第二章四十話 「団欒」
<視点 リアテュ>
―――本当に無礼な男だな、と思う。
「……はぁ」
―――リアテュの目線の先にいる、茶髪の男――リアテュと同じ『英雄五傑』のうちの一人、ラウヴィットを視界に入れながら、リアテュはため息を吐く。
そのため息は、相手に対する呆れや失望などの後ろ向きな類ではなく、この事態や状況に対する面倒臭さや疲労感を表す類のため息だ。
「全く、人の胸触っといて謝罪も何もないのかしら……」
―――リアテュの呆れたような呟きを他所に、床に座りながら何か俯いているラウヴィット。
そんな彼の状態は、明らかに場違いだ。
―――前回の状況の説明をしよう。
「―――」
―――そもそもここは、騎士鍛錬場メガナイツという王国騎士団の騎士たちが訓練や鍛錬をする場所。
そんなこの場所に、突如として来訪者――『勇者パーティ』の一員であるディウ・ゴウメンションが、なんの前触れもなくやってきたのだ。
そんな突然の事態に、騎士たちは混乱波乱大狂乱。
流石にそこまでの乱ではなかったが、それでも『勇者パーティ』の来訪は、比較するものがないほど大きな影響を与えるものだ。
「―――」
―――外界からの魔物や魔獣などの襲来に大きな影響を受けるのは平民だけだし、泥棒や掏りなどの屋敷強盗に大きな影響を受けるのは貴族だけだ。
それに比べると、『勇者パーティ』は平民たちからの憧れで、騎士たちからの目標で、貴族たちからの期待で、王族たちからの救いだ。
だからこそ、『勇者パーティ』の一員の来訪というのは、影響が大きい。
「―――」
―――そして騒いでいる騎士たちを目にし、ラウヴィットは特に気にしていない模様だったが、リアテュはそんな騎士たちに軽蔑の言葉を吐いた。
せっかく大物が来ているのだから、動揺するのではなく、思わず見惚れるような素晴らしい姿勢を見せるのが、状況をしっかりと理解している人がやる行動だ。
故に、騒ぐ騎士たちにリアテュは蔑んだ。
ちなみに、なぜラウヴィットに話しかけたのかというと、それは単に彼の気を引きたいけどやり方がわからない、というリアテュの虚しい恋心が故。
「―――」
―――雑談余談も少し混ぜたが、基本ラウヴィットはどんな相手に対しても冷めた態度を取る。
そのため、リアテュのさりげない距離を近づけるための行為にも、ラウヴィットは興味を示さず、訓練を再開しようとした。
そんな彼にリアテュは苦し紛れの距離接近の術として、無理矢理、ラウヴィットに戦闘を申し込んだ。
そして戦闘でいろいろとあり、ラウヴィットに隙をつかれて反撃を受けそうになったところで、第三者が登場。
『英雄五傑』の一人であるレーナエーナに割り込みされ、ラウヴィットは剣を弾かれた衝撃で床に、リアテュはレーナエーナに押されてラウヴィットの上に。
それがちょうど、リアテュの胸がラウヴィットの顔の上に来るような倒れ方で、それに揶揄ってくるレーナエーナに対し、ラウヴィットが議論の声を上げた。
その声を上げたときに、リアテュは無遠慮にその胸をラウヴィットに鷲掴みにされたのだ。
―――冒頭のリアテュの発言は、そういうことである。
「……はぁ」
―――彼が俯いている理由は知らない。
だが、リアテュが羞恥と怒りで我がなくなりそうになっていたときに、どうやらいろいろとラウヴィットとレーナエーナの二人の間で会話が進んでいたらしい。
それが原因で、彼は今、俯いている――解釈はそんなところであろう。
「……はぁ……」
―――そんなことを考えながら、リアテュは先程のよりも深く重いため息を吐く。
冒頭に吐いたため息は状況に対するため息だったが、今回の吐いたため息は違う。
それは―――
「んしょ」
「んえっ?」
―――なぜか俯いていてやる気がなさそうな、ラウヴィットに対してである。
ラウヴィットは、いつもそうなのだ。
さっきまで楽しんでいてかと思えば、ふと見た瞬間には俯いていたり、黄昏ていたり。
その瞳が何を見ているのか、その瞳が何を見ようとしているのか、その瞳が何を見たいと思っているのか、その瞳が何を思い出しているのか、わからない。
でも、それでも、ラウヴィット――大事だと思っている男性が俯いているのは、解せない。
故に、リアテュは――ラウヴィットの顔を、そのなかなかに豊満な胸で、包んだ。
「って何やってるんすか!?」
「……貴殿、さっきから元気ないでしょ。な、慰めてあげてんだから、感謝ぐらいしなさいよ……」
―――状況を理解して驚愕の反応をしているラウヴィットに対し、リアテュはやはり羞恥心がすごいのか、顔を真っ赤にして目を逸らしながら、言う。
感謝や謝罪などははっきり言ってどうでもいいのだが、今の羞恥心に包まれているリアテュには、そんな言葉の言い訳しか思いつかない。
「……体捧げるとか、年頃の女の子がしていい真似じゃないっすよ」
「誰が女の子よ。私は立派な成人なんですけど?」
「……はぁ」
―――だがしかしされてる側としている側の大差はないのか、ラウヴィットもどうやら羞恥心を感じているらしい。
当然と言えば当然なのだが――やはり、意識してくれているということは、気があるということなのだろうか。
両者の雰囲気に羞恥心が募り、なんとなく気まずくも逆にそれが幸せのような、そんな空気の中―――
