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第二章二十八話 「二人」




<視点 ルリナリン>


―――ルリナリン・メードは、第一巨大王国ノヴァディースで最も繁盛している、カフェテリア・バレンタインハートの看板娘である。


 まだ十二歳という若い年齢であるが、物覚えが良い。

 見た目も茶色の両結びに、可愛いお子様前掛けと黒色の店の給仕服で愛らしいため、店員からも店長からも国民からも、大人気の人物だ。

 それは見た目が可愛いからもあるが、幼い頃からの頑張りを見ていたい、成長していっている姿を見ていたいなどの親目線のような考え方をするものが、まあまあな数を占めている。


 故に老若男女関係せず、店内店外関係せず、ルリナリンは皆んなの期待に応えるため、今日も今日とで、せっせかせっせかと働いている真っ最中である。


「ルリナちゃん、注文いいかしらー?」

「はーい、お気軽にどうぞー?」

「おーいルリナちゃん、こっちも頼む!」

「はいはーい、今行きまーす」

「ルリナちゃん、頑張ってるね!」

「わ、見に来てくれたんだ!」

「ルリナちゃん、いるか?」

「あ、はーい!」


 とまあ、客から友達から店員からと、ルリナリンは呼びかけの嵐を喰らい続ける。

 客は料理を注文するため、友達はルリナリンに会いに来るため、店員はルリナリンに頼みたいことがあるため――と、ルリナリンは人気っ子である。


「ふぅ……」


 そんなルリナリンにも、一応休憩時間はある。

 やはり人気っ子なため、よく客が来る昼間や夜間などは店で働くことが多いのだが、逆に言えばそれ以外の時間は裏方に回って料理を作るか、休憩時間かのどちらかだ。


 それで今の十五時という、ほとんどの人が家でのおやつの時間で、それが故にカフェに来ない今の間は、ルリナリンは店の中で休みである。


「あ、いたいた、ルリナちゃーん!」

「ん……フィファラ、来てくれたんだ」

「うん、おはよう! いや、こんにちは?」

「こんにちはだと思うけど……」


 と、誰もいない店の中の椅子の一つに座っていたルリナリンの元に、店の出入り口の扉が開いたことでなる鈴の音と、ルリナリンと同じぐらいの高音の声が聞こえてきた。


 片や、店の扉についている呼び鈴。もう片や、近所の友達であるフィファラ・シェンテリオン。

 同い年であるはずだが長く伸びた銀髪と、年相応以上に実った胸と身長のせいか、ルリナリンよりもどこか大人びている。


 おはようなのかこんにちはなのか、という世の中に住んでいれば誰もが一人一回は悩むであろうその問いをしながら、彼女はルリナリンの椅子の隣の空いている椅子に、腰をかける。


「いやぁ、今日もお疲れだね」

「まあね。……でも、この仕事には満足してるし、こんぐらいの疲れは余裕だよ」

「わ、かっこいい!」


 なぜ、かっこいいと言われながら抱きつかれなければいけないのかはわからないが、ルリナリンはフィファラに抱きつかれ、そのなかなかな胸に顔を埋めている状態である。


 ――実はルリナリンは、去年ほど前から、フィファラに淡い恋心を抱いているのだ。そう。好意でも友愛でも親愛でもなく、恋心。

 ルリナリンとフィファラは、今年で三年ほどの付き合いになる。


 初めて会ったときに無意識的に一目惚れしたか、それとも少しずつ興味が湧いていったのか。

 ルリナリンは己の恋がどちらから生み出されたものなのかわからないが、それでも去年にふと、フィファラの無防備な寝顔を見て、その恋心を自覚したのだ。


 その経緯は今はどうでも良く、ルリナリンが言いたいことは別にある。

 ――恋をしている相手の胸に顔を埋める、というのは、かなりの幸運的で羞恥的な出来事であるが故、ルリナリンは頬を真っ赤に染めてしまっている、ということだ。


「……ルリナちゃん、なんか顔赤いけど大丈夫?」

「う、うん、大丈夫大丈夫……」


 もちろんそんなわかりやすい変化に、人一倍大人びているが故、相手をしっかりと見ているフィファラが気づかないわけがない。

 究極、言いたいのは、頬を真っ赤に染めたルリナリンに対し、フィファラが変な勘違いをするということだ。

 例えば、熱があるのではとか、暑苦しかったのではとか、体調が悪いのではとか。心配してくれるのは嬉しいが、面倒臭いことにしかならない。


「うーん、でも熱があるわけじゃないよね?」

「ん、だから大丈夫。それよりも、もうちょっと抱きついててほしいな」

「ん、そう? じゃ、ほい」

「はふぇ……」


 と二人が、店内を掃除している店員から微笑ましいものを見るような目を向けられていることなど気づかずに、戯れているとき。

 ――もう一度、店の出入り口の扉が開いたことでなる鈴の音が、聞こえてきた。


「ん?」


 ルリナリンの頭を撫でていることに夢中なフィファラと、店内の掃除を身長かつ丁寧にやっている店員の二人は気づいていないらしいが、幾度もその音を聞いてきたルリナリンはすぐ気づく。

 そして、一体誰の登場かと、ルリナリンはそちらを向くと――女神を、見た。


「――――」


 否。正確に言うと、女神と表すに相応しいほど美しい人物、である。

 桃色の髪に、妖艶な体つき、そして聖女のような服と、どこか神聖さを感じさせる杖。


 そして何があったのか、その桃髪の女性は、茶色の後ろ結びの花屋の店員のような服を着た女性を背負っていた。――あの人物は確か、インフィル・アトセトラ、というような名前だった気がする。

 自分と並ぶ、第一巨大王国三大美貌店員などという、第一巨大王国ノヴァディースで最も人気な店員三人のうちの一人。

 確か職業は花屋だったはずだが――あの二人の間に、何があったのだろうか。というよりそもそも、彼女らはここに何の用があるのだろうか。


「あ、ええと……カフェ店員さん、ですよね?」

「あ、はい、こんにちは。カフェテリア・バレンタインハートの看板娘を務めている、ルリナリン・メードです」

「ついでに友達のフィファラ・シェンテリオンです」

「ええと……本日は、どのようなご用件で?」


 スカートの裾を摘み、丁寧なお辞儀をするルリナリンと、単純なお辞儀だけのフィファラ。

 その二人の可愛いお辞儀を見届け、ついでにルリナリンの質問も無視し、その桃髪の女性――メリアは首元の首飾りを、その二人に無言で近づける。


「「?」」

「……やっぱり、ですね」

「え、ええと?」

「自己紹介が遅れました。『勇者パーティ』の一員の、メリア・ユウニコーンです」


 そのメリアの首飾りを近づける行為に対し、ルリナリンもフィファラも疑問符を浮かべていたが――メリアは光続けていたネックレスを見て、何やら満足が行った様子。

 それで名乗っていなかったことに気づいたのか、名前と所属を名乗ったメリアだったが――一般人であるルリナリンとフィファラからすれば、それは――


「「ゆ、ゆゆ、『勇者パーティ』っ!?」」


 ――突拍子もなく、現実感もない、脳の処理量を超える情報であった。





 ※両結び……ツインテール



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