第一章五話 「鬼と蛇と茨」
<視点 ディウ>
―――ルーディナとメリアが買い出しに行ってから、約三十分。
ギルドの近くの公園で、適当に暇を潰していた残りの『勇者パーティ』の三人の耳元に――突如、爆発音が鳴り響く。
それも一箇所だけでなく、三箇所ほどの音が。
「おい、なんだよ今の!?」
その爆発音を聞いて、弓を背負った青髪の美青年――フェウザが、驚愕と焦りの感情を混ぜ合わせたような、そんな声を発した。
「爆発音……どうせ、なんらかのテロリストか宗教かの暴走行為であろう。だが、それらを止めに行くのも余ら『勇者パーティ』の役目だからな」
「そうだな。場所はちょうど三箇所だし、手分けして行くぞ」
フェウザの驚愕と焦りに答えるように、アークゼウスが今の状況、音が鳴った理由、そしてそれを起こした人物の仮説を素早く仕立て上げ、意見を出す。
こう言った王国や王街での爆発音――それはだいたい、暴走集団であるテロリストか、全く広まっていなくて勢力が少ない宗教などの、暴走行為である。
今回もどうせそうだと言ったアークゼウスの意見にディウとフェウザはあっさりと賛成し、それぞれ手分けして、三つの場所へと分散した。
「……全く、こう言ったものを任せられるのも、厄介極まりないのだがな」
街の一角へと急ぎながら、ディウは愚痴のようにそう溢す。
こう言ったテロリスト、宗教などの暴走行為を止めるのは、基本的には王国や王街の騎士、そして冒険者たちや『勇者パーティ』の仕事だ。
騎士が門周りの見張りについているため、おそらくはそっちの方が着くのは早いだろうが、念のためというものは、どんな場所でも存在する。
愚痴を溢しながらも仕方なく行くディウも、頑固で自尊心は高いが、優しいのであった。
「さて、ここを曲がった先か」
爆発音が鳴ったであろう場所を、直感ですぐに特定し、そこへと近づくために街の角を曲がる。
そして、その先には――
「――ねえねえお兄ちゃんお兄ちゃん。どうして僕たちってこんなに周りの注目集めてるんだと思う?」
「ねえねえ弟弟。それは僕たちがここにいる人を殺したからだと思うよ」
「ねえねえお兄ちゃんお兄ちゃん。どうして人を殺すと周りの注目が自然と集まってくるの?」
「ねえねえ弟弟。それは僕にもわからないや」
「「わーはっはっはっ!!」」
――どこぞのテロリストや宗教集団ではなく、赤髪と青髪を持つ、二人の子供がいた。
「き、君たち!? いくら子供と言えど、人を殺すなんて、っ!?」
おそらく正義感か何かを持ち、この二人を止めようと思った一般市民が――何かを言い切る前に、頭から潰される。
「うるさいなうるさいな。子供の言葉を遮って話し続けるとか、大人気ないよおじさん?」
「そうだねそうだね。確かに悪いことは悪いことかもしんないけど、僕たちだって理由があってやってるんだよ? ていうか人間を救ってるわけだから、むしろ感謝されてもいいはずなんだけどね?」
「そうだよねそうだよね。さすがお兄ちゃん、頭いい!!」
「でしょでしょ。さすが弟、ノリがいい!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
そんなことをしたにも関わらず、まるで一つの漫才のような芝居を兄弟で繰り広げるその双子には――三角錐のように小さく伸びた、角があった。
角――それは、普通の人間には見られず、そして鬼族であることを証明するもの。
「角、か」
「んー?」
たくさんの人が見ている中、小さな子供が首から上のない人間の体を踏んづけて、それでさらに人を殺したとなれば、たいていの人は混乱するだろう。
――だが、そんな反応をしなかったディウに、興味が移ったのだろうか。呟いたディウを二人の鬼双子は、興味津々といった目で見ている。
「あれれあれれ? おじさんって、こういう現場見ても動揺しない系?」
「まじでまじで? てか、おじさんってなんとかかんとかの二つ名持ってる『勇者パーティ』の一人のディウ・ゴウメンションじゃない? もしかして、ここにきて大物登場?」
「すごくないすごくない? さすがお兄ちゃん、知識あるし運がいい!!」
「だよねだよね。さすが弟、わかってくれるなぁ!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
その漫才のような関係と言葉にはもう突っ込みはしないが、どうやら、『勇者パーティ』のうちの一人であるディウのことを、知っているらしい。
それは、つまり――
「……お前らは、高い地位にいる魔族だな?」
「正解正解。ていうか、名乗ってなかったね」
