第二章五話 「救済」
―――ザシャーノンの冷や汗を浮かべながら発したその言葉に、ルーディナとメリアは、一体どうしたのかと、疑問を頭の中で浮かべた。
そして、その疑問が表情に出たのか、ルーディナとメリアの表情をザシャーノンは一度チラッと見て、また、口を開く。
「えーと、残りの二人の『勇者パーティ』と、残り二人の各種族幹部の相性が、かなり悪いってことです。だから、下手したら――」
そしてザシャーノンは、その言葉で一泊置き、再び口を開き――
「――死んでるかもしれません」
――そう言った。
「え……? じゃあ早く行かなきゃじゃん!?」
――楽しく談話した後、仲間を助けに行き、その仲間が死んでいましたとなると、さすがのポジティブ思考なルーディナのメンタルも、ズタボロになる。
だから、できるだけ早く、間に合うように行かねばならなくて――こんな談話をしている暇など、残念ながら、ないのだ。
「そうなんです。ごめんなさい、うちが話したいって言うから……」
「あ、いいのいいの。それに乗っちゃった私も私だから、お互い様。ね?」
「……はい」
ザシャーノンの謝罪に、ルーディナは自分も同罪だと告げ、次の行動に素早く移す。
ということで、ルーディナは一旦――
「おーい、ディウ!!」
――現在、鬼双子と楽しい会話を続けているであろうディウへと、話題の中心人物を変換する。
「む、どうした?」
「フェウザのところ行って、その後アークゼウスのところに、早く、行かなきゃだから、ディウはついてくるとして……えーと、鬼の二人は……」
ディウへ今、まずい現状にあるというのを伝えるため、若干しどろもどろになりながらも、ルーディナは早くという言葉を強調しながら、話す。
そして、ディウは着いてくるのに確定だが、鬼双子はどうしようかと、ふと、そちらを見ると――
「大丈夫大丈夫。僕たちならそろそろ帰るよ」
「そうだねそうだね、ザシャ姉一人で充分だろうし、仲間水入らずのところに他人は入ってきてほしくないだろうからね。て、わけで――」
――そう、鬼双子は突然の別れを告げる。
そして、鬼双子の長男であるバルガロンは、最後、ザシャーノンの方を見据え――
「――皆んなのこと、頼んだよ、ザシャ姉」
「はい、承りました」
――後のことは任せると、そう微笑みながら、伝えた。
そのザシャーノンとバルガロンの、言葉の受け渡し合いには、相手への強い信頼と、相手への強い好意が見える。
その、各種族幹部同士の強い信頼関係を――ルーディナは嫉妬ではなく、まだザシャーノンと仲良くなれる余地があると、そうポジティブに捉えた。
「じゃあじゃあ皆さん、元気でね。ご健闘を祈ってるよ」
「じゃあじゃあ皆さん、達者でね。ご武運を祈ってるよ」
「「わーはっはっはっ!!」」
そう、別れの挨拶も漫才のような笑いで区切りをつけ、鬼双子とは別れた。
△▼△▼△▼△▼△
――そして、ザシャーノンの曰く友情レーダーやらなんやらで、各種族幹部たちがいた場所の形跡を匂いやら傷跡やらで見つけ、そこに立ち寄った結果、倒れているフェウザを見つけた、ということで前話の冒頭に戻る。
「――フェウザ、無事!?」
ザシャーノンにお姫様抱っこされながら、空中からフェウザの安否を確認する可愛い大声を上げたのは、ルーディナだ。
そして、フェウザのことがよく見えるようになると――フェウザがどれだけ重傷を負っているのかも、理解できる。
「って、全然無事じゃないじゃん!?」
「大丈夫かフェウザ!!」
「フェウザさん、大丈夫ですか!?」
ルーディナの現実を確認した声を聞いた後、ディウとメリアも我慢ならなくなったのか、フェウザに向かって心配の声を上げる。
だが、『勇者パーティ』の諸々の心配の声を受け、フェウザは無反応――否。
「……フェウザ」
――声を上げられる状態にないほど、酷く、傷ついていた。
服は破れ、靴は幾つかな場所を潰され、短剣は折られている。腕や足、顔などには切り傷があり、血が垂れ流されている。
気絶しているか、まだ意識があるかは、わからない。
しかし――そんな状態で、声を上げるようなことなどできるはずもないと、ルーディナはそう理解した。
「メリアちゃん!」
「わかってます!」
と、そこで、ルーディナをお姫様抱っこし、メリアをおんぶし、ディウを槍に掴まさせているザシャーノンが、地面に降りる。
地面に降りたと同時に、『閃光の勇者』の二つ名を持つルーディナは閃光の如く、メリアとディウは常人よりも速いほどのスピードで、フェウザへと駆けつけた。
「回復」
そしてメリアが追いつくと、異世界での回復魔法の定番――回復を、フェウザに向けて放った。
すると、さすがは世界一レベルの回復魔法の使い手か、フェウザの傷は――服や靴、短剣と言った装備品以外――みるみるうちに、治っていく。
「ディウ、背負ってあげて」
「ああ、任せろ」
そして、回復が完全に終わった後、おそらく安心して眠りに入ったであろうフェウザを、ディウが背負うように、ルーディナは頼んだ。
