第二章二十九話 「三度」
<視点 メリア>
―――メリア・ユウニコーンは、学ぶ女である。
最初に出会ったインフィルのときは、普通にこんにちは程度で、名前と所属を名乗っていた。
それで卒倒されたので、メリアもかなり焦ったものだが――とりあえず一秒一分の時間も惜しいので、背負って次の場所に行くという判断をした。
ちなみにだが、この白金色の月のような吊り飾りがつけられた首飾り、その光の指す方向で、血肉に侵食されていない人がどこにいるか、わかるのだ。
とても便利な品であることに感謝しながら、メリアは次の場所へと辿り着いた。
その場所は、カフェテリア・バレンタインハート。
――花屋ウェディングドレスの店長であるインフィルと同じ、第一巨大王国三大美貌店員という、第一巨大王国ノヴァディースで最も美しい三人の店員のことを指す、そのうちの一人がいる店である。
そして、そこにいた店員と、その友達に首飾りを近づけ血肉に侵食されていないことがわかり、メリアは名前と所属を名乗った。そしてまた卒倒された件について。
「……その、ご苦労をかけますね」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。せっかく、メリア様が来てくださったのに……」
「お気遣いはなくて大丈夫です。……それよりもこの二人、本当に連れてって大丈夫なんですか?」
「はい、その二人にメリア様の用事があるなら。『勇者パーティ』の優先は、王国では周知の常識ですから」
「……そうですか」
と、その会話は、メリアが『勇者パーティ』の一員だったということを聞いて、卒倒した店員のルリナリンとその友達のフィファラを、本当にメリアが連れて行っていいのかという確認のための、掃除をしていた店員との会話である。
その掃除をしていた店員――カトラリック・ファウントと名乗ったその女性。
彼女は苦労をかけたにも関わらず、さらに人気っ子であり物覚えの良い優秀な店員が暫しの間いなくなるにも関わらず、『勇者パーティ』の一員であるということだけの理由で、メリアの用事を優先してくれた。
それはとても感謝の念が絶えないことであるのだが――彼女に対して首飾りは光っていなかったため、その感謝を素直に伝えることはできなかった。
△▼△▼△▼△▼△
――再び言おう。メリア・ユウニコーンは学ぶ女である。
故に名前と所属をいきなり名乗り、相手が卒倒するという事件が再び起こることはない。
さらに、相手が血肉に侵食されているが故、どう返答をすればいいか迷い、素直な返事を返せないということも、再び起きることはない。
「――――」
その前にした失敗をしっかりと身につけ覚えさせ、頭の片隅に置いておきながら、メリアは三つ目の場所へと向かう。
身につけながら、三つ目の場所へ向かう――と言っているものの、はっきり言って今のメリアには、それほど脳内を片付ける余裕はない。
「……さすがに、三人となると重いですね」
脳内に余裕がないのは、未だに気絶しているインフィルを背負い、先程気絶されたルリナリンとフィファラを抱えながら、道の隅を歩いているからだ。
そしてさらにそこで蓄積されるのが、メリアの使える補助魔法の一つ、認識阻害結界による、脳内の魔法の構築だ。
「……集中、集中です、私」
――そもそも、この認識阻害結界は、複数人用に構築された魔法ではない。
複数人に使うには範囲が狭すぎる。それに、それぞれに能力の最高を捧げるのではなく均等に配る系統の魔法なのだ。さらに言ってしまえば、少しでも集中が乱れるとあっさりと魔法の効果は薄れてくる。
だからこれは、基本的には暗殺や動物の狩りなどの、個人作業用に構築された魔法なのだ。
複数人用に使うとするならば、範囲影響の効果を持つ魔法具にこの魔法を込めるか、と言った方法しかないと思われる。
そんなことをせず、三人とメリアを含めた計四人に上手く使えているのは、メリアの類い稀な努力と才能が故だろう。
「ふぅ、ふぅ……」
だがいくら世界最高峰の治癒魔術師であるメリアとて、個人用の魔法を複数人用の魔法に構築を置き換えるのは、かなりの負担と脳内の思考量が伴う。
そこに、抱えている三人を見事落とさずに次の目的地へと行く、という慎重かつ丁寧でやらねばならない行為も、メリアの脳内の負担に影響している。
