第二章十一話 「真実」
―――それは薄々、勘づいていたことだ。
「――『人類平和共和大陸』に、純粋な生物はほとんどいません。ほとんどの生物が、既に血肉に溺れています。故に、その血肉の生態からして、この王街の生物は全員、死んだのでしょう」
人族が支配する北半分の大陸、『人類平和共和大陸』の生物たちのほとんど――人間、動物、虫、魚、鳥と関係なく――が、既に血肉に溺れている。
血肉に溺れている――血肉に侵食されている、と言っても過言ではない意味であろう。
突如としてルーディナの前に現れた血肉の巨人や、ザシャーノンが前々から発言していた、手遅れという言葉。
――それらからして、その発想に至るのは、決して難しいことではなかった。
「……つまり、ですよ?」
ザシャーノンの言葉を聞いた後、メリアが、少しだけ言葉に詰まりながらも、確認するように、ザシャーノンへ問う。
「この王街だけじゃなくて、この大陸全ての範囲で見て、それで、ほとんどが血肉に溺れている……侵食されてるってことですか?」
「はい、そういうことです」
「この街の人々とか、王国の人々とか、飼っていた家畜やペットとか、そこら辺で楽しそうに遊んでいる子供たちとか、小鳥の群れとか……そういうの関係なく、ですか?」
「…………はい」
――それは、酷く重い現実だ。
この王街の人々、それは細かく言うと――ルーディナとメリアが買い出しに行っていた商店街の、商人や客。冒険者ギルドの冒険者たち。広場にいた人々、子供、赤ん坊。食用やら可愛がるためやらと飼われている家畜やペット。朝に囀りを聞かしてくれる小鳥の群れ。夏になると騒がしくなる虫の鳴き声、など。
そういった諸々全てが、血肉に侵食され済み、ということだ。
だが、この酷く重い現実は、本当に酷く重くて――その規模のものが王街のみならず、『人類平和共和大陸』全てがそうだと、言っている。
「――――」
予想はしていたし、仮説も立てていたし、そういうことを言われたときのための心構えだって、していた。
だが、いくら準備をしていようが、予想をしていようが、心構えをしていようが――その酷く重い現実に、傷を負わせられるのは、変わらない。
「――――」
会議場は、沈黙の空気に包まれていた。
ルーディナもメリアもディウもフェウザも、ザシャーノンもレンプレイソンも、誰も言葉を発しない。
『勇者パーティ』の諸々は、現実の状況について深く理解し、深く傷つき。
ザシャーノンとレンプレイソンの二人は、そんな『勇者パーティ』の様子を、ただただ見ている。
「……ええとさ」
だが、ずっと沈黙にしているわけにも、傷の余韻に浸っているわけにもいかない。
ルーディナはそう思い、とりあえず言葉を発したが――周りの諸々の表情は、未だに暗い。だが、それでも、ルーディナは、まだ聞きたいことがあるのだ。
「その血肉の生態ってのは、何?」
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――とりあえず、今の現状をまとめておこう。
まず、この王街のみならず、『人類平和共和大陸』の人間、動物、虫、魚、鳥と関係なく、全ての生物のほとんどが、血肉に侵食されている。
だが、ほとんどなため、まだ侵食されていないものもいるはず。『勇者パーティ』の諸々だって、ザシャーノンやレンプレイソンだって、そうだ。
そして、その血肉がなんなのか、誰からの侵食なのか、誰からの刺客なのか、どういう目的で生まれたものなのか、そう言ったものは未だにわからない。
だが、まず聞くもの――それは、ザシャーノンが言っていた血肉の生態、とやらだ。
ということで、ルーディナが沈黙の場に包まれているところで、そう質問したわけだ。
「血肉の生態っていうのは……一言で言うと、バレない……あー、気づかれないための演技です」
「ほう」
「どういうことかって詳しく説明すると……ルナっちは、うちと戦ってる最中に、この街の異変に若干気づき始めましたよね?」
そう、ザシャーノンは確かめるように、ルーディナの方を向いて言ってきた。
ザシャーノンと戦っている最中、とその言葉が完全に当てはまる時期というわけではない。
だが確かに、ルーディナが血肉についての疑問を持ち始めたのは――ザシャーノンと戦っている最中に、謎の血肉の巨人が現れてからだ。
その謎の血肉の巨人が現れなければ、ルーディナはザシャーノンのことを信頼することも、今この場で会議をすることも――なんなら、生き残っていることも無理だったかもしれない。
「そうだね。ザシャノンと戦ってるときの、なんか変な血肉のやつに出会わなかったら、私、疑問持つことなかったと思う」
