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第二章九話 「準備」




―――アークゼウスがどれだけ泣き続けていたのかはわからないが、泣き止んだ後、その反動によってなのか――アークゼウスは再び、眠りに落ちた。


「……ふふ」


 泣き止んだアークゼウスの頭を撫で、可愛い笑い声を溢すのは、ルーディナだ。

 その笑いは、泣き続けたアークゼウスへの嘲笑いでもなく、アークゼウスを慰めることに成功した自分への誇りの笑いでもなく。

 ――泣いて眠ったアークゼウスが、まるで赤ん坊みたいで可愛いと思った、という笑いだ。


「さてと……」


 今後の話か、もしくは目標決めか、ザシャーノンはとりあえず、『勇者パーティ』全員での話し合いを求めていた。

 だが、泣いて泣いて、存分に泣いて、そして疲れて眠ってしまった――そんなアークゼウスを、無理矢理に起こすわけにはいかない。

 故に、ルーディナはアークゼウスを背負い、アークゼウスへ今回の会議の内容を伝えるのは自分の役目だ、とでも言わんばかりに周りを見渡し、目配りした。


「……よし」


 そして目配りした結果、さすがは長年の付き合いであるメリアとディウとフェウザの三人は、ルーディナと目が合ったときに頷き返した。

 そして察知能力が高いのか、シンプルにルーディナとの相性がいいのか、ザシャーノンもまた、ルーディナと目が合ったときに頷き返す。


 これで、この場でルーディナの意図がわかっていないのは、水色と金色が混ざったような髪を持つ少女だけ。

 ――と、そこで、その少女のことについてルーディナはまだ何も教えてもらっていないと、そう気づき、その少女の方を向きながら、ルーディナは問うた。


「あ、あの」

「お、おお?」

「ええと、あなたは」

「おおおお!!」

「誰な」

「おおおおお!!!」

「のです」

「おおおおおお!!!」

「か……って最後まで言わせてよ!? うるさいなぁ!?」


 と、問うている間に、その少女はいちいち、言葉として成り立っているかすらわからない言葉で、割り込んでくる。

 実に邪魔が故、初対面にも関わらず、ルーディナは大声で突っ込んでしまった。


「おお、おおお!!」

「……言葉って喋れる?」

「もちろん!! 擬音語のこと知りたいのかなー!?」

「擬音語……?」


 さっきから「お」でしか言葉を発していない少女だが、言葉が喋れない、というわけではないらしい。

 そして、今までの言葉遣いと「お」の連続と雰囲気からするに――少女の一人称は、擬音語と見た。


「クルンっと回転、パパンっと照明、そしてピカピカ照らされるこの擬音語……って痛!?」

「真面目にやってくださいよ。皆んな困ってるじゃないですか」

「はひ、すいまへん」


 文字通り、くるんと回転してぱぱんと太陽の日の光が一番当たるところに移動して、そしてぴかぴかと照らされた少女。

 ――と、そこで、ザシャーノンにチョップを入れられる。

 ザシャーノンの言う通り、ルーディナもメリアもディウも、いきなりの明るい雰囲気、そして擬音語と共に楽しげに語る少女に、困惑の表情を浮かべていたのだ。

 唯一フェウザだけ、困惑ではなく呆れのような表情をしていたが。


「はいはい、ではパパっと自己紹介。魔界王様配下各種族幹部『擬音魔族』代表王、『音楽の美女』の二つ名を持つ、レンプレイソン・ノア・オノマトペだよー!! よろしくねっ!!」


 そして少女――レンプレイソンは、先程のザシャーノンからのチョップも皆の浮かんだ困惑の表情もなかったことにするかのような態度のままで、自己紹介をした。


           △▼△▼△▼△▼△


 ――ザシャーノンが鮫魔族、そして、バルガロンとブルガロンが鬼魔族。

 そこから他の種族を予想するに、豚魔族や牛魔族、猫魔族や犬魔族などの動物系統や、鯨魔族や鳥魔族、虫魔族や龍魔族などの、少々特殊動物系統。


 それ以外の魔族は基本的にはいないだろうと、ルーディナはそう思っていた。

 だが、その目の前の少女――レンプレイソンの自己紹介で、自分の勝手な認識が間違っていたことに気づく。

 ――擬音魔族という、特殊も特殊、異質も異質、異様も異様な、完全なる特殊系統の魔族。


「さてさて、自己紹介も済んだということで、ピピっと録音開始……でいいのかな? どうなのかな?」

「……じゃ、アークゼウスさんは寝ちゃいましたけど起こすのも忍びないので、このメンバーで話し合いしましょうか」


 と、魔族の種類についてルーディナが考えていたところで、ザシャーノンとレンプレイソンの二人が、何やら勝手に話を進めている様子。


 そう、『勇者パーティ』の全員を集めた理由は――ザシャーノンが、『勇者パーティ』全員での会議をしたいから、と言ったからである。

 その会議の議題も目的も標的も内容も序論本論結論も、ルーディナは何一つ知らないが、ザシャーノンの言うことならなんの問題もなかろうと、そう思いザシャーノンの言葉に返答を返そうと――


