第一章二話 「名が有名であればあるほど、受ける期待というものは大きく」
<side ルーディナ>
「――ただいまぁ……」
――いい材質の木製ドア。透き通った窓ガラス。決して消えることのない健康的な光を放つ魔術式ライト。そして高級な羊の毛を使ったふかふかなベッド。
そんなとてつもない豪華で、高価な部屋に、疲れ切った声をして帰ってきたのは――ルーディナであった。
ルーディナが疲れ切った声を出すのも、当然の話。
――今日、買い出しの荷物持ちを決めるためにディウと戦い、その戦いのせいで他のメンバーに怒られ、その罰として買い出しに行き、商店街で鞄泥棒に会い捕まえてきた結果。その鞄の持ち主であった女性や周りの住民たちからさすがは勇者だの勇者パーティだのなどの歓声のようなものを、一時間ほど受け続けていたのだから。
「はぁ……」
――そして――彼女率いる『勇者パーティ』は、今、第一巨大王国ノヴァディースの今代国王から、魔界王討伐の依頼を受けている。
――この世界は、北半分の人類が支配する『人類平和共和大陸』と、南半分の魔族が支配する『魔界王支配地域』の二つに別れている。
その南半分の『魔界王支配地域』を統べる絶対王者、『破滅の魔界王』の二つ名を持つ――名前、性別、生年月日と、二つ名以外の情報は何もわかっていない――魔界王。
それを討伐し、世界全土を人類の支配下に置いて平和に暮らす、と言った人類が掲げる目標を達成するために、『勇者パーティ』の諸々は――酷く言えば、利用されているのだ。
そのことを知っていて、理解していて、仕方なく行動に移しているからこそ――彼女ら、『勇者パーティ』の疲労は大きい。
着ている鎧も脱がず、ルーディナはふかふかなベッドに飛び込んだ。
「ふわぁ……疲れた」
天国とも言えるふかふかなベッドに飛び込んで、ルーディナが最初に上げた声が、それであった。
先程も言った通り、魔界王討伐の依頼、周りの住民たちからの少々高すぎる信頼、そして日頃のギルドでの金貨稼ぎ、などなど。
――疲れる要素が、『勇者パーティ』の諸々は、ものすごく多いのだ。
「眠いなぁ……」
本来は、風呂に入ったり歯磨きをしたりと、やることはまだまだあるのだが――そんな気力はもうないぐらい、ルーディナは疲れていた。
――数分後、静寂に包まれた彼女の部屋で聞こえたのは、規則正しく呼吸をしていた可愛い声だけであった。
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――透き通る窓ガラスから入る太陽の日の光、そしてもう一つの要因で、ルーディナは目が覚めた。
「ん、んぅ……」
「――ディナさん?」
ちょうど目の位置に太陽の日の光が入ってきて意識が覚醒しようとしている中、どこか遠くから、ルーディナの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ん、んん〜!」
「――ルーディナさん?」
太陽の日の光からどうにか逃れようと、身体を捻って捻って捻り回って、光が当たらない場所を探すものの、さすがは高級宿の窓ガラス。
どんな位置に逃れようとも、目の位置にちょうど光が入ってくるよう、調整されている。
「んん〜!!」
「ルーディナさーん?」
勇者が太陽の日の光ぐらいから逃れられないなんて、一体どんな失態なのだと心の中で思いつつ、若干ヤケになって、ベッドの上を捻り回る。
「んん……」
「ルーディナさーん!!」
「ふぁっ!?」
もはやこれは、永遠と怠惰を貪る勇者とそれを阻まんとする太陽の壮絶な戦いだと、そう思った直後。
ルーディナの名を呼ぶ大声が、はっきりと明確に伝わってくる。名前の後にさんづけをしているところからして――名前を呼んでいる人物は、おそらくメリアなのだろう。
早く起きなければギルドでの金貨稼ぎに遅れるだろう、と思いながら――ルーディナはここで、気づいてしまった。
「私お風呂入ってない!?」
この後、ルーディナはシャワーで体と髪の毛を洗うだけで済ませ、さっさと自室から出ていった。
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「――お、やっと来たかお前ら」
