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―――王でも神でも魔王でもなく、勇者である  作者: 超越世界 作者
第一章 「光の裏には闇があり、闇の裏には光がある」
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第一章閑話2 「レイヴィン・バークアディス」




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―――そこは、途方もないぐらい暗く、途方もないぐらい広く、途方もないぐらい無の空間であった。

 落ち着くような、それでいて少し寂しいような、しかし案外くつろげるような――そんな雰囲気を伴った、無の空間。

 そんな無の空間で、一人、少女は目覚めた。


『……ここ、どこ?』


 ――それは、当然の疑問であろう。


『私……何してたっけ?』


 少女の声は、無の中に響く。

 ――先程まで何をしていたか、覚えていない。

 ――先程まで何を考えていたか、覚えていない。

 ――先程まで何を志にしていたのか、覚えていない。

 というより、先程どころか、生まれた直後から今まで何をしていたのか、覚えていない。


『……ここ、どこ?』


 再び、途方もない空間に、途方もない問いを投げかけるかのように、少女は言う。

 この空間には、少女以外誰もいないし、少女以外何もない。

 だから――その少女の途方もない問いに、答えてくれるものはいなかった。


『……最初の方から、考えてみよっか』


 途方もない問いを、途方もない空間に問いかけたところで、返事も返答も来ない。

 ならばと、少女は最初の方――人生の最初から、思い返してみる作戦を思いついた。


『えーと、まず私は生まれたよね』


 ――それは当然、そして平然としたものである。

 誰しもが生まれたからこの世界に存在していて、誰しもが生まれたからこの世界に存在することを許されている。

 だから、その前提は当然で平然で、特に確認するべきなことでもないのだが――少女にとっては、その前提も、手掛かりの一つとなる。


『生まれて……誰が、私を産んだんだ?』


 そしてそれも、世界の当然的な前提であり、世界に存在する誰もが知っていることだ。

 しかし、少女は残念ながら、自分を産んでくれた親を覚えていない――否、思い出す方法を、たった今思いついた。


『私の体、見れば良くね? だって、子供は親の見た目とか性格とか継ぐって言うし……』


 ――所謂、遺伝子というやつだ。

 どういう仕組みで受け継がれているのか、どうして受け継がれる必要があるのかなど、そう言ったよくわからない問いは今、必要がないし考える暇もない。

 だからそんな前提はどうでも良く、彼女は自分の体を見ると――


『……肌、白っ』


 ――自分でも驚くぐらい、健康的な白い肌をしていた。


『私の親って美人だったのかな……』


 健康的な白い肌を見ただけで親が美人か、という問いが生まれるのは少々早計な気がする。

 だが、それでも、なぜか少女の頭の中には、美人であるか否かという問いが、濃い濃密度で浮かべられる。


『……肌が白い。肌が白い。肌が、白い』


