第二章四十六話 「団始」
「――さて」
――地面は土ではなく煉瓦。広さも建物の中故にそれほど広いわけではない。故に、ディウのその一言のかけ声は――十分すぎるほど、この空間に響いた。
「……始めるか」
刹那、ディウの周りの五人が、ディウ目掛けて走っていく。
――ディウの一人対『英雄五傑』の五人。その友誼を深めるためであり、相手の強さを知るためである戦いの火蓋が切って落とされた。
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――時は数分前。
「ほーんなるほどね。なんと言うか、ディウらしいと言うかどうと言うか」
「ルナ様ルナ様、ディウさんって隙あらば……いや暇あらば戦ってるって感じですか?」
「俺はそこまで戦闘狂ではないぞ」
隣にいる桃色と水色の混ざった髪の女性――モモン・プロロームと名乗った女性の頭を撫でながら、ルーディナは理解者のような顔をする。
それに便乗して意見を放ったモモンに、ディウが苦笑気味の発言。
――ディウは『英雄五傑』の五人との交流を深めるため、彼ら彼女らと戦闘をし交流を深める、という選択肢を取った。
それを達成するために訪れたのが、今の『勇者パーティ』の住処となっているここ、隣王城ゼル。
隣王城ゼルの三階には仮の訓練所があるのだ。おそらくは次代国王であるイ・エヴェンが密かに訓練をするために作られたのだと思われる。イ・エヴェンは王族故、戦うことを認めてもらえず、そして彼女の正義感溢れる性格からするに、万が一の事態のために自分が動けるようになりたいから、であろう。
――そんなことはともかく、ディウと『英雄五傑』たちが訪れたときには、既に先客がいた。
それが今、ディウと話しているルーディナと、その隣にいるモモンを含めた、曰く元奴隷という百人ほどの集団。
ルーディナがどうやって目立たずに彼ら彼女らを連れてきたかは知らないが、とりあえずその百人ほどの元奴隷たちとルーディナが、この三階の仮訓練所にいた。
そしてもう一つの集団が、メリアたちである。
ルーディナの集団と交流を深めるためか、それともそちら側も万が一のために戦闘の知識程度はつけた方がいいと思ったのか知らないが、彼女らもここにいたのだ。人数は圧倒的に少なかったが。
そしてディウたちが訪れ、彼ら彼女らにここに来た理由を語った。
するとメリアたちの集団は邪魔になりそうなので部屋で休んでますね、と帰っていき、ルーディナたちの集団はなんか見てたら面白そうとのことで、今ここにいる。
――それが、現状の説明である。
「……と言っても、別に見ていても面白くはないと思うが」
その先程のルーディナの意見に、ディウは再び苦笑気味の発言で答える。――それは正直、かなり的を射ていると言っても過言ではない。
何せ、これから行うのはディウと『英雄五傑』たちによる、見せ物のような戦いではなく、飽くまで交流を目的とした戦いなのだ。
見ていたとしてもルーディナたちからすればわーすごいねとしかならないであろうし、百人ほどの元奴隷たちからすれば、本当にただの戦いでしかない。
それに――
「それに、だ。……『英雄五傑』のやつらも、こんな大勢に見られながら戦えば、緊張して本気を出せないのではないか?」
――『英雄五傑』の諸々が、緊張して本気を出せない、ということもあるかもしれない。
ルーディナという『勇者パーティ』を統べる勇者、そして百人ほどの元奴隷たち。その数と緊張感は尋常ではない。
故に、ディウはルーディナがここに留まっていることは、反対である。
「うーん……いやでも私ほら、買い出しの荷物持ち決めのバトルんときさ、ディウに負けたじゃん。いや別に本気出してたわけとちゃいますけど」
「『ばとる』……戦闘か」
「そうそう。で、私負けたから、ディウがどんな戦い方するのかなーとか、知っときたいわけですよ」
だがやることがなく暇なのか、それとも本当にそれが理由なのか、ルーディナは反論を述べる。
