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第二章四話 「結果」




<視点 フェウザ>


―――結果論として、フェウザがコブラヴェズに殺されることはなかった。


 この世の出来事は全て、最初や途中よりも最後が一番大事だという人間は、星の数ほど存在する。

 ならば、結果論が良ければ、最初や途中の盛大な失敗はなしにして、出された結果だけを見つめ、満足していればいい――ということでもない。

 失敗も成功の元、経験の一つ。

 最初や途中の失敗も視野に入れ、見つめ、感じ、修正を加え、経験の一つとして、身につける。


 だから、最終的には殺されなかったとは言え、フェウザは――自分の失敗を、責め続けた。


「――――」


 大量の血肉の中央にいて、その床に立つ気力もなく寝そべっている自分を照らす太陽を見つめながら、フェウザは考える。


 ――なぜ、自分はああも手玉に取られたのか。

 ――なぜ、自分の攻撃はああも通用しなかったのか。

 ――なぜ、自分の行動はああも上手くいかなかったのか。

 ――なぜ、自分の考えはああも単純なものしか出なかったのか。


 後悔する点は、新たに身につける点は、たくさん、山ほどある。

 その後悔を、失敗を新たに身につけ、自分の成長の糧とする――残念ながら、そんな思考は、今のフェウザにはできようもない。


「――――」


 失敗というのは、成長の糧ともなるが、同時に――自分への自信の喪失にも、繋がる。

 失敗をすればするほど、自分への自信がなくなり、自分を信じていくことができなくなる。

 成功をすればするほど、自分への信頼が高くなり、自分を信じていくことができてくる。

 だから、今のフェウザは――自分への自信がなくなり、自分を信じていくことが、できなくなっていた。


「――――」


 自分を信じることができない、というのは、些か盛ったかもしれない。

 ――しかし、そうやって盛るほど、フェウザは自分への自信を、なくしていたのだ。


「――――」


 『勇者パーティ』とは、なんであろうか、と、フェウザは考える。

 強く、頼られ、信じられ、何事も完璧に、上手く取り組むから、『勇者パーティ』という、一つのまとまりで呼ばれているのではないのか。

 ならば、強くもなく、頼られることもなく、信じられることもなく、何事も完璧に、上手く取り組めない自分は、果たして――『勇者パーティ』の一員で、いいのだろうか。


「――――」


 ――フェウザは、ルーディナのことが大好きだ。

 それは恋愛的や性的な意味ではなく、仲間として、味方として、友達として、大好きだという意味。

 決して手放したくないし、ルーディナと話した内容は全て覚えているし、あの可愛い笑顔に、いつもフェウザは元気づけられている。

 若干、恋愛的な意味もあるのかもしれないが――はっきり言って、その恋愛と友情の区別は、フェウザにはつかない。

 だから、恋愛も友情も関係なく、フェウザはただただルーディナのことが大好きだ。故に、『勇者パーティ』を抜け出すなど――したくない。


「――――」


 だから戦えと、だから強くなれと、いつも通り、フェウザは自分をそう元気づけようとするが、その気力がどうも、湧いてこない。

 いつもは失敗も成長に繋がるとか、人生上手くいかないときだってたくさんあるとか、落ち込んでいたって何にもならないとか、そう言った前向きな励ましを自分の中で言って、自分を元気づけていた。