――その後、少し苛立っていたメリアと合流し、急いで高級宿を出ていって、ギルドへと入っていったルーディナ。そこで最初に聞こえた声はそれだった。
「ご、ごめんなさい、ルーディナさんが遅くて……」
「そういうことならメリアは特に悪くねえよ。んで、何があったんだルーディナ」
「うぐっ……」
メリアのたった一言により、先程ルーディナたちに、一番速く声をかけた人物――フェウザの話題の中心は、ルーディナへと素早く移った。
そのフェウザに、どういうことかと疑いの眼差しのようなものを向けられ、ルーディナは思わず声を上げてしまう。
「ええと……昨日疲れたから早く眠っちゃって、それでお風呂入ってなくて……」
「で、風呂に入ってたら遅れたと?」
「は、はい……」
実際はベッドで惰眠を貪って、起きた後に風呂に入っていないことに気づいて、シャワーを浴びて体と髪の毛を洗うだけで済ませ出ていっただけで、風呂に浸かっていたわけではない。
だがあんまり事実を言うと、いろいろとこっ酷く叱られそうなので、そこは敢えて伏せておく。
ルーディナの反省したような声を聞いて、フェウザはため息を吐き――
「んまあ、そういうことなら仕方ないな」
――と、軽く許してくれた。
フェウザのいいところは、深追いせずに話題をやめて、そして軽く許してくれるところだ。
「ただ、これからは気をつけろよ?」
「はい、気をつけます……」
「よし、もうこの話は終わりだ。ギルドの依頼の話に移るぞ」
ルーディナはそれに内心助かった、という安心感と、ギルドの依頼についてのワクワク感の二つを感じながら、ふと、疑問に思ったことを話す。
「……ディウとアークゼウスは?」
「そう、それ今言おうと思ったところだ。あの二人が依頼選んできてくれてるから、今どっか行ってんの」
「なるほど」
「帰ってきたら、遅れた理由ちゃんと説明しろよ?」
「はーい……」
フェウザの言葉により、この後ディウとアークゼウスにも、遅れた理由を話さなければいけないことが確定した。
それに、明らかに叱られるだろうな、という不安感が生み出される。
だが、今はギルドの依頼の話に集中すべきだと――そう思考のチャンネルを変え、話に戻る。
「で、依頼の話だが、あの二人はAランクの依頼を持ってくるって言ってたな」
「Aランクの依頼だったら楽勝かな?」
「まあ内容によるだろ」
――フェウザの言う通り、ギルドの依頼は、そのランクだけが判断の基準ではない。
Eランクの依頼でも、簡単な魔獣討伐もあれば、数日間かけての野菜の育成、果実の採取などの、面倒臭い依頼もある。
だから、例えルーディナ率いる『勇者パーティ』がSランクのパーティだとしても――Aランクの依頼で、苦戦するということは、よくある話なのだ。
「お、帰ってきたな」
フェウザが言った一言で、ルーディナも思わず、フェウザが向いている方向と同じ方を向く。
するとそこには――何か抽選にでも外れたような、落胆した顔をしたディウとアークゼウスが、こちらに向かってきている姿があった。
「……あの感じだと、いい依頼ではなさそうですね」
二人の落胆したような顔を見たメリアが、苦笑気味にそう言う。
ルーディナもメリアの意見に同感しているうちに、ディウとアークゼウスがルーディナたちのいる場所に着く。
どうも話しかけにくい雰囲気だが、ルーディナはまず遅れた理由を話さなければと思い、謝罪から話を始めた。
「えーと、ディウとアークゼウス、遅れてごめんね? その、昨日疲れて寝ちゃって、風呂入ってなくてさ」
「そうか、そんな理由か。それなら致し方ない。だが……」
ルーディナが謝罪をして遅れた理由について話すと、アークゼウスが案外、あっさりと許してくれた。
一番説教を喰らうであろうと思っていたアークゼウスにあっさりと許されたことで、気が抜けたルーディナだったが――ディウが持っているギルドの依頼を見て、思わず、固まった。
「ええと、それ……」
「ああ、S+ランクの依頼だ」
ディウの発言により、ルーディナだけでなく、フェウザとメリアも思わずその場で固まる。
さっき、ディウとアークゼウスが落胆した顔でこっちに向かってきていた理由が、これでわかったのだが――想像の倍、厳しい依頼内容であった。
「『十魔星』の一人を討伐……?」
――ルーディナの虚な声が読み上げたギルドの依頼内容に、その場の雰囲気が、絶望に染まった気がした。