「……見ていても学べないと思うが」
「馬鹿にしてるよね?」
「ああ、している」
「してんのかい! 私だってザシャノンたちと会って雲の上の世界に出会ったんだもん。だからディウの戦い方見れば何やってるかわかるし!」
「それなら俺もそうだ。前よりは強くなっていると思うぞ?」
「つっても同レベルっしょ」
「お前はこの前、その同『れべる』とやらで俺の戦い方を理解できなかったのだろう」
「論破されたー!」
「はぁ……」
ディウはそのやり取りに、ため息を吐く。
ルーディナはなぜか、ディウとの言い合い話し合いとなると、少しだけ精神年齢が低くなって子供っぽくなるのだ。
別にその状態が嫌いなわけではないのだが、はっきり言うと扱いが少し面倒臭い。
「と言うか、お前には他人の視点を借りられる能力のようなものがなかったか?」
「あー神眼ね。……あれ確かにそれで見れば良くね」
「だろう」
そしてディウは咄嗟に思いついたことについて、発言をする。
――神眼。ルーディナが前に言っていた、曰く他人や他生物の視点を借り、その借りたものからの光景が見える、という能力だ。
それでディウか『英雄五傑』の視点を借りて戦いを見ればいいのでは、とディウは思い言ったが、どうやらそれがとどめの一撃となったらしい。
「むむぅ、まあ仕方ないや部屋戻るかぁ」
「ああ、そうしてくれ」
「……なんかルナ様とディウ様って仲良しですね。わがまま言ってる子供を父親が止めてるみたいな、そんな光景が浮かんできますよ」
「「……よく言われる」」
ルーディナたちはそんな長い言い合いをして、帰っていった。
――ちなみにだが、ルーディナがいろいろとおかしいことを起こすのは『勇者パーティ』の中では日常茶飯事なので、元奴隷を百人ほど連れていても、ディウは大して驚かない。
だが――『英雄五傑』たちは違ったらしい。
「……ディウ殿ディウ殿、ちょっと恐れ多くて話せなかったんすけど、あれって『勇者パーティ』代表のルーディナ殿っすよね?」
「ああ、そうだぞ」
「女好きとかご飯買いすぎ勇者とか変な噂ばっか聞くっすけど……なんすかあれ独裁者っすか? ざっと見ても百人ぐらいいたっすよね着いてってる人たち」
おそらくラウヴィットは、ルーディナが連れていた百人ほどの元奴隷たちのことを言っているのだろう。
確かに事情を知らないものから見れば変な人には見えるかもしれないが――という考えすらディウは浮かばず、たった一つのことが、気にかかっていた。
「……いや、待て。そんなことよりも、ルーディナは街中では女好きやらご飯買いすぎ勇者やらと呼ばれているのか?」
「あらあ、ディウ殿知らないのお?ルーディナ殿って王国では人気なんだけどお、それって勇者としてかっこいいってより、変な感じで面白いってのとお、孤高の存在とかじゃなくて案外親しみやすそうってのが理由なのよお?」
「――――」
そのレーナエーナの補足に、ディウは一言、思った。
――なんだか本当に、ルーディナはルーディナだな、と。
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――そしてそんなことがあり、ルーディナたちの集団もメリアたちの集団もそれぞれの部屋に戻っていったため、仮訓練所にはディウたちのみが残った。
あの百人ほどの元奴隷をルーディナは一体どこに入れるんだ、という突っ込みが浮かび上がったがそれをいつものことだと一蹴し、ディウは仮訓練所の真ん中に立つ。
「――――」
そしてさすがは『英雄五傑』と言うべきか、その行動だけで、彼ら彼女らも仮訓練所の中に立っていく。
そして――
「――さて……始めるか」
――その少ない口数だけで、『英雄五傑』たちは動き出した。
冒頭の通り、再び記そう。
――ディウの一人対『英雄五傑』の五人。その友誼を深めるためであり、相手の強さを知るためである戦いの火蓋が切って落とされた。




