第一章九話 「殺戮者」
<視点 フェウザ>
―――フェウザ・ロトフゥイは今、目の前にいる、長く伸びすぎた黒灰色の髪により、両目が覆われていて見えなくなっている、背が小さい少年のような人物――コブラヴェズ・ノア・リュウグレイネルへと、弓を構えた。
「あははァ。俺はしッかり納得してくれるよォに説明したつもりだけど……どういうことだい?」
「どうもこうも……あんなので、お前を信じられるわけがねえだろ」
「嫌だなァ、そォいう種族差別とか偏見とか……好きじャァない」
「――――」
――種族差別や偏見。そう言ったものは、フェウザも好きではない。というより、むしろ嫌いだ。
相手が人間以外の種族だから信用しないだとか。常識が伝わらなくて話す価値もないだとか。言葉なんてどうせ伝わらないだろうだとか。
そう言った種族差別や偏見は――馬鹿の考えることだと、フェウザは思う。
それだったらフェウザも馬鹿の部類に入るのだが、あながち間違ってはいないし、それに――
「――俺が見てるのは、種族とかそういうやつじゃなくて、お前がやった行動だよ」
――フェウザが、コブラヴェズへの印象を決める評価は、種族や言葉遣いではなく、行動である。
人間をたくさんの殺し方で殺して、人間を遊ぶように、嘲笑うようにたくさんの殺し方で殺して――そんな輩が、善悪の区別ができるだの、善は報われて悪は死ぬだの、なんだの。
「そりゃ、信用なんてできるわけねえだろ」
そう言いながら、フェウザは弓を引いた。
「疾風矢!!」
弓を引くと同時に、技名を唱える。
名の通り、疾風迅雷、猪突猛進と言った四字熟語が似合うような疾風並みの速さを持つ矢は、そのままコブラヴェズを貫通せんと――
「だから、そォいうのが種族差別ッて言ッてるんだけどね?」
「っ……」
――真っ直ぐ、直進して放たれ、脳や心臓ら辺の急所を貫通するはずだった。
だが、刹那。――目の前にいたコブラヴェズの姿が突如として消え、フェウザの後ろから、コブラヴェズが放った声が聞こえた。
「お前、いつの間に……」
「いつの間にも何も、お兄さんの矢の速さが遅かッただけでしョ? 種族差別と言い偏見と言い、なんでもかんでも人のせいにするのは、正直言ッて好きじャないなァ」
確定で、明らかに、急所を貫通すると思われた矢が外れ、それだけでなく、いつの間にかフェウザの後ろに現れるコブラヴェズ。
その要因は、フェウザの放った矢の速さが遅かっただけでなく、コブラヴェズにもなんらかの要因はあるはずだ。
しかしそれを言及せず、フェウザに影響があると皮肉を込めて言っていそうなその言葉から、コブラヴェズからの評価は、着々と下がってきているのを感じられる。
「――――」
――フェウザから見たコブラヴェズは、人を遊ぶように、揶揄うようにたくさんの殺し方で殺し、なのに善が報われるだの悪が死ぬだの命の価値がわかるだのと、虚言を吐く子供。
――コブラヴェズから見たフェウザは、種族差別や偏見しているのを自分で認めず、命の価値なんてどうせわからないだろうと相手を全く信用しない愚か者。
はっきり言って、その関係は――
「……最悪だな」
――絶対に不味いとわかる料理に、実はさらに毒が盛られているような、相性が悪い最悪の関係である。
しかし、そんな最悪の関係だからこそ、そんな最悪の相性だからこそ、そんな信用もしたくない相手だからこそ――
「……気安く殺せる」
――手加減も与えず、罪悪感も残らず、後悔の余韻も残らず、気楽に殺せるのだ。
△▼△▼△▼△▼△
――たくさんの殺し方で人を遊ぶように殺した“殺戮者”。
そしてその殺戮者が、悪意が込められ最悪の権化とも言える最低な輩だからこそ、気安く殺せると思う“殺戮者”。
もはやどちらが悪役なのかわからないその関係は――濁っていくばかりであろう。
「だけど、お前の強さだけは認めなくちゃならねえな」
「そんな嫌そォに俺を見ないでくれるかい? 俺だッて生きてる一人の生命なんだから、傷つくものは傷つくよォ?」
「だったら、結構久しぶりに本気を出すか」
「無視、かァ」
ぺちゃくちゃと喋っているコブラヴェズの意見など特に気にせず、フェウザは独り言のように呟きながら――コブラヴェズに、撤退するなら今のうちだと、そういう意味合いも込めて言葉を発する。
しかしコブラヴェズの方も自分の意見が無視されたことを呟いただけで、フェウザの意見など気にも止めていなかった。
「さて、行くぞ」
そう言い、フェウザはコブラヴェズに向かって疾走する。
