第二章七話 「登場」
<視点 フェウザ>
―――フェウザ・ロトフゥイが目覚めたとき、その眼の中へ一番最初に入ってくるものは、照り輝く太陽の光であった。
「……あ?」
その照り輝く太陽の光が、フェウザの意識を覚醒させんと、フェウザの眼を焼き尽くす。
だが、フェウザが出した呆然とした声と、未だに開き切っていない瞼を見れば、まだ完全なる覚醒へと至っていないと、そうわかるであろう。
「……あれ、俺……」
だが、少しずつ、ほんの少しずつ、その完全に至らない覚醒も、完全へと至ってくる。
照り輝く太陽の光や、自分が出した呆然とした声、そして眼が開かれたことによる、脳の意識の開花。
それらの影響で、フェウザの意識が、完全なる覚醒へと至っていく。
「……あ」
そして、完全なる覚醒へと至ったとき――フェウザは、自分が何をしていたのか、自分がここで寝ている理由はなぜなのか、全てを思い出した。
「――――」
――それは、『勇者パーティ』の一人なのに、恥知らずで、敗北者で、雑魚と、そう罵られても文句が言えないほどの、圧倒的な敗北。
――コブラヴェズ・ノア・リュウグレイネルという、各種族幹部『蛇魔族』代表王に、こっ酷くやられた敗北の記憶であった。
「――――」
コブラヴェズと出会い、何を言っているかわからず、どういう意図なのかわからず、どういう思惑なのかわからず、フェウザは彼に攻撃を仕掛けた。
そこまでは、そこまではまだ、よかったはず。
だが、その後の――怒りと、焦りと、弱さと、負け。
それが、フェウザは自分自身で許せず、酷く自己嫌悪した――のは、フェウザが思い出した記憶のうちの一つで、もう完結していることだ。
「……はぁ」
ため息は吐く、自己嫌悪もする、何も考えたくなくなる。だがしかし、フェウザが思い出した記憶の一つの、自己嫌悪に染まる記憶よりかは、状態は良い。
「――――」
もちろん、『勇者パーティ』の一員としてその敗北はどうなのかとか、そう言った自己嫌悪や後悔もしっかりとしているし、今でもまだ、残響が残っている。
だが、不思議とフェウザの体は少しだけ、調子が良いのだ。
「……ルーディナ」
そしてその原因が、ルーディナにあることは、わかっていた。
――ルーディナが、自分を見捨てずに迎えに来てくれたから。
――ルーディナが、無事かと自分を心配してくれたから。
――ルーディナが、今もこうやって、安全であろう場所で寝かせてくれているから。
だから、自己嫌悪は着実に、少しずつ、薄れていっていた。
「……ふぅ」
ルーディナのことを考えると、今までの自己嫌悪も、少しだけ考えすぎていたような気がする。
今も尚、胸の奥に残る自分への嫌悪感はすぐには消えてくれず、コブラヴェズにやられたときの負け方や敗北の記憶、怒りや焦り、無力感や劣等感など、未だに胸の中で、少しだけ残っている。
前よりも少なくなっていて、良くはなっているが、それでも、まだ残っているものは残っている――のだが、それと同時に、ルーディナの声や助けに来てくれたときの温もりも、はっきりと残っているのだ。
「……うん」
――そうだ、自分を責めてばっかりでどうする。
その、今の自分では到底越えられないような壁を越えるためには、自分が努力して、結果を出さなければならない。
なのに、自分を責めて、嫌悪して、その努力への一歩を自ら閉ざすなど、馬鹿馬鹿しい。
「よし、前向きに考えるか」
今回の件は、フェウザが自分の欠点を見つけ、それを改善するために努力する一歩となった。
だから、今回の敗北も、必要の敗北であったのだ。しっかり反省して、しっかり努力して、しっかり結果を出せば、それでいい。
「……でも、まだわかんねえんだよな」
フェウザはそう前向きに考えたが、そんな前向きな思考でも、未だに少しの謎がある。
それは、フェウザが戦って、圧倒的敗北を示した相手――コブラヴェズだ。
「なんか、引っ掛かる。喉が詰まるというか、なんというか……」
コブラヴェズがどういう存在なのか、自分にどう関わるのか、自分となんの関係があるのか、フェウザは何一つ知らない。
だからこそ、引っ掛かりを覚え、違和感を感じるのだが――まあ、それは知らないからしょうがないではないか。
「そうだな、知らないからしょうがない。よし、完璧だ」
決して何一つとして完璧ではないのだが、知らないものは知らないのだ。
――知らないのなら、これから知っていけばいい、たったそれだけの話である。
△▼△▼△▼△▼△
「……んで、ここはどこだ」
――コブラヴェズとの戦いの反省とは一区切りつけ、フェウザが次に考え出したのは、今フェウザが寝ている場所がどこなのか、である。
「えーと、ルーディナたちがここに連れてきてくれた、だよな。多分」
周りの景色を確認しながら、フェウザは眠る前の記憶を思い出す。
まず、フェウザの一番最後の記憶が、ルーディナに無事かと叫ばれ、ルーディナの姿を見たときだ。
ならばその流れからするに、ルーディナたちが未だに眠っているフェウザたちを起きるまで待つために連れてきた安全な場所、と考えるのが普通だろう。
「寒くもないし、毛布かけてあるし。……至れり尽くせりだな、申し訳ねえ」
別に密室というわけではなく、普通に屋外だが、大して寒くも暑くもなく、毛布のようなものもかけられていて、寝心地は良かった。
その、何から何まで至れり尽くせりなところに、フェウザは若干の罪悪感を感じてしまった。
「だから、とりあえず安全な場所ってことか。……ちなみに、他のやつはどこだ? てか、なんか隣……あ」
