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第二章三十一話 「五抱」




ーーーインフィルを背負い、ルリナリンとフィファラの二人を右腕で抱え、女性ーークラティック・ウォンスターと名乗った女性を左腕で抱え、メリアは認識阻害結界(アンノウンフィールド)を発動させながら、王国の道の隅を早歩きで歩いていた。


「――――」


 目指す場所は、国王処刑の裁判までの三日間、メリアたち『勇者パーティ』が過ごす拠点となる王城ゼレルヘレルの、イ・エヴェンの自室ならぬ自城だ。


 この際だから、王城ゼレルヘレルの構造について説明をしよう。


 まず、王国の大通りから見える入り口の大門。その門を通過すると、広い茂みの芝生の上に立つ、三つの城が見える。

 一つ目。中央に立っているのは今代国王が住処とする、国王城レレ。

 二つ目。王城ゼレルヘレルの右に立つ、次代国王であるイ・エヴェンが住処とする、他の二つより小さめの隣王城ゼル。

 三つ目。国王城ゼレルヘレルの左に立つ、武器や装備や食料など、そう言った諸々をしまう倉庫のような城、庫王城ヘル。

 ――三つのレレ、ゼル、ヘル、それぞれの名前を合体させて、ゼレルヘレル。


「――――」


 と、城の構造はそこら辺でいいだろう。


 ちなみに、その隣王城ゼルは、イ・エヴェンと『騎士団長』エレサロン、『魔法騎士団長』ペアレッツォ、そしてその副騎士団長と副魔法騎士団長、何人かの使用人たちしか住むことが許されていないらしい。


 イ・エヴェンはどうやら、権力や金目当てで暗殺もしくは捕虜などとして狙われることが多いらしい。これはイ・エヴェン本人が口にしていたことである。

 それ故に、対抗手段としての騎士団長たち、そして裏切る力など持たないであろう使用人たちしか住むことが許されない、ということだ。


「――――」


 イ・エヴェンやエレサロン、ペアレッツォ、そして副団長たちは言わずもがな、メリアが首飾りを近づけても、首飾りは光を放ち続けていた。

 そして、肝心なのは使用人たち――こちらも予想通りと言うべきか、首飾りが光を放ち続けるものは誰一人としていなかった。

 故に使用人たちには今、国王城レレにて滞在してもらっているらしい。


 なのでメリアたち『勇者パーティ』は隣王城ゼルでなんの不安も心配もなく、過ごすことができるのだ。


「――――」


 長くなったが要約すると、イ・エヴェンの自城は安全で安心して暮らすことができる、ということだ。

 故に、メリアはそこまで、この抱えたり背負ったりしている女性たちを運び、事情説明、ついでに協力要請を行うつもりだ。


 彼女たちは、血肉や首飾り諸々の前に、そもそもメリアがなぜ訪れたのか、メリアになぜ連れていかれているのかすら、わからないはずだ。

 故に、そのことを教えるため――と、そこで、メリアの思考が待てを唱えた。その待ての内容は――


「……ルーディナさんなら、どうするでしょうか」


 ――事情説明と協力要請。その二つをこの女性たちに対し、本当に行っていいか、であった。

 先程に行うと予定を決めたばかりなのだが――少しだけ、考えてみてほしい。


 彼女たちは、なんの力も持たないただの平民だ。

 第一王国三大美貌店員と呼ばれるぐらい可愛く美しいし、義務教育なため魔法も最低限は使えるだろう。

 ――だがそれでも、ただの平民であることに変わりはない。


「――――」


 ――もし、仮に。


 もし仮に、彼女らが血肉のことを知り、そんなの現実として受け止めたくないと発狂したら。

 発狂する前に本当にそうなのかと確認をするために、血肉の前で最もしてはならない行為――血肉かどうか疑う、ということをしてしまったら。

 そのしてはならない行為を伝えた後と言えど、同じ店の同僚や先輩後輩に、今まで通りな対応ができなくなり、何かまずいことが起こったら。


 ――もし、たら、ればを述べても意味がないことはわかっている。でも、それでも、懸念せずにはいられない。

 だって、彼女らは平民なのだ。魔法は最低限使え、美しい外見の持ち主たちではあるが、平民なのだ。

 生きて幸せになる資格がある、普通の人たちなのだ。

 そんな彼女らに血肉について教え、協力を願い、彼女らの平凡を、幸せを奪ったらメリアは耐えられる気がしないし、何より――誰も幸せにならない。


「――――」


 そこで、メリアが例として出した人物が、ルーディナだ。

 ルーディナなら、どうするか。――いつも明るく、皆んなを励まし、誰一人として仲間の犠牲を許さない彼女なら、どうするか。


 そんなの、決まっている。考えなくとも思わなくとも審議しなくとも、一瞬で答えは容易く出てくる。


「……やらない、ですよね」


 ――行うはずがない。

 優しいルーディナが、明るいルーディナが、常に前を向いているルーディナが、皆んなを大好きなルーディナが、誰も幸せにならない行為――そんなことを、行うはずがない。

 まあ誰も幸せにならないかどうかは、もし、たら、ればの可能性であるが――それでも、可能性が増してしまうのだ。


 だから、メリアは――ルーディナを見本として、頼って、好きになって、大好きになったメリアは――


「……なんだ、簡単じゃないですか」


 ――ただ単に、何も言わないだけで、自分が彼女らを守るだけで、皆んなの幸せを守り抜けると、気づいた。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――誰にも死んでほしくない。誰にも幸せがなくなってほしくない。もし仮に誰かが死に、誰かの幸せが奪われるなら、メリアは耐えられる気がしない。


 故に、何も教えない。――何かが起こっても自分たちで解決すればいいし、皆んなを巻き込まずに済むから、この方法が一番いい。

 メリアはそう考えた――否、ルーディナと、短時間でこの女性たちに情が湧いてしまった自分の二人に引っ張られた、という表現の方が正しいだろうか。


 それはともあれ、メリアは今――王城ゼレルヘレルの三つのうちの一つ、隣王城ゼルの自室にいた。

 自室と言っても、この城に滞在する期間中借りているというだけだが。


「……ふぅ」


 メリアは金色の柔らかい生地が敷かれ、その上に銀色の毛布が被せられている、という明らかに豪華そうなベッドに疲れたようなため息を吐きながら、腰をかける。


 そのベッドには気絶中のインフィル。メリアが右腕に担ぐときにお互いの頭でもぶつけたのか、同じく気絶中のルリナリンとフィファラ。

 そして、さっきから何がなんやらと周りを興味津々で見ている、クラティックがいる。


 とりあえずメリアは血肉については教えないが、国王がこの国を裏切っている可能性がある、という話だけ伝え協力してもらう、という形で計画している。

 ――と、疲れたのか眠気が湧いてきたメリアの元に――


「あ、あの……」


 ――クラティックの、遠慮がちな声がかけられた。




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