 何度も何度も、繰り返し繰り返し、少女は、その言の葉を乗せる。


『……そうだ、肌が白かったんだ』


 そして少女は、またしても、肌が白いという言の葉を乗せるが――その言の葉の真意が、少し違う。

 それは――


『白い肌、白い肌だ。私も、そうなりたいって思ってたもん!』


 ――自分を産んでくれた、生みの親の肌の色が、白いことを思い出したのだ。

 それはまだ少女が赤ん坊の頃で、少女が本当に白い肌になりたいと、そのとき思い浮かべていたのかは知らないが――生みの親の肌の白さが印象に残っていたのは、間違いない。


『で、肌が白くて……それで、髪が黒かった!』


 そして連鎖するように、肌が白いことを思い出した後に、髪が黒かったことも思い出す。

 白い肌、黒い髪と、対極の色が使われていることを思い出した――が。


『……それだけじゃ、なんの手掛かりにもならなくない?』


 白い肌と黒い髪という特徴を持つ人間なんて、この世の中、星の数ほどいるだろう。

 碌にこの世の人間に誰がいたのかを覚えていない少女に、その星の数ほどの選択肢から自分の生みの親を探せと言われるのは、はっきり言って無理ゲーだ。


『……無理ゲー?』


 そして、そう思い立った直後、また一つ、謎の違和感を感じ取る。

 違和感というか、ちょっと立ち止まるような見覚えのあること、の方が少しだけ近い気がする。


 ――無理ゲーという言葉。残念ながらどういう意味かは知らない。

 だが、その言葉が自然と出てきた自分の脳と、その言葉に少し立ち止まって考える自分の脳に、少女は考え込む。


『無理ゲー……無理、げー? 無理だよー、げえってこと?』


 別に意味のことなどどうでもいいのだが、少女の悪い癖なのか、意味を求めて、考えてしまった。

 そして考えた結果、的を微妙に外れていそうな答えが出たものの――だからなんだ、と少女はその考えを一蹴する。


『それよりも、なんで私がその言葉にちょっとした謎を感じるかだよね』


 今、大事なのは、少女がなぜここにいるかを知ることだ。

 それをモットーに、少女はまた考え込もうとして――再び、立ち止まる。


『モットー?』


 ――その言葉にもまた、ちょっとした謎を感じ取った。


『もっと寄越せってこと? じゃなくて、なんで謎を感じるかだよ』


 おそらく、少女の悪い癖は思ったことや考えたことをすぐ口にすることだろう。

 それはそれで短所とも長所とも見れるのだが、少女は今、それを短所として見ていた。

 なぜか知らないが、少女は今、自分がいる場所のことを、なぜここに自分がいるのかを、早く知りたい。

 だから、少女の悪い癖は、無駄な時間を使う、ということになってしまうのだ。


『モットー、無理ゲー。どっちも伸ばし棒がついてる?』


 両方の言葉の共通点を探すが、少女の考える力では、今のところ、それしか出てこなかった。

 確かに、両方とも一番最後に伸ばし棒がついているが――その共通点を見つけたはいいものの、それが自分とどう関係してくるのか、それが少女は見つけられない。

 だから――


『この考えは違うな』


 ――と、また考えを一蹴した。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――空から降り注ぐ雨粒が、少女に当たった。