「ですよね。……で、まあ今回はルナっちですけど、街の一人とか国の一人とかが、あれ、なんかおかしくねって疑問を持つじゃないですか。疑問を持つと、バレる可能性があるじゃないですか。バレる可能性があると、血肉ってのは……バレる可能性のある範囲のものたち、全員が死ぬんです」
バレる可能性がある範囲のものたちが、全員、死ぬ。
「――――」
今回は、ルーディナがこの街の異変についての疑問を、最初に持ち始めた。
疑問を持つ、ということは、その異変についてバレる可能性があるということ。
そして、例え血肉のことが関係あろうがなかろうが、後ろめたいことがバレてしまった場合。
――評価が下がる、処刑される、監獄に入れられるなど、良いことが一つもない、ということは説明しなくともわかるであろう。
故にバレないために、街の一人、国の一人、大陸の一人、生まれたての赤ん坊でも子供でも、老人でも大人でも誰でもいいから、疑問を持ち始めたら――血肉の全てが、死ぬ。
全てが死ねば、確かにバレはするが罰は下らないし、罪を被らせることもできるかもしれない。だが――
「……なんというか、醜いね」
――非常に卑怯で薄汚いやり方だと、ルーディナは率直に思った。
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その血肉の生態のため、ルーディナがこの街の異変に疑問を持ち始めたから、いつの間にか生物が全員死んでいた、ということになる。
「だから、この街は全部血肉に既に溺れてた……ってことだよね」
「はい、そういうことですね」
生物が全員、血肉の生態によって死んでいた。
ということは、ザシャーノンが最初に言っていた通り、この街の生物たち全員は、既に血肉に溺れている――侵食されているということだ。
「そして、それが『人類平和共和大陸』の規模で起きてる……と」
「……はい」
ルーディナの質問――というよりわかりきっていたことを、何かの間違いではないかと聞くような問いに、ザシャーノンは言いづらそうに答える。
この王街や、王国だけならまだしも、『人類平和共和大陸』全体の規模で、この血肉の侵食が行われて、既に手遅れだということは――
「……もしかして、国王とか、他の国とか、そういうのも、手遅れなの?」
「…………はい」
ルーディナのさらなる核心に迫る質問に、ザシャーノンはまた、言いづらそうに答える。
――自国や他国関係なく、どの国の騎士も冒険者も、住民も生物も王も、全てが。
―――手遅れということなのだ。
「――――」
だが、これでルーディナは――ザシャーノンがどういった理由で、『勇者パーティ』全員に話そうとしたのか、わかってしまった。
普段のことなら、わかる、理解できる、納得できるといったことは、誇らしいものだ。
難しい問題の解き方や、どうしても越えられない壁を越えるための解決策の方法や、嫌な自分に対してのいいところを探すための探し方など。
そういうのをわかって、理解して、納得できるものは、誇らしいはず。
だが――今回のことは、わかったではなく、わかってしまった。
わかったとて、簡単に言って、誇れるものでは――ないのだ。
「――――」
ルーディナの自然と暗くなる表情を見てか、残りの『勇者パーティ』の諸々も、不安そうな顔でルーディナを見つめてくる。
だがきっと、彼ら彼女らも、気づいているだろう。
――ルーディナを見ながら、若干、暗い表情で俯くメリアも。
――ルーディナを見ながら、難しそうに、難問を解くかのように暗い表情で俯き、歯を食い縛るディウも。
――ルーディナを見ながら、他の二人よりかは少しだけ遅れて、暗い表情をしたフェウザも。
「……国王も、他の国も、既に血肉に侵食されていて、手遅れ」
言いづらいというより、それはとても、悲しいものだ。悲惨で残酷で、冷徹で。
「……それで、血肉ってのは、侵食されたら最後。この街の景色見ればわかるけど、復活とか蘇生とか、そういうの、絶対に無理」
自分で言っていても、辛くなってしまう、今の現状。
血肉に侵食された場合、それを血肉以外のものが疑問に思ったら、いつの間にか全滅する。
疑問を持たずとも、ルーディナが出会った血肉の巨人のように、いつ害をなすか、わかったものではない。
回復や治癒、復活や蘇生、そういった諸々が無理なのも、今の現状を見れば、容易く理解できるものだ。
――とても、辛い。けれど、言わなければいけない。
ルーディナは勇者で、『勇者パーティ』のリーダーで、『勇者パーティ』の全員の意見そのものと言っても、過言ではないのだから。
「――全部、滅ぼさなきゃいけないんだよね」
―――辛い、とても辛い、それはなぜか。
今までずっと信じてきて、それが正しいと思ってきて、辛かろうが、疲れるだろうが、我慢してやってきた、それに――裏切られたのだから。




