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第二章八話 「激励」




<side ルーディナ>


「――ルナっち〜? 朝ですよ〜?」

「んん……」


――自由時間を睡眠へと割き、今も尚、うつらうつらと船を漕いでいるルーディナの耳が、可愛い声を捉える。

 その可憐さがある声に、ルーディナは意識が少しだけ目覚めるものの、まだもう少し寝ていて良いのではないかと、寝返りを打ち、足掻く。


「ルナっち、起きてください」

「んん〜……」


 そう足掻いたところで、その声は先程の可愛い声とは少し変わり、真剣さが少しだけ増される。

 だが、ルーディナとて、まだ起きるわけには、いかないのだ。


「ルナっち、ルナっち?」

「んむぅ……」

「……仕方ないですね」


 と、言われたところで、ルーディナは勝った、と思った。

 仕方ない――つまり、ルーディナを起こしたいけどまだ眠そうで寝ているから、もう少しだけ寝させてあげよう、という意味なはずだ。


「あむ」

「ひゃわ!?」


 というルーディナの考えは嘲笑うかの如く否定し、可愛い声の持ち主が、ルーディナの耳朶をぱくっと咥える。

 その反動から、思わず甲高い叫び声を上げてしまうルーディナ。

 さすがに寝ているとは言え、甲高い叫び声を上げてしまうとなると、起きていることは明確になり、敗北は確定なのだ。


「……起きましたか?」

「起きてません」

「起きてますよね?」


 最後の一踏ん張りとして、ルーディナは誤魔化そうと起きていない、と言ったものの、あっさりとバレてしまった。


 しかし、ここでもし起きて相手に話しかけ、相手の要求に答えようものなら、ルーディナは一切の言い訳も許されず、真なる敗北へと至ってしまう。

 そう思いながら、少しだけ目を開け、目の前の青髪の美少女に、まだ自分は戦う気だぞと意味を込め、要求を問う。


「……何、ザシャノン。私まだ眠いの」

「そんなのどうでもいいですから、起きてください。フェウザさんとアークゼウスさんが起きたので、話したいことがあるんです」


 そして要求を問うた結果、残りの『勇者パーティ』の諸々が起き、話し合いを始める、ということがわかった。

 故に、眠り続けているルーディナを起こす必要があるのだろう。


「……そっかぁ」

「そうなんです。だから、起きてください」

「でも、私まだ眠いの」

「……もう一回、耳朶咥えてあげましょうか?」

「……むぅ」


 起こす必要がある理由についてはわかったため、納得の言った声を出したが、まだまだルーディナは寝るつもりだ。

 そういう意味を込め、まだ眠いと言ったが――まさかの、ザシャーノンからの反撃が来てしまった。

 どうやら、ルーディナは今目覚めないと、もう一度、耳朶をぱくっと咥えられるらしい。


「……えっち」

「いや違いますよね!?」


 少しだけ頬を赤に染め、ザシャーノンと見つめ合っていた目線を逸らし、拗ねたような声を出すルーディナ。


 その仕草と言葉の内容から、ザシャーノンに免罪をかけ、その罰を、ルーディナがまだ眠るということにしようかと思ったが――ルーディナは、気づいてしまった。

 免罪をかけ、罰を下さんと訴える派がルーディナ一人。免罪をかけられ、罰を下すなどあり得ないと訴える派がザシャーノン一人。まさかの、一対一の同点。

 故に、免罪をかけ、罰を下すということができなくなってしまった。


「ザシャノン、賢いね」

「……何がですか?」

「ま、いいや。おはよ、ザシャノン」

「お、おはようございます?」


 まさかの状態を作り上げていたザシャーノンに対し、褒めの言葉として賢いと評したが、ザシャーノンはなんのことやらとわかっていない様子。

 まあ、ルーディナからしてそんなことはどうでもいいため、素直に負けを認め、おはようの挨拶と共に起きた。


「よし、フェウザとアークゼウスのところに行こっか」

「あ、そうですね」

「じゃあ、はい」

「……はい?」


 フェウザとアークゼウスが起きたのなら、ささっと話し合いを進め、ぱぱっと話し合いを終わらせる。

 そしてその後、おそらく落ち込んでいるであろう二人を慰める、というのがルーディナの役目だ。


 もし、フェウザとアークゼウスのところに行くのが遅れ、二人が自己嫌悪やら自己責任やらで追い詰められ自殺でもしようものなら、ルーディナはダークな鬱になる自信がある。

 故にザシャーノンに、運んでくれという意味を込め、両手を広げて、いつでもどうぞという仕草をした。

 だがザシャーノンはまた、なんのことやらとわかっていない様子。


「えっと……ルナっち?」

「むぅ……早く運んでよ〜」

「あ、そういう意味なんですね。……別に、歩きで行けないほどの遠い場所じゃないですけど」


 ルーディナが直々に要求を言うことで、やっとザシャーノンは理解したらしい。

 だが、そこまで遠い場所ではないらしく、――ルーディナがフェウザとアークゼウスの二人を寝かせる場所を決めていたから、わかっていての要求なのだが――一旦、ザシャーノンは断りを入れる。

