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フレイの暗躍

プリムが、王城の舞踏会に参加する事になった。

目の前で繰り広げられるのは、プリムのドレスの用意やエスコート役を決める、三つ巴の攻防。

ドレスの用意は、まあ、いい。

シュヴァルツ伯爵に用意なさって戴くのが一番だと思う。

けれど、エスコート役は。

俺がいるというのに、何故あまり親しくない王子殿下や、プリムが会ったこともない従兄弟に任せなきゃならないのか、理解できない。

攻防は白熱し、陛下も伯爵も旦那様も、プリムの表情にはまるで気づいていない。

俺はとにかく、プリムの事まで無視して繰り広げられる攻防に、心の中で溜め息を吐いた。

プリムを背に庇うように前に出て、口を開く。

俺の言葉を聞いたプリムはパッと顔を輝かせ、俺が自分のエスコートをする事を快諾した。

その笑顔につられるように微かに表情を緩ませたあと、スッと、視線を伯爵へと向けた。

……さて、少し忙しくなるな。

まあ、可愛い(プリム)の為だから、別にいいけれど。


★  ☆  ★  ☆  ★


プリムにおやすみの挨拶をして部屋に戻ったあと、俺は窓から外へと飛び出し、静かに駆け出した。

目的地は、シュヴァルツ伯爵邸。

舞踏会で合間見える可能性のある、プリムの伯父夫妻や従兄弟の人となりを、確認しておかなきゃならない。

もし、プリムにとって害となるなら、その邂逅は絶対に阻止をする。

貴族街につくと、一軒一軒侵入し、シュヴァルツ伯爵邸を探した。

やがて探し当てると、伯父夫妻や従兄弟の姿を探し、天井にじっと身を潜めながらその様子を観察し、又、使用人の噂話に耳を傾ける。

自分の気配は完全に消していた筈だが、ふいに視線を感じ、部屋の中を見渡した。

すると、隅に控えていた執事と目が合う。

執事は一度チラリと部屋の扉を見て、また俺を見る。

そして、シュヴァルツ伯爵家一同に退出の礼を取ると、部屋を出ていった。

……ついてこい、という事だと判断した俺は、素直に従い、天井を移動した。

俺は様子を観察しに来ただけであって、伯爵家に害を成すつもりはない。

通じるかはわからないが、気づかれた以上、そう説明するしかない。


「貴方のお名前を、お伺い致しましょうか」


さっきいた部屋から程近い別室で、天井から降り姿を見せた俺に、執事は開口一番、そう言った。


「フレイ・ルード。プリム・テイエリー様の護衛をしています」


俺は真っ直ぐに執事を見て、はっきりそう答えた。

すると執事は満足そうに二度三度と頷き、部屋の扉へと足を向けた。


「……あの?」


まさか、この返答だけで放置するつもりなのか?

そう思って、困惑したように執事の背に声をかける。

すると執事は足を止めて、振り返った。

顔は微笑みを讃えている。


「旦那様から、お孫様であるプリム様が、フレイ・ルード君という認承従属の護衛を得た事は聞き及んでおります。又、プリム様が舞踏会にご参加なさる為、旦那様がそのドレスをご用意なさる事も。……であれば、プリム様のお心の平穏の為、護衛の少年が若様方の人となりを探りに来られる事は間違いないでしょう。……私が、執事ではなく護衛として旦那様に仕えたならば、同じ事をしますからね」

「! では、貴方も、認承従属の……?」


執事が言った内容に、呆然とそう返すと、執事は大きく頷いた。


「貴方がおいでになるだろう事、旦那様にだけはお伝えしてあります。旦那様は好きにさせよと仰せです。どうぞごゆっくり、観察なさいませ」


次いでそう言うと、俺を一人残し、執事は今度こそ部屋を出ていった。


「はは……参ったな。これじゃ、気づかれるわけだ」


俺は苦笑してそう一人ごちると、気持ちを切り換えるべく一度深く深呼吸して、天井へと戻って行った。

一応許可はおりたんだ、お言葉に甘えて、ゆっくり観察させて貰うとしよう。

それから数日、プリムとおやすみの挨拶をした後は、シュヴァルツ伯爵邸に通う日々が続いた。

そしてその度に、今日はここまでと切り上げて帰ろうとすると決まって執事に会い、『お疲れ様です。お茶を一杯、いかがですか?』と何故かお茶に誘われる事になったのだった。

許可はおりているとはいえ、毎回無言で侵入し、天井に潜んで住人を観察している俺が、何故いつも帰る前に執事とお茶をしているのか意味がわからなかったが、ある日、執事が『たまには貴方がお茶を淹れて戴けませんか?』と言ってきた為、素直にお茶を淹れた。

執事はそれを飲むと、一言、『なるほど。これが旦那様が私のものに引けを取らないと仰ったお茶とほぼ同じものですか……』と、呟いた。

その目は、まるで何かを見定めようとするような、鋭い光を宿していた。

それを見て、俺はようやく執事が俺をお茶に誘っていた理由がわかった気がした。

俺のお茶は、師匠直伝だ。

味もそう変わらないと自負している。

執事はきっと、長年仕えた自分の主人が"自分のお茶に引けを取らないお茶"と称したものにある種の興味を持っていたと、そういう事なんだろう。

執事はお茶を飲み干して顔を上げると、『それではまた明日。どうぞ気をつけてお帰り下さいませ』とにっこり笑ってそう告げた。

俺が淹れたお茶にどういう評価を下したのか、その表情からは読み取れない。

……俺の淹れたお茶のせいで、師匠の評価を落としていなければいいと思いつつ、帰路につく。

その数日後、師匠から手紙が届いた。

そこには、『金色のおかげで、お茶好きの面白い友人が新しくできました。時折お茶を淹れ合い、飲み比べをしています』と、書かれていた。

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