第二章十八話 「深層」
―――ルーディナの言葉を聞いて、あまりの驚愕に表情を変えたのは、イ・エヴェンだけではなかった。
イ・エヴェンの左右の後ろに護衛としてついているエレサロンとペアレッツォも、その可愛いく幼さが残る瞳を目一杯見開き、驚きを露わにしていた。
「……その言葉は、本当であるのだな?」
そして、イ・エヴェン側は驚愕で、ルーディナ側は相手の反応を待つために、お互い沈黙を保っていた両陣営。
その中で最初に口を開いたのは、先程のルーディナの言葉が真実か虚偽か、の真偽を問う発言をした、イ・エヴェンであった。
ルーディナはそれを聞いて、肯定しようと思い、口を開こうと――
「――いや、無粋な質問であったな、すまない」
――したところで、イ・エヴェンが再び、口を開いた。
無粋な質問――真偽を問う、先程の発言のことで間違いなかろう。
「わざわざ貴殿が、信頼だのなんだのと言った確認を取った発言の後だ。普通に話したら信用に値しない……故に、確認を取る発言をしたはず。ならば、それを聞いて了承した私が、貴殿の本命の発言に真偽を問うのは、筋違いというものだ」
「お、おお……そうですか」
その意味するところ――ルーディナは、ザシャーノンからの情報ですと言う前に、できれば信頼してほしいという、確認を取る発言をした。
その発言に了承を示しておきながら、ルーディナの本命の発言に真偽を問うのは筋違い――というより、無粋。
なので謝罪した、なので無粋な質問と評した、そう言ったところであろう。
「――――」
それはルーディナから見て、すごく助かる考えだ。
説明を省けるし、真偽でいろいろと抗議しなくて済むし、相手への評価も下げなくて済むしで、一石三鳥――場合によっては、それ以上。
そんな考えを出してくれたイ・エヴェンへの評価が、ルーディナの中で一段階、信頼できるらしい人から信頼できる人へと変わった。
らしいから確実への変化は、大した変化ではないと見えるが、案外大事なものである。故に――
「……ありがとうございます」
――ルーディナはその考えに対して、その態度に対して、感謝を述べた。
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「というわけで話は戻るが……まさか、話を聞いた相手が魔界王配下の各種族幹部、とはな」
「はい」
ルーディナが感謝を述べた後、イ・エヴェンはそのルーディナを見て、柔らかな微笑みを浮かべていた。
だがさすが『冷徹の王姫』と言うべきか、瞬時に対応を変え、話題を元に戻した。
ルーディナの中で、先程の言動により、イ・エヴェンの信頼と評価は上がっている。
それ故にイ・エヴェンの呟きに対しても、受け入れられないかもだの、信頼してくれないかもだのの不安が浮かぶことはなく、明るい返事ができた。
「まあ、先程も言った通り、だ。貴殿があそこまで言うのだから、相当信頼度が高いと見える。……その『鮫魔族』代表王が何を言ったのか、聞こう」
そして、ルーディナの予想通り、イ・エヴェンは信頼だの受け入れだのには関与せず、話を進めていった。
準備万端、会議続行。――ここからが、世界の真相へ近づく道の、本番である。
「……その『鮫魔族』代表王ザシャノンは、この『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉に溺れている……と、そう言いました」
イ・エヴェンが真っ向でこちらにぶつかってきてくれているのだから、こちらもまた、相手に真っ向でぶつかるのは当然のこと。
だからルーディナも、隠し事も秘密も濁す言い方も躊躇いもなしで、直球に言葉を発する。
「……血肉」
「はい」
「……血肉とはなんだ?」
「……あ」
と、そこで、ルーディナは己の失態――というほどまでではないかもしれないが、生じたミスに気づいた。
ルーディナは、血肉が世界に住み着いている前提で話していた故――血肉の生態は愚か、見た目や香り、名前や存在すら、イ・エヴェンに伝えていなかった。
「あ、えーと……えーと……えーと……なんというか、化け物? いや、気持ち悪い生物? ……もしくは、何かが活性化した、死体?」
「なぜ貴殿が疑問符を浮かべているのだ……」
そしてまた、ルーディナは失態を犯した。今度は失態と言えるであろう完成度の失態である。
血肉――それを初めて知ったのが、自分がその血肉の巨人に襲われたときなので、気持ち悪いとか化け物とか、そう言った価値観が既に根付いていた。
故に、説明も細くつけずに、そういう生物がいると簡単に納得していた。
無意識的にその存在を納得した――そんなものの説明を、詳しく細かくできるはずがない。
周りからの、せっかくさっきまでかっこよかったのに台無しだよ的な視線が、痛い。
「え、えーと……と、とにかく、やばいやつってことです」
「そうか。……まあいい、続きを話してくれ」
「……はい」
詳細や、見た目や香り、不快感など、そう言った細かい情報を与えた方が相手も理解できるだろう。
だが残念ながら、そう言った詳細を語る語彙力は、ルーディナにはない。
イ・エヴェンもそう感じたのか、詳しい説明は求めず、続きの話を要望した。
そして周りからの視線は、なにやってんだこいつから仕方ないなこいつといった視線に変わり、呆れ半分、ため息半分の感情が込められた。
「『人類平和共和大陸』のほとんどが溺れている……どういう意味だ?」
「どういう意味も何も……そのまま、『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉に溺れている、という意味です」
「……まさか、だが」
どういう意味か、と聞かれても、本当にそのままを伝えただけであって、意味も意図もない。
そう思いながら、ルーディナはそのままの意味と、直球で伝えたのだが――イ・エヴェンの反応は芳しくなく、それを聞くことを自ずと避けているような、そんな反応である。
と、そこで、ルーディナはたった今、思い立った――否、思い出した。
『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉で溺れている――そうザシャーノンに言われたとき、ルーディナたち『勇者パーティ』が、どんな反応をしたか。
「――――」
――『勇者パーティ』の諸々がした反応は、絶望だった。
今まで王国の意に従って、我慢しながらも、努力や頑張りを続けてきた――それに、裏切られたのだから。
そして、ここまで聞いたイ・エヴェンが――冷静で真剣で、物事に対して深い理解を持つイ・エヴェンがその思考に至るなど、容易いはずだ。
故に、イ・エヴェンの反応が芳しくないのは――
「……その血肉とやらがなんなのかはわからないが……言うなら、ほとんどが手遅れ、とでも言うべきなのか?」
――ルーディナたちと同じく――いや、次代国王なのだから、もしくはそれ以上。絶望を感じていたから、である。




