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第二章十二話 「改変」




―――全てを滅ぼす、というのには、少しの誤りがある。

 全てを滅ぼすと言っても、ザシャーノンが言うには、この『人類平和共和大陸』の“ほとんど”が血肉に侵食されている、ということだ。

 だから、全てを滅ぼすというより、ほとんどを滅ぼすという方が当たっている――だが、そんなことはどうでもいいのだ。


「――――」


 ルーディナの発した言葉から、まだ誰も言葉を発せず、俯いたまま。

 ザシャーノンとレンプレイソンはその様子をどうしようか、声をかけようかと悩みながら見つめている感じで、どうにも気まずい空気が漂っている。


「――――」


 だが、ルーディナもルーディナで、喋ろうにも口が開かず、動こうにも手足が言うことを聞かず、見渡そうにも首が俯いたままだ。

 『閃光の勇者』で、いつだってポジティブで、前向きに思考を出して、仲間を励ますのが得意なルーディナですら、この俯き度。

 ――それほどまでに、今回の件は、ルーディナたち『勇者パーティ』に、深い傷を残した。


「――――」


 ――それを単語で表すと、裏切りだ。


 一ヶ月前、第一巨大王国ノヴァディースの国王から、『破滅の魔界王』を討伐せよと任務を命じられた。

 その直後に、突如として『灼熱の砂漠』ファナファーテに、強引に転移させられた。

 そして『十魔星』が一角、『煉獄の魔王』ブレイノード・ノア・フェニックスと戦いになり、圧倒的な差を見て、また転移か何かをされ、帰ってきた。

 そんなことがあっても、それから一ヶ月間、ルーディナたちは魔界王陣営の強さを身に染みるようにわかりながらも任務に集中し、時には笑いながら、泣きながら、我慢しながら、ここまで来たのだ。


 ――その頑張りを、努力を、今までを、裏切られた。それがどれほど辛いか、苦しいか、言わなくともわかるであろう。


「――――」


 だから、ルーディナたちが今までやってきたことは、全て無駄であった――と、そこで、ルーディナの思考が待てを唱えた。


「……ふむ」


 ちょっと立ち止まって、少しだけ考えてみよう。


 確かに、ルーディナたちは国王に裏切られ、血肉の手のひらの上で踊らされ、今もこうして、傷を負っている。

 しかし――今までのことは、無駄ではなかったのではないか。


「――――」


 もっと立ち止まって、もう少し考えてみよう。


 魔界王陣営が敵だ、強敵だ、天敵だ、仇敵だ、宿敵だと、そう思い続けてきていたから、今のルーディナたちがあるのではないだろうか。

 『破滅の魔界王』が悪だと、そう信じてきたからこそ、ルーディナたちは今、この状況になっているのではないだろうか。


「――――」


 海に溺れるように立ち止まって、後少し考えてみよう。


 ルーディナとザシャーノンが今の親友のような仲になったのは、悪だと思い込んでいたものが実は善で、案外信じられるじゃんと、そう――惚れたからだ。

 別に女っ気があるとか、女しかイケナイ口だとか、そういうつもりでは決してない。

 確かにメリアと風呂に入るときは彼女の裸体をずっと眺めていたり、洗うときも少し敏感な部分を責めたりとするが、決してガールズなラブとか、そんなつもりではない。


 ――ルーディナがザシャーノンに惚れたのは、もっと、親友的な意味で、だ。

 悪だと思っていたものが善だったと、そう裏切られた――否、いい意味で裏切られたのだから、裏切られたの逆の表切られた、とでも言おうか。

 それはつまり、切羽詰まっていたルーディナへの、救いのようなものに近い。


 故に――ザシャーノンを、魔界王陣営を悪だと思っていなかったら、ルーディナはザシャーノンとここまでのような仲の良い関係にはなれず、この世界の真実についても、知ることはなかった。

 ――ならば、今の状況は、逆に良いのではないだろうか。

 ルーディナ・オブ・ポジティブ、発動である。


「……よし、皆んな、聞いてほしい」


 善は急げ。一体どこからその言葉を聞いたのか知ったのかはわからないし覚えてもいないが、ルーディナの頭には、そんな言葉が出てきた。

 ポジティブが発動されたなら、そのポジティブが消える前に、『勇者パーティ』の諸々の全員にも、同じポジティブを発動させる。

 ルーディナもハッピー、『勇者パーティ』の全員もハッピー、ザシャーノンとレンプレイソンも良かったと落ち着く。一石二鳥ならぬ、一石三鳥である。


 集まる視線をしっかりと受け止めながら、ルーディナは続ける。


「皆んなが落ち込んでるのはわかる。でもね、逆に考えてほしい。国王に裏切られて、魔界王陣営と戦わなきゃいけない状況にならなかったら、今の状況になってないで、そのまま何も知らずに死んでた可能性もあるでしょ?」

