第一章七話 「一つ進んで、一つ退いて」
「――で、聞きたいことがいろいろあるんだけど、いいかな?」
そう、目の前にいる青髪の美少女――ザシャーノン・ノア・アクアマリンに質問を投げかけたのは、ルーディナである。
ザシャーノンと実質的な和解をした後、激突に出現したグロテスクな物体や彼女が言っている企業秘密のことなど、質問したいことが多くあるから、だ。
「はい、もちのろんいいですよ……って言いたいところなんですけど、魔界王様から命令されてるんで、うちも答えられる範囲で」
「うん、ありがと。それだけでも嬉しいよ」
ザシャーノンが魔界王配下各種族幹部の『鮫魔族』代表王で、魔界王の指示に従っている配下であるということは、ルーディナも知っている。
彼女の優しそうな性格からして、自分の主の命令を破ったり裏切ったりするようなことは、したくないだろう。
だから、ルーディナもそのザシャーノンの返答に文句を言わず、受け止める。
「で、早速なんだけど――」
「――ちょっと、いいですか?」
「「ふぇ?」」
場面が整ったところで早速質問をしようと、そう意気込んで話し始めたルーディナだが――思わぬ方向から、待ったの意見が入った。
その思わぬ方向からの待ったに、ルーディナとザシャーノンが二人して可愛い疑問声を上げ、その待ったを出した人物――メリアのことを、二人は見る。
「ええと……」
「ルーディナさん、少しお話が。ザシャーノンさんもいいですか?」
「あ、はい。うちも特に急いでないんでいいですよ」
「ありがとうございます。……では」
メリアはルーディナをザシャーノンから庇うように引き寄せ、ザシャーノンに少しだけ話をする許可を得てから、少々遠くのところへ行く。
その二人の様子を見て、少しだけ寂しそうな顔をしているザシャーノンのことを――ルーディナは思わず、可愛いと思ってしまった。だけでなく、呟いてもしまった。
「可愛いなぁ……」
「ルーディナさん、お話が」
「あ、うん。どしたの?」
「どうしたも何も……相手は魔族ですよ? なんでそんなに簡単に信頼できるんですか?」
思わず呟いたルーディナを、現実に戻すようにメリアは声をかけ、質問を投げかける。
そして、その質問の内容は――メリアが疑問に思って、当然のことであった。
「え?」
「え、じゃなくて、相手は魔族です」
「そうだけど……」
「しかも幹部です」
「うん、知ってるし……」
「なんで信頼できるんですか?」
「なんでって……助けてくれたじゃん。それに……」
ルーディナはそう言いながら、ザシャーノンの方を向く。と、彼女もこちらの様子が気になっていたのか、ルーディナたちを見つめていて――目があった。
すると、ザシャーノンは少しきょとんとした表情をして、ルーディナに向かって微笑みかけてくれた。
「可愛いなぁ、やっぱり」
「ルーディナさんは今私と話してます」
「そうだけど……でも、私と目があって微笑んでくれたんだよ? 日頃の行いとか、相手への接し方とか、そういうのって相手の性格が出ると思うけど」
「確かにそうですけど……魔族ですよ?」
前にも言ったが――魔族が人類の最大の敵というのは、『人類平和共和大陸』では至って当然の常識である。
魔族の考えは触れてはいけないし、触れたところで理解できない醜い考えとされている。
魔族の習慣は、ゴミと同じような汚く生温い生活を送っているとされている。
魔族の王である魔界王は性欲や色欲に溺れ、配下に仕事や役目を全て押し付ける傲慢のカスの権化とされている。
だからこそ、魔族の幹部であるザシャーノンをすぐに信用したルーディナをどうにか戻そうと、メリアは一旦会話を中止して、ルーディナと話す時間を作ったのだろう。
「……確かに相手は魔族で、信用できる相手ってわけじゃない」
「だったら――」
「でもね」
メリアを――というより、『人類平和共和大陸』の当然の常識を裏切るような、ルーディナの考え方。
それを、ルーディナは一旦否定せずに、その通りだという意味を込めて言い――何か言おうとしたメリアの会話を強引に遮り、続ける。
「相手が信じられるかわからなくても……相手のことを信じられるって思った自分のことは、信じたいの」
「――――」
「だからさ、少しだけ、本当に少しだけだから、私のわがままにつき合ってほしい」
「……はぁ」
決意の籠った瞳をして言ったルーディナに、ため息を吐くメリア。
