36. クーデター(※sideラフィム)
「なっ、何なんだこれは!!何の冗談だ!!止めろ無礼者どもが!!」
「いやぁっ!!ラフィム助けて!こいつら何なのよ!ラフィムーッ!!」
俺とタニヤはほぼ裸同然の薄衣一枚を適当にかけられただけの格好でグルグル巻きに縛られ、王宮の広間中央に放り出された。いつの間にこんなに集まったのかと思うほど大勢の貴族たちが周囲を取り囲み、這いつくばった俺たちを見下ろしている。皆が武装し、それぞれに武器を持っている。兵士たちや王宮の重役たちまで揃っている。ここに来てようやく事態の深刻さに気付いた俺は、全身に鳥肌が立った。
「ラ、……ラフィム……」
タニヤがもぞもぞと俺に近寄りその身をすり寄せてくる。恐怖に喉がひりつき、声が出ない。けたたましいほどの自分の心臓の音が鼓膜を突き破る勢いでドクン、ドクン、と激しく鳴り続けている。
俺たちは……今からどうなるんだ……?
その時、一人の男が前に進み出てきた。……ランチェスター公爵だ。
俺は精一杯の虚勢を張り、公爵を下から睨み上げる。
「なぜこのようなことになったのか。さすがの陛下もお分かりかと存じます。再三にわたり大臣たちからご忠告があったはずです、陛下。あなた方夫婦のために我々ワースディール王国の民たちは皆生活が追い詰められ、命を落とした者も多くおります」
「そっ?!……ケホッ、……それが何だ!!仕方がないだろう!!そういう時期もあるんだ!常に順風満帆な国などないっ!」
声が裏返ってしまったが、それでも俺は自分の正当性を必死で主張する。このままこいつらの言うことをふんふんと聞いていたら、この後何をされるか分かったものじゃない。
自分は悪くないのだと、きちんと伝えなければ。
しかし俺の言葉を聞いたランチェスター公爵のこめかみに青筋が浮いた。より険しい顔つきになった公爵は俺を睨めつけながら辛辣な言葉を吐く。
「くだらぬ言い分は聞くに堪えない。貴様ら夫婦の度を越した浪費が我々の生活を苦しめているんだろうが!何人の民たちが命を落としたと思う?君主でありながら君主としての仕事をせず、民のことは少しも考えない。貴様らのような人間にこのまま任せておけば、もうワースディール王国は終わりだ。……だからこそ、我々は一致団結して立ち上がったのだ。ラフィム・ワースディール、及びその妻タニヤよ。我々国民は貴様らを排除する」
「…………っ!!」
恐怖のあまり息ができない。ようやく気付いた。
これは……クーデターなのだ。
俺はこいつらから、……こ、……殺されるのか……?
そんな…………!
パニックになった俺は誰かに助けを求めようとした。必死で広間を見渡す。味方になってくれそうな、命乞いが通じそうなヤツを……誰か……!
その時。
「待って!!お願い助けて!!私は違うの!!私は、かっ、関係ないのよ!!」
「っ?!」
隣にいたタニヤがずりずりと這いつくばりながらランチェスター公爵の足元に擦り寄っていく。
「わっ、私は……あの男に従っていただけなの!私は言ったのよ?!こんなにお金使っていいのかって!税金なんか上げたらみんなが可哀相じゃない?って。本当よ!だけど……、だけど、あ、あの男が……!」
「おいっ!!」
突然俺を裏切ってランチェスター公爵に媚びはじめたタニヤに向かって怒鳴るが、タニヤは俺のことなど見向きもしない。
「お、王妃ならば、誰よりも目立つように着飾っていなくてはダメだって!そう言って次々にいろいろなものを買わせたのよ!本当はそんなことしたくなかったの!もう何もいらないわ私!大人しく仕事だけしていますから!お願い!私だけは……私だけは助けて……っ!!」
「っ!きっ……貴様……タニヤ……ッ!!」
怒りのあまり一瞬恐怖心が吹っ飛んだ。この女……!俺のおかげでこれまで散々贅沢三昧の生活を送ってきたくせに……!あんなに毎日毎日愛を囁いて、俺に媚びていたくせに……!
自分さえ助かれば俺は死んでもいいというのか……!!
ついさっきまで確かに愛していたはずの女がたちまち誰よりも憎い存在へと変わった。許さん……絶対に許さんぞタニヤ……!
「こっちを見ろ!この馬鹿女!嘘ばっかり言いやがって……!ドレスも宝石も何もかも、お前が欲しがったものばかりだろうが!!」
「うるさい!!嘘ばかりはあんたの方でしょう?!わっ、私は!もっとちゃんと勉強や公務がしたかったのよ!いい王妃になりたかったの!……ねぇ、お願いよ。ね?助けて……おじさま。誰か知らないけど、助けてくれるなら何でもしてあげるわ。ね?」
タニヤは引き攣った猫なで声でそう言うと、ランチェスター公爵の足元にくねくねと体を擦り寄せていく。こいつ伯爵令嬢のくせに公爵の顔さえ覚えていないらしい。公爵はゴミがくっついたような不快な顔をしてタニヤからパッと離れた。縛られていて自由に体を支えられないタニヤは、その場にゴロンと転がった。
「もう手遅れなのですよ、醜いご夫婦。お二人にはこれから毒杯を飲んでいただきます」
その声を合図にしたかのように、文官の一人がトレイに載せたグラスを二つ運んできた。
「ひ……っ!!」
「っ?!……な、……な……」
どす黒い血のようにも見える液体が入ったその2つのグラスを見た途端、全身から血の気が引いた。もう何も考えられなかった。半ば無意識に俺は叫ぶ。
「だっ!誰か……っ、誰か助けてくれ!!褒美ははずむ!!何でも与えるから……、た、頼む……誰か……っ!!」
「いやぁぁっ!助けてーっ!!お願いよ、ゆ、許してぇっ!!」
誰一人声を上げる者はいない。周囲を取り囲む見知った人間たちは皆無表情で俺たちをじっと見つめている。その静けさがより一層恐怖心を煽り、知らず知らずのうちに俺の頬には涙が伝っていた。
「どうぞ、お飲み下さい、ラフィム殿、タニヤ殿」
トレイごと一旦床に置かれたグラスを見て、俺は吐き気を催した。怖い。無理だ。こんなもの飲めるはずがない。死にたくない。死にたくない……!!
「だっ、誰が飲むもんか!!ふざけないでよ!!」
いつの間にか俺のそばまで戻ってきていたタニヤが、グラスの載ったトレイを体をくねらせながら思いきり蹴飛ばした。二つのグラスが大きな音を立てて倒れ、中身が盛大に飛び散ってこぼれた。何故だかそれを見て、俺は安堵した。
「……そうだ!俺は国王だぞ、無礼者どもが!誰がこんなものを飲むか!!」
グラスの中身がなくなったことで気が大きくなった俺はそう叫んだ。しかし、
「さようでございますか。では、あなた方のせいで無駄死にさせられた民たちと同じ目に遭ってから死んでいただくとしましょう」
今度はカニンガム公爵がそんなことを言った。さらりと。
(……え……?)
同じ目に?……何だ?同じ目とは。
俺の考えを読んだかのように、ランチェスター公爵が冷めた声で宣告する。
「今からあなた方二人を外の広場にて磔にします。五日後、お二人揃って断頭台に上がっていただきましょう」
「──────っ!!」
「そっ……そんな……。いや……いやよ!ねぇ、嫌!たっ、助けて!お願いよ!私だけ……私だけでも……!!うわぁぁぁっ!!」
俺は自分が失禁していることにも気付かなかった。




