24. 続く執着
「もぉぉ……水くさいわねぇステファニーったら……。この私にまで黙ってるなんて!こんなにギリギリまで!」
「ご……ごめんね、イレーヌ……。もう、なんていうか……本当に、いろいろと込み入った事情があったというか……」
そう。事情はあり過ぎるのだ。まさか私もこの場所から一年も逃げなくてはいけないことになるなんて思っていなかった。
そんなことは何も知らないイレーヌは、放課後の講義室の中で非難するように私を見つめながら、可愛らしく頬を膨らませている。
「たくさん手紙を書くわ。たった一年よ。すぐに帰ってくるわ。……ね?」
「……うん。大丈夫よ。本当は別に怒ってない。それぞれの家庭にいろいろな事情があるのだもの。きっとあなたのところも大変だったのよね」
何と思ったのかは分からないが、イレーヌはこの突然の留学はカニンガム公爵家の中の何らかの事情であって、そこに首を突っ込んではいけないと思っているようだった。私も特に否定はしなかった。説明できないのだから、もうそれでいい。
「だからあなたも寂しがらないでね。私もたくさん手紙を書くわ。きっとあっという間よ。楽しんできて」
「ええ、ありがとうイレーヌ。嬉しいわ。向こうに着いたらすぐに手紙書くわね」
大好きな友人と頬を触れ合わせるように抱きしめあい、しばらくの別れを惜しんでいた、その時。
「ステファニー。話がある」
(……っ!……ラフィム殿下……っ)
あろうことか、講義室の入り口に現れたラフィム殿下が、イレーヌの前で私のことを当然のように呼びつけた。
「あら、殿下。彼女に何かご用ですの?私……」
自分に話しかけてくるイレーヌのことを完全に無視して背を向けるとそのままどこかに行こうとする。
「……っ?……どうしたのかしら、ラフィム殿下……。最近あんな調子なの。ずっと不機嫌で、なんだか苛ついているみたい。……殿下はあなたに何のお話があるのかしら」
「……さあ……、見当も付かないけれど、たしかに不機嫌そうね。ちょっと行ってくるわ」
「あとで聞かせてね、ステファニー」
「ええ」
イレーヌの言葉にドキリとしたけれど、上手くごまかしつつ殿下の後を追った。まさかイレーヌの前で普通に声をかけてくるなんて。彼女に対する罪悪感や、見られたらマズいという焦りはないのだろうか。
殿下の配慮のない態度にまた不安になる。彼女に何も知られずに済めばいいのだけれど……。
「……今度は留学だと?なかなかやるじゃないか、ステファニー。どうにかして俺から逃れたくて仕方ないとみえる」
「……殿下、どうか、少しお声を抑えてください」
さっきまで私たちがいた同じフロアの二つ隣の講義室に入るなり、殿下は苛立ちを隠さない声で私に言った。廊下で誰かに聞かれてやしないかとハラハラする。
すると殿下は前触れもなく私の顎を乱暴に掴むとぐいっと上に向け、怒りのこもった目を近づけてきた。
「……っ!」
「結婚したばかりのくせに、何が留学だ。案外浅はかな女だな、ステファニー。たった一年俺から離れたところでどうなると言うんだ。……ふ、面白いじゃないか。一年間頭を冷やしてよく考えてこい。俺を怒らせても何の得もないということをな。お前にとっても、カニンガム公爵家にとっても。大人しく俺の愛を受け入れ愛妾の座にでも納まれば、互いに楽しい生活ができる。それだけのことだ」
「……はなして、ください……っ!」
殿下の手から逃れようとその腕を掴み抵抗するが、ビクリともしない。何が愛だ。次々に目移りする幼稚な感情のどこが愛だというのか。それに、カニンガム公爵家の娘である私に向かって愛妾などと……!自分の方がよっぽど浅はかじゃないの。
暗い怒りを湛えた瞳を見れば、この男の私への感情がただの得られなかったものへの執着でしかないということがありありと分かる。愛など欠片もない。どこまで子どもっぽい人なのだろうか。
あの時のように口づけを強要されてはたまらないと必死で抵抗を続けたけれど、結局私はこの男の力に負け、またも乱暴に唇を奪われた。気持ちが悪くて涙が溢れる。今この男の舌を噛み切ってやれたらどんなにいいか。私の人生を二度も土足で踏み荒らし蹂躙するこいつを、いっそここで……!
ようやく地獄から解放された瞬間、私は顔を思いきり逸らしてはぁはぁと大きく息をする。そして殿下を睨むと言った。
「……もう……こんなことはお止め下さい、殿下……。こんなことをされても、私はあなたのものにはならないのです。夫がいる身で不貞を働くつもりもありません。脅迫するようなことを言われても困ります!あなたは……どうしてそんなに私に執着するのですか……!」
「……?そんなこと、決まっているだろう。俺がそう決めたからだ。お前を手に入れると。他に何の理由がある」
「……っ、」
まるで私の質問が無意味なものであるかのようにラフィム殿下は淡々と答えた。この人は……人の人生を一体何だと思っているのか……。ただの自分の玩具とでも……?
立ち去る私に殿下はこの上なく楽しそうな口ぶりで言う。
「楽しみにしているからな、ステファニー。お前が俺の元に帰ってくるのを」




