第二章十四話 「午後」
「――そうか」
――作戦会議をしてザシャーノンが帰り、彼女と別れを告げだ後。
ルーディナから事の顛末を聞いたアークゼウスは、腕を組み何か考えるような表情をしながら、そう、言葉を溢した。
「そ。だから、これからノヴァディース向かって出発進行。で、エヴェン様と上手いこと話して、ついでに騎士団長とかもさらっと味方にして、国王ばーんってやって、それでそっから、またなんかその人たちと話して、わーって感じ」
「なるほどな……」
ルーディナの少々長いが重要な部分が詰められた説明に、アークゼウスは感嘆の声を上げた。
作戦会議中では、このような少々長い説明を、ルーディナは何回か行った。
そのときは重要な部分が抜けていたり、伝わりにくい語句で話してしまったりと、そういう失敗を犯していたので――それが改良されたことに、やはり人は失敗して生きていく生き物なのだなと、そう思う。
――そう、考えたところで。
「……そういえば、アークゼウスはさ……その、信じるの?」
「……何をだ?」
「ザシャノンのこと」
「――――」
アークゼウスは各種族幹部の誰かにやられ、あそこまで自信をなくし、ルーディナの受け入れによって泣き喚いたと、ルーディナはそう思い出す。
だからこそ、ルーディナの質問――同じく各種族幹部であるザシャーノンが深く関わっている説明を、そんな容易く信じるのか、という質問は至極真っ当だ。
アークゼウスはその質問に対し、少しだけ俯き、眉を寄せ、暗い表情になり――と、思ったが、すぐに顔の表情を戻した。
「ザシャーノン、という人物とは余は会っていないから、どういう人物なのかはわからん。だが、ルーディナがそこまで言うのなら、ルーディナが信じているのなら……余も、信じよう」
「……そっか、ありがとね」
「どういたしましてだ」
『勇者パーティ』からのルーディナへの評価は、非常に高い。アークゼウスも、それは例外ではないのだ。
だからルーディナが信じたら信じる、もしくはザシャーノンは信じれなくてもルーディナが言ったことだから信じる、などの考えを持ったのだろう。
期待や信頼してくれるのは嬉しいし、自分の言うことを聞いてくれるとなんとなく可愛い。
だから全然オールオッケー、そのままの態度でおじいちゃんおばあちゃんになっても接してほしいものだ。
「……でも、ちょっと気恥ずかしいな」
――まあ、そこまで信じてくれるとなると、少しこそばゆいものだが。
△▼△▼△▼△▼△
――アークゼウスへの会議内容の受け渡し完了。メリア、ディウ、フェウザへの念のための内容確認も完了。そして彼ら彼女らは荷物の準備をしてくると、先に王街を出て行った。
そして、残ったのは――
「じゃあ、擬音語もそろそろバタバタ帰っちゃうね」
――そう、場を見計らって言葉を発した、レンプレイソンとの別れである。
「ええと……レンプちゃんは、結局なんのためにいたの?」
「おお、それズカズカ土足で踏み込んじゃう? じゃうじゃう?」
「言いたくないならいいけど……」
「むぅー、ノリが悪いなー? 擬音語、プンスカ怒るよー?」
レンプレイソンは会議中、終始カメラマンの真似でも何かをして、ずっとカメラで写真を撮るようなポーズをしていた。
魔界王配下各種族幹部、『擬音魔族』代表にして『音楽の美女』の二つ名を持つレンプレイソンだが、カメラと音楽では、全くと言っていいほど関連性はない。
故に、発想力抜群なルーディナも、考えられる可能性は絞られるのだ。
「……録音してたの?」
「ピンポンピンポーン! 大正解、ご褒美何が欲しい!?」
「じゃあほっぺにキスしていい?」
「おお、それはもち……ええっ!?」
「冗談冗談、その録音何に使うのか教えてよ」
――ご褒美に何が欲しいのかと自分から聞いてきて、体を求められる可能性を考えていないのだろうかこの美少女は。
決してルーディナはガールズなラブではないが、ザシャーノンやメリアのように、仲良くなった美少女は自分のものにしたいという独占欲ぐらい、あるのだ。
だが、こうも頬を真っ赤に染めて、表情を驚愕に染め初心な反応をされると、その独占欲にも罪悪感が湧いてくるので、褒美の内容を変えるに至ったが。