「そうだねそうだね。そこに気づくなんてさすがお兄ちゃん、察しがいい!!」
「やっぱりねやっぱりね。それをいつも褒めてくれる弟、大好きだよ!!」
「「わーはっはっはっ!!」」
――『勇者パーティ』の情報が伝わっているほどの、高位にいる魔族、ということ。
そんな彼らだが――会話の最後の言葉を笑いで終わらせないと、気が済まないのだろうか。
その笑いに若干苛つきながらも、ディウは彼らが名乗るのを待つ。
そして――
「僕たちは魔界王様配下各種族幹部『鬼魔族』赤い方の代表王であり兄、バルガロン・ノア・キングダム」
「同じく、魔界王様配下各種族幹部『鬼魔族』青い方の代表王であり弟、ブルガロン・ノア・キングダム」
「「二人合わせて、『奈落の双子』って呼ばれてるのさ!! わーはっはっはっ!!」」
――二人の鬼双子は肩を組みながら、そう言った。
△▼△▼△▼△▼△
<視点 フェウザ>
――同時刻。
ルーディナとメリアの買い出しからの帰りを待っていた、残りの『勇者パーティ』三人のうちの一人――フェウザ・ロトフゥイ。
彼は王街に響く爆発音を聞き、アークゼウスやディウと手分けして、テロリストやら宗教集団を懲らしめてやろうと、街の中を疾走していた。
「いやぁ、敏捷に自信があるからって、毎回遠いところ行かされんの困るんだけどなぁ」
少し苦笑気味に愚痴を溢すのは、街の家々の屋根を飛び渡っていく、フェウザである。
ちょうど同じ時間帯に、同じ『勇者パーティ』であるディウも愚痴を溢しているのだが、そんなことなど見ず知らず、彼は愚痴を続ける。
「だいたい、なんでテロリストとかおかしい宗教集団とかっているんだ? 考えたことなかったな」
今、フェウザが走って体力を消耗している原因であるテロリストや宗教集団だが、そもそも、なぜそう言った頭のおかしい連中はできあがるのだろうか。
――フェウザは普通の一軒家で、普通の生活をして、普通の学校に通って、普通の食事を食べて、普通の時間帯に寝て、最高の出会いをした。
その幸せな暮らしのどこかの記憶がなぜか蘇らないわけだが――フェウザのような普通の暮らし、ではない人が、頭がおかしくなるのだろうか。
「いや、それも違うんだよなぁ、多分」
別に、暮らしに恵まれなかったからと言って、それ全員が頭がおかしくなるということはないはずだ、とフェウザは考える。
家庭に恵まれていて、普通の生活をする人で頭がおかしいという事例も、全然ある。
「だったらなんだ? 生まれたときの性格か?」
実際、生まれたときの性格が正解なのだろうが――そもそも、なぜ性格というのは人によって違うのだろうか。
「……ああやべ、また悪い癖が出たな」
自問自答を何回も繰り返して、どんどん深掘りしていってしまう――フェウザの、昔からの悪い癖である。
それで学校の授業の内容を深く考えすぎて、成績が全然取れなかった時期がよくあった――はずだ。なんと言うか、フェウザは少し頭の成長が速かったのだ。
「それ、俺が頭おかしいみたいにならないか?」
また自問自答を繰り返してしまうが――そろそろ、目的地に着く。
やっと一段落できるかと、そう思ったが――
「……こんなに、人殺す必要があるか?」
――着いた場所にいた全ての人間が、殺されていた故、一段落などできるわけがなかった。
頭がないもの、首から上がないもの、腕が切られたもの、足が切られたもの、捻じ曲げられたもの、上半身と下半身を切り捨てられたもの、目が潰されたもの、耳が千切れたもの、歯が折れたもの、と――さまざまな方法で、仕方で、人が死んでいる。
「どういうことだ? てか、こんなにたくさんの方法で人殺す必要があったんかよ。とりあえず――」
「――あれェ、思ッたよりも着くのが速かッたみたいじャァないかァ」
「っ……」
とりあえず死体の除去から始めるか、と言おうとしたところ――自分の後ろから、さっきまでいなかったはずのものの声が、聞こえてきた。
――その声の人物は、長く伸びすぎた黒灰色の髪で、両目が覆われていて見えなくなっており、背は小さい。まるで少年のような人物だが――その両手に生えている凶器の爪と、口から覗く鋭い牙が特徴的だ。
「……お前が、この趣味悪い景色を作ったのか?」
「趣味が悪いなんて言わないでくれよォ。飽きさせないために、わざわざいろんな殺し方で殺したんだけどなァ?」
「やっぱ、お前が殺したのか」
「それ以外に何があるッて言うんだい?」
「――――」
こんな人が死んでいるところで驚かない少年、という時点で明らかに犯人確定ではあるが、それでもここまで堂々としているのは予想していない。
人を殺した罪悪感や、その感触の気持ち悪さなど――そう言った不快感が、必ずしもあるはずなのだが。