「それで。そんな二人の様子に。己は話したいことがあるのですが。」
「「うぎゃー!?」」
―――第一者がラウヴィット、第二者がリアテュ、第三者がレーナエーナだとすると、その場に現れたのは第四者だ。
長く伸びた黒髪は後ろで束ねられており、小さな眼鏡をかけている、雰囲気は根暗な男性。
だが騎士団訓練用の茶色の服を着ることで、その根暗な雰囲気と合わさり味が出ており、遠目から見ると偉大に見える。
そんな男性の突如として割り入ってきた声に、二人はその姿勢のまま、驚愕の叫びを上げ―――
「随分とまあ良くンイチャコラできンな、あンたら。砂糖ンを食ったンような気分だぜンよ、こっちは」
「「おわー!?」」
―――更に追加された五人目の声に、再び驚愕の叫びを上げた。
リアテュとラウヴィットはやはりその姿勢のまま、声のした方向を見ると、そこには茶髪よりも鮮やかな、銅髪とでも言わんべきな髪色をした巨漢がいた。
騎士団訓練用の茶色の服がその髪色と妙に合っており、騎士というより野蛮な蛮族のような雰囲気を醸し出している。
「全くですよ。お二人の仲が良いのは知っていますが。適材適所ってものがあるじゃないですか。」
「そうだぜンよ、甘ったるいンったらねえぜ、こりゃあンよ」
「あらあらあ?わたくしがなんか失言しちゃったかなあって考えてる間に、少し進展したのかしらあ?」
「違うっすよ!?」「違うから!?」
―――追加された二人と先程までラウヴィットと同じように黄昏ていたレーナエーナの計三人に、ラウヴィットとリアテュは揶揄われ、抗議の声を上げる。
お互い頬が真っ赤に染まっていて、ついでに姿勢が先程から全く変わっていないことから、両者、気があるというのは明白である。
―――と、ここで、人物の確認をしておこう。
長く伸びた黒髪は後ろで束ね、小さな眼鏡をかけている、雰囲気は根暗な男性――ラウヴィットやリアテュ、レーナエーナと同じ『英雄五傑』のうちの一人、ロクト・エルトラルク。
茶髪よりも鮮やかな、銅髪とでも言わんべきな髪色をした巨漢――こちらもまた、『英雄五傑』のうちの一人、ルタテイト・ホコギス。
―――この、騎士鍛錬場メガナイツを設立した五人の騎士を、世間は『英雄五傑』と言うのだ。
とまあそんなことはどうでも良く、流石に羞恥心が募りすぎたのか、リアテュはいい加減にこの姿勢のままだと恥ずかしくなり、ラウヴィットから体を離す。
「っ、そ、れで、何よ貴殿らはなんのために私たちに話しかけてきたわけ五人全員揃ってなんてなかなかに珍しいじゃないええそうよだから要件言いなさいよ早くほら早く早く!」
「焦っているのが。バレバレですが。」
「ああン、俺もこんなン青春したかったンだよな」
「いいからさっさと要件言いなさいって!」
―――リアテュは相手に突っ込みをされないように早口で言葉を捲し立てるが、それが逆効果なのは後の二人の言い分を見ての通りだ。
ちなみにだが、どうやらレーナエーナはラウヴィットの方を揶揄いに行っているらしい。
ロクトとルタテイトの言い分よりも、レーナエーナのラウヴィットに構いすぎではな行動の方にリアテュが意識を置いていると―――
「……もう少し真面目な連中かと思ったが、存外賑やかなやつらなんだな」
「―――」
―――そんな、威厳に満ちた声が聞こえた。
リアテュは思わず背筋を伸ばし、ラウヴィットやロクトやルタテイトは頬を固め、レーナエーナですら緊張に冷や汗をかいている。
―――その声の人物は、遠くで見る分聞く分には構わない。
距離の問題も然り、近くで聞くより遠くで聞いた方がしっかりと聞こえないことも然り、遠くで聞くと普通の声に聞こえるが故だ。
「―――」
―――また、おそらくは本人たちに自覚がない故、でもあろう。
そんな威厳に満ちた声を放った人物――『勇者パーティ』の一人である、ディウ・ゴウメンション。
特段、彼だけが特例ではない。
『勇者パーティ』の諸々は、自分で気づいていないだろうが、放つ雰囲気が異様がすぎるのだ。
―――ルーディナの雰囲気は、思わず救いを求めたくなるような希望に満ちた雰囲気で。
―――メリアの雰囲気は、相手が本当に女神だと錯覚してしまうような慈愛に満ちた雰囲気で。
―――アークゼウスの、雰囲気はその感じる圧迫感や切迫感に背筋が伸びるような圧倒に満ちた雰囲気で。
―――フェウザの雰囲気は、軽やかでしなやかで風が靡くように静寂に満ちた雰囲気で。
そして、ディウの雰囲気は、豪快で豪傑で豪獄で地震が起きるような威厳に満ちた雰囲気で。
「―――」
―――だからこそ、ディウの威厳に満ちた雰囲気を、声を身近で聞いて感じたからこそ、『英雄五傑』という真面目なものたちでも、思わず緊張する。
―――否、逆に真面目だからこそ、緊張が圧迫感や切迫感を取り入れ、更なる大きな緊張へと押し上げる。
故に、ディウの声を聞いただけでリアテュは思わず背筋を伸ばし、ラウヴィットやロクトやルタテイトは頬を固め、レーナエーナですら緊張に冷や汗をかいている。
そして、そんな中―――
「……そこまで緊張されると、逆に傷つくのだが」
―――そんな、ディウの苦笑気味の、場違いな声が放たれた。