 なのに――その気力が、やりたいと思う気持ちが、湧いてこない。


「――――」


 ――それは、心の引っ掛かりだ。

 先程から、ずっとフェウザの心が気づけ気づけと、そう呼びかけている、謎の胸騒ぎ。それは、ほぼ確定で――


「――コブラヴェズ」


 ――先程戦った各種族幹部、『蛇魔族』代表王である、コブラヴェズ・ノア・リュウグレイネルが、原因だ。

 そしてその原因の内容は、負けたから悔しいとか、あんなに偉そうな態度を取っていたのが苛つくとか、そう言った負の感情ではない。

 もっと――それこそ、先程言った、心の引っ掛かりだ。


「――――」


 何か、何かが揃っていない。フェウザの中身は、何か一つの部品が未だに揃っていない。

 その部品がきっとコブラヴェズと関係して、この胸騒ぎの原因だと、フェウザは考える。


「――――」


 だからフェウザはとりあえず、自分の情報を、整理して考えようと思った。

 まず、自分の名前はフェウザ・ロトフゥイ。二十五歳、一般的な家庭に生まれ、最高の出会いをした幸福なもの。『勇者パーティ』の一員として、『迅雷の虐殺』の二つ名を――


「っ……」


 ――と、考えたところで、頭が破壊されるような頭痛が、引き起こされた。

 脳がそれについては考えるなと、それについては意識するなと、そう呼びかけるかの如く――頭痛が、ジンジンとフェウザの頭を、脳を侵食する。

 もはや致死量に達するのではないか、と、若干現実逃避気味な思考すら、フェウザの思考から出てくる。


「がっ……」


 なかなか止むことのない、激しい頭痛にフェウザは踠く。

 だが、踠いたところで、周りは血肉の海だし、むしろ逆に血やら肉やらがついて、自分の服が体が、ベトベトになるだけ。

 助けも救いも呼ぶことは、当然ながら不可能。


 だから、フェウザは何もできずに頭痛に苦しんで――


「――フェウザ、無事!?」

「っ……!」


 ――いるところに、可愛く明るい声が、フェウザの耳朶を打った。

 その声に、意識せずとも、視線がそちらに向く。そこには――


「って、全然無事じゃないじゃん!?」

「大丈夫かフェウザ!!」

「フェウザさん、大丈夫ですか!?」


 ――フェウザの仲間である、ルーディナと、ディウと、メリアの三人が、こちらを見ながら、そう言っていた。

 それに対し、自分は仲間に恵まれているなと、そう思いながらも、フェウザは――


「っ、はっ……」


 ――頭痛一つですら、仲間を頼らないと解決できない自分に、酷く嫌気が差した。


              △▼△▼△▼△▼△


<side ルーディナ>


 ――可愛く、人を気遣うことができ、スタイルも抜群で、優しい女の子――ザシャーノン・ノア・アクアマリン。

 ――ノリが良く、テンポが良く、人を気遣うことができ、常に楽しそうな鬼双子――バルガロン・ノア・キングダムとブルガロン・ノア・キングダム。

 現在、ルーディナが出会ったことのある各種族幹部代表王はその三人だけだが――その三人とも、信頼するに等しい人物であった。


 だからこそ、魔界王討伐と言ったの名誉だの誇りだのを勝手に押し付け、『勇者パーティ』を利用し、全て支配しようと企む国王、よりも。

 ――ルーディナの信頼度は、ザシャーノンやバルガロンたちの方が、圧倒的に高かった。


「ね、ザシャノン」

「ん、どうしました?」


 後ろにメリア、前に楽しそうに話すディウとバルガロン&ブルガロン、そしてすぐに話しかけられる位置にいるザシャーノン。

 その幸せな環境と光景を十分に楽しみながら、ルーディナは――


「とりあえず、ディウはなんか大丈夫っぽいから、次行こ、次」


 ――速く次に行こうと、そうザシャーノンに話題を提供する。


「……ん〜」

「……どうかしたの?」


 ただ、なぜかザシャーノンは、ルーディナの話題に少しだけ、悩む仕草と声を見せた。

 それにルーディナは、一体何が問題なのかと、そういう意味を若干含めながら、質問をする。


「……いや、その、なんというか、ですよ?」

「はい?」


 だが、返ってきた言葉は、いろいろと聞きたい重要な部分を、濁して言う言葉であった。


「えーと……」

「大丈夫だよ、別に隠さなくて。私、ザシャノンのこと信用してるから」

「――――」


 そして、まだ濁して重要な部分を隠そうとするザシャーノンに、ルーディナはそんなことしなくてもザシャーノンに対する評価は変わらないと、そういう意味を込めながら言葉を発する。


「……その、ルナっちと、まだ、お話ししてたいと言いますか……わっ!?」


 そして、頬を少し赤くしながら言うザシャーノンに、ルーディナは我慢の限界が来て、思わずザシャーノンを抱きしめてしまった。


「ちょ、ルナっち!?」

「か〜わ〜い〜い〜!」


 ――ルーディナの身長は、約百五十四センチメートル。ザシャーノンはの身長は、約百六十センチメートル。

 故に、ルーディナがザシャーノンに抱きつくとき、ルーディナの頭部は、ザシャーノンの肩ら辺に置かれることになる。

 だから、ルーディナがザシャーノンの肩に縋るように抱きつき、その匂いを嗅ごうとするのも、仕方がないことなのである。


「えへへ……ザシャノン、いい香りするね」

「そ、そうですか?」

「うん。なんか、海みたいに爽やかな……って言っても私、海とか行ったことないけど」


 その、頬が赤いザシャーノンから放たれる匂いを、一番良く伝わり、いい印象で、似ているものを例として選んだルーディナ。だが、ふと、自分は海など行ったことない、というのに気づく。

