条件について
花の状態を見ながら葉を適度に取って減らし、花ガラを摘み取る。
その作業を次々とこなしていく。
時折、新しく蕾を開かせた花を見ては、『綺麗に咲いたね~。それを保てるように、頑張ってお世話するね!』などと、花に話しかけながら。
そうして次の花に視線を移すと、後ろから影が射した。
振り返ると、フレイ君が立っている。
「ご主人様、あちらの草取りが終了しました。次は、何をすればいいですか?」
「えっ、あ、うん! ありがとう! えっと、じゃあ……そこ一帯の水やりをお願いしてもいい?」
「はい」
次の作業の指示を受けると、フレイ君はじょうろを手にして、去って行く。
フレイ君が正式に私の護衛になって、早5日。
変わらず私の作業を手伝うフレイ君を見て、その様子から大丈夫と判断したのか、ウッドさんは木の迷路の近くにある一角、幾つかの花壇の世話を完全に私に任せてくれた。
その為、フレイ君は護衛というよりも、私の庭仕事の助手と言ったほうが近い状態になっている。
いいのかな、と思うけど、本人は嫌がる様子もなく、黙々と手伝ってくれているから、良しとしておく。
「ご主人様、終わりました」
「えっ、あ、え? も、もう? 早いね。……ええと、じゃあ、ちょっと休憩してて? こっちももう終わるから、そしたらゴミを片づけて、今日は終わりにしよう?」
「はい、わかりました。では、地面に溢れ落ちている葉と花ガラを回収しておきます」
「え? あ、うん……じゃあ、お願い」
「はい」
フレイ君は短く返事を返すと袋を手にしたあとその場にしゃがみこみ、葉や花ガラを集め始めた。
……休憩してても、いいんだけどな。
ちらりとフレイ君を見て、有り難くも申し訳ない気持ちになりながら、せめて早く仕事を終えようと、私は作業に没頭した。
★ ☆ ★ ☆ ★
夕方、ウッドさんの家の自室で寛いでいると、コンコン、と、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。
「は~い、どうぞ~!」
そう返事を返したけれど、いつまでたっても部屋の扉は開かない。
あ、しまった、フレイ君だ!
部屋の向こうにいる相手が判明し、私は慌てて扉に駆け寄った。
この家の、私の部屋を訪ねてくるのは、家の住人であるウッドさん、ククルさん、アメリアお姉ちゃんの三人と、フレイ君だけだ。
三人はノックをして、返事が返ってくると自分で扉を開けて入ってくる。
けれどフレイ君の場合は、私が扉を開けるまでじっと待ち続ける。
最初、いつまでたっても誰も入って来ないからノックは空耳かと放置して、だいぶ経ってから部屋を出る時扉を開けるとそこにフレイ君が立ち尽くしていた事に驚き、ずっと待ってたと聞いて平謝りするという事態になった。
あれは教訓だ。
以来、二度とないように気をつけている。
「お待たせフレイ君! なあに?」
「……確認したい事があるのですが、今、お時間よろしいですか?」
「確認? うん、いいよ。あ、じゃあ、入って!」
「はい。では失礼します」
扉の向こうにいるのはフレイ君だと判明しているので、扉を開けながら用件を尋ね、返された返事に、入室を促す。
フレイ君の手にはトレイに乗ったお茶のポットとカップがある上、時間の有無を聞かれたという事は、長くなるかもしれない話なんだろう。
緑のクッションの上に腰を下ろすと、目の前にある丸い木製の小さなテーブルにカップが置かれ、紅茶が注がれる。
「ありがとう。フレイ君が淹れた紅茶、美味しいから嬉しいよ」
「光栄です」
フレイ君が淹れる紅茶は、灰色商館八階で飲んだ紅茶と同じくらい美味しい。
きっとあの商人さん直伝なんだろうな。
「うん、今日も美味しい。あ、それで、確認したい事って、何?」
紅茶を一口口に含み、その味を堪能してから、私はそう尋ねた。
「はい。……未だに反応が変わらないので、やはり聞くべきかと思いまして」
「へ? 反応?」
「ご主人様。……と、そうお呼びすると、貴女は一瞬、戸惑われますから」
「あ……っ。……き、気づいてたんだ? えっと、ごめんね? フレイ君は私を主人にしてくれたんだから、そう呼ぶのが普通なのは、わかってるんだけど……どうにも、そう呼ばれるのは、落ち着かなくて。で、でも、そのうち慣れるかもしれないから、気にしないで!」
そうなのだ。
フレイ君に『ご主人様』と呼ばれると、私はどうしても恐縮してしまい、一瞬顔が強ばってしまうのだった。
見抜かれていた事にばつが悪くなり、視線をさまよわせながらも明るく返答を返す。。
そして誤魔化すように紅茶を飲んでいると、フレイ君は首を横に振った。
「いえ、そういうわけにはいきません。貴女のお祖父様である伯爵様は、望む護衛の条件として"肉体的にも精神的にも守れる者"と告げたと聞きました。こう何日も戸惑いを見せた挙げ句、『落ち着かない』と言うのなら、変えるべきだと思います。たとえどんなに小さくても、自分が貴女に精神的苦痛を与えるわけにはいきません。だから、教えて下さい。貴女の事、どう呼べばいいですか? それに従います」
えっ、せ、精神的苦痛って……。
確かにご主人様って呼ばれるのは戸惑うし落ち着かないけど、ちょっと、大袈裟なんじゃ……。
で、でも、呼び方を変えて貰えるなら嬉しいし……ここは、黙って甘えようかな?
「あの、ありがとう。じゃあ、プリムって呼んで貰っていいかな? あと、ついでに敬語もやめて、普通に話してくれると、嬉しいな」
「敬語を? それに……まさか、呼び捨てですか?」
「う、うん。……ダメかな?」
「………………。……いえ、わかりました。貴女がそれでいいのなら、従います。……プリム。……紅茶のおかわり、いるか?」
「! うんっ! ありがとうフレイ君!」
普通に名前で呼んでとお願いすると、フレイ君は一瞬驚いたように軽く目を見開いた。
けれど了承の言葉と共に、願い通りに言葉を返されて、私は笑顔で頷くと、新しく注がれた紅茶を飲んだ。
やっぱり、私はこういうのが一番落ち着くよ。
ああ、なんだか紅茶が更に美味しく感じる。
「……これまでで一番、嬉しそうだな。……なら、これでいいか」
紅茶の美味しさを噛みしめていた私は、苦笑して小さく放たれたフレイ君のその言葉を、聞き逃した。