「ふぅ……これで一安心……だけどまだ、アークゼウスがいるじゃん」
「じゃ、今度はそっち行きますか」
フェウザを助けたことで一安心かと思いきや、まだアークゼウスを助けていないことを、ルーディナは思い出す。
フェウザのようになっていたら大変だから、すぐに行くべきだと――そんなルーディナの思いが伝わったのか、ザシャーノンが今度はそっちだと提案する。
もちろん、それに反対するものはいない。
そして先程と同じく、ルーディナをお姫様抱っこして、メリアをおんぶして、フェウザを背負っているディウを槍に掴ませて、ザシャーノンはアークゼウスの場所へと向かった。
「――――」
そして、空中でザシャーノンにお姫様抱っこされながら、ルーディナは自分を責める。
――なぜ、自分はもっと早く助けに来ることができなかったのか、と。
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――フェウザと同様に、アークゼウスの現場も酷かった。
だが、先程のフェウザはフェウザのみが酷くて、他は基本的には無事で大丈夫でなんともなかったが――今回は、それを容易く超える。
アークゼウスだけでなく――周りの場所も、建物も、無差別に破壊し尽くされているのだ。
「なにこれ……酷っ」
その現場を見たルーディナの――否、ルーディナが全員分の感想をまとめただけで、全員の感想が、これだ。
周りの場所も、建物も、龍の逆鱗に触れたかの如く、破壊し尽くされている。
そしてアークゼウスも、虎の尾を踏んだかの如く、無惨な姿になっている――が、死にはしていない。
だからルーディナは、そのことを素直に喜んだ。
そして――もっと早く助けに行けただろうと、再び自分を責めもした。
「アークゼウス、無事!?」
ディウ、フェウザの安否を確認するときに使った言葉を、もう一度使うルーディナ。
同じ言葉を使うことで、ディウ、フェウザ、アークゼウスの三人には特に差別もなく同じような価値観として扱っている、という意味が籠っているのだろうが――今の焦る状況では、ルーディナはそんな打算は考えていない。
そして、ルーディナがそう言ったと同時に、ザシャーノンの足が地に着く。
「……ル、ディナ?」
そして、『閃光の勇者』の二つ名の通り、閃光のスピードで、アークゼウスに駆け寄るルーディナ。
後程に到着するメリアとディウを待つと同時に、傷が酷いアークゼウスへ、話しかける。
「アークゼウス、大丈夫?」
「……余は無事だ。他の、諸々は……」
「皆んな無事、欠員なしだよ」
「……そうか」
そう聞き、そう言って、アークゼウスは目を閉じた。おそらく、皆んなが無事と安堵したことで、疲れが一段階、増したのだろう。
ルーディナは、アークゼウスの疲労を労うように、アークゼウスの頭を右手で撫でた。撫でながら、ルーディナはアークゼウスの体を見て、どれだけの被害かを確認する。
「――――」
服はところどころ破れ、靴はところどころ汚れ、杖はところどころ欠けている。腕や足、顔などからは血が垂れ流されている。
フェウザと同じ、もしくはそれ以上の被害のところから、苦戦を強いられたのだと考察ができる。
そして――
「――――」
――泣いた跡が、見える。
「……アークゼウス」
ルーディナは短く、アークゼウスの名を呼び、アークゼウスの頭を撫で続けた。
「アークゼウスさん!」
「無事か!?」
と、撫でていたところで、メリアとディウが、追いついてきた。
どうやら、ディウが背負っていたフェウザは、ザシャーノンに今、預かってもらっているらしい。
そして、アークゼウスの安否を確認する二人を見て、ルーディナは――
「しー。アークゼウスは疲れてるだろうから、静かにしててね?」
「あ、はい」
「うむ、了解した」
――自分の口に人差し指を当てる、可愛いポーズでそう言った。
そのルーディナの仕草と言葉、そしてアークゼウスの現状を見て、メリアとディウはルーディナの意図を汲んだのか、あっさりと静かになった。
「じゃ、メリアちゃん」
「はい、回復」
ルーディナがメリアに呼びかけ、メリアもそれに答え、回復を放つ。
すると先程のフェウザのように、アークゼウスの装備品以外が、みるみるうちに治っていった。
「よし。じゃ、行こっか」
もちろん、アークゼウスに泣き跡があったのは内緒で、ルーディナはそう言い、ザシャーノンへと駆け寄った。
「ちなみに、ザシャノン」
「はい、なんですか?」
「この二人の目が覚めて、私たち『勇者パーティ』全員揃って、何話そうとしてるの?」
また企業秘密だの、後でのお楽しみだの言われるかとも思ったが、そのときはそのときと思い、ルーディナはザシャーノンにそう言った。
そして――
「そうですね……ちょっとやりたいことと、確認したいことがあって」
――企業秘密でもなく、後でのお楽しみでもないが、結果的には後回しという風に、ザシャーノンは言ったのだった。