 ――なぜ、海に行ったことがないのに海の匂いを知っているか、という問いは、なぜかルーディナの頭の中には浮かばなかった。


「ザシャノンってさ、海とか行ったことあるの?」

「ふぇ? えっと……ありますよ。というか、住んでるところが海ですからね。顔馴染みならぬ、場所馴染みですよ」

「ほへー……」


 海とはものすごく広く、ものすごく冷たく、ものすごく溺れる可能性が高いということを――というより、そういうことしかルーディナは知らない。

 だから、ザシャーノンの海の話には興味があった。


「海ってさ、広くて冷たくて溺れやすい場所なんでしょ?」

「なんか子供みたいな解釈ですね……広くて溺れやすい場所なのは否定しませんけど、暖かい海も冷たい海も……あるには、ありますよ」

「そうなの?」


 広くて溺れる可能性が高い、というルーディナの情報は当たっていたらしいが――どうやら、海には暖かいものと、冷たいものがあるらしい。


「でもさ、海って水じゃん」

「暖かい水もあるんですよ」

「それってお湯じゃない?」

「……うちも、場所馴染みなだけで、あんまり知らないんです」

「へー……」


 ルーディナのちょっとした論破のようなものに、ザシャーノンが可愛らしく頬を膨らませながら、言い訳のようなものを呟いた。

 ルーディナより年上なのに、そういう少しだけ子供っぽいところが、ルーディナの母性をくすぐってくる。


「ザシャノンって可愛いよね」

「……そ、そうですか?」

「うん、そうだよ。それにいい匂いだし、柔らかいし」

「最後のは少し下心を感じるんですが」

「……えへへ」


 やはり、このような日常的で幸せで笑えるような会話をすると、魔族は明らかに悪ではないと、そういうのもいい加減説得力が増してきて、慣れてくる。

 むしろ――いや、もはや下心がほとんどで、自分の利益になるようなことが大半な人間の方が、ルーディナは信用ができなくなっていた。

 そして同時に――なぜ、魔族は悪と見做されているのかも、ザシャーノンに聞こうと思った。


「ね、ね、ザシャノン、なんで魔族ってさ……?」


 そう、聞こうとしたら、ザシャーノンが、それ以上は言うべきではないと判断したのか――その白く細い人差し指で、ルーディナの口を塞いだ。


「企業秘密ですよ、ルナっち」

「――――」

「だから、なんか違う話をしましょ? うち、話題は豊富ですから」


 ――企業秘密。

 聞いてほしくない話題なのか、上からの命令なのか――物事の核心に迫るような肝心な内容をザシャーノンは、毎回、そう誤魔化す。

 それが少し、ルーディナは気に入らなかった。


「……む」

「わっ!?」


 だから、仕返しと言わんばかりに、ルーディナはザシャーノンにもう一度、抱きついた。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――メリアからのザシャーノンへの評価は、関わりやすく、優しく、可愛く、スタイルも良く、気遣いもできる、いい人――から、ルーディナとの仲の良さが若干羨ましい人へと、変化していった。


 もちろん、魔族という汚名を返上するほど、素晴らしく尊敬できる人物だとは、理解している。

 しかし――やはり、嫉妬という感情も、なきにしもあらずなのだ。


「……むむぅ」


 ルーディナがザシャーノンに飛びかかるように抱きついてから、メリアはずっと、頬を膨らませている。

 それはもちろん、三年間、ずっと一緒に『勇者パーティ』の一員として、過ごしている自分よりも、ザシャーノンの方が抱きついた数が多いという、嫉妬の感情――いや、そんなことはなかった。