 しかし、ルーディナの真の要求はそこではないのだ。


「いいから早く! ザシャノンの胸に顔埋めたいの!」

「……はぁ」


 ルーディナの真の要求は、ザシャーノンの豊満な胸に顔を埋めたい、という欲求を満たすためのもの。

 その言葉を聞いて、ようやく要求の意味がわかったか、とルーディナはそう思ったが――ザシャーノンのその後の行動は、ため息を吐く、ということであった。


「え? げ、幻滅された?」

「違いますから。……はぁ、全くもう、わがままな子ですね」


 さすがに欲求のままに求めすぎたのか、とルーディナは恐る恐る聞いたが、どうやら違うらしい。

 だが、ザシャーノンのため息を吐いた理由は語られず、仕方のない子供を甘やかす母のような、そんな言葉をザシャーノンは呟く。


「はい、行きますよ」

「わーい!」


 ――そして、念願の天国へと、ルーディナは顔を埋めたのだった。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――念願の天国とも言わん、その柔らかい宝島へと顔を埋めながら、ルーディナは、フェウザとアークゼウスが眠っていた場所へと到着した。


「はい、到着です」

「うん、ありがとね、ザシャノン」

「どういたしましてです」


 到着し終えたあと、ルーディナはザシャーノンへの感謝の言葉を述べ、ザシャーノンはそれに対し、どういたしましてと言葉を述べる。

 その短く、しかし信頼が見える会話をした後、ルーディナは目の前の、フェウザとアークゼウスが眠っていた場所へと足を運ぶ。

 ――そこは、ザシャーノンと初めて会った、あの広場だ。


「ふぅ……あ、いたいた」


 足を運び、ルーディナは『勇者パーティ』の諸々を見つける。

 そして見つけた光景は、落ち込んでいるアークゼウス。それを励まさんと言葉をかけるフェウザ。そしてそれを遠くから見守っているメリアとディウ。そしてもう一人の謎の、水色と金色が混ざったような髪を持つ少女。


 この、合計五人の話し合いの場面であった。


「……あ、ルーディナさん」

「む、来たか」


 ルーディナがその場面へ到着すると、まずルーディナに話しかけてきたのは、遠くから傍観者として存在している、メリアとディウだ。

 もう一人の水色と金色が混ざったような髪を持つ少女は、フェウザとアークゼウスの行く末を見守っていて、ルーディナには気づいていない様子。


「うん、来たよ。ごめん、少しだけ遅れて……えーと、これ今どういう状況?」

「どうも何も、アークゼウスが目覚めてから、どうも雰囲気が悪くてな。あいつの話し方はいつもと変わらないが、纏っている雰囲気がいつもより暗い」

「なるほど……」


 少しだけ来るのが遅れてしまった、という謝罪を入れ、今がどう言った状況なのか、どう言った場面なのかを、ルーディナはディウに問う。

 そして、問うた結果――やはりと言うべきか、アークゼウスとフェウザのやり取りを見てからわかる通り、どうもアークゼウスの調子が悪いらしい。


「……これ、私がなんとかするべきかな?」

「そうですね……フェウザさんも頑張ってますけど、アークゼウスさん、今回はかなり滅入ってるみたいで」

「ああ、だからルーディナ、お前が行ってくれると嬉しいのだが」

「……わかった」


 ――同じく、各種族幹部に蹂躙され、敗北したフェウザとアークゼウス。

 同じ状況で同じ条件で同じ思いをした二人だから、お互いの気持ちもわかって、あっさりと解決するかと思ったが――どうやら、アークゼウスは今回はかなり滅入っているとのことだ。

 ここは、『勇者パーティ』のリーダーであるルーディナが、責任を持ってアークゼウスを励まし、やる気を取り戻させる場面である。


「よし、ザシャノン、二人のこと頼んだよ」

「はい、任されました」


 この広場は、ルーディナが、人間のいろいろな部位を持つ血肉の巨人に襲われた場所だ。

 その巨人はもうザシャーノンにより討伐され、出てくることはないと思うがーー万が一、億が一、可能性というものは捨てきれない。

 だがザシャーノンならもしもの場合があっても大丈夫だろうと、そう信頼を込め、故に、ルーディナはザシャーノンへ二人を任せた。


「さて……」


 ザシャーノンに二人を任せ、ルーディナは、アークゼウスの方へと歩いていく。

 そして、アークゼウスに近づいていくごとに、ルーディナの神感(テレパシー)が、アークゼウスの雰囲気を感じ取る。――何を言っても気力を取り戻せそうにない、ネガティブな雰囲気だ。


