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灰色商館、二階 2

それから数日、男の子とお父さんは毎日朝と晩に手合わせをしていた。

お父さんが剣を振るうのは初めて見たけれど、お父さんはなかなか強いみたいだ。

男の子は手も足も出ず、毎回あっさり負けていた。

まぁ、年齢差があるから当然とも言えるんだけど。

それでも、男の子はいつも楽しそうだった。

けれどそんな毎日も、お父さんの出張が入って終わりを告げた。

いつものように私はウッドさん一家に預けられ、それに私の護衛候補である男の子もついてきた。

私がウッドさん達のお手伝いで庭師の仕事をする間、男の子は近くで素振りや、腕立て伏せなどの、体を鍛える行為をする日々に変わる。


「よいしょっ、と。……う~ん、今日はちょっと量が多いな。台車にのりきらない……。……あの、すみませんが、のこりの肥料のふくろ、いっしょに運んでくれませんか? そうすれば、一回で終わりますし」


ウッドさん達に預けられて四日目。

肥料の運搬をお願いされた私は、その量を見て男の子を振り返り、尋ねた。

すると男の子は、眉を寄せ、口を開いた。


「はぁ? 何で俺が。それはお前の仕事だろ? いいか、俺の仕事はお前の護衛だ。護衛の手が塞がったらいざって時剣を振るえない。そんなの駄目に決まってるだろ」

「あ。……そう、言われてみれば、そうですね。ごめんなさい」

「ん、わかればいい。……ところで、お前の父親、いつ帰って来るんだよ? こんな基礎練ばっかじゃつまんねぇ。お試しに来てから、特に危険もねえし、腕の振るいようがないじゃんか。これじゃ自慢の腕がなまっちまうぜ」


ぶっきらぼうに拒否した男の子に私が謝ると、男の子は不満げにそう言葉を重ねた。


「え、えっと……危険は、できればこのままないほうがいいんですが……護衛は、万が一のときのための用心にってものだし。それと、お父さんはしばらくは帰ってきません。たぶん、お試し期間中に帰るのはむりじゃないかと思います」

「は!? ……何だよそれ。それじゃ俺が出した条件はどうなるんだよ!?」

「条件? あ、お父さんとの手合わせですか?」

「そうだよ! それが条件だろ!」

「は、はい。でも、お父さんは"仕事で無理なとき以外で"って言ってましたよね? "それでいい"ってうなずいてませんでした?」

「それは……っ! でも、そんなに長く無理だとは思わなかったんだよ! これじゃ意味ない! 基礎練ばっかのつまんねぇ毎日なんか冗談じゃねぇ! 護衛の話はなしだ、俺帰るぜ!」

「えっ!? そ、そんなぁ!?」

「……プリム? どうしたのですか?」

「えっ? あ、フローラ様! こ、こんにちは!」

「う……今日も王女殿下のお出ましかよ」


突然帰ると言い出した男の子に私が慌てた声を上げると、後ろから控えめな声がかかる。

振り返るとフローラ様と、護衛の騎士様とメイドさんがいた。

あの襲撃の一件のあと、フローラ様はどこへ行くにも護衛の騎士様を伴うようになったみたいだ。

まあ、あんな事があったら当然だと思う。

フローラ様は、この国の大切なお姫様なんだから。


「ごきげんようプリム。ウッドにこちらだと聞いて来たのだけれど……どうか、したのですか?」

「え、い、いえ、その……べ、別に。そ、それよりフローラ様、私を探してたんですか?」

「ええ。今日もまたお話できればと思って。もちろん、プリムは作業をしながらでいいですわ。……そちらの方にも、プリムの良さをまだまだお話し足りないですしね?」

「えっ! ……あ……」

「? ……プリム?」


にこやかに微笑んでそう言うフローラ様に、私は言葉を詰まらせた。

次いで男の子をちらりと見て、俯く。

そんな私を見て、フローラ様は不思議そうに首を傾げた。


「……申し訳ありませんが、王女殿下。もはやその必要はございません。俺はもう商館へ帰りますので」

「えっ? 商館へ帰るって……それは、プリムの護衛にはならないということ? どうしてですか?」

「俺が出した条件が守られませんもので」

「だ! だから、守らないわけじゃ! これまではちゃんと!」

「期間の半分も守らないんなら、同じ事だろ! とにかくこれまでだ、俺は帰る! さっさとあの伯爵様に連絡取って、商館まで送り届けてくれよ!」

「そんなぁ!! ちょっと待って下さ」

「……よくはわからないけれど……プリムを袖になさるなんて、人を見る目がありませんのね。……そんな方、こちらからおことわりですわ。……メアリ、シュヴァルツ伯爵にすぐにこちらに来るように連絡をして下さい」

「はい、かしこまりました」


帰ると言い張る男の子をなんとか引き止めようとする私の言葉を遮って、フローラ様はどこか冷たい声色でそう言うと、次いで軽く首だけで後ろを振り返り、メイドさんに命じた。


「へっ!? フ、フローラ様!?」

「プリム、見る目のない方なんてひきとめる必要はありませんわ。プリムには、もっといい方がおりますわよ。ウッドには私からもお話しますから、商館へ行って新しい方を見つけて来るといいですわ」

「………………」


にこやかに笑ったまま話をするフローラ様の後ろに、お城のほうへと歩いて行くメイドさんが見える。

私はもはや絶句して、呆然とその後ろ姿を見送った。


「……俺の見る目がどうとかはともかくさ。お前、王女殿下に気に入られて付き合いがあるんなら、商館でそれ言えば、身分とか権力重視する奴ら釣れるんじゃねぇの? 仮にも伯爵の孫なんだし」

「……え……」

「いや、それはやめたほうがいい。身分や権力に釣られて仕えるような輩は、更に強い身分や権力を持つ輩に甘言を囁かれば簡単に乗り換えるだろうからな。城に出入りする以上、そういう輩に遭遇する可能性はある。……伯爵より上の位の貴族や、他国の王族などに、な」

「えっ!」


男の子の言葉に私が戸惑いの声を上げると、すかさずフローラ様の護衛の騎士様が反論した。

その事に驚いて、私は無遠慮につい騎士様を凝視してしまった。

こ、この騎士様、初めて喋った……!!

今までは黙ったままじっとフローラ様の後ろに控えてるだけだったのに!


「き、騎士様、喋れたんですね……?」

「まぁ。やだプリムったら。当然ですわよ? ……でも確かに、めったに声を出しませんわね」

「はい……騎士さまの声、初めて聞きました」

「…………」


思わずぽつりと呟いた私の言葉に、フローラ様がくすくすと笑って返す。

すると騎士様は僅かに目を細め、再び黙り込んでしまった。

あ、まずい、失言だったかな!?


「あっ! あの、ちゅうこく、ありがとうございました! えっと、話すのは、やめておきます! ……フローラ様とお友だちだからって理由でひきうけられても、私、うれしくないですし」

「……それがいい」

「はい」

「ふーん……ま、それならそれで、別の方法で頑張れ。俺はごめんだけど、どっかにはお前でもいいってやつ、いるだろ。たぶん」

「……あ、ありがとう……」


騎士様の様子に慌てて言葉を紡ぐと、騎士様は短く返事を返してくれた。

それに対し男の子はどうでもよさそうな態度で励ましなのかそうでないのか判断に苦しむ事を言う。

とりあえずお礼は言ったけど……"たぶん"って……私、ちゃんと護衛、手に入れられるのかなぁ?

メイドさんからの連絡を受けてお祖父ちゃんがやって来たのは、せめてこれだけは、と運んだ肥料が全てウッドさんに渡せて少し経った頃だった。

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