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第二章六話 「個々」




<side 語り手>


―――ザシャーノンの目的が何かはわからないが、それを達成するために必要なのが、『勇者パーティ』の諸々の全員集合、というのはわかっている。

 故に今、集合したはしたものの、目を覚ましていないものがいるので、全員集合の話し合いはできない。ということで、それまでは個々の自由時間になった。


              △▼△▼△▼△▼△


<side ルーディナ>


 ――自由時間と言われたが、ルーディナは特にすることがない。

 王街の場所や建物は無惨にも破壊され、かと言って床や天井が安全というわけではなく、醜き血肉や死体などで溢れている。

 だから、王街の探索やら店での買い物やらは、できそうにもない。


「……うーん」


 そんな街の無惨な光景をベンチに座って見ながら、ルーディナはもう少しだけでも情報を得ようと、勇者のみが持つ特殊能力、神眼(ビジュアル)を使い、王街の様子全体を観察する。


「――――」


 ――神眼(ビジュアル)は、王街全体を観察できるほどの、視力を持つことができる――のではない。

 自分の対象範囲――この場合はこの王街――にいる、小動物や虫、魚、そして人間などの、生物の眼を借りることによって、いろいろな視点からいろいろな場所を見れる、という能力だ。


 だが、寝ていて目を開いていないものや、既に死亡していて意識がないものなどは、この能力の対象には含まれない。

 それとちなみにだが、小動物やら人間やらの眼を借りているとき、ルーディナ自身の体は放心状態なので、戦闘中に使うと隙ができてあっさりと死ぬ、ということは伝えておこう。