「……なあ、ルーディナ」

「ん? どうしたの?」


 ――したところで、ルーディナの隣にいたフェウザが抜き足差し足忍び足で、ルーディナの耳元へと来て、囁いてくる。


「いや、そのさ……あいつらって魔界王配下の各種族幹部なんだろ? なんか文句も言わずに信頼していいのかよ?」

「いいに決まってるじゃん」

「え……」


 ――魔界王配下、それも各種族幹部という高い立場にいる魔族。それをあっさりと信頼していいものなのかと、フェウザはルーディナに問うてくる。


 ――だが、そんなものは、とっくにこちらで完結している話だ。

 ザシャーノンに助けられて、バルガロンとブルガロンの鬼双子もノリが良くて、レンプレイソンという少女も、気が良さそうな雰囲気を持っている。

 だから、そんなもの気にする意味はないと、返答をしたが――あっさり言い切ったことに驚いているのか、フェウザは困惑の声を出して硬直した。


「大丈夫、それはもう済んでる話だから。メリアもディウも、それに私も、あのレンプレイソンって子はともかく、ザシャノン……青い髪の子のことは信頼してる」

「……そっか」


 ルーディナがそう言うと、フェウザは特に疑問も持たず、質問もせず、納得の声を出した。

 これが、おそらくフェウザがルーディナに対する信頼なのだと思い優越感に浸りながら、ルーディナは、先程返そうとしたザシャーノンへの返答を言った。


「じゃあ、話し合いしよっか」


              △▼△▼△▼△▼△


 ――と、そのルーディナの言葉が『勇者パーティ』全員の意思なのかのように、――実際そうなのだろうが――そこからは着々と準備が始まった。

 と言っても、ザシャーノンが魔法で、水の机やら水の椅子やらを人数分、生み出しただけだが。


「――さて、場面は整いました」


 そして全員が、ひんやりとした冷たさが体に伝わる、柔らかい感触を持つ座り心地のいい椅子に座った直後、ザシャーノンが会議開始の合図を言った。

 ザシャーノンが所謂誕生日席というやつに座り、そこから時計回りでルーディナ、メリア、ディウ、フェウザと座っている。

 レンプレイソンは右手を右斜め上に、左手を左斜め下に、それで鉤括弧のような、カメラで撮影中的なポーズをとって、ザシャーノンの後ろに立っている。


「ええと……こういうのって何を言えばいいんでしょうか?」

「……まずは、本日は集まっていただきありがとうございますと感謝を述べて、議題の内容を話し、それに対する意見を個人個人に聞いて、そこから賛成か反対か、理由、質疑応答を述べ――」

「メリアちゃん、ちょっとそれガチすぎるかも」


 まだ会って数時間としか経っていない仲だが、ルーディナにはわかる。

 ――ザシャーノンは、明らかにこういう場面に来たこと見たこと聞いたこと話したことはないであろう、と。


 そのルーディナの予想通り、ザシャーノンはその可愛い顔を苦笑させながら、助けを求めるように周りに聞いた。

 そこで返ってきたのが――さすがは聖女と言うべきか。真面目でガチで、それでいて本場の、メリアが言った、会議の進め方の内容である。

 だがさすがに内容がガチすぎたので、ルーディナが突っ込みを入れ、代わりに会議の進め方を語った。


「とりあえずさ、ザシャノンは何を伝えたいのかーって言うのを皆んなに言って、それで皆んながそれについてなんか言って、で終わりでよくない?」

「そんな簡単でいいんですか?」

「そうですよ、ルーディナさん。賛成反対、質疑応答、理由説明、この三つは必須です」

「メリアちゃんは一回シャラップ」

「……しゃらっぷ?」


 簡単に簡素に、ルーディナが今回の会議の進め方を話すが、メリアはともかく、ザシャーノンもそんな簡単でいいのか、と疑問を感じるらしい。

 話したいことだけ話して、伝えたいことだけ伝えて、聞きたいことだけ聞いて、それで終わりでいいと思うのだが。


「ま、難しくしすぎてもわかんねえから、簡単の方がいいだろ」

「そうだな。別に、会議の専門家が集まっているわけではない。簡単な方がいいだろう」


 と、そこで、ルーディナの援護をするように、フェウザとディウが、それぞれの意見を述べた。

 会議簡単派が三人。会議簡単でいいのか派が一人。会議難しい方がいいのではないか派が一人。フェウザとディウのおかげで差がつき、勝敗が決まった。


「じゃ、フェウザとディウも簡単の方がいいということで、多数決で簡単にしようと思います。メリアちゃんとザシャノンは、それでいい?」

「……むぅ」

「うちは、別にどっちでもいいですよ」


 ザシャーノンが賛成、よって、四対一という構図になった。

 と言っても、隣で頬を膨らませている可愛い生き物のメリアは、ルーディナが抱いて自分のものにすればいいだけの話なので、五対零、勝ちである。


「で、ザシャノンは皆んなに何を伝えたい、というか話したいの?」

「ええと、話したい伝えたいというより、聞きたい、ですね」

「ほどなる」

「はい。――皆さん、この王街の生物たちに、何か違和感がしませんでしたか?」


 ――話したいこと、伝えたいことではなく、聞きたいことがあると言って、会議を開いたザシャーノン。


 そんなザシャーノンの、『勇者パーティ』への問いかけ――この王街の、動物魚鳥虫人間関係なく、何か違和感がしなかったか、という内容。

 はっきり言って、ルーディナも、メリアも、ディウも、フェウザも――違和感しか、していなかった。




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