「てめえ、人間か?」
「あァ、そう言えば自己紹介を忘れるところだッたなァ。ありがとォねお兄さん、思い出させてくれて」
「――――」
フェウザは、少年が放つ一言一言に、目を細める。
――なんと言うか、ものすごく不快なのだ。
喋り方がなんか気持ち悪いし、皮肉を混ぜている言葉が逆に好意として受け止められてしまうし、それに、どこか見覚えのある嫌な気持ち悪さを纏っている。
そして何より――
「――お前、命の価値がわかってないだろ?」
――それが、フェウザが感じる不快の最頂点であった。
「命の価値?」
「ああ、そうだよ。お前はこんだけ人を殺したんだ。だから、命の価値なんて――」
「――わかッてるに決まッてるじャァないかァ」
「……は?」
こんなに遊ぶように人を殺しておいて、こんなにたくさんの殺し方で残酷に殺しておいて、今さら何を言っているのかと、そう言うのもありではあったがーー如何せん少年の声が、真剣なのだ。
「命の価値がわかッてない? そんなわけないでしョォ、そんなわけないだろォ。俺は善悪の区別ぐらい、しッかりつけるさ。悪いやつは死んで、いいやつが報われる。そうじャァなかッたら、この世界は理不尽になッちャうからなァ」
「何言って……その悪いやつは死んで、いいやつが報われるってのが、お前はできてねえだろ!? こんなに人を殺しておいて、よくそんなこと言えるなぁ!?」
――正直、限界だった。
こんなにたくさんの人を殺して。こんなにたくさんの残酷なやり方で人を殺して。こんなにたくさんの人を遊ぶように、殺して。
それなのに、善悪の区別ができるだの、悪いやつは死ぬだの、いいやつは報われるだの、自分のやったことをなかったかのように、意見を述べる。
その考えが、行動が、やり方が、気に食わない。だから――
「……ここで、お前は殺すぜ。後悔すんなよ、餓鬼」
――フェウザは、背負っている弓を構える。
それに対し、その少年の方の反応は――
「はァ……」
「……は?」
――ため息であった。
「ほんとォに、シー姉が言ッてたもう手遅れッてのがよくわかるねェ。『勇者パーティ』のやつらですらそれなんて、もう救えねェな」
「は?」
フェウザには、その少年の言っていることが、本当にわからない。
だがその少年は、そんなことなど気に留めるどころか、視界にすら入ってないように――
「そうだ、自己紹介しないと。魔界王様配下各種族幹部『蛇魔族』代表王、『神経の殺戮』の二つ名を持つ、コブラヴェズ・ノア・リュウグレイネル。短い間だと思うけど、またよろしくねェ、お兄さん」
――軽口で、酷く容易く、そう言ったのだった。
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<視点 アークゼウス>
――同時刻。
ルーディナとメリアの買い出しからの帰りを待っていた、残りの『勇者パーティ』三人のうちの一人――アークゼウス・ヴェルゼウ。
彼もまた王街に響く爆発音を聞き、ディウやフェウザと手分けして、テロリストやら宗教集団やらを懲らしめてやろうと、街の中を疾走していた。
「しかし、ルーディナとメリアは無事なのか?」
ディウとフェウザの他の二人とは比較的に体力の少ないアークゼウスが、一番近い場所で響いた爆発音の現場に向かっている。
そして王街を疾走している中、彼は未だに帰ってきていない『勇者パーティ』の残り二人――ルーディナとメリアの心配をしながら、別の考え事もしていた。
同時に、三箇所で爆発音が鳴り響く――これは、案外普通のことに見えるかもしれないが、かなりの信頼と協力、判断力が必要だ。
「本当に、全く同じときであったからな。一秒どころか、小数での差もおそらくない。……少し、手強そうな気がするな」
小数での差すらない全くの同じ時間で、三箇所同時爆発音という、難しいにもほどがある作業――それを、今回のテロリストやら宗教集団やらは成功させたのだ。
つまり、そのテロリストもしくは宗教集団が、かなりの協調性を持っていて、判断力が高く、お互いのことをかなり意識しているという可能性が高い。
「ならば、仲間がたくさんいるのだろうな。そして、それぞれがそれぞれを大切にしている。でなければ、こんな大業、できるはずもない」
なぜその信頼や判断力をこんな爆発に使ったのかは、はっきり言って不明だ。
故にアークゼウスはまだまだ考える。
「可能性として、そいつらを味方に引き込み、協力関係に収めさせる、というのもあるか?」
これだけの協調性が生む事態を成し遂げたのなら、いくら頭がおかしいテロリストや宗教集団相手と言えど、知力が高いという可能性が高い。