それら故に学ぶ女であるメリアも、上手く学べていない状況になってしまっているのだ。
「ぐぬぬ……」
そう言った、可愛いが少しふざけたような聞こえを伴う声を出していることから、最初の方に比べればましになったのだろうが――それはそれ、これはこれ。
脳内の思考量は相変わらずだし、負担もメリアの体に、どんどんと募っていく。
「……は、はひ、着きました」
と、そこで、道の隅を歩くメリアの目の前に、緑色の看板が見えた。本屋ノエルと、可愛らしい文字が書かれている。
本屋ノエル――第一巨大王国三大美貌店員のうちの一人がいる、名の通りの本屋である。
第一巨大王国三大美貌店員――そのうちの二人に首飾りが光り続けていたのだから、残りの首飾りが導いている方向も、残り一人ということか。
「と、とりあえず、入りましょう……」
と、明らかに疲労感満載な声を出しながら、メリアはその本屋へと入っていった。
△▼△▼△▼△▼△
――わけではなく、扉の前でどうしようかと、悩みの表情を見せていた。
「む、むむぅ……」
理由は単純明白。メリアの両手が塞がっていて、入る前のトントンと戸を叩く行為や、なんなら自分で扉を開けることすらできないからだ。
ならば、頭突きが体当たりでもして強行突破、でも行けるものは行けるのだが――先程も言った通り、メリアは学ぶ女。
その強行突破で店内中が騒ぎになり、誰ですかなんて叫ばれてメリアですなんて答えて、またどこかの誰かが卒倒するなど、もう勘弁だ。
「……どうしましょう」
それに今、誰かを手放すようなことをすれば、メリアの認識阻害結界の効果範囲から外れ、周りから認識されるようになってしまう。
それは普通の国民目線の話で言うと、普通に歩いているときにいきなり謎の女性が何の前触れもなくそこに現れた、などという都市伝説かなんかでも作りそうな事態が起こってしまう。
その一員が『勇者パーティ』故に都市伝説まではいかないかもしれないが、騒がれることは騒がれ、面倒臭いことになるのは目に見える。
「……ど、どうしましょう……」
そう考えれば考えるほど、メリアは自分の状況がかなり――ルーディナ風に言うと、『ぴんち』な状況に陥っていることを、どんどんと気づかされる。
抱えている少女たちを手放すことは不可能。魔法の効果を切ることは論外。強行突破も論外。だがずっとここで何もせずに待っているのはさらに論外。
他にこのような状況に陥ったものがいるのかというほど例外で、論ずるに値しないことばかりが出てくる論外で、理屈や理念では語るようなことは不可能な理外。
さあどうするか、とメリアは己の思考をもっともっと、活性化させていくが――
「……メリア、様?」
「ひゃっ!?」
――突如、そう背後から呼びかけられたことにより、その思考の活性化は中断された。
というより、背後から声をかけてきて今のメリアを認識している、ということは――
「あ……インフィルさん?」
「……メリア様がすごい、近くに? え、何これどういう……あ」
――今、メリアが背負っているインフィルが、起きたということ。それを証拠づけるように、インフィルはその可憐な声で、言の葉を紡ぐ。
――ただ、なんとなく、メリアは嫌な予感がするのだが。
「……お、おんぶ?」
「あの、インフィルさん。その、お願い事がひゃあっ!?」
「め、め、メ、メリア様におんぶされてるっ!?」
――その嫌な予感は、見事的中した。
メリアに背負われるという――インフィルにとっては――脳の処理量を超える事態に、インフィルは盛大に驚愕の声を上げ、行為にも表す。
故に、メリアの腰辺りに回されていたインフィルの両手は勢い良く宙に飛び上がり、メリアの豊満な胸の先端を強く摘み上げた。
その、突然にも過ぎる強すぎる刺激に、メリアもまた驚愕の声を上げ、そしてその衝撃故か前に倒れ――メリアの前にあった扉を、強行突破した。
ついでに、いきなりの刺激故、メリアは脳内の思考回路が一気に崩れ落ち、認識阻害結界は効果を切らした。
――つまり、メリアの最も懸念していた強行突破で向こう側が焦り卒倒、そして店の外側にも事態が伝わってしまうという、最悪な事態が起こったわけだ。