なぜ、そのため息が吐かれたのかは知らないが――メリアがため息を吐くときは、たいてい、物事を諦めるときだ。
「……少しだけですよ?」
「うん、ありがと!」
そのメリアの返答に、ルーディナはそう、可愛い笑顔で明るく言った。
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「――で、聞きたいことがあるの」
「はい、いいですよ〜」
メリアを上手い具合に説得し、ザシャーノンの元へと、再び戻ってきたルーディナ。
ルーディナは中断された質問コーナーを再開しようと、ザシャーノンに許可を得る。
「まず、これからザシャーノンのことザシャノンって呼んでいい?」
「ふぇ? もちのろんですけど……だったらうちも、ルナっちってこれから呼んでいいですか?」
「もちろん! えへへ、なんか一歩距離を詰めれた気がする……」
まず聞く内容は、あだ名呼びがOKかの確認である。
これから、彼女と交流することも少しずつ増えていくだろうから、お互いの呼び名というのはちょっとしたことに見えても、かなり大事なことなのだ。
「次なんだけど……あの人間の部位がいろいろ集まったみたいに気味が悪い、血肉の塊みたいなの何?」
「おおよそ、それであってますよ」
「え?」
「血肉の塊みたい、って言うのであってます。そこから先は企業秘密なので言えません」
「なるほど……ありがとね、ザシャノン!」
「どういたしまして〜」
早速、さっき決めたあだ名が使えてルーディナは絶好調である――という話はどうでも良く、先程のグロテスクな物体の話だ。
さまざまな人間の部位が集まってできた、謎の血肉の怪物――おおよそ、それで理解はあっているらしい。
人間の部位、血肉、怪物、グロテスク。この、それぞれのワードを集めてできる考察というのは――
「……人の、死体」
――死んだ人間の血肉や部位が集まりできたグロテスクな怪物――これが、一番納得できる考察である。
ザシャーノンには聞こえないように小さく言ったルーディナの考察は、かなり的を射ているものではなかろうか。そう考えながら、彼女は自分の周りを見る。
「だって、ないもん」
そして彼女の視線の先には、先程まで無惨にもザシャーノンに首から上をなくされた人の死体たちが――ない。
ない、ないのだ。
確実にさっきまで生きていて。確実にさっきまで言葉を喋っていて。確実にさっきまで脳を回転させていて。確実にさっき殺されていたはずなのに。
――ない。
それは、つまり――
「消えた、ってことだよね」
――なんらかの影響で死体が消え去った、ということだ。それが、先程のグロテスクな物体ではないかと、ルーディナは考える。
人の部位がたくさん集まっていたし、人の血肉がたくさん積み重なっていたし、何より――ザシャーノンは、ここにいる人たちがルーディナ以外、全員手遅れだと言っていた。
手遅れで、人の部位が血肉が、たくさん集まって――そんな存在をルーディナは今、グロテスクな物体しか見ていない。
「だったら――」
――他にどれだけ手遅れの人がいるのだろうかと、ルーディナは思った。
△▼△▼△▼△▼△
<視点 ディウ>
――巨剣、または大剣とも言える黒曜石のように黒々と怪しく光る巨大な剣。
それを、黒髪に黒い鎧を纏った百九十センチメートル近い男――ディウ・ゴウメンションは、小さな鬼双子相手に引き抜いた。
「ねえねえおじさんおじさん。その剣、少し大きすぎじゃないの? 僕たちみたいな小さい相手だったら、たくさん空振りしそうだね?」
「ねえねえおじさんおじさん。その剣、少し僕たちに相性悪すぎじゃないの? 小さい相手に大きいって、有利そうに見えて当たらないし空振りするし振る速度も遅いし隙ばっかできるから、かなり不利になるんだよね」
「そっかそっか。そこまで大小の利点を言えるって、さすがお兄ちゃん、頭いい!!」
「でしょでしょ。それを毎回的確に褒めてくれる弟も、頭良くてだーいすき!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
ディウの巨大な黒剣を引き抜く動作を見て、鬼双子――基本的に、弟が先で兄が後に喋るらしい――は揶揄うかの如く、嘲笑うかの如く、笑い飛ばす。
その鬼双子の言いがかりを聞いて、若干頭がカチンとなるはなるものの――それをこの剣の本領で発散させればいいと区切りをつけ、ディウは剣を構える。
