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第二章三十話 「四乱」




<視点 クラティック>


ーーークラティック・ウォンスターは、本屋ノエルで働く二十二歳の店員だ。

 焦茶色の短い髪に、黒縁の眼鏡、大した珍しさもない地味な緑色の服装。と、どこにでもいそうな格好をしているが――逆にその地味さが、人々の心を惹き寄せる。


 本屋ノエルは面積も大して広くなく、本の数も大して多くない――なのに、客の数だけは異常に多い。

 理由は単純明白。クラティックに会うという目的で来ている人がほとんどだからだ。

 本屋が目的ではなく、クラティック一人が目的――それほどまでに、クラティックの人気は高い。故に、今日も――


「クラちゃんクラちゃん、ちょっと会計頼めるかな?」

「あ、はい」

「クラちゃん、こっちも頼みたいんだけど」

「あ、はい」

「ちょ、ちょっとクラちゃん、だいぶ多いかもしれないけど、この本……」

「無理です」

「即答!?」


 ――他に四人ほどの店員がクラティック以外にいるというのに、客の全員が全員、クラティックに会計を求めてきた。


 先程の会話でわかったかもしれないが、クラティックはかなり無口な方だ。故にどんな人の会計だろうが基本受けてしまう。

 それといつの間にか、クラちゃんというあだ名までつけられていた。

 そういうところもまた、クラティックが人気なところなのだろうが――唯一、二十冊ぐらいあるのではないかと思ってしまうほどの大量の本を積み重ねて持ってきた男性のみは、お断りしたが。


「……はぁ」


 ――と、その出来事がいろいろと起こったのは朝の話だ。朝の騒動が一段落し、店内に静けさが戻った頃、時計は十五時を指していた。


 この時間は基本的にはどの家庭もおやつなため、どの店も客は誰一人として来ないことが多い。

 故に暇なため、朝のことについて、入り口の横の椅子に座りながら思い出していたクラティックだが――思い出すと同時に、深いため息も吐く。

 クラティックは人と話すのが苦手故に無口なのだ。だから本屋という店員と客が話している姿が想像つかない職業についたわけだが――どうしてこう人気になったのかと、クラティックはため息を吐く。


「……暇です」


 ため息を吐く。それはつまり自分にとっていいことではない、ということだ。

 故に、クラティックはこういう思い出しを、できる限りしないように気をつけているのだが――そうすると、今度は暇ができる。


 人気店員故、客と話すことが多い故、基本的に休みは少ない故、クラティックはかなり仕事をするということが身に根づいてしまっている。

 だから、暇というのは、あまり良くないことなのだ。


「……はぁ」


 暇も駄目。思い出しも駄目。それ故、クラティックは椅子の背もたれに背を深く預けながら、再びため息を吐いた。

 そして、ため息を吐くと同時に、激突にクラティックを眠気が襲った。


 クラティックは眠気により閉じそうになる瞼をなんとか開き、ところどころの本棚に飾られている時計を見て、今が十五時二十分と把握。

 基本、十五時から十七時までの間は、客は来ない。

 つまりあと一時間四十分ほどは暇だ。だから有効に使おうと、クラティックは睡眠という海に溺れていく――


「め、め、メ、メリア様におんぶされてるっ!?」


 ――という直前、そんな大声を聞いたと同時に、入り口の扉が壊れて前に吹っ飛んでいくのを、クラティックは見た。


 そして壊れた直後――その扉のように吹っ飛びながら倒れてきた人物たち。

 桃髪の女性に、その女性に抱えられている茶髪の少女と銀髪の少女、そしてその桃髪の女性に背負われている、肌色の髪の女性。

 扉の壊れた音、扉の吹き飛ばされた音、桃髪の女性の悲鳴、茶髪の少女と銀髪の少女が桃髪の女性の豊満な胸に潰されたことによる悲鳴、そして肌色の髪の女性の謝罪の声。


 その状況、景色、幾つもの大音量、クラティックはそれらを見て聞いて理解して――


「何事ですかっ!?」


 ――驚きの余りに椅子から立ち上がり、その急な運動による反動で、自分までもが前に倒れてしまった。


              △▼△▼△▼△▼△


<視点 メリア>


「ぼふっ!? にゃにごと!?」

「ぶげぶぶ……」

「って、フィファラちゃん!?」


 メリアの豊満な胸により潰された、ルリナリンとフィファラの悲鳴。


「あ、ごめんなさいごめんなさい! と、とと、当店の不注意で……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


