第二章十九話 「判断」
―――場の空気が、重い。
「――――」
ルーディナたち『勇者パーティ』の諸々は、全員が平然としている――否、平然としているように見せかけている。
――なぜ、見せかけなければならないのか。
平然とするなら、特に物事を考えず、何も思考を動かさず、知識も記憶も探らず、ただただそこにいるだけ、という感じだ。
――だが、それができないほど、この場が空気が重い。故に、見せかけなければならない。
「――――」
ルーディナの向かいの席にいる、イ・エヴェンの表情のせいで、場の空気が重い。
その後ろの、護衛としてついている『騎士団長』エレサロンの表情も、何かを察したのかの如く重く。
『魔法騎士団長』ペアレッツォは歳の関係か、まだ何がなんやらと察していないかの如く、この場の空気に困惑の表情。
先程、ルーディナが発した言葉――『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉に溺れている――は、次代国王であり、国を想い続けてきたイ・エヴェンには、重すぎる話。
「――――」
なぜなら、今まで導いてきた国が、支えてきた国が、大事にしてきた国が――血肉の侵食により、既に手遅れな状態となっているのだから。
それは裏切り、あるいは呪いレベルの辛さ。――イ・エヴェンにとって、予想以上の最悪を、突きつけられたようなものだ。
「――――」
ルーディナたちも、この情報をザシャーノンから聞いたとき、一度はそのように、絶望に染まったことはある。
だが、次代国王としてと、『勇者パーティ』として――次代国王の方が、この情報のせいで受けるダメージが多いのは明白だ。
「――――」
それ故に、ルーディナたち『勇者パーティ』の、気にしないでだの考えすぎないでだの向こうが裏切ったんだからこっちも裏切り返せばいいだの、などなど。
そう言った励ましは、逆効果、むしろ失礼に値するのでは、とすら思ってしまう。
「――――」
――つまり、励ましも何もできない状況で、ただただ場の空気が重い。
この可能性を考えずに、話し合いへと移してしまった自分に、ルーディナは酷く自分を責め――
「……ふぅ」
――ようとしたところで、ふと、誰かのため息のような声が、沈黙の空間に響き渡った。
自責の念を生もうとしたルーディナだったが――その声が原因で、自責の念が薄れてしまった。
――その声は、ため息は、誰のものなのか。
「……すまないな。少しだけ、自分の中で整理をつけていた。もう、大丈夫だ」
先程の情報で、心のダメージを深く、致命傷レベルで受けているはずの――イ・エヴェンである。
「え? ええと……え?」
先程の重い空気はなんだったのかと思うほど突如としすぎて、ルーディナは思わず、疑問の声をあげてしまった。
「……なんだ、私自身で整理がつけられないとでも思ったか?」
「え? いや……はい。だって、『人類平和共和大陸』の規模で、ですよ? もちのろん、王国も含まれてますし……え? 次代国王ですよね? あれ、偽物?」
「貴殿が何をどう勘違いしているか知らないが……」
どうやらイ・エヴェンは本当に、自分自身でこの件について、整理をつけたらしい。
一応言っておくが、『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉で溺れている、つまり侵食している――この範囲の中には、もちろんイ・エヴェンの母国である、第一巨大王国ノヴァディースも含まれている。
つまり今まで大切にしてきた国が、実はもう手遅れで、何をどうしても救うことができない状況。
そんな状況に対し、次代国王のイ・エヴェンが、それはもう復活不可能レベルのダメージを受ける、というのは普通の話だ。
――それを自分自身で、彼女は整理をつけた。ルーディナが疑問の声をあげるのも当然だ。そして、イ・エヴェンはその声に対し――
「……自分で言ってはなんだが、私は、強いぞ?」
――自らを、強いと評した。
「……そう、ですか」
ルーディナはどうやら、イ・エヴェンを過小評価していたらしい。
イ・エヴェンは真剣で、何事にも一途で、冷静で、嘘偽りを見抜き、善悪の判断を下す――その性格から見たら、強いのは当たり前かもしれない。
ルーディナは、失礼ながら――イ・エヴェンの性格というのを、気に入った。
「……では、話の続きをしましょうか」
――会議続行。
△▼△▼△▼△▼△
「――まず、今の状況を整理すると、血肉に『人類平和共和大陸』の大半が支配され、その中には国王も含まれている……故に、裏切りの国王を斬る、ということだな」
「斬るかどうかは置いといて、他はそういうことであってます」
ほとんどが大半に、溺れているが支配へと、かっこいい言葉へと変わっているが、そこはイ・エヴェンの性格上、威厳のある言葉を使うからだろう。
