第二章三十九話 「団心」
<視点 ラウヴィット>
―――明るい茶色の髪に左目が覆われ、覗く右目は青い綺麗な瞳が写っている、騎士団訓練用の茶色の服を着た美青年。
そんな男――ラウヴィット・アレッケラーが求む英雄像とは、“主人に身を尽くし、その主人を絶対に守り抜くこと”だ。
例え自分が犠牲になろうとも、例え他のものたちが死んでいこうとも、ラウヴィットは主人と定めたものをいつだって最優先する。
もちろん、主人を最優先しながら自分や他のものも同時に救えれば、それが最善。
だが、人生、そう都合良く行くものではないというのは、ラウヴィットはわかっているつもりだ。
―――例えば、今。
「全騎士、手を止めなさい!……『勇者パーティ』のディウ殿が参られました、粗暴のないように、はい」
―――一人で黙々と剣を振るうラウヴィットの耳に入る声は、『副騎士団長』のジェノン・ブルガルダスの声だ。
大声を出したと思えば、その大声で静かになった訓練所に響くような、そんな声で更に辺りを静める。
―――だが今回の場合はそうも行かず、そのジェノンの発言により、訓練所は騒ぎに包まれた。
「……『勇者パーティ』っすか」
「そんな大物が来たなら尚更集中してるとこ見せなきゃってのに、騒ぐなんてここの連中は随分阿呆ね」
「―――」
―――『勇者パーティ』の来訪。
それは、おそらくこの国では一番と言っていいほど、騒ぎになるものだ。
魔物やら魔獣やらが来て騒ぎになるのは平民だけだし、泥棒などが屋敷に入ったり高価なものを奪ったりして騒ぎになるのは貴族だけ。
それに比べると、『勇者パーティ』は平民たちからの憧れで、騎士たちからの目標で、貴族たちからの期待で、王族たちからの救いだ。
そんなことを考えながらジェノンの発言を反芻するラウヴィットに、話しかけてくる女性の声がある。
「……はぁ」
「ちょっと、せっかく人が話しかけてるってのにため息ってどうなのよ貴殿」
―――口調と相手への敬称が明らかに合っていない、その女性――腰ら辺まで伸びる赤髪の横結び、そして黒い瞳の騎士団訓練用の茶色の服を着た美少女――は、リアテュ・ナジャヴォルド。
ラウヴィットとリアテュ――この二人、そして他に三人を加えた計五人は、この訓練所を建てた設立者、『英雄五傑』と呼ばれている。
故に、ラウヴィットとリアテュの関係は腐れ縁のようなもの。
特段仲良くしたいわけでもないので、再び訓練を再開しようと―――
「だから、人の話聞きなさいって!」
「おわっ!?」
―――したところで、いい加減痺れを切らしたのか、リアテュがラウヴィットを斬りつけようと、剣を振るってくる。
「ちょ、なんすかいきなり斬ってくるとか!人の心ないんすか!?」
「貴殿が私の話聞かないからでしょ!人の話ぐらいちゃんと聞きなさいよ貴殿!」
―――その剣を間一髪で交わし、ラウヴィットはいきなりにもいきなりすぎる斬りつけを放ってきたリアテュに議論の声を上げるが、彼女はなんのその。
素早いその動きと鮮やかな赤の髪から、疾風の炎のような幻覚が浮かび上がってきそうな速さと剣技で、彼女は更に更に、迫ってくる。
「貴殿、いつも、そうでしょ!誰に、話しかけられても、すっごく、冷めた態度!」
「自分では、結構、丁寧に返してるつもり、っすけどね!?」
「それが、問題だ、つってんでしょうが!いたわよね、貴殿みたいな、暗い性格のやつ、学校に、一人ぐらい!」
「それ、真面目に、心抉られるっすから!やめてほしいんすけどぉ!?」
―――そんな喧嘩中の子供のような言い争いをしながら、二人は剣を振るい続ける。
と言っても、基本的にラウヴィットは防戦一方だ。
リアテュの上下左右前後縦横関係なく放つ斬撃の鋭さ鮮やかさ洗練さに、ラウヴィットは追いつけていけていない。
同じく英雄を目指す二人だが――ラウヴィットは最低限、主人を守り切り幸福に過ごさせればそれで良しなため、そこまで技術の高度さは高くない。
対してリアテュの目指す英雄像は、“平民貴族王族関係なく、善のものは全て守ること”だ。
故に、彼女は誰一人としての犠牲を許さない。
―――目指すものが似ていても、守りたいものが違うのだから、剣術技術の高度さが違うのも、当然だ。
「ついでに言うなら揺れまくってるリアテュの胸に目が奪われるせいでもあるんすけどね――!」
「それ本人の前で言うことじゃないでしょ!?」
―――と、ラウヴィットの男として逃れられない弱みの叫びに、攻戦一方だったリアテュの頬が若干赤くなり、動きが少しだけ鈍る。
ラウヴィットはそれ自体は計算外予定外であったが、その隙を見逃さず、しゃがみ、リアテュの攻撃を避ける。
なっ、というリアテュの驚きを他所に、彼女の行き先を見失った剣を目掛けて、ラウヴィットは己の剣を振ろうと―――
「―――はあい、そこまでよお」
―――して、割り込んできた第三者により、防がれた。