コブラヴェズに向かって疾走するということは――彼を近距離戦に陥れるということ。
弓使いのフェウザが、有利な遠距離での戦いではなく不利な近距離での戦い――それは明らかに、馬鹿の取る選択肢であるが、彼はフェウザ・ロトフゥイ。
――『迅雷の虐殺』という“省略”された二つ名を持つ、『勇者パーティ』の一員である。
「お兄さん、近距離戦ッてことは弓は使わないのかな?」
「そんぐらい自分で、考えやがれっ!!」
コブラヴェズの余裕そうな態度に罵り雰囲気の言葉を返し、フェウザは――腰にちょっこりとついている、短剣を引き抜く。
「らぁ!!」
そして、どんな攻撃で仕掛けてくるのかわかっていないコブラヴェズの顔面を突き刺そうと、短剣を振るが――
「遅い」
「っ、クソ」
――躱される。
「鈍い」
「っ、クソ」
――躱される。
「軽い」
「っ、クソ!」
――躱される。
「ヒョロい」
「っ、クソ!」
――躱される。
「雑魚い」
「っ、クソ!」
――躱される。
「目標が定まッてない」
「っ、クソ!」
――躱される。
「腕が上手く振れてない」
「っ、クソ!!」
――躱される。
「足が上手く蹴れてない」
「っ、クソ!!」
――躱される。
「筋肉が上手く使えてない」
「っ、クソ!!」
――躱される。
「脳がスピードに追いついてない」
「っ、クソ!!」
――躱される。
「目が上手く捉えてない」
「っ、クソ!!」
――躱される。
「力が弱い」
「っ!?」
――受け止められる。
「遅い、鈍い、軽い、ヒョロい、雑魚い、目標が定まッてない、腕が上手く振れてない、足が上手く蹴れてない、筋肉が上手く使えてない、脳がスピードに追いついてない、目が上手く捉えてない、力が弱い」
「―――ダメダメじャァないかァ」
「がっ!?」
コブラヴェズは今までの挙げられたフェウザの罵りを掻き集めたように言い、フェウザの顔面を蹴り飛ばした。
その強烈な蹴りで、当たり場所が悪いところはなんとか防げたものの――その蹴りの勢いで、一つの家をぶち破る。
「が、はっ……」
「もッと蛇みたいに素早く、もッと蛇みたいにうねうねと、もッと蛇みたいに軽やかに、もッと蛇みたいに恐ろしく、もッと蛇みたいに頭を使わないと、お兄さん、全然ダメだよォ?」
「っ……」
さすが、『蛇魔族』の代表幹部であるコブラヴェズと言うべきなのか――蛇を例に挙げ、フェウザの未熟さを語るコブラヴェズ。
まだ子供ほどの時間しか過ごしていないであろう少年に。まだ経験したものもことも少ないであろう少年に。まだ大した挫折にも出会していないであろう――少年に。
――フェウザの今までの努力が、たった何個かの言葉で否定される。
「があっ……」
「お兄さんさ、もッと危機感ッてのを持ッたらどうだい? 確かに『勇者パーティ』の一員であるッてことは誇りに持ッていいし、自慢するべきだと思うけどさァ、上には上がいるッて言葉、知らない?」
『勇者パーティ』の一員で、数々の命が奪われそうな危機や、大変な出来事を経験してきたフェウザに。
まだ少年であろうコブラヴェズが、フェウザの行いについて、まるで教育者のように語る。
「がっ……」
「本当さァ、くだらないと思うんだよねェ。せッかくの今までの努力が、俺ッていうたッた一人の人物に無様に消されたわけでしョォ? もッとさ、日頃から自分磨きとかさァ、少しでも訓練をするとかさァ、そォいうことをすれば、こんなことにはならなかッたかもしんないよォ?」
まるで教育者のように。まるで全てを透かして見ているかのように。――コブラヴェズはそう語る。
「そォ、本当にねェ。――それがあれば、お兄さんは、大切なものを守れたかもしれないのに」
「っ……」
まるで、フェウザの人生を知っているかのように。フェウザと近くで関わってきたかのように。――コブラヴェズはそう語る。
そう言えば、先程から、フェウザは左目から見えるはずの視界が見えなくなってきている。
脳の回転も微妙に回らなくなっているし、呼吸もなんだか、しづらくなってきている気がする。
「――お兄さんのご武運を祈るさァ。気持ち悪いとか思われるかもしんないけどォ、お兄さん、俺のことなんてどォせ覚えてないでしョ。……前みたいに、ねェ」
その言葉を最後に、フェウザの意識は深淵に眠っていった。
たくさんの人を遊ぶように殺したコブラヴェズと、そんな彼を殺すことに対してなんの罪悪感も持たなかったフェウザ。
その二人は――どちらが、“殺戮者”なのだろうか。