『……ふぇ?』


 当然の疑問どころか、逆に持たないと不思議になる疑問を持つ少女。

 それも、そのはずだ。さっきまで、途方もないぐらい暗くて広い謎の空間にいたというのに――なぜ、少女は、雨が降り注ぐ夜の平野にいるのだろうか。


『ちょっと待って、本当に待って、どゆこと!?』


 どうやら、先程まであそこにいた理由を求めていた、少女の考えとその時間は、残念ながら無駄になったらしい。

 先程までの、途方もないぐらい暗くて広い空間に自分がいる理由を求めていたのと言うのに――そのいた場所が変われば、求める意味も必要もなくなる。


『どゆこと、本当に……』


 今も尚、降り注がれる雨の粒に直撃されながら、少女は突如として変わった場面を、問いの答えを求めるかのように見渡す。

 だがさっきのように、ここは少女一人で、その問いに答えてくれる人など――


『……なにあれ』


 ――いないと、そう思った。

 しかし、少女がふと、目を止めた目線の先には――後ろを向いている黒髪の男性と、その男性を追いかけているが全く距離の縮まっていない、黒髪の女性の姿があった。


『黒髪……』


 ――そう、黒髪だ。

 黒髪、そしてさっきは言及しなかったが、その目線の先の女性は、白い肌だ。


『……もしかして、私の親の過去、とか?』


 少女がそう思い、その結論に達し、目線の先の男女へ答えを求めるかの如く見つめる。

 すると――先程までの追っている様子はどこにもなく、今度は声をかけている様子が映されていた。

 ――それも、声が聞こえて。


『……あの、少しいいですか?』

『む?』


 そう問いかける女性に、予想外のことでも食らったかのように、素っ頓狂な反応で答える男性。

 二人の声色からして――両方、まだ若い歳なのだろう。


『若い歳……やっぱり、私の親の過去なの?』


 声色、見た目、そしてなぜ今この光景を見せられているかの理由――それらを全て合わせた一番高い可能性が、それだ。

 だが少女の声は二人の男女には聞こえておらず、こっちのことは蚊帳の外かのように、二人だけで話を進めていた。


『率直に問います。合計ステータス1000億超え、そして名前の間につく『ノア』……あなたは、『十魔星』のうちの一人ですか?』


 その言葉、そして問いかけに少女は自分の体が微妙に震えるのがわかった。


『1000億超え……?』


 黒髪に白い肌の女性が言った言葉を、繰り返し言いながら、噛み砕いて飲み込む。

 そして、その圧倒的なステータスのみならず――他の二つの要因も、少女の体を震わせる原因であった。


『『ノア』に、『十魔星』って……どれも明らかにやばそうな名前してるんだけど……』


 少女の記憶にあるのは、『ノア』が『魔界王支配地域』に属している魔族である証拠。そして『十魔星』が魔界王配下の最強幹部である、ということだ。

 そして、それを思い出して、少女は――


『……やっぱ、私の親じゃないかも』


 ――そう、結論を出した。

 そう少女が畏怖して、結論を出している間に――向こうの会話も、進んでいく。


『……観察(スキャン)という能力は勇者しか持っていないとシーズから聞いているが、貴様はなぜ使えている?』

『そのぐらいの能力、当職になら創造が可能です。……それよりも、シーズとは誰ですか? 後、先程の質問にも答えてください。あなたは、『十魔星』のうちの一人ですか?』


 そして、その会話はまたいろいろと意味不明で、少し世界が違くて、体を震わすに等しい会話であった。


 ――勇者しか使えない能力を、創造が可能と軽く言う黒髪に白い肌の女性。

 ――シーズというよくわからない人物、そしてステータスが1000億超えであろうことが確定していて、『十魔星』のうちの一人疑惑が出ている男性。


 はっきり言って――


『……なんか、いる世界が違う気がする』


 ――こんな二人から自分のような少女が生まれるとは、とても思えなかった。


『……ふむ、余から見て、貴様はかなりの実力者と見える。それに、貴様の……いや、貴殿の見た目はとても美しい』

『……ふぇ?』

『おっと、口説き文句来ましたか』


 そしてそんな考えの他所、二人は二人で話を進めている。

 威風堂々とした態度の高身長黒髪のイケメン男性に、かなりの実力者、そして実に美しいと褒められれば――大半の女性は心を奪われるに違いない。

 そして、自分の母親疑惑が少しずつなくなっている黒髪に白い肌の女性も、男性の口説き文句に、心を奪われる一人であった。


『え、と……あの、その……』

『ふ、照れている姿もまた、絶景であるな』

『ふぁ!?』

『またまた口説き文句来ましたか』


 先程の言葉でも大半の女性は心が奪われるであろうに、そこからさらに照れている姿も可愛いと言われてしまえば、もはやかなりの女性が心を奪われるだろう。

 そして、その黒髪に白い肌の女性も然り。


『いや、そ、その……きゃ!?』

『貴殿、少し来い』

『おーまいがー』


 そして、さらにそこからお姫様抱っこまでされるとなると、世界に存在するほとんどの女性から、心を奪うことができるであろう。

 そしてそして、その口説き文句と行為を三回連続で言われ行われた黒髪に白い肌の女性は、もうその男性に、弓矢でハートを撃ち抜かれたに等しかった。


『そういえば、貴殿の名前を聞いていなかったな。観察(スキャン)と似たような能力を使っているのなら、余の名前を知っているだろうが、改めて言う。余の名前はアヴァーグネス・ノア・ノーヴァディだ。貴殿の名は?』