「あ、この録音はね、この後魔界王様にパパっと渡して、ビビっと聞かせるんだよ」
「……聞かせてどうすんの?」
「魔界王様が、本当にこいつらわかってんのかーってポチっと確認するの」
「なるほど……」
おそらく、ザシャーノンやレンプレイソンからの報告もあるだろう。
だが実際に己の目で見て本当かどうか確かめるため、ということだろう。否、録音なので、己の耳で聞いて確かめる、の方が正当か。
なんであれ、確かにザシャーノンやレンプレイソンのような、どこか天然が混じったドジっ子風な少女たちは間違えることなどよくあるだろう。
それ故に真の確認手段を取るということは、とても賢明な判断である。
「魔界王様って人、賢いんだね?」
「そうだよそうだよ。まだ十五歳でスカートとかよく捲れててキャピっと可愛いけど、ビシバシ賢明なお方だからねー」
――前言撤回、魔界王様も天然なドジっ子であった。
十五歳、スカートがよく捲れていて、可愛い少女――なんというか、とても魔界王な雰囲気ではない。
「じゃ、擬音語はパパっとおさらばするね!」
と、そんなことを考えているうちに、レンプレイソンがこちらの反応も待たずに、ウインクし手を振りながら飛んでいった、ということは言っておこう。
△▼△▼△▼△▼△
――レンプレイソンとの別れを済ませた後。今いた広場から足を運び、他の『勇者パーティ』の諸々が先に行って、王街を出る準備をしているであろう門の外を目指して、ルーディナは歩いていた。
「――――」
そして、歩いている途中でルーディナが考えるのは、この街の風景についてであった。
「――――」
数時間前まで賑わっていたはずの王街には、今はルーディナの足音しか響かず、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
人の話し声や足音などはもちろん、鳥の鳴き声や虫の飛ぶ音、それどころか物同士が擦れたり、風で靡いたりするような音すら聞こえない。
静寂と殺風景が広がる王街は――もはや、街と呼んでいいのかも、わからない。
「――――」
ただ一つだけ感じることと言えば、街に広がる血肉である。
肉が内臓が血が、一つの塊や水溜まりとなり広がっていて、未だに蠢いているものや、独特な不快な匂いを放つものと、さまざまな種類がある。
そして場所も、店の見せ物の上に被されていたり、家の屋根の上に広がっていたり、通路や路地裏の道端に置いてあったりと、さまざまな場所に血肉が広がっている。
――だからと言って、興味が湧くものではないが。
「――――」
街の景色への感想は、それしかない。
考えることも特になく、感想も特に思い浮かばず、匂いも不快なだけで特に気にならず、歩くことに面白さも特に感じない。
ただただ、目的地へと歩く。
――本当にここは、街だったのだろうか。
「――――」
そうして歩いて歩いて歩いていくと、一つの大きな門が見えた。
それは、この王街を外からの魔物の侵入や、盗賊や泥棒などの不届なものから守るための、言わば関門である。
普通、門には門番二人が左右それぞれに陣取っていて、王街へ出入りするものの点検や確認などをして、善悪の区別をして判断するはずなのだが――
「――――」
――やはり、誰もいない。
無様で無惨な、門番二人であったのだろう血肉が、広がっているだけだ。その面白みも何もない、ただの門を潜り――
「……あ、ルーディナさん」
――広場から出て初めて見た、生きている生物を発見した。
桃色の髪に可愛い顔、聖女のような神聖さを感じさせる服に、白色のどことなく神聖さを感じる杖。
さらに出ているところは出ていて、出ていないところは出ていない、妖艶な体つき。
そして、聞くもの全てがもう一度聞きたいと、そう言うであろう、透き通るようなソプラノの声。
「……あの?」
「――――」
そしてさらには、その抱き心地も抜群である。
顔も体も声も、髪も服も杖も、爪の先から髪の一本、さらには抱き心地や疑問符を浮かべている顔までもの全てが、一流どころかその上の零流にでも到達しそうな、『慈愛の女神』。
