第二章三十八話 「団体」
―――門を開け、訓練所の中に入ると、中の熱気や汗臭さや血生臭さなどが、より明確に伝わってきた。
「……ほう」
―――豪快とまではいかないが、それでも音を立てて門を開け、ディウたちは入ってきた。
だがしかし、その音にも入ってきたディウたちに目も耳もくれず、騎士たちは訓練に励んでいる。
「―――」
―――入ってから、ジェノンとアルテッドは一言も発せずに黙っているが、それはおそらく、ディウのしたいことをわかっているからだろう。
―――『英雄五傑』。
この訓練所を建て、それぞれが別々の英雄像を持ち、それを達成するためには努力を怠らない五人の騎士たちのこと。
その五人の実力がどれほどだかは知らないが、この訓練所を見て、その五人と他の騎士たちとの区別がつくかつかないか、それはかなり重要だ。
「―――」
―――区別がつくならば、それはその五人と他の騎士たちの努力や実力の差がはっきりと出ている、ということになる。
つまり、五人はそれだけ真面目に努力を、他の騎士たちがいくら頑張っても届かないほどの鍛錬を、常日頃、続けてきたということだ。
それほどの努力者だった場合、ディウは関わりやすいし頼りやすいし、それに事情を話しやすい。
「―――」
―――逆に区別がつかないならば、それはその五人と他の騎士たちの努力や実力の差がほとんどない、ということになる。
つまり、その五人は英雄像やらなんやらと言い続けてきた割に、予想もつかないほどの努力はしていないということだ。
最大限の努力でそれなら仕方がないが、人間、案外人一倍努力を続けていけば、他のものたちとの差は必ず出てくる。
「―――」
―――故に、区別がつくかつかないか、それにより、その五人がどれだけのものか、ディウには理解ができる。
そのディウの考えに勘づいているだろうから、ジェノンとアルテッドもその邪魔をしないためか、先程から一言も言葉を発していないのだろう。
「……うむ」
―――ディウに、人の努力や実力の区別をつけるつかないと言った能力はない。
だが、ディウとて『勇者パーティ』の一員になるほどの騎士だ。
そんな能力がなくとも、どの騎士が他の騎士より頭一つ抜けているか、わかる。
―――だから、別々の五つの場所に点在している、明らかに他の騎士たちとは熱気も雰囲気も殺気も違う異様なものたちに、気がついた。
「……ディウ殿、『英雄五傑』の方々が誰のことか、わかりましたか?」
―――そんなディウの雰囲気を見てか、ジェノンが訓練所に入ってからの一言目を発する。
それにディウは言葉ではなく、首を縦に振ることのみで答える。
そして、その答えに満足したのか、ジェノンはディウより一歩前に出て―――
「全騎士、手を止めなさい!……『勇者パーティ』のディウ殿が参られました、粗暴のないように、はい」
―――そう、訓練所に向かって大声で叫んだ。
△▼△▼△▼△▼△
―――正確に言うと大声で呼び止め、静寂に包まれた訓練所の中では特段響くような声で注意を、と言った形だが――それはともかく、今度はディウの番だ。
「―――」
―――ジェノンがこの場で全騎士の動きを大声で止めた理由、それはディウに『英雄五傑』が誰なのか、確信させるためだ。
「―――」
―――大声で呼び止めた後は静寂に包まれた訓練所。
だが、ジェノンの『勇者パーティ』の一員が参られた、という言葉に、訓練所は喧騒ではなく驚きの騒ぎ、驚騒とも言わん状態に包まれた。
『勇者パーティ』の一員が来る――それはもはや言わずもがな、予想以上の遥か巨大な影響を及ぼす。
だから、例え訓練に集中している騎士たちだとしても、訓練に集中している場合ではなくなる。
―――それが普通の、騎士ならば。
「―――」
―――そう、普通の騎士ならば、突如とした『勇者パーティ』のうちの一人の訪問に、驚かずを得ない。
だが、それは飽くまで、普通の騎士に対しての、話。
もちろん普通の騎士と言えど、努力はしっかりとしているだろうし、集中して熱心に取り組んでいるだろう。
だが、先程も、ディウは言った。
―――人間、案外人一倍努力を続けていけば、他のものたちとの差は必ず出てくる。
「……なるほどな」
―――そして、ジェノンが大声で叫ぶ前から、明らかに他の騎士たちとは違う異様さを放っていた五人。
その五人たちは――ディウという、普通の人間から見れば大物に分類されるであろうものが訪れても、騒ぎも驚きも動揺も見せず、ただ黙々と、訓練を続けている。
「……全騎士、訓練に戻りなさい」
―――ディウがその五人を『英雄五傑』であると、絶対で確定で確実な判断がついたことを察したのか、ジェノンが驚騒の中ですら響くような静かな声で、そう言う。
その言葉に、騎士たちは一体なんのために呼び止めたのだと不思議そうな顔をしながらも、ぼちぼちと訓練に戻っていく。
「で、どうですかディウ殿、ええ。『英雄五傑』の方々、確定の判断がつきましたか、はい」
「ああ」
「ほっほっほっ、流石はディウ殿ですねぇ。……ですが―――」
―――その後、ジェノンは『英雄五傑』への見定めの確定判断はついたかと、問うてくる。
ディウはそれに短く一言で答え、再び前を向き、『英雄五傑』の場所を探ろうとして、ふと止まる。
なぜ止まったか、それはアルテッドの賞賛の声が聞こえてきて、その後の―――
「―――ディウ殿は、彼ら彼女らと出会って何をする所存?」
―――その質問に、そう言えばそれについて話をしていなかった、と思い、止まったのだ。
そしてディウは律儀にもう一度振り返り、そして―――
「……俺は、その『英雄五傑』ら一人一人と戦うつもりだ。過去に、戦うことで心を交わし合った少年たちがいる。だから、今回もそうしようと思ってな。……どれほどのものか、確かめてもみたいしな」
―――そう好戦的な笑みを浮かべながら、言った。