『え、えーと……クローディナ・バークアディス、です……』

『クローディナ・バークアディス、か。では貴殿のことは、これからディナと呼ばせてもらうぞ』

『は、はひ……』


 そんな、恋愛の第一歩を踏み出したような場面で、少女はあまりの甘さに狼狽える――ことなどなく、脳内に電流が走っていた。


 ――アヴァーグネス・ノア・ノーヴァディ。その名前については、少女はよく知らない。

 だが、クローディナ・バークアディスという名前は、少女――レイヴィン・バークアディスは、よく知っていた。

 だって――


『……そっか』


 ――母親なのだから。


              △▼△▼△▼△▼△


『――おめでとうございます。可愛い女の子ですよ!!』

『そう、ですか……良かったです』


 ――そして、そう思った直後、また場面が変わった。


『ここって……』


 ――この部屋は、白い。

 白い壁、白い床、白い天井と白に染まっていて、その部屋の中心に寝ているのは――レイヴィンの母、クローディナだ。


『……病院、か』


 病院。寝ているクローディナ。クローディナの近くにいる女性の医師らしき人。そしてその人からもらった祝福の言葉。

 これらの要因からして、この状況がどう言ったものなのか、わかる。


『子供が生まれた、ってことだよね。――つまり、私が生まれた』


 かなり強引であったアヴァーグネスとクローディナの関係であったが、おそらく場面が変わる直前のあそこで、男女の関係へと至ったのだろう。

 そして、その後、病院でレイヴィンが生まれた。そんな時系列のはずだ。

 しかし――


『……アヴァーグネスって人、いないな』


 ――アヴァーグネスが、見当たらなかった。

 外で待っているという可能性や、仕事で忙しいという可能性もあるが、そもそも――


『アヴァーグネス……私のお父さんって、『十魔星』なんでしょ?』


 ――アヴァーグネスはアヴァーグネス・ノア・ノーヴァディという、『十魔星』のうちの一人。

 ならば、このような人間がいる病院の中に入ることや、外で待つことなど――


『……無理じゃない?』


 ――無理に、等しいはずだ。


 アヴァーグネスほどの実力者なら、人間に変装したり物陰に隠れて密かに見守ったりなど、できる可能性もあるが、それでも、レイヴィンの視界にはいない。

 レイヴィンは、少しだけ自意識過剰かとも思うが、今の自分は、なぜか全部を見通せている気がする。

 そのレイヴィンの視界に入っていないし、それに――


『……なんと言うか、いる感じがしない』


 ――野生の勘か、子供の本能的な部分での反応か、アヴァーグネスがいる気配が、全く持って感じられないのだ。

 ――そして、レイヴィンのその疑問に答えるかのように、場面は進んでいく。


『ちなみにですけど、クローディナさんの旦那様は?』

『ああ……今、少し出張に行っていて。しばらく、帰ってこないそうです』

『あ、そうなんですね。早く帰ってきてほしいですね、こんな可愛い子が生まれたんですから』

『……そうですね』


 クローディナの話をそのまま飲み込むなら、出張をしていて、しばらく帰ってこないらしい。

 しかし、レイヴィンにはわかる。


『私のお母さんなら、お父さんが帰ってくることに、喜んでるはず。なのに――』


 ――なぜ、こうも寂しそうな表情をしているのだろうか。


              △▼△▼△▼△▼△


『――ママ、速く!!』

『はいはい、ちょっと待ってください。今行きますから!』


 ――そしてまた、場面が変わる。


 そこは、公園のように広く、芝生のようにのどかで、自然がたくさんある場所だった。

 言わば、王国ならどこにでもある誰もが使える共有公園――それが、今、昔のレイヴィンとクローディナがいて、今のレイヴィンが見ている場所だ。

 さすがは子供の体力と言うべきか、レイヴィンはクローディナが待ってと言っているのにも関わらず、どんどんと先に進んでいく。

 そして、レイヴィンが目指すその先にあるのは――


『……砂場か』


 ――広い公園に比例するように大きい、砂場である。


『そうだ……私って、砂遊び大好きだった気がする』


 その砂場を見て、また一つ、レイヴィンの記憶の鎖が外れる。