「何回くらい抱きつかれましたっけ……?」


 ――まず、初対面で一回。

 三年前、初対面で初めましてと挨拶したら、何この子可愛いと、親が別の子供相手に接するような態度で、抱きついてきたのだ。

 あれは正直ものすごく驚いたが、ルーディナの匂いがいい香りだったので、されるがままにされていながら、ルーディナのことをしっかりと堪能した。


「――――」


 ――そして二回目は、Sランクの難易度が高い依頼を達成したとき。

 あのときは依頼達成の喜びで、抱きつくという行為は自然に出ていたものだが、今考えるとどうも気恥ずかしい。


「――――」


 ――そして三回目と四回目は、初めて、一緒に風呂に入ったとき。

 まず脱衣所で服を脱いだときに一回抱きつかれ、その後風呂に入っていたときは、ずっと抱きつかれていた。

 そしてその後、背中を洗ってあげるねと言われ、素直に従った結果、いろいろ大事なところ含め体全部をいいように弄られたのを、覚えている。


「――――」


 ――そして五回目は、ルーディナとザシャーノンの関係に余計な口出しをしてしまって、それについて考えていたときに、不意に抱きつかれた、先程。


「――――」


 ――そして最後は、ルーディナからではなく、メリアから抱きついた、さっきの出来事のとき。

 メリア自身も自分から抱きつくということに対して、どういう意味を持つのか、どうしてメリアから抱きついたかなどの理由は、わからない。だが――


「……ルーディナさんって、可愛いんですよね」


 ――ルーディナが可愛いから抱きついた、というのは間違いない。


 ルーディナは今年で十六歳、そしてメリアは十七歳。

 メリアから見て、――『勇者パーティ』の全員から見てそうなのだが――ルーディナは年下なので、どうも人一倍、可愛く見える。

 もちろん、ルーディナが美少女なのも関係しているだろう。だが、年下というものは――可愛く見えることが、基本だ。


「だから抱きついたんでしょうか……」


 もしくは、何か別の理由があるのかもしれないが、それはメリアにはわからない。

 だがしかし理由がわからなくとも、メリアがルーディナに抱きつかれた回数と、ザシャーノンがルーディナに抱きつかれた回数では、メリアの方が圧倒的とまでは言わないが、多い。


「……よし」


 だが、いつか追いつかれる可能性もあるのだ。

 だったら、今のうちにさらに抱きついて、差を少しでも伸ばすというのが、メリアの取れる得策であろう。

 そう決意し、メリアはルーディナへと、こっそりひっそり、迫っていった。


「ザシャノンが企業秘密とかで誤魔化すからいけないんだよ? 少しは私のこと信頼してくれてもいいのに……」

「いや、もちのろん信頼してるんですよ? でも、シーちゃんからの頼みは頼みですので……」

「……シーちゃん?」


 こっそりひっそりと近づいていくと、ルーディナとザシャーノンの、そのような会話が聞こえる。

 近づき、ルーディナを掻っ攫うかの如く抱きつき奪うことを目的とメリアはしているので、その二人の会話は全くと言っていいほど聞いていなかったが――シーちゃんという、何か重要そうな名前が出たことはわかった。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。


「……てい」

「「あ」」


 そして見事、ルーディナをザシャーノンから抱き奪うことに成功した。

 ルーディナもザシャーノンも、突如として現れた第三者の介入に、唖然としているような声を出した。

 そして復活が早かったのは、ルーディナの方である。


「え、何……メリアちゃん、もしかして嫉妬?」

「……む」

「え、やだ、何この子可愛い」


 唖然としているザシャーノンを置いてけぼりにし、ルーディナとメリアは会話をする。

 ルーディナに嫉妬しているのか、と問われたため、メリアは誤魔化すように頬を膨らませるが、それは、ルーディナの興奮をもっと煽るだけであった。


「……ふぅ」


 ――と、抱きついたところで、メリアは安堵したような息を吐く。

 そしてルーディナの肩の上に頭を乗せ、ふと、前を見ると――そこには、楽しそうに話している、ディウと鬼双子がいた。


「――――」


 楽しそうに話しているディウと鬼双子、そして、こちらでも楽しそうに話しているルーディナとザシャーノン。

 その二組を見ながら、メリアの考えは、魔族は絶対悪というのから――魔族は案外、楽しく優しく、そして気遣いができるいいものたちの集まりなのかと、そう変わっていっていた。

 だから、メリアは、思う。――他の各種族幹部たちにも、是非とも会いたい、と。


「……ルーディナさん」

「ん? どうしたの?」

「フェウザさんとアークゼウスさんの二人は、助けに行かなくていいんですか?」


 会いに行くならば、フェウザとアークゼウスを手助けすることにも繋がる。

 実際、ディウと鬼双子は戦っていたから、フェウザとアークゼウスも、他の各種族幹部と戦っている可能性がある。

 新しい魔族たちにも会えて、フェウザとアークゼウスの安否も確認できるのは、ルーディナがよく言っている、一石二鳥というやつである。


「あー、そうだね。ザシャノン、そろそろ移動する?」

「えー? 別に大丈夫だと思いますよ。えーと、その二人と相手してるのは……あ」


 メリアの意見を聞き、そろそろ移動した方がいいのではないかと、ルーディナがザシャーノンに、そう質問する。

 だが、同じ各種族幹部で付き合いも長いだろうし、信用や信頼もしているだろう。

 だから、ザシャーノンは、フェウザとアークゼウスの二人の心配はしなくても大丈夫、という意味を込めながら、そう言うが――


「……残り二人って、フェウザ・ロトフゥイと、アークゼウス・ヴェルゼウですよね?」

「うん、そうだけど」

「……速く行くべきかもしれないです」

「「え?」」


 まだ会っていない『勇者パーティ』の諸々を確認すると、ザシャーノンは、少し焦りの感情を見せながら、言う。


「フェウザさんと過去で関わりのあるコブラんと、知的なアークゼウスさんとは明らかに合わなそうなルガくん……なんか、嫌な予感がします」


 ――そう、冷や汗を垂らしながら。




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