ここが安全地帯だと確認できれば、それでいい。
と、そこで、自分以外の『勇者パーティ』の諸々がいないことに、フェウザは気がついた。
近くに、自分と同じように眠っている可能性があると思い、周りを探すと――隣に、紫髪の、魔法使いのような服を着た男を見つけた。
「アークゼウス……」
そう、フェウザの横に寝かせられていたのは、アークゼウスであった。
そして、そのアークゼウスの服や杖、髪などに汚れや血などがついており、悪戦苦闘を強いられたのが、はっきりとわかる。
「お前も大変だったのか……」
アークゼウスの現状を見て、フェウザはふと、自分の姿を見る。
そこには――アークゼウスのように、服や靴、短剣や弓矢などに汚れや血、欠損した部分や、凹んだ部分がある装備を着ている、自分の姿があった。
フェウザもまた、コブラヴェズ相手に、悪戦苦闘を強いられた。
だからこそ、悪戦苦闘を強いられたからこそ、フェウザは、アークゼウスに同情ができる。
――だが、そこで一つ。
「……俺って、あいつに顔蹴られただけだよな?」
――そんな疑問が出てきた。
フェウザは、コブラヴェズに顔を蹴られただけだ。
決して体を切り裂かれたとか、傷つけられたとかいうわけではない。
「――――」
もちろん蹴られた際に鼻血などは出ているだろうし、周りに血肉があった故に弓矢などについてしまった、という可能性もある。
だが、なぜか、何故か、その疑問が濃く、フェウザの頭の中では浮かべられた。
「……まあ、考えすぎても仕方ねえか」
だがフェウザは先程の反省を活かし、知らないことはこれから知っていけばいいと、そう判断をした。
「で、アークゼウスと俺が無事……ルーディナの声が聞こえたとき、メリアとディウの声も、聞こえたはず。だから――」
そしてフェウザは現状確認、残りの仲間たちがどうなったか、どうしていたかをしっかりと確認し――
「――全員無事、か」
――全員無事という事実を、確認した。
「よかったぁ……」
フェウザは地面に寝転び、両手で伸びをしながら、全員無事という事実に喜んだ。
もちろんフェウザとて、『勇者パーティ』の諸々は信頼している。
ルーディナは可愛くて頼りになるし、アークゼウスは賢くて頼りになるし、ディウは強くて頼りになるし、メリアは優しくて頼りになる。
だが、信頼していようがいなかろうが、仲間であるからして、心配や不安はするもの。
その心配と不安という種が、全員無事により解消されたことで、フェウザの先程までの少し暗い雰囲気が、ほとんどなくなった。
「で、俺はここで何するべきだ? 皆んなを呼ぶとか、俺が起きたこと報告するとか……」
自分自身の問題を解決したため、今からフェウザがすることは、他の諸々を連れてくること、のはず。
これから何を目的として、何を達成しようと頑張るのかはわからないが、そのこれからを知るために、一度ルーディナたちに自分が起きたことを報告するため、彼ら彼女らを呼ぶことは必要だ。
「つっても、皆んなはどこにいるんだか」
きっと、フェウザやアークゼウスが起きるまでの時間の今、自由時間やら休憩時間やらに使われていると思われる。
まあ、それは飽くまでフェウザの推測に過ぎないが、今、無闇に探しに行っても、合流できないことは目に見える。
「……寝るか」
眠気はないが、他の諸々が来るまで暇なため、もっと寝て体力を回復する、というのが最善の案な気がする。
そう思ったが故に、フェウザは、睡眠の世界へと落ちていった。
「……一応アークゼウス、おやすみ」
「ドドンとちょっと待ったぁ!!」
「っ!?」
未だに目覚めず、意識が覚醒していないアークゼウスにも、一応一声かけ、寝ようとしたフェウザ。
そして、フェウザが睡眠の世界に落ちようと思った――その瞬間。
突如として、大きな高い音色の声と、その声の持ち主が着陸したことでできたであろう穴が、フェウザを歓迎――ではないが、現れた。
「ちょ、なんだ!?」
「もーもーもー! ピョンって現れてシュタって着陸してシャッキーンってカッコつけようと思ったのに、なんで見ないでグースカと寝ようとするのさー! 擬音語、悲しくてピーピー泣いちゃうよ?」
「……擬音語?」
敵襲か、あるいは敵味方わからないものの到着か、どちらにせよ、とりあえずそのものの姿を見なければとフェウザは起き、辺りを見渡す。
そして、先程と同じような高い声のした方を見ると、そこに一人の少女ーー水色と金色を混ぜたような髪、そしてその髪をポニーテールならぬ音符テールにした、指揮者のような純白の服を着た可憐な美少女ーーが、いた。
おそらく、擬音語というのが一人称、だと思われる。
会話のところどころで擬音語らしきものを入れるところからして、そう推測しただけだが。
「ペチャクチャ喋る会議だと、擬音語の存在って大事なんだよー? ヒュイって見てピコンって聞いてポチっと登録、それでピピっと録音完了だからね!」
「……えーと、お前誰だ?」
「よくぞ聞いてくれましたぁ!!」
自分の重要性を語っていた少女だが、如何せん、フェウザはその少女がどのような人物かわからないので、聞いたとしてもあまり意味はない。
ということで、まず名前から知ろうと、誰なのかと問いかけたら――その少女は問いかけに対し、ものすごい食いつきを見せた。
「擬音語はね、魔界王様配下各種族幹部『擬音魔族』代表王、『音楽の美女』の二つ名を持つ、レンプレイソン・ノア・オノマトペだよ! よろしくねっ!」
――そしてフェウザの問いかけに対し、嬉々として、そう答えた。