「うおわっ!?」
「んにゃっ!?」
―――その突然の第三者の介入に、ラウヴィットは剣を弾かれた衝撃により後ろへ、リアテュはその第三者にラウヴィットの方へ押され、ラウヴィットの上へ。
結果、ラウヴィットは仰向けに地面に倒れ、その上に、リアテュが倒れ込む形になった。
しかも、ラウヴィットの顔に、リアテュの胸がちょうど重なるように。
「きゃっ!?」
「えちょっとなんすかこの柔らかさは周りから包まれるような柔らかさはいや待つっすなんか温かさも感じるような感じないような気もするっすしてかちょうど両側から挟まれる形じゃないっすかこれって結局どうなってんすか!?」
―――初めて感じるその感触に、ラウヴィットは頭が大混乱して思ったこと考えたことが永遠と口から出ていき、もはや自分でもわけのわからない状態になる。
ついでに言えば、落ち着こうとしても重なるリアテュの胸装部の向こう側から聞こえる激しい心臓の鼓動により、落ち着くことが許されないのだ。
―――と、そこで、ラウヴィットは一つ、疑問を持った。
「……え、なんでこんなにリアテュ心臓ドクドクしてるんすか?」
「っ、だから本人の前で言うことじゃないでしょ!!」
「ごはぶっ!?」
―――と、その疑問を公にすると、更に顔を真っ赤にしたリアテュに、剣の柄で頭を突かれた。
と言ってもリアテュの胸に挟まれているため、頭が痛くなっただけで場所は動かない。
故に、やっぱリアテュって人の心ないっすよねと文句を言おうとして―――
「ほらあ、そんなにベタベタしないのお。両想いなのはわかるけどお、人前で見せつけるものじゃないわよお?」
「違うっすけど!?」「違うわよ!?」
―――先程の戦闘に割り込んできた第三者に、的外れ――ではないが――な言い方をされる。
無遠慮にリアテュの胸を鷲掴みし、ちょっ、という恥ずかしびっくりな声と真っ赤な顔のリアテュを横に放り投げ、ラウヴィットは第三者の姿を見る。
そこにいるのは、煌めく蜂蜜色の髪に翡翠色の瞳、そして騎士団訓練用の茶色の服を着た、お嬢様と言わんばかりの美女――レーナエーナ・モアルラルト。
彼女もまた、ラウヴィットとリアテュの二人と同じくこの訓練所を建てた、『英雄五傑』のうちの一人だ。
「てか、なんで止めたんすか?僕が狙ったのはリアテュの剣っすよ?」
「王国から借りた剣なのよお?壊すのは忍びないでしょお?」
「いやまあ確かにそうっすけど……」
「それよりもお、わたくしはリアテュちゃん自身のことを狙わなかった、あなたの心情を聞きたいのだけれどお?」
「……どういうことっすか?」
「とぼけないのお。―――本当に、青春っていいものよねえ」
「―――」
―――『英雄五傑』の中では一番若い年齢のレーナエーナだが、その言動も思考も雰囲気も、全部が『英雄五傑』の中では一番大人びている。
ラウヴィットもリアテュも、それに残りの二人も、彼女には振り回されることが多い。
「―――」
―――だが、今はそんなことはどうでもいいのだ。
青春とか、とぼけるとか、レーナエーナはそんなことを言っていたが、それは勘違いだ。
ラウヴィットは英雄を目指しているのだから、英雄が他者の人体に傷をつけてしまったら、それは英雄ではなく悪者。
だから、ラウヴィットはリアテュ自身ではなく、リアテュが持っている剣を定めて、己の剣を振るったまで。
「―――」
―――そもそも、リアテュとは先程言った通り、腐れ縁だ。
それに、リアテュは己の夢にしっかりと走り、しっかりと見続け、しっかりと努力する女性だ。
対してラウヴィットは、リアテュほどの努力はしないし、それに守りたいと思う範囲が狭い。
だから、ラウヴィットは、リアテュとは釣り合う器ではないのだ。
だからだから、ラウヴィットは、リアテュに決してそんな恋愛的な感情を―――
「……ああ、本当に何考えてるんすか、僕」
―――と、考えたところで、ラウヴィットは自分の思考を打ち止める。
自分はさっきから、何を一人で考えているのか。
結論なんて昔から既に出ている。
ラウヴィットはリアテュに恋愛的感情を抱いていたとしても、彼女とは釣り合う器ではない。
だから仲良くするなんてもってのほかだし、付き合うとか恋人になるとか結婚するとかは、話になるならない以前の問題だ。
―――お前と結婚する女なんていないと、かつての恋人に、言われたではないか。
「―――」
「うーん、両片想いってやつなのかしらあ?二人とも何かいろいろ事情がありそうなのよねえ……」
―――そのレーナエーナの声は、今のラウヴィットには入ってこなかった。
ラウヴィット、リアテュ、レーナエーナ、それぞれ第五章に名前回があるので、こいつらどんなやつらなんだって気になった人はそれまで待つか、今回ので推測してね☆!
はいということで、読んでくれてありがとうございました!!では、またね〜。