「――――」


 そして、神眼(ビジュアル)を使った結果、ルーディナから視点を借りられるものは――計、三人。


「……なるほど」


 同じく自由時間と言われ、何をしようかと途方に暮れているメリア、ディウ。そして何やら王街のどこかを疾走している様子のザシャーノン。その計三人であった。

 ルーディナの神眼(ビジュアル)は、先程も言った通り、人間以外の小動物や虫、魚などにも、視点を借りられる。

 そしてその結果、三人しか出てこなかったということは――


「――他が、いない」


 ――他に借りる生物がいない、ということになる。

 つまり、他の生物は皆――死んだ、もしくは、寝ている、ということだ。


「――――」


 だが、今の王街の状況で、呑気に寝ている――というのは、何一つとして現実味がない。

 故にルーディナは、推測する。――他の生物は皆、死んだのだと。


「――――」


 ルーディナが知っている、この王街で『勇者パーティ』が戦った相手は、五人。


 ――ルーディナとメリアが対峙した、ザシャーノン・ノア・アクアマリン。

 ――ディウが対峙した、バルガロン・ノア・キングダムと、ブルガロン・ノア・キングダム。

 ――フェウザが対峙した、――はっきりとした名前は知らないが、ザシャーノンがあだ名だと思わしいもので言っていた――コブラんという人物。

 ――アークゼウスが対峙した、――こちらもはっきりとした名前は知らないが、ザシャーノンがあだ名だと思わしいもので言っていた――ルガくんという人物。


 この五人が、ルーディナたち『勇者パーティ』と、戦った人物だ。


「……でも、その五人だけじゃ、生き物全滅とか、ないはず」


 だがしかし、その五人はルーディナたち『勇者パーティ』と戦っていた人物だ。

 だから、『勇者パーティ』以外のものと対峙する時間は、なかったに等しいはず。

 『勇者パーティ』が来る前に、この王街に住む生き物全てを全滅させていた、という可能性も、あるにはある。


 ――しかし、その可能性は考えにくい。

 この王街の生き物を全滅という、そんな大業を成し遂げているのに、『勇者パーティ』たちがそれに気づかないというのは、あるのだろうか。


「いや、ない」


 これははっきり言って、ない。

 確かに、ザシャーノンも鬼双子も、そのコブラんやルガくんという人物も、ものすごく強く、隙がなく、規格外で予想外。

 だが、どんなに強かろうが、どんなに隙がなかろうが、どんなに規格外であろうが、どんなに予想外であろうが――


「――私の神感(テレパシー)は、感じる」


 ーー突如とした違和感を察知できる、勇者のみが持つ特殊能力、神感(テレパシー)は、必ず発動する。

 それは、その行動を起こした人物に反応するからではなく――その行動の結果に反応するからだ。


 どんなに強かろうが、どんなに隙がなかろうが、どんなに規格外であろうが、どんなに予想外であろうが、起こった結果は結果だ。

 その人物の強さは、全く持って関係ない。


「だから、ザシャノンたちがやったってわけじゃない。……だとしたら、いつ?」


 ザシャーノンたち各種族幹部が前もってやったのではないのなら、一体、いつ、どこで、誰が、どのように引き起こしたのだろうか。

 5W1H方法で考えてみればわかるかもしれない、とルーディナの頭は一瞬なるが、残念ながら、誰が引き起こしたのかがわからない。

 だが、それ以外は一応、考える価値はあるだろう。


「いつ? ザシャーノンたちと戦ってるとき、だよね」


 ルーディナはザシャーノンと戦っているとき、ザシャーノンのみに集中するため、神感(テレパシー)を切っていた。そして、ザシャーノンと和解した辺りで、もう一度つけた。

 だから、あるとしたら、ザシャーノンと戦っているときのタイミング。


「どこで? この街で……って言いたいところだけど、この街のどこで起きたか、それが知りたいな」


 街は街、人は人、動物は動物だ。全員が全員、同じ場所に集まっているわけではない。


「じゃ、どういうこと? なんか広範囲で魔法使ったとか?」


 しかし、それなら神感(テレパシー)がなくとも、ルーディナは気づくはず。

 ルーディナとて、『閃光の勇者』だ。勇者が魔法の発動に気づかなくて、どうする。


「わかんないよ〜……」


 ルーディナはそう言って、ベンチの背もたれに、体重をかけた。

 なんというか、今は考える気というのがどうも進まない。

 そう思いながら、今日一日中、かなり大変なことがあったなと、そう考える。


「てか、まだ昼ですらないんだ……」


 朝、少しだけ遅刻して起きて、S+という難易度がものすごく高い依頼を受け、返却し、そのときに会った受付嬢である、クローディナの――といったところで、ルーディナはふと、気づく。