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――これは、約一ヶ月前の話だ。
「あっつい……」
灼熱の砂漠とも言える、砂の大地以外の物が何一つない荒野を、ルーディナ率いる『勇者パーティ』は歩いていた。
――『魔族近辺人支配領域』、『灼熱の砂漠』ファナファーテ。
名前の通り、『魔界王支配地域』に最も近い人類が支配する領域である。
――彼女ら『勇者パーティ』が魔界王討伐の依頼を受けてから、約二日経過。
さっさと魔界王を討伐してこいと国王に言われ、こちらの了承も確認せずに、転移で飛ばされた場所が――ここ、『灼熱の砂漠』ファナファーテであるのだ。
「いくらなんでも暑すぎるでしょ……アークゼウス、ほんとに領域展開してる?」
「しているに決まっておるであろう……余の海洋領域は今も健在だ」
「それでこの暑さなの……」
あまりの暑さに、アークゼウスが海洋領域という、自分たちが海の中にいるような感覚と冷たさの領域を展開した。
だがその効果がほとんど意味がないほど、この砂漠は暑かった。
――砂漠というのは、昼間はものすごく暑く、夜間はものすごく寒いというので有名だ。
しかしこのファナファーテは『灼熱の砂漠』の二つ名を持つ砂漠だけあって、夜間でも昼間と同じ暑さを持っている。
「す、少し……少し、休憩しませんか?」
『勇者パーティ』の誰もが暑さで倒れそうなとき、メリアが率先して休憩の提案した。
ただでさえ暑苦しい場所なのに、そこでほとんど休憩なしに歩いているのだから――疲労感というものが、えげつない。
それ故に、『勇者パーティ』の諸々は皆、メリアの提案に軽く乗った。
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「――幻影なる水面」
アークゼウスがそう唱えると、さっきまで砂漠の大地しか存在していなかった地面に、大きな水面が浮かび上がった。
「なにこれ、すご!?」
「水の中にいるような感じだが、呼吸はできるのか……」
「涼しいです……」
「癒されるぅ〜……」
アークゼウスの魔法に、三者三様ならぬ四者四様の反応を見せる、『勇者パーティ』の諸々。
それぞれから別々の褒め言葉のようなものを貰い、アークゼウスもどこか、自慢げにしている。
「……これさ、いつ『魔界王支配地域』に着くのかな?」
それぞれが涼んで休んでいるとき、ふとした疑問を持ったルーディナの声が、その場を凍らせた。
「もう二日ぐらいずっと歩き続けてるんだよ? ここって『魔界王支配地域』に一番近いから、『魔族近辺人支配領域』って呼ばれてるんじゃないの?」
ルーディナの疑問は、確かに一理――どころか、百理ぐらいあった。
彼女ら『勇者パーティ』は、もう二日間この『灼熱の砂漠』ファナファーテを、歩き続けている。
砂の大地で歩きにくいということ。転移してきた場所が『魔界王支配地域』から遠い場所だったということ。それらを配慮したとしても――遅すぎる。
「王様は三時間ぐらいで着くって言ってたのに……」
そして、何よりの異変が、国王の放った『三時間程度で到着する』という言葉。
三時間程度で到着するらしいのに、もう二日間歩き続けている。
明らかにおかしいと、ルーディナはそう思い、この疑問を皆に向かって発言したのだが――誰からも、返事が返ってこない。
どうしたものかと見上げると――全員、暗い顔をして俯いていた。
「――――」
――最年少のルーディナが気づくぐらいなのだ。他の諸々が気づいていても、おかしなことではない。
騙されたのかとか。王国に裏切られたとか。このまま到着せずに死ぬ運命なのかとか。きっと、誰もがそんな風に思っているに違いない。
そう思い、励ましの言葉と、こんな暗い話を持ち出してしまった謝罪の言葉をかけようと、ルーディナが決意したとき――周りが、炎に包まれた。
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「……は?」
――疑問の声を上げたのは、ルーディナだけではない。
「ちょ、なんだこれ!?」
「な、なにが!?」
ルーディナ以外の『勇者パーティ』の諸々も、突然の事態に困惑の表情を見せ、焦った声を上げる。
「アークゼウス、水の魔法は!?」