「……そうですか?」

「そうだよ。だって、皆んなが魔界王配下各種族幹部と戦ったのは、魔界王陣営が悪いと思ったからでしょ? 戦わないで放置してたら、今みたいになってないと思うんだよね」

「……なるほど」

「一理あるな」

「確かに……そうですね」


 またもや少々長い説明となってしまったが、伝えたいことは全て伝えられたはずだ。

 メリアの質問に食い気味で答え、答えた結果、フェウザ、ディウ、メリアの順番で、同意と納得を得られた。

 ――さすがルーディナ、頑張れルーディナ、行けるぞルーディナ、後一歩だルーディナ。


「そう。だから落ち込まないで、今の状況を逆に喜ぼ? それで、裏切った国王たちをばさって切って、すかっとなる。最高じゃん」

「……すげえな、本当に」

「さすがだな」

「……ほへー」


 そして、少々早口気味で語った結果、フェウザ、ディウ、メリアの順番で、同意や納得というより、尊敬のような眼差しを向けられた。

 ――さすがルーディナ、やったねルーディナ、来たぞルーディナ、お前の時代だルーディナ。


「それに、落ち込んでたら何も進まないし。それにまだ裏切られたとしても、『勇者パーティ』の皆んなも、魔界王陣営の皆んなもいる。最高で最高じゃん、ね?」

「……すごい」

「お前には敵わないな」

「……素敵です、ルーディナさん」


 そして今度はゆっくりと、一言一言を噛み締めるように言った結果、フェウザ、ディウ、メリアの順番で、今度は尊敬プラスで好意も感じられた。

 ――さすがルーディナ、すごいねルーディナ、神がかってるねルーディナ、最強だねルーディナ。


「……と、いうことで」


 何回も何回も、自分を励ますような言葉を心の中で言うのには少々羞恥もあったが、まあそれはそれ、これはこれ。

 ルーディナは、尊敬と好意の眼差しを向けられることに優越感を覚えながら、ザシャーノンとレンプレイソンの方を見る。


 ルーディナのポジティブさにか、『勇者パーティ』のポジティブさにか――まあどっちもであろうが。

 驚愕に目を見開いているザシャーノンとレンプレイソンの二人が可愛いな、とも思いながら、言う。


「これからのこと、考えよ? そして、皆んなで世界を変えよう。……ちょっと大袈裟すぎるかな?」


 少しふざけた態度で、しかし、しっかりと真面目さが伝わる態度で、そう言った。


             △▼△▼△▼△▼△


 ――大袈裟すぎるかと思ったは思ったものの、血肉のことを上手く利用して、排除して、変えることができたら、世界を変えると言っても過言ではないことではなかろうか。

 『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉に侵食されており、それを排除し、ずっと敵だ悪だと思われ続けていた魔界王陣営と協力し、世界に安泰を訪れさせる。


 その伝説級のシナリオは、世界を変えると言っても、過言ではない代物のはず。それはもはや、歴史の改革、世界の改変、永遠と残る伝承だ。

 やはり、ルーディナのかけ声もその内容も、間違っていたものではなく、しっかりと的を射ることができていた。


「それでザシャノン。私たちはこれから具体的に何するの?」

「え? ええと……ちょっとその前に、いいですか?」

「うん、どうぞ」


 これから何をするのか、それをザシャーノンに聞こうと、彼女の方を向いて質問をするルーディナ。

 だが、その前に、目を見開いて完全に行動停止と思考停止していたザシャーノンが、言いたいことがあるとやらなんやら。

 急がば回れ、時に立ち止まって、時に回り道をして最高の結果を得るのが、ルーディナのモットーである。たった今作り上げたモットーだが。


「……ルナっちたちは、うちが喋ったこと、本当に信用するんですか?」

「もちろん」

「……そう、ですか」


 今更何を、と思うかもしれないが、ザシャーノンから考えてみれば、当然のことかもしれない。


 確かにルーディナ率いる『勇者パーティ』は、先程まで暗い表情で俯いていて、この世の終わりのような雰囲気を放っていた。

 いくらルーディナがメリアがディウがフェウザが、ザシャーノンやレンプレイソンのことを信用していたとしても。それでも――嫌なことは嫌なこと、考えたくないことは考えたくないこと。


 本当にそれが真実なのか、とか。実は虚偽ではないのか、とか。情報のどこかに辻褄が合わない部分があるのではないか、とか。

 そう言ったことを言って、もう少し会議を続け、完全なる信用を得るまで、信じてはくれない――と、ザシャーノンは思っていたかもしれない。


「でもね、甘いよザシャノン」

「ふぇ?」


 ルーディナの思考の声は聞こえていないため、突如としてルーディナがザシャーノンに向けて放った声に、ザシャーノンは素っ頓狂な声を上げる。

 それも可愛い素っ頓狂な声で、何事かと目を見開きながら、ルーディナを見た。


 ――そう、甘い、甘いのだ。

 コーヒーに砂糖を数十個入れたとか、ショートケーキの生クリームを倍増したとか、そんなものよりも、もっと甘い。


「ザシャノン。私はね、ザシャノンに惚れ込んでるの」

「「「「「は?」」」」」


 なぜかザシャーノン以外の諸々全員にまで、何言ってんだこいつみたいな声を出されたが、気にするほどのことではない。実際、そうなのだ。


「ザシャノンにすごーく惚れ込んでるから、私はザシャノンのことをすぐ信じられる。で、『勇者パーティ』の皆んなは私のこと大好きだから、信じられる。つまり、全部信じられる。そういうこと」

「……そ、そうですか」


 その言葉に頬を赤らめ、若干目を逸らすザシャーノンに、ルーディナは心の中で彼女に抱きつきたいという気持ちが湧いてくる。

 それを感じて、自分でも重症だと思うが――重症だからこそ、惚れ込んでいるからこそ、信頼することができるのだ。


「だから、私はザシャノンのこと問答無用で信じるからね。覚えといてよ?」

「……はい」


 声は小さく、口の開き具合も少ない。

 ――しかし、ザシャーノンの嬉しさの混じった声と、満面の笑みで埋め尽くされた表情からして、本当に嬉しいのだなと、そう思えた。




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