計画始動
翌日、私はフレイ君に連れられ、協力をお願いする女性の家へと向かった。
庭師の仕事は、花壇を荒らした犯人がもし再び現れて遭遇したら危険だから、という理由で、犯人が捕まるまでお休みする事になった。
無惨な状態になってしまったあの花壇を、一日も早くまた綺麗なお花でいっぱいにしたいという気持ちはあるけど、お父さんやフレイ君が心配する気持ちもわかるから仕方ない。
私が素直に頷くと、お父さんは凄くホッとした顔をしていたから、これで良かったんだと思う。
そうして私達は仕事に出かけるお父さんを見送った後、お休みの間に例の作戦を進めようという話になり、今に至る。
……あ、そういえば、今日はお父さん、珍しく騎士団の同僚の方が二人、家まで迎えに来てたけど……初めてだよね、あんな事。
思いがけずお父さんのお友達にご挨拶できて、ちょっと嬉しかったなぁ。
「プリム、着いたよ。ここがあの女性の家だ」
「! あっ、うん! わかった、じゃあいよいよ計画始動だね、協力して貰えるように頑張らなくちゃ!」
いよいよ到着した女性の家を前にして、それを見上げると、私は両手を握って気合いを入れた。
それを横目でちらりと確認したフレイ君は、フッと小さく笑ってから来客を知らせるベルを鳴らす。
するとすぐに扉が開き、何度か庭で見たあの薬師の女性が顔を出した。
「あら……どちら様? 初めて会う……わよね?」
「はい。初めまして! 私、プリム・テイエリーといいます! 騎士フォルツ・テイエリーの娘です!」
「俺はその護衛で、フレイ・ルードといいます。初めまして」
「えっ……テイエリー様のお嬢さんと護衛君? 貴女達が? ……ああ、でも確かに、ツェリから伝え聞いている特徴そのものね。そう、貴女がテイエリー様のお嬢さん……」
「はい! 今日は、貴女にお願いしたい事があって参りました!」
「お願い? 私に? あ……とりあえず、中へどうぞ」
「はい、お邪魔します!」
「お邪魔します」
女性は私達を家に招き入れるとお茶とクッキーを出してくれた。
私はそれを遠慮なく戴きながら訪ねた目的を話し、協力をお願いする。
女性は私の話を最後まで聞くと、何かを考えるように俯き、暫し沈黙した。
私もフレイ君も、女性が思考を終え、答えをくれるのをじっと待つ。
やがて女性は再び顔を上げると、私を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「そうね。私としても、ツェリには幸せになって欲しいから、協力するのはやぶさかではないわ。でも……貴女は本当に、それでいいの?」
「え?」
それでいいの、って?
お父さんが幸せになるんだから、いいに決まってるのに……何で、そんな事を聞くんだろう?
女性の問いかけの意味がわからずに首を傾げると、女性は一瞬困ったような顔をして、言いにくそうに口を開いた。
「……こんな事を、子供の貴女に言いたくはないけれど……その、テイエリー様は、貴女のお母さんとの結婚は、お互い想い合ってのものではなかったと噂で聞いているわ。貴女のお母さんが、一方的にテイエリー様を想って強引に結んだものだったと……。だから、その……今後、テイエリー様とツェリが結ばれて、二人の間に子供ができたら。愛していなかった妻との間の子供と、愛し合った妻との子供では、どちらにテイエリー様の愛情がいくと思う? ……貴女は最悪、家の中に居場所がなくなる可能性があるのよ。それでも貴女は、テイエリー様とツェリが結ばれる事を望む?」
「え……?」
……お父さんの、愛情?
家の中に、居場所がなくなる?
そんな事……まるで考えてなかった。
だって、相手はあのお父さんだよ?
そんなことは……。
「あり得ないから、大丈夫です」
「えっ?」
「私、お父さんにすっごく愛されてるんですよ! だからそんな事はあり得ません。ね、フレイ君?」
「そうだな」
「……」
自信満々に言葉を返す私と、しっかりと頷き肯定するフレイ君を見て、女性はぽかんと口を開いて数度目を瞬いた。
そして少しの間をおいて、おもむろにクスクスと笑い出す。
「凄い自信ね……それほどまでに溺愛しているの? テイエリー様?」
「はい、すっごく!!」
「ふふ、そう……なら、心配はないかしら。わかったわ。協力する。私は何をしたらいいの?」
「わ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
無事に協力の約束を取りつけれた私は、フレイ君と共に計画の詳細を女性に語る。
女性は終始楽しそうにそれを聞き、決行は早いほうがいいと、早速明日実行する事になった。
その後、女性からツェリさんについての話を色々聞いた後、私達は女性の家を後にする。
その、帰り道。
もし、もし万が一、あり得ない事だけど、万が一仮に、女性が懸念したあの言葉通りになったら自分はどうするのだろうと、少し考えてみる。
お父さんがツェリさんと結婚して、家族になって、二人の間にできた子供に夢中になって、私に構わなくなって、家に私の居場所が…………。
そこまで考えた時、ふと頭に浮かんだ姿に、私は顔を上げて隣を見る。
するとその視線に気づいたのか、前を見つめていたフレイ君がそれを私に移した。
軽く首を傾げて、『どうした?』と目線で問う。
それに首を振ることで『何でもない』と答えると、私は再び前を向き、口元に弧を描く。
━━私には、フレイ君がいるもんね。