 砂遊びが大好きというより、砂で何かを作って、それをクローディナに褒めてもらうのが大好きだった。


『なんか、私ってマザコンだな……』


 と言いながら、レイヴィンはふと、その言葉への疑問と――場面の急な移り変わりで忘れていた、言葉たちを思い出す。


『無理ゲー、モットー、マザコン……これ、全部お母さんに教えてもらった言葉だ』


 そして、また記憶の鎖の一つが外れ、その言葉たちの共通点が判明した。


 レイヴィンは知る由もないし、なんならクローディナですら知らないが――無理ゲーも、モットーも、マザコンも、この世には存在しない言葉である。

 だからこそ、普通の子供では覚えない言葉だからこそ、レイヴィンは疑問を持っていたのだ。


『ママ、見て見て、砂のお城!!』

『相変わらず想像力と制作力が半端ないですね……よくできましたね、レイヴィン』

『えへへ!』


 レイヴィンが少しだけ記憶の整理をしている間に、昔のレイヴィンはその短時間では作るのは難しいであろう超細かなところまで作られている砂の城を、クローディナに自慢していた。


『ええ、すご。あれ、本当に私が作ったの?』


 クローディナも褒めていたその想像力と制作力に、思わずレイヴィン自身も褒めの言葉を呟いてしまう。

 だが、自分でも驚くほど、その砂の城の完成度は高かったのだ。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――そして、また場面は変わり。


『レイヴィンのため、ですもんね。少しだけ我慢しないとです』


 ――ギルドの関係者以外立ち入り禁止の部屋で、書類の処理をしながらそう呟くクローディナの姿が。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――そして、またまた場面は変わり。


『……レイヴィンって神経衰弱も強いんですね。完敗です』

『ママ、これすごく面白い!!』


 ――神経衰弱という、トランプを使って遊んでいるクローディナとレイヴィンの姿が。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――そして、またまたまた場面は変わり。


『今年で、八年目ですが……いつ、来てくれるんですか、アヴァくん……!』


 ――既に寝たレイヴィンの横で、そう泣いているクローディナの姿が。


              △▼△▼△▼△▼△


 ――他にも、ギルドの冒険者同士の喧嘩騒動を治めていたクローディナの姿。

 ――スマホという謎の機械で、面白そうな動画を見せてくれたクローディナと、それを見て楽しんでいるレイヴィンの姿。

 ――そして、今年で九年目と泣いている、クローディナの姿。


『お母さん……』


 二回か三回ほど楽しい状況を見せられて、そして必ずその後に――クローディナの、泣く姿が映される。


『……お母さん』


 そのような状況を何度も見せられ、レイヴィンの記憶の鎖は完全に外れ、全てを思い出した。


『……お母さん……』


 だが、その記憶の鎖が外れても、クローディナが泣いている姿は――どこにも、なかった。


『……お母さん……!』


 ――クローディナは、ずっと我慢していたのだ。

 もちろん、娘であるレイヴィンと過ごす時間も楽しいだろうし、そのときのクローディナは本当に幸せそうな顔を毎回必ずしている。

 だが、それでも。


『……お母さん……!!』


 ――アヴァーグネスがいない寂しさを、忘れることはなかった。

 ――アヴァーグネスがいない寂しさで、泣かなかった日はなかった。

 ――アヴァーグネスがいない寂しさを、娘との生活で一時的に忘れようと、そうして娘との時間を使ったことしか、なかった。


『……おかあ、さん……』


 ――灯台元暮らし。ずっと幸せだと思っていた日々の中で、ずっと幸せだと信じていた日々の中で、ずっと幸せだと感じていた日々の中で――クローディナは毎日、泣いていた。


『……おかあ、さん……!』


 ――タイミングが悪かった。そんなものは、言い訳にしかならない。


 確かに、クローディナは毎日毎日、必ずレイヴィンが寝た後に泣いていた。

 だが――その声で起きようと思えば起きれただろうし。それに実際レイヴィンが起きて、クローディナが無理矢理涙を堰き止めて(せきとめて)寝かしつけた、ということもあった。


