷いて応えた。
二人が技を発動させ、俺は渾身の一撃を加える。それにライラの魔法を合わせれば残るHPは確実にゼロにさせられる。
その思いが、一瞬の油断を生んだ。
よろよろとコカトリスが起き上ったことを皆が見ていたにもかかわらず、誰一人として警戒をしていなかったのだ。
「危ないっ」
唯一、離れた所にいたライラが叫ぶ。
その声も虚しくコカトリスの口から空気の塊が放たれた。
石化ブレスは溜めも長く回避することもできる。だが今放たれた空気の塊、エアロブレスとでもいうべき攻撃は目に見えないどころか予備動作すら短い。
三人の中心にいるコカトリスは正面にいるハルを狙いエアロブレスを放ち、その衝撃が後ろにいる俺とフーカまで巻き込む。
突然襲い掛かる強風に煽られ吹き飛んでいく俺たちのHPは瞬く間に半分近く減らされていた。
エアロブレスをまともに受けたハルは地面に叩きつけられ動きを止めてしまっている。
「チッ」
一瞬でも油断した自分に対し苛立ちを感じ舌打ちをしながらも剣銃を銃形態に変形させた。
先程撃ち尽くした弾丸は既に装填させている。
与えるダメージが少なくともコカトリスの注意をこちらに引き付けることくらいは出来るはずと銃撃とリロードを繰り返しながら俺は一心不乱に攻撃を続けた。しかし、微かにHPは減少するものの、コカトリスがこちらに向きを変えることはない。
「わたしが!」
無駄のように思えた俺の銃撃もまったくの無意味というわけではなかったようだ。銃撃を受ける度に少しだけ反応を示すコカトリスは攻撃に転じることが出来ないようで、エアロブレスどころか通常攻撃も行ってこない。
この僅かな隙を縫って魔法を使うための溜めに入っていたライラが上空にこれまでの何倍もの数の氷の矢を作り出した。
「≪アイス・ランス≫」
魔法名を叫ぶと氷の矢は一つに合わさり巨大な氷の槍が出現した。
氷の槍はコカトリスの身体目掛けて勢いをつけたまま落下する。
重力に沿って真っ直ぐコカトリスに突き刺さった氷の槍は残されていたコカトリスのHPを全て奪っていった。
消滅するコカトリスと同時に消えていく氷の槍は辺りに光と氷の粒を撒き散らすことで、ダイヤモンドダストを作り出し幻想的な風景を作り出していた。
「勝ったぁー」
エアロブレスの余波を受け少し離れた所まで吹き飛ばされていたフーカが嬉しそうに近付いてくる。
仰向けになって身構えていたハルもゆっくりと体を起こし、軽く手を掲げ自分の無事を伝えてきた。
「助かったわ。ありがとうユウ君」
無意味に思えた銃撃もそれがあったからこそ魔法を使うまでの時間を稼ぐことが出来たのだとライラの言葉で気付かされる。
「いや。ライラこそ助かったよ」
決め手に欠ける。こういう戦いを経験する度に思うことはその一点だけだった。ハルやフーカのような技を使うことも、ライラのような魔法を使うこともできない俺はこのままではただのお荷物になってしまうかも知れない。
だが、それは自分でどうにかすべき問題だ。
出来ないことを出来ないままに放っておくつもりはない。しかし、今はこの四人でクエストを無事クリアすることだけに集中すべきなのだろう。
「みんな無事か?」
「ハルこそ、まともにブレス受けてただろ」
「俺の鎧は伊達じゃないぜ。あのくらい大丈夫だ」
ハルはにかっと笑い、爽やかな笑顔を見せてきた。
「なにが大丈夫よ。さっさと回復して」
フーカがストレージからポーションの瓶を取り出し、無理矢理ハルの口に押し込んだ。
瓶を口にくわえたまま流れ込む液体を飲んでいるハルを見てようやく和やかな空気が俺たちの間に流れ始めた。
「これであと三体ね」
そうだまだ三体も倒さなければならないのだ。決して無理ではないが、今のような戦闘を後三回も繰り返さなければならないと考えるだけで、それは途方もないことのようにも思えた。
「そうだねー。コカトリスも結構簡単に倒せたし、楽勝、楽勝!」
「何、楽勝、だったのか……これで?」
疑問符を浮かべる俺を見てポーションを飲み干したハルが納得したように言ってきた。
「そういえば、お前はボスとの戦闘そんなにしたこと無かったっけ」
「ああ、これで三度目だ」
「んー、言っておくとだな。このゲームではコカトリスみたいな架空のモンスターを幻獣って呼ぶんだ。そのボスモンスターだから幻獣系のボスモンスターだな。それらは通常のボスモンスターよりも強い。βのころは三人で戦っても持ってきた回復アイテムの殆どを消費してやっと倒せるって感じだったんだ」
「だから、今回は楽だった、か」
確かに、用意した回復アイテムは殆どと言っていいほど手を付けていない。戦闘が終わり、減っていたHPとMPを回復させるために使ったくらいで、戦闘中は全くと言っていいくらい必要無かった。
「まあ、俺やお前のレベルが高いってのもあるだろうが、やっぱり慣れだろ」
「慣れ?」
「ああ。俺たちはβのころからこういうモンスターと何度も戦って来たんだ。初見の四人組とは訳が違うぜ」
言われた通りレベルを上げてきたのはこういう目論見があったのかと妙に納得してしまっていた。大きなダメージを与えられるような強力な技を持っていない俺はせめて基礎パラメータだけでも高くしておいた方が良いとハルは考えたのだろう。
「でもでも、ユウさんも凄かったよね。アタシ達の動きと殆ど同じだったもん」
「だね。ユウくんはこのゲームに向いていると思うよ」
二人に褒められれば悪い気はしないのだが、その後ろでハルが一人ニヤニヤと笑っているのが気に食わない。
「……なんだよ」
「あ、いや。お前が剣銃なんて武器を選んだ時はどうなるかと思ったもんだが、意外と戦えてるんじゃないか?」
「まあな。まさか弾の補充が出来ないなんて驚いたからな」
思い起こせばあの時の衝撃はそれまでのどんな出来事よりも大きかった。
スキルを手に入れ≪リロード≫が使えるようになってようやくまともに戦えると思った矢先、強化するには複数の生産系スキルが必要になると知った。そのスキルもなんとか習得したかと思えば、今度は戦うための技が無いときたものだ。
いつまで経っても不遇な武器のようにも思える。
「そういえば、ユウさんなんで戦闘中に技を使わなかったの? MPの節約?」
いままさに悩んでいることをズバッと聞いてくる。
「違うって、単純に技がないだけ」
「え?」
自虐的に笑いながら告げる俺に驚いてみせたのはライラだった。
「どういう意味なの?」
「確か技ってのはスキルを強化していくと自然と身に着くもの、だったか」
「そうだ」
記憶にある説明文を思い出しながら確認のために訊ねるとハルが頷いてみせた。
「俺の≪剣銃≫ってスキルにはいつまで経ってもその技ってやつが出てこないんだよ」
自分で言っていて悲しくなってきた。
運営側も剣銃という武器を何もここまで不遇にしなくてもいいだろうに。
「だったら……」
顎に手を当て可愛らしく考える素振りを見せると、ライラが一つの提案をしてきた。
「他のスキルと組み合わせてみればいいんじゃない?」