ルーディナ以外の『勇者パーティ』の諸々は二つ名で呼ばれることを嫌がるため、口にはしないが、心では口にする。
そう、それは――
「――メリア・ユウニコーン。私の可愛い可愛いペット」
「え? ルーディナさん?」
「なんて麗しいんだ、この姿は。私はこんなに麗しい姿を見たことがない……」
「ちょっと? ルーディナさーん?」
「透き通るような、美しい声。柔らかくて抱き心地もいい、妖艶な体つき。見るもの全てが崇むような、整った顔。そして、極上な匂いに、髪の感触。こんなペット、一生飼えるチャンスなんてないはず……」
「……ルーディナさん、そんな風に私のこと見てるんですか?」
と、メリアの素晴らしい点を淡々と述べていたら、メリアから少し不機嫌なような目つきで見られ、むっとしたような声をかけられた。
それを見て聞いて、ルーディナは、自分の行いの罪悪さに気づいた。ルーディナは急いでメリアから体を離し、地面に正座をする。
「っ、わ、私は、なんてことを……」
「ふぇ? あの、ちょっと、いつまで茶番やってるんですか?」
「こんな可愛いペット……いや、天使? 違う、女神! 女神をペット扱いするなんて、なんたる罪な女……」
「罪な女の意味違いますよね?」
「わ、私を、どうか、お許しくださ……痛っ!」
女神、いや、それ以上の尊き存在をペット扱いした自分への罰として己の行動の罪悪を語っていたら、メリアから頭にチョップを喰らった。
痛いとは言ったが、力が全く入っておらず、痛いというより可愛い一撃であった。
「……はぁ、いつまで茶番をやってるんですか」
そして、許されない醜き行いを――と、茶番もそこまでにしよう。
メリアの声がした反動で、顔を上げたルーディナの前に映ったのは――頬を膨らませ、不機嫌そうにルーディナから目を逸らした、可愛いメリアの姿であった。
「――――」
「ぷんぷんですよ。ルーディナさんの帰りを、今の今かと待ち侘びていたのに……あ、そういえばレンプレイソンさんはどうしました? 姿が見当たらないですけひゃあ!?」
メリアはたった今自白したが、どうやらルーディナの帰りを、今の今かと待ち侘びていたらしい。
これはもう、我慢ができない――いや、我慢する方が馬鹿である。そう思い、ルーディナは、メリアに飛びつくように抱きついた。
「ちょ、ちょっとルーディナさん!? いきなりなんですか!?」
「これが天国か……」
「ひゃっ……変なことを言わないで、一旦落ち着いてください。後、胸を揉むのやめてください」
「ええ?」
「んあっ……ええじゃありません。私、案外こういうの厳しいんですよ? それと、胸の先端を摘むのもやめてください」
「……むぅ」
「ふぁっ……可愛い声出してもダメです。いいからやめてください。そしていい加減、胸の先端を刺激するのもやめてください」
「……はーい」
ルーディナはふざけたつもりであったが、メリアの厳しいお怒りに怯え、手と体をメリアから離した――というわけではない。
実際、メリアは説教風に声を出していたが、声がしっかりと震えていたし、なんなら可愛い声まで出していた。
これ以上やってしまったら、ルーディナの変なモノが目覚めてしまいそうなので、ルーディナはメリアから手と体を離した――それが、正しい解釈である。
「……で、レンプレイソンさんはどうしたんですか?」
「ああ……なんか、録音したのを魔界王様に聞かせるって言って、帰ったよ」
「ほへー、そうですか……私も別れの挨拶したかったです」
先程の痴態を揶揄われたくないのか、メリアは、ルーディナと体が離れた直後に、別の話題へと話を変換し、レンプレイソンの居場所を聞いた。
ただ彼女は、録音がどうのこうのと言って帰っていったのだ。
まあ居場所というなら『魔界王支配地域』であろうが、そんな遠回しに言っても意味がないため、素直に帰ったと告げたが――メリアも、レンプレイソンとの別れの挨拶はしたかったらしい。
「……でも、別れっぽい別れもしなかったけど」
――ただ、ルーディナとレンプレイソンの別れは、別れの挨拶というより、一つの漫才に近かったが。