とまあそんなことは置いておいて――ここからの目的は、その裏切りの今代国王をどう処罰するか、である。
「あ、一応確認なんですけど」
「なんだ?」
「国王斬っちゃうことに異論はないですよね? 後ろの騎士団長さんたちも含めて」
「私はない。……エレサロンもペアレッツォもないと、そう言っている」
ルーディナが尋ねた後、イ・エヴェンは即答、エレサロンとペアレッツォもすぐに頷き返していたので、即答。
それだけ今代国王の裏切りの可能性を考えていたのか、はたまた、今代国王に三人とも酷い仕打ちをされていたのか――どちらにせよ、好都合である。
「OKです」
「……おーけー?」
「……なら、今代国王の……ええと、名前なんでしたっけ?」
「ディヴェルダーク・ノヴァディース・レプンツォ・ギ・デシェル・フィブティニーだな」
「その国王をぶった斬るために……処刑という方法で、殺すんです」
「なるほど」
「で、血肉の情報で裁いていちゃうと……」
「……国で隠れている血肉たちが危ない、と?」
「そういうことです」
さすが『冷徹の王姫』と言うべきか、話が着々と、スムーズに進んでいく。
裏切りの今代国王を処刑するのに必要なのは、処刑するに相応しい理由の、適当な罪をでっち上げることである。
血肉の件で裁いてしまったら、それこそ国に隠れている血肉たちがどうだのこうだの言って、逆にこっち側が不利になる、という可能性がある。
それに――と、そこで、ルーディナはまだイ・エヴェンに言っていない情報があると、思い出した。
「あ、ちょっと話は変わるんですけど」
「なんだ?」
「血肉の性質について、少しいいですか?」
「ああ、構わない」
言っていなかった情報――それは、血肉の醜い性質についてだ。
「血肉っていうのは……例えば血肉以外の誰かさんが、血肉とまではいかなくても、なんかおかしいなーって疑問に思います」
「ああ」
「それで疑問に思って、それを……多分、声に出したり行動にしたりすると、効果範囲……今回の場合で言うと、この王国ですね。その範囲の血肉全部が、死にます」
「……死ぬ?」
「はい。それでなんか血肉同士が合わさって、変な化け物になります」
「……隠蔽兼、死なば諸共というわけか」
「そういうことです。……本当に、理解早いですね」
本当にさすが『冷徹の王姫』と言うべきだ。納得も早ければ理解も早い。
まあ、確かにこの血肉の性質に関しては、大した難しさはないが――それでも一瞬で隠蔽兼、死なば諸共という答えを出すのは、さすがと言うべきである。
「故に、国王を処刑するときには、血肉の情報は使えないわけだな」
「はい」
「ならば、適当な罪を仕立て上げる必要があるのか……よし」
血肉の性質も、国王処刑の件も、さらには適当な罪をでっち上げる必要があるという点も、全て理解が早く納得が早い。
そこでルーディナは――確かにこの人なら、今代国王の行動を少し注意深く観察すれば、裏切りしようとしているのではないかと気づくだろうと、感心した。
「……私に、いい案があるぞ」
と、そこで、ルーディナが感心をしていると、イ・エヴェンのフラグ的な発言が発せられた。それは――
「実はいつか、こういうときのために使おうと隠していたのだが……今代国王である我が父上には、父上専用の奴隷が数多くいる。それらを解放し、罪を仕立て上げれば……父上は、信頼をなくすであろうな」
――第一巨大王国第十三条、奴隷及び性奴隷の捕獲、または使用の禁止、という条約に反する、今代国王の裏側である。
第一巨大王国条約一覧
第一条 建築物の破壊の禁止
第二条 料理店及び商店街などで出された食事は、必ず完食すること
第三条 名乗り、または契約などの白紙に名前を書くときは、必ず本名を使うこと
第四条 公共の場での暴力行為及び性暴力行為の禁止
第五条 公共の水源及び井戸などを汚す行為の禁止
第六条 道路及び橋梁などの公共設備の汚損、または妨害の禁止
第七条 貴族・平民問わず、他者への侮辱行為の禁止
第八条 商取引における虚偽報告及び詐欺の禁止
第九条 農作物及び食料の浪費の禁止
第十条 未成年の労働、または過度な酷使の禁止
第十一条 国民の生命を故意に奪うことの禁止
第十二条 貴族及び王族に対する反逆行為の禁止
第十三条 奴隷及び性奴隷の捕獲、または使用の禁止
第十四条 魔族及び邪悪存在との不正契約の禁止
第十五条 故意による大規模火災及び毒物散布などの禁止
第十六条 王位継承を巡る私的な争いの禁止
第十七条 国家の軍事機密及び情報の漏洩の禁止
第十八条 他国との条約違反及び裏切り行為の禁止
第十九条 災害、または戦時における救済義務の怠慢の禁止
第二十条 王国及び大陸平和の根本を脅かす行為の禁止