「任せい、水撃光線!!」
フェウザの声かけに応じたアークゼウスの水魔法により、ルーディナたちを包んでいた炎が消え去る。
――そして同時に、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「っ、誰!?」
「いや、すごいなと思ってさ。僕の炎を一瞬で消したんだから、さすがは『勇者パーティ』だなって思って」
ルーディナ、そしてそれ以外の諸々も、突如声がした方向に顔を向ける。
そこには――紳士のような純白の服を着た、赤髪に青い瞳の高身長の美青年が立っていた。
いきなりその場に出てきたその男性をルーディナはじっと見て――勇者が持つ特殊スキルのうちの一つ、相手のステータスや能力を見れる、観察を発動する。
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ブレイノード・ノア・フェニックス
性別:男性
属性:煉獄
ステータス
筋力:205億7452万3579
魔力:237億5381万3330
体力:225億4403万8246
敏捷:204億2064万2221
感覚:203億3796万6989
合計:1076億3098万4365
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「……は?」
――その破壊的な数字の羅列に、またしてもルーディナは疑問の声を上げた。
――この男性は何者なのか、と。
「ノアって……」
だが、その疑問はすぐ返答が返せるものだった。
ブレイノード・ノア・フェニックス。彼の名前の中間についている『ノア』――それは、魔族として生きている証である。
つまり――
「魔族に、この数値……もしかして、『十魔星』!?」
――信じられないほど高すぎるステータス、名前の中間についている魔族として生きている証の『ノア』、などなど。
それらの要因からして推測できるのは、魔界王配下の最強幹部として世間に名が知れている――『十魔星』、という存在。
ルーディナが思わず上げたその単語に、周りの諸々も警戒の色を出し始める。
「『十魔星』だと……? そんなものが、なぜここに!?」
ルーディナの発言を聞いたアークゼウスの驚いた声に答えたのは、赤髪の男性――ブレイノードである。
「なぜって、ここは『魔族近辺人支配領域』なんて呼ばれてるんでしょ? だったらシーズ……魔界王様の幹部である僕がここにいても、何もおかしくはないんじゃない?」
ブレイノードの発言に、眉を寄せるアークゼウス。
そして次の瞬間――彼の顔が、またしても驚きに包まれた。
「合計ステータスが1000億越えだと!?」
観察は勇者にしか使えない特殊スキルのはずだが、長年魔法使いとして生きてきたアークゼウスは、似たような魔法を習得しているのであろう。
その擬似的な観察を使い、ブレイノードのステータスを見たアークゼウスのその発言を聞いた周りの諸々も、表情が驚きに染まる。
「は、1000億!?」
「な、なんですかそれ……」
「ふざけているな、明らかに……」
上からフェウザ、メリア、ディウと、驚愕の感情を伴った発言を放っていく。
そしてそれと同時に、フェウザが弓を構え、メリアが神杖を持ち、ディウが大剣を地面に突き刺し――と、それぞれが己の武器を手に取る。
「戦闘準備は万端ってことかな?でも、残念ながら僕は君たちと戦うつもりはないんだよね」
「私たちと戦うつもりがない……? ふざけないでよ、あなた魔族でしょ!?」
――魔族は人類の最大の敵。
それが、王国どころか北半分の『人類平和共和大陸』での定められた、一般的な常識である。
ルーディナの何もおかしくないその発言に――今度は、ブレイノードの表情が驚きに染まる。
「嫌だなあ。種族差別って良くないと思うし。――何より熱くないでしょ? そういうの」
そのブレイノードの発言の後、再びその場が炎に包まれた。
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「は、あ?」
そして、炎が消え去った後、勇者たちがいたのは――
「なんで、王国……?」
――二日前、魔界王を討伐しろと依頼を出された王国であった。
――これが、『勇者パーティ』と『十魔星』の初対面の場面である。




