33. それぞれの幸せ
それからおよそ一年が経ち、私たちは皆無事に学園を卒業した。
私とマルセル様は満を持して夫婦として共に暮らしはじめた。カニンガム家で両親と同居するのだと思っていたけれど、父は私たちのためにとわざわざ近くに素敵なお屋敷を建ててくれていた。何も聞かされていなかった私たちは驚いたものだ。
「新婚生活にちょうどいいだろう。そんなに大きな屋敷ではないが、孫が産まれればすぐに会いに行ける距離だ」
などと気の早いことを言ってそわそわしていた。
マルセル様は父についてカニンガム公爵領をまわり、領民たちに挨拶をしたり各地の視察に飛び回っている。忙しい日々だ。
そして──────
「ほら、見て!素敵でしょう?この指輪!グレン様が選んでくれたのよ。私の黒髪に映えるからって。ルビーなの」
「ええ。すっごく素敵よ」
「ふふ、ありがとう。この髪飾りのデザインとすごく合うでしょう?グレン様ね、私がルビーをつけているのがすごく好きみたい。私の美しさを何より引き立ててるって、そう言ってくれるのよ。うふふ。あ、この髪飾りは先日デートの帰りにくださったの」
「ええ。素敵ね。ふふ」
「今度ね、うちの屋敷でグレン様を招いて夕食会をするの。母が張り切っていてね。両親も安心しているみたい。私がずっとあんな調子だったから……、……っ、やだ、私ったら……」
「?どうしたの?イレーヌ」
会いに来てくれるなり幸せオーラ全開で惚気話をしていたイレーヌが、突然我に返ったようにハッとしたかと思うと頬を染める。
「こ、こんなに自分の話ばかり……。聞いていられないわよね。ごめんなさい、ステファニー。つい……」
急に恥ずかしくなったらしい。その様子を見てなんだかおかしくなってきて私はつい笑ってしまう。可愛い。
「いいのよ、イレーヌ。いくらでも惚気てちょうだい。ずっと聞いていたいくらいよ。私も嬉しいんだから。あなたがこんなに元気になって、こんなに幸せそうな顔で笑っていて」
「……ステファニー……」
一時はどうなることかと思うほど痩せ細り追い詰められていたイレーヌは、この一年と数ヶ月ですっかり元の輝きを取り戻した。それもこれもグレン様の深い愛のおかげだ。王太子殿下の婚約者だからと今までずっと想いを秘めていたという彼は、イレーヌが立ち直るまでずっとそばで支え続けてくれた。
あの頃よりだいぶ伸びたイレーヌの美しい黒髪も以前の艶と輝きを取り戻し、今の彼女がいかに満たされた日々を過ごしているのかを物語っている。
時が巻き戻ったこの人生に何の意味があるのかと、そう運命を呪いたくなるほど苦しんでいたイレーヌだったが、今ではかつて見たことがないほど幸せそうにしている。愛を受け入れてもらったグレン様も感無量といったところだろう。
(やっぱりちゃんと意味があったんだわ。この二度目の人生には)
そう。ラフィム殿下の身勝手な心変わりのために無駄に命を落とすことになっていたグレン様まで、心から愛する人と幸せになれたのだ。
これでよかったんだわ、本当に。
「……ありがとう、ステファニー。あなたが私の友達でいてくれて、私本当に幸せよ。今の私にとってグレン様は誰よりも大切な存在になったけれど、あなただって私の人生になくてはならない特別な人なの。……本当よ」
「イレーヌ……。私もよ」
イレーヌの言葉が胸に優しく染み入ってくる。幸せを噛みしめている私に、茶化すように彼女が言う。
「本当にぃ?あなたも同じように思ってくれてる?」
「あ、当たり前じゃないの。なぜそんなこと言うのよ」
「ふふふ。だってあなたとマルセル様って本当に熱々なんだもの。完全に二人だけの世界が出来上がってるっていうか。他の人なんていらないんじゃないの?マルセル様と見つめあってる時の自分がどんな顔してるか、分かってる?」
「や、止めてよ」
「あまぁいオーラがダダ漏れなのよ。ふふふふ」
「もうっ、イレーヌ……」
恥ずかしくなってむくれてみせたけど、こんな風に冗談を言えるくらい元気になってくれたのかと思うと、もうそれだけで充分。いくらでもからかってればいいわ。そして好きなだけ惚気てほしい。それをずっと見ていたい。
こうして私たちがそれぞれの幸せを見つけて、新しい人生を歩み出した頃。
重い胸の病でお倒れになり数ヶ月前から臥せっておられた国王陛下が、崩御されたのだった。