「――だから、気にしすぎても仕方ないだろ? 今回のことは、新たに進む一歩のためになった、それでいいだろ?」

「ああ、わかっている。余は大丈夫だ、気にするでない」

「……そっかぁ」


 そしてさらにアークゼウスへ近づくことにより、先程はネガティブな雰囲気のみであったものが――ネガティブな言葉、表情と、さらに要素が増していった。


「んーとなぁ、そうだなぁ……」

「……二人とも、少しいいかな?」


 その、溢れんばかりのネガティブの極地へ足を踏み入れ、さらに話しかけるとすることは、かなりやりづらいこと、というのが近づく度にわかっていく。

 だが、ルーディナは『閃光の勇者』。その溢れんばかりのネガティブに負けず、足を踏み入れ、話しかけることに成功した。


「ルーディナ……後は、頼んでいいか?」

「うん、任せて」


 そして、ルーディナの声を聞いて姿を見たフェウザは無言でルーディナの方へと歩いていき、耳元へ口を寄せ後は頼むと、そう言った。


「ちなみに、フェウザはもう大丈夫なの?」

「ああ、俺は大丈夫だ。お前のおかげで、な」

「……そっか」


 どうやら、ルーディナが見ないうちに、自分の感情に自分で整理をつけれるぐらい、フェウザは成長したらしい。

 そう、どこか親目線での考えをしながら、ルーディナはフェウザと別れ、アークゼウスの方へと歩いていく。


「……やっほ、アークゼウス。気分はどう?」


 ――できるだけ明るく、できるだけ元気に、相手の暗い雰囲気にまだ気づいていませんよ感を一番最初に、出す。

 そうすれば、なあ聞いてくれよと、相手は自己嫌悪や自己責任を語り、それをルーディナが慰め、ハッピーエンドで解決。

 ルーディナのシナリオはそれだ。だが――


「……ルーディナか。余の気分は良い。調子も万全だ。絶好調だ。気にすることは何もない」


 先程の盗み聞きしたフェウザとアークゼウスとの会話のように、アークゼウスは暗い雰囲気のまま、調子は絶好調と言う。

 誰がどう見ても、そんなわけないと気づくのだが――それを言ったとて、アークゼウスの態度に変わりはないだろう。


「あと、助けてもらったことに礼を言う。ありがとな、ルーディ……ナ?」


 何を言っても変わりなく、何を聞いても変わりなく、何を見ても変わりなく、何を感じても変わりない。

 だからルーディナは、何も言わず、何も聞かず、何も見ず、何も感じず。――アークゼウスに、抱きついた。


「ルー、ディナ……? どう、した? 余の温かさが、恋しくなったか……?」

「――――」


 ルーディナの突然の行動に、アークゼウスは驚愕に目を見開き、疑問を語る。

 だが――無意識か、意識的か、アークゼウスはルーディナの可憐な腰に手を回し、抱き返した。


「あれ、だな。ルーディナは、その……温かい、な。抱き心地も、いい、な……」

「――――」


 そしてだんだんと、アークゼウスの瞳に、透明な雫が溜まってくる。


 だがそれでも、ルーディナは何もしない。何も言わずに、何も聞かずに、何も見ずに、何も感じずに――ただただ、アークゼウスを抱きしめる。


「……ルーディナ、なに、か、言ったら、どうだ?」

「――――」


 何か言ったらどうだと、そう問いかけられても、ルーディナは何も言わない。

 何も言わずに、何も聞かずに、何も見ずに、何も感じずに――ただただ、アークゼウスを抱きしめる力を強める。


 そして――アークゼウスの瞳から、雫が一粒、落ちた。


「……すま、ないな。余が、まだ、未熟で……賢者、なのにな。何も、できなくて……何も、何も……」

「――――」


 その落ちていく雫の量が、だんだんと増えてくる。

 そして、落ちていく雫の量に伴い――アークゼウスの、ルーディナを抱きしめる力が、強くなっていく。


「余は……余は……余は……!」

「――大丈夫」

「っ……」


 そして、ルーディナがやっと発した、一声。

 ――それは、泣いて喚く姿への罵りでもなく。

 ――それは、自分の未熟さを後悔している姿への慰めでもなく。

 それは――後悔して、自己嫌悪して、自分で自分を嫌いになったと、そう泣き喚くその姿への、受け入れ。


「大丈夫、大丈夫だから」

「な、にが……」

「未熟でも、自分のことが嫌いになっても、大丈夫」

「なぜ……」

「アークゼウスは、アークゼウスなんだから」


 ――そう、そうなのだ。

 どれだけ未熟だろうが、どれだけ弱かろが、どれだけ賢くなかろうが、どれだけ二つ名と身分が合わなかろうが、どれだけ自分が嫌いだろうが――自分は自分、相手は相手なのだ。


 人間なのだから、生命なのだから、良いところもあり悪いところもあり狡いところもあり、得意なところもあり苦手なところもあり好き嫌いもある。

 きっと、アークゼウスは――未熟な自分に嫌気がさして、皆んなが自分を嫌いになったのではないか、とか、そう思っていたのだろう。

 だから――


「私は、どんなアークゼウスでも、大好きだから」

「……っ、あぁ……」


 ――受け入れるのが、一番いいのだ。

 ルーディナのその言葉の後、アークゼウスの泣く声が、広場に響いた。




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