つまり、こちらと味方になることに対しての得や損と言った損得が、しっかりわかる相手のはず。
場合によっては口説き落とすことも視野に入れながら、アークゼウスは話の観点を再び、ルーディナとメリアの二人に戻す。
「あの二人が無事だったら良いのだが……まあ基本、勇者と世界一の回復魔法の使い手なのだから、死ぬことはないだろう」
そう自分自身を安心させ、次は、爆発音が鳴り響いてからの、この街の異変について考える。
「……なぜ、魔法が使えない?」
――と言っても、味方の体力を回復する回復魔法や、味方の能力を底上げする増幅魔法、結界設置などの防御魔法は使うことができて、戦闘系の物理魔法や特殊魔法、味方とのやり取りの補助魔法などは使うことができない、と言った形だ。
だから、他の『勇者パーティ』の諸々との連絡が、取れないのだ。
「まあ、彼奴らなら大丈夫か」
本当に心の底から信頼しているから、アークゼウスはそんなことが言える。
実際――『勇者パーティ』の諸々でも、生死を分けるぐらいの相手ばかりなのだが。
「さて、着いたな」
爆発音が鳴り響いた場所のうちの一箇所へと、アークゼウスが着地する。
そして、そこには――
「……なんだ、これは?」
――地面から出ている謎の物体に、体や内臓を突き破かれている大量の人間の死体があった。
心臓部分、他の内臓部分、脳の部分。場合によっては股間や顔など、見た目的に可哀想なものもいる。
正直言って――趣味が悪い。
「さて、犯人探しとなるわけだが――」
「――んじゃあ、んそろそろ俺が出てきていいっつぅ場面か」
「む?」
突如として聞こえてきたその男性の声の方向を見ると――近くの一軒家の屋根に一人、座っている男性がいた。
「……貴様が、この悲劇をやったのか?」
「悲劇っつっても、お前さんは大した反応してなかったじゃないか」
「大した反応はしなくとも、精神的に辛いものもあるであろう」
「なるほど。……んだよ、じゃあただの強がりっつぅことか?」
「む……」
緑のような茶色のような髪の色に、普通の黒い服を着た男。その体は非健康と言えるほど痩せ細っているが、その割には彼の言葉は、毒舌がある。
彼の皮肉が混ざったような言葉に、こちらも皮肉を混ぜて返すが、また皮肉を混ぜられて返されてしまった。
そのやり取りからして――やはりどこか、只者ではない雰囲気を感じる。
「んで、俺がこの悲劇をやったかどうか、だったか。んの通りだ。俺が、こいつら全員突き刺した」
「……なぜだ?」
「全員支配されてたからな。殺すしか、救えなかったっつぅわけだ」
「……は?」
その言葉に、疑問の声を出すことがほとんどないアークゼウスが、疑問の声を出した。
なぜなら――
「……支配だかなんだから知らんが、殺すでしか救えなかっただと?」
「そう言ってるだろ」
「何を言っている……人を殺すでしか救えないと、貴様はそう言ってるのか!?」
「んだから、そう言ってんだろ」
――彼の言葉が、理解や論ずるに値しない、論外だったから。
アークゼウスの人生で、意味のわからない意見を溢したのは――これで三人目だ。
たいていの人の意見は、その言ったこと、状況、理由などを上手く分析し、そして解析すればわかることだが――彼の意見は、そもそも理解すらしたくない。
人を殺すでしか救えないというのは――一体、何を言っているのかと。
「言っただろ? 支配されてんだよ、こいつら」
「支配?」
「ああ、そうだ。……つっても、んまあお前さんには多分わからんし、シーズから企業秘密って言われてるから、いいや」
「……そうか」
――お前にはわからないだろ。
それが、賢者として生きてきた彼の、地雷の言葉だ。
――その言葉をどこで聞いたのか、誰に言われたのか、なぜか覚えていないが。
「刺突氷岩石撃」
地雷を踏むと、爆発する。そんな誰でも知っている情報を、彼は自ら踏んできた。
そんな愚かなものはとっとと死ぬがいいと、そんな憎しみを込めながら――氷の岩が、彼へと向かっていく。そして、その命を突き刺さんと――
「……なっ!?」
――する氷岩を――地面から突き出てきた物体が、粉々にした。
「たっくよ、地雷踏み荒らされたからって激怒してんじゃねえよ。んで、俺自己紹介してなかっただろ? 俺はお前さんのこと知ってるけど、お前さんは俺のこと知らんって不公平っつぅもんだから、教えるぜ」
唖然とするアークゼウスを置き去りにして、彼は言う。
「魔界王様配下各種族幹部『茨魔族』代表王、『深淵の虐待』の二つ名を持つ、ルガイド・ノア・アスパラガストだ」
――鬼と蛇と茨が、この街に舞い降りた。