「あれ、クローディナさんは?」


 クローディナの視点が、先程のルーディナの神眼(ビジュアル)に、映っていないことに。

 つまり、クローディナはルーディナの対象範囲にはいない――王街には、いないということだ。


「……死んだ? いや、そんなまさか」


 ――死んだ可能性もあるには、ある。

 しかし、ルーディナの謎の信頼――名前のディナという部分が一緒だからであろうか、クローディナは、なぜか死んでいないと確信ができた。


「……ま、あんまり考えても仕方ないよね」


 ――ということで、ルーディナは自由時間を、睡眠に使うことにした。


              △▼△▼△▼△▼△


<視点 メリア>


 ――ルーディナと同じく、メリアもまた、自由時間をどう使うかは悩んでいた。


 ルーディナと恋話や女子同士の会話でもしようかと思ったが、残念なことに、ルーディナは少しやりたいことと考えたいことがある、と言っていなくなってしまった。

 なら、ザシャーノンとでも恋話や女子同士の会話をしようかとも思ったが、ザシャーノンもまた、少しやりたいことと確かめたいことがある、と言っていなくなってしまった。

 故に、メリアが今、一緒に行動している相手は――


「――――」


 ――先程から、血肉の海に塗れた(まみれた)王街を見つめる、ディウである。

 メリアは自由時間の過ごし方が、暇を弄ぶ程度のことしか思いつかなかったので、ディウの後ろについていった。

 だが、ディウは振り返ることも話しかけることもせず前へと進み、王街全体を見渡せる高所へと辿り着き、今。


「――――」


 ディウが先程からずっと黙っているので、メリアも話しかけていいか否か、判断がしずらい。

 それに今、話しかけたとしても、話す話題というものが、メリアは思いつかない。


「――――」


 よくよく考えてみれば、メリアはディウと二人きりで話すということが、ほとんどなかった気がする。


 メリアが『勇者パーティ』に加入したときは、既にアークゼウス、ディウ、フェウザの三人のパーティであった。

 そしてその後も、ギルドの依頼をするときや相談をするときは全員一緒だったし、風呂や寝るときは逆に一人であった。

 ルーディナが『勇者パーティ』に加入するまでは、買い出しも一人だったし、料理を作るときも一人だった。


 ――だからメリアは、一対一でディウと話したことがほとんどどころか、全くない。


「――――」


 故に、メリアはディウにどう話しかければいいか、どういう話題を好むのか、どういう態度で話せばいいか、わからない。

 それはディウも一緒なのか、ずっと、二人きりの沈黙が続いている中――


「――メリア」


 ――ディウがそう、振り向いて話しかけてきた。


「……なんですか?」

「この状況、どう思う」


 この状況――つまり、血肉の海に塗れている(まみれている)王街のことをどう思うか、ということだろうか。


「不気味ですね」

「……そうだな」


 なので、メリアは率直に、自分が思った王街への感想を言った。


「……俺が聞きたかったのは、なんでこんな状況になってるのかだが」

「あ、そうですか」


 だが、秒単位の沈黙後、ディウの気まずそうな声が発せられる。

 どうやら、ディウが知りたかったのはこの王街の景色への感想ではなく、これが起きた理由への考察らしい。


「……でも、各種族幹部の方々がやったとしか思えませんけど」

「いや……そうなんだが、どうも辻褄が合わん」

「なぜ? ザシャノンさんも、何かいろいろとやってましたから、他の皆さんも何かやってるかと思ったのですが」


 ――メリアも実際に目で見た通り、各種族幹部の一人であるザシャーノンは、広場にいたルーディナとメリア以外の人物を全員首から上をなくし、殺した。

 ザシャーノン曰く、その行動の理由は企業秘密らしく、教えてはくれない。

 だが、ザシャーノンのその後を見るに、その行動も何か重大な理由があってのこととわかるので、メリアは特にその行動について、ザシャーノンに問い詰めるつもりはない。


 だからメリアは、ザシャーノンの行動と同じく、他の各種族幹部もこの王街の人々を殺したのだろうと、そう勝手に考察をした。


「いや、そういうことでもなくてだな……」

「……じゃあどういうことですか」


 ――だが、どうやら求められているものはまた違ったらしい。

 ディウの言葉をそのまま受け取り、そのまま返しているのに、ディウが欲しい答えではないということにメリアは少し頬を膨らませながら、どういうことなのだと理由を問う。

 そのメリアの態度に、ディウは少しだけ申し訳なさそうに頬を掻きながら、再びメリアに問う。


「なんで死んだ人間が、こんな血肉を生み出してるのか、聞きたいんだ」

「……人が死んだら、肉と血と内臓は出るものじゃないですか?」

「いや、そういうことではなくてだな……死んだとしても、ここまで塗れる(まみれる)ことはないだろう、という話だ」

「……なるほど」


 そこでやっと、メリアはディウが言いたかったことを、理解した。

 人が死んだとしても、ここまで血肉で塗れることはないだろう、という疑問。


 ――それを聞き、考える。

 人間が死ぬと――その死に方によって変わりはするが――血や肉、内臓などが吹き出したり、ばら撒かれたり、床を濡らしたりするのは普通だろう。


 だが、今の王街は、そんな風景よりも酷い。道も床も建物も、全てに血肉が塗れ(まみれ)、溢れ、垂れている。

 普通の人間の死なら、ここまで残酷で、ここまで見るにも耐えないような風景には、ならないはず。


 それがどうしてなのか、ディウはメリアにその考察を聞いているのだ。


「――――」


 そこでメリアは、ルーディナがザシャーノンと和解をしたときに、その考察をしていたはず、と思い出す。

 ルーディナの行動や考える仕草を側から見て、勝手にそう考察していると決めつけただけではあるが、そのような考察をしていたはずだ、きっと。

 そして、少しだけ盗み聞きしたルーディナとザシャーノンの話から読み取り、メリアはそこから考えたことを話す。


「……何か、この王街の人に秘密があるのだと思います」

「その秘密は、どういうものだと思う?」


 メリアの出した考察に、ディウがさらに問うてくる。

 そこでメリアは、ルーディナはきっと、それを考察していたのだろうと、認識を改める。

 おそらく、ザシャーノンとの話で、先程の考察は既に済んでいたはず。だからルーディナはその考察をしていただろうと、メリアは思う。


「――――」


 そしてまた、そのルーディナの考察の行動や仕草から、助けを貰うことになるメリア。

 ルーディナはメリアに抱きついてくる手前、笑っていたのを思い出す。


「――――」


 ――それはなんだったのだろうか。


 ――実際は、ルーディナの考察にメリアがいろいろと気にしていたのを、ルーディナが微笑ましく聞いて笑いが溢れただけなのだが、メリアがそれを知ることはない。


「――――」


 そしてそれを知らないメリアは、こう考えていた。

 ルーディナが微笑みのような笑いを溢していたのは、秘密というものの真理に気づき、それが案外大したものではないと知って、ふと笑いが出たのではなかろうか、と。


「――――」


 誰しも、未来に嫌なことがあると確定すれば、それを避けたがるであろう。

 それと同じく、この王街の人々についてルーディナは考察し、将来の嫌なことに、せめてもの見通しをつけておこうと思ったかもしれない。

 しかし、その考察の結果は、案外大したものではなく、深く考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなったから、笑いが出た。


「――――」


 メリアは自分の考察を、かなり的を射ているのではないかと、そう認識する。


 ――メリアがもし、ルーディナの神耳(オーディトリー)という能力を知っていれば、生み出された結果はまた違ったかもしれない。

 だが、今のメリアは、そんなものは知らない。


 故に、ルーディナが微笑みのような笑いを溢していたのは、秘密というものの真理に気づき、それが案外大したものではないと知って、ふと笑いが出たのではなかろうかと、そう考察した。


「……案外、大したことない可能性があります」

「そうなのか?」

「わかりません。飽くまで、私の考察ですから」


 メリアの言葉を聞き、ディウは再び、王街の血肉に染まる風景を見て、考える仕草をする。

 そんなディウを見ながら、メリアは今回の自分の考察が、なかなかいいものではないのかと思って、少しだけ有頂点になっていた。




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