 メリアを倒した原因であるが故、メリアの背中から降りてメリアの右側に立ち、土下座で謝ってくるインフィル。


「何事ですかっ!?」


 その状況、景色、そして連続の大音量を見て聞いて、そして理解してか、自分までもが前に倒れた女性。

 焦茶色の短い髪に、黒縁の眼鏡、大した珍しさもない緑色の服装から見て、おそらくこの本屋の店員だ。

 その数々の状況を見て、メリアは――


「……ルーディナさんなりに言うと、『かおす』ですね」


 ――と、そう言うしかできなかった。


「はぁ……まず何から片付けるべきか……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「とりあえずインフィルさんは落ち着いて!」

「ふぁっ!?」


 だがそう言ったところで何一つとして解決しないため、メリアはとりあえずどれから手をつけるべきかと周りを見渡して――まず、土下座で謝り続けるインフィルを止めるべきだと思った。

 故にインフィルの謝罪声を上回る声量で、メリアはインフィルの方を向き、落ち着けと言う。おかげで、インフィルも落ち着くか、と思ったが――


「あ、め、メ、メリア様の、ご尊顔……と、尊い、か、かわわ、可愛い!?」

「ふざけないで、とりあえず落ち着いてください」

「むぐっ!?」


 ――土下座の状態から顔を上げたインフィルはメリアの顔を見た途端、そのように顔面蒼白ならぬ顔面紅潮の顔色で、どうだのこうだの言い始めた。

 故に、メリアは止めるため、その豊満な胸に、インフィルの顔を抱き寄せる。こうすればインフィルは声を出せないだろうし、メリアの顔も見れないだろうから落ち着くのではないだろうか、と思ったが――


「め、めめめメメ、メリア様のおぱぁっ!?」


 ――彼女は何か卑猥な言葉に繋がりそうな言葉の断片を放ち、気絶してしまった。なんでやねんとメリアは大声で突っ込もうと――


「あぶぶ……な、なんか、柔らかい、ものに、潰され、た、ような……」

「フィファラちゃん、フィファラちゃん! 戻ってきて、走馬灯見ないで!」

「あ、ルリナ、ちゃん……? あれ……さっきまで、川の向こうに……去年死んだ、猫のミーちゃんが……」

「地味に悲しくなるからやめてくんない!?」


 ――する前に、今度はメリアの左側から、何か騒がしいやり取りが聞こえてきた。

 が、ルリナリンとフィファラ――この二人のやり取りはおそらく放っておけばいつかは終わりそうなので、この際関与はしないことにしておく。


 となると、残ったのは――


「あ痛ぁっ!? 顔、顔、顔っ!? 女の子の一番の武器の顔がぁっ!?」


 ――先程から、自分の顔面を抑えながら床で転げ回っている、この本屋の店員であろう女性。

 その女性の痛みによる悲鳴を聞き、メリアはとりあえず治癒せねばならんと、彼女に少しだけ急ぎ足で近づく。


「あ、あの、大丈夫ですか? 今、回復(ヒール)しますから、動かないでくださいね?」

「あ、はひぃ? な、なんにゃにゃにゃ……」

回復(ヒール)


 メリアの言葉を一応聞いたのか、痛いであろうにしっかりとその場で止まってくれる女性。彼女の少しだけ悲惨になっている顔面を、回復(ヒール)で完全に治す。

 そして、突如とした驚愕の続きによる情報量が多さで今、頭の中が疑問符でたくさんであろう故、メリアはその女性の頭を優しく撫でる。


「あ……」

「大丈夫、大丈夫ですよ。はい、落ち着いて」

「あ……は、はいぃ……」


 そして、メリアが優しく声をかけると、その女性も安心し始めたのか、声に段々、眠気が入ってくる。

 おそらく、仕事かなんかで、かなり疲れていたのであろう。故にメリアはその女性を寝かしつけようとして、頭を撫で続け――ふと、気づいた。


「……あ」


 ――この本屋の他の店員たちから、一体何事かと、視線を集めていることに。

 その状態に気づき、メリアもまた思考が一旦停滞し、そして一瞬で再起動し――


「あ、すいません、お騒がせしました! この人はもらっていきます、迷惑かけてすいませんでした!」


 ――気絶したインフィルを背負い、眠そうな女性を左腕で担ぎ、ルリナリンとフィファラの二人を右手で抱え、認識阻害結界(アンノウンフィールド)を一瞬にて起動させ、その場をすたこらさっさと後にした。

 そして当然のことながら、その突然の出来事の最初から最後まで本屋の店員たちは皆、驚きのあまりに誰一人として動けなかった、と記しておこう。




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