「岩石断!!」
ディウがそう唱えたと同時に、その巨大な黒剣が、地面に叩きつけられる。
すると、剣を振り下ろされ叩きつけられた地面から――いくつもの巨大な岩々が、縦一直線に突き出ていき、鬼双子へと迫っていく。
肝心の鬼双子は、その今も尚、鬼双子を突き刺さんと向かってきている、巨大な岩々を興味深そうに見ながら――
「……は?」
――刹那、その場から跡形もなく消え去った。
そしてその後、縦一直線に突き出ていっていた巨大な岩々は標的をなくし、ディウの正面に位置する建物を破壊する。
「チッ、どこに……」
「ねえねえおじさんおじさん。遠距離攻撃ってある程度の速さがないと当たらないんだよ」
「ねえねえおじさんおじさん。遠距離攻撃って相手から自分が遠く撃てて安全だけど、その技が相手に着くまでの時間って、相手への逃げるとか避けるとかを選ばせる時間になっちゃうんだよ? だから、ある程度の速さがないと当たらないわけ」
「そっかそっか。そういう原理で当たらなかったんだね。さすがお兄ちゃん、本当に頭いい!!」
「でしょでしょ。これは結構難しいことだけど、それがすぐに理解できるなんてさすが弟、頭いい!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
「――――」
いつの間にか、自分の真後ろへ移動していた鬼双子は、ディウのさっきの行動に、無知を叱るかの如く、新たな教訓を教えるかの如く、漫才のような話し方をしながら、遠距離攻撃の利点と不利点について話した。
確かに遠距離攻撃というのは、相手から自分の距離が遠いところで技が撃てるため、自分側の危険というものが少ない。
しかしその分、もちろん相手に技が当たるまでの時間がある。
そして、戦いに慣れているものは――そのちょっとした時間で、逃げるか避けるか、はたまた受け止めるかなどの選択肢を生み出し、決める。
だから、鬼双子の兄であるバルガロンの言い分は――当たっている。
当たっているし、ディウもその意見に賛成だから、何も気に食わないことはないと言えるがーー如何せん言うときの態度が、相手の行動を嘲笑うような態度なのだ。
話の内容がどんな内容であれ――その態度に怒りを覚えるのは、決して不自然なことではない。
「でもさでもさ。お兄ちゃんっておじさんが知らなかったっぽいこと教えちゃうし、優しいよね。さすがお兄ちゃん、強くて優しくて頭いいなんて、完璧だね!!」
「そうだねそうだね。そしてそれを褒めてくれる弟も、強くて優しくて頭良くて、完璧だね!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
「――――」
未だに、漫才のような話を続けている鬼双子の会話を背景音楽にしながら、ディウは次、どう言った攻めの方法を取ろうかと考える。
まず、一番あの鬼双子相手にやってはいけないことは――あの鬼双子に、戦場の流れを取られることだ。
ディウの最初の遠距離攻撃――鬼双子は速さが必要だと言っていたが、『閃光の勇者』の二つ名を持って速さに自信のあるルーディナが、少し速くないかと手加減を求めるぐらいの速さだった――を、鬼双子は軽々と交わしたのだ。
もしも、鬼双子にこの戦場の流れを持っていかれることなら、ディウが蹂躙されるに違いない。
――だからこそ、鬼双子に戦場の流れを取られることだけは、絶対に避けたいのだ。
「――――」
そして、次にあの鬼双子相手にやってはいけないことは、遠距離攻撃である。
先程も言ったように、ルーディナですら手加減を求めた速さを、もう少し速くしろと罵るぐらいの瞬発力、判断力、素早さを鬼双子は持っている。
だから、遠距離攻撃はただの時間稼ぎとこちらの魔力消費にしか過ぎない。
ならば――
「接近して戦うしかない、か」
――鬼双子に近づいて、この巨大な黒剣で叩き潰す近距離戦しか、ない。
遠距離攻撃が駄目となるとディウの技の攻撃方法は残りが近距離攻撃しかないので、図らずとも考えずとも、近距離戦になることは確定事項であっただろう。
――なんとなく、鬼双子の思惑通りな戦い方になって、少しだけ苛立ちが出てくる。
「……では、行くぞ!!」
ディウは苛立ちと憎しみを若干込めながらそう言い、音を置き去りに――とまではいかないぐらいの速さで、鬼双子へと迫っていった。