『……お母さん』


 クローディナは、レイヴィンとの暮らしに幸せを感じていて、レイヴィンも、クローディナとの暮らしに幸せを感じていた。


 だが、それは。


 ――アヴァーグネスがいない寂しさを塗り替えるために、娘との過ごしに、積極的に幸せを感じようとしていたクローディナ。

 ――そして、毎日、隣で泣いているというのに全く気がつかなくて、クローディナは自分といることで幸せではない日々はないだろうと、そう勝手に思っていたレイヴィンという、二人の関係性であった。


              △▼△▼△▼△▼△


『……おかあさん』

「ディナの頑張りを知ってくれたなら、それでいい」

『へ?』


 ――お母さんとしか呟かない化け物と化そうかと、レイヴィンが呪文のようにお母さんお母さんと唱えていたときに――ふと、第三者の声が割り込む。

 それは――


『……お父さん?』

「ああ、そうだ」


 ――アヴァーグネス・ノア・ノーヴァディ。

 『十魔星』の一人で、ステータス1000億超えの男で、高身長で黒髪にイケメンというものすごいモテる男で、クローディナの旦那で――レイヴィンの、父親だ。


『どう、して?』

「どうしても何も、この空間を作ったのは余だ。貴殿と会った最後、余は正夢(<ドリーム>)を使った」

『どりーむ……?』

「ああ。相手に、自分が見せたい夢を見させる、余だけが持つ魔法だ」


 つまり、今までの、数々の幸せや過去や悲しみなどの状況を見せられたのは――アヴァーグネスがやった、ということなのだろう。


『なんで、そんなことを……?』

「ディナの頑張りを知ってほしかった、というのが一番の理由だ」

『っ……』


 レイヴィンの問いかけに答えるアヴァーグネスの返答の内容に、レイヴィンは思わず息が詰まる。

 それはつまり――クローディナは毎晩泣きながらもお前のために尽くしてくれていたんだぞ、ということを、知ってほしかったということなのだろう。


「そして、もう一つの理由は、貴殿を……レイヴィンを、救うことだ」

『……え?』

「覚えていないか? レイヴィンが、血肉の怪物と化したことを」

『血肉の……?』

「覚えていないなら、いい。だが――」


 ――そのまま、アヴァーグネスは一泊置き、続ける。


「――余の実力不足で、失敗してしまった」

『……え?』

「レイヴィン、貴殿は一度死んだ」

『死んだ……!?』

「そうだ。だから、余の魔法でレイヴィンに記憶を戻させ、蘇生しようとしたが……この手のことは、どうも余は苦手らしい。ヘクノスに頼めれば良かったのだが……」

『えーと……失敗したから、もう私は死んだままってこと?』

「……申し訳ない」


 正直、魔法やら死んだやら、レイヴィンは全く話の内容が入ってこない。

 でも、一つだけ、確かにわかったことが、ある。


『私を、助けようとしてくれた』

「ああ、しかし、本当に――」

『――いや、謝罪はいらないよ』

「……む?」


 アヴァーグネスがさらなる謝罪を重ねようとしたところで、レイヴィンはその言葉を遮る。

 そしてレイヴィンは、わかっていることを、言う。


『……私、お父さんとは会ったことない』

「レイヴィンの記憶にないだけで、余は一度あったがな。もう死んでいたときだが」

『そう。だから、会ってないんだよ。――でも、私を助けようとしてくれた』

「ああ、そうだが……」

『大好き』

「……は?」


 レイヴィンはクローディナとしか会ったことがなくて、アヴァーグネスもクローディナとしか会ったことがない。

 確かに親と子という関係だが、お互い知っていなくて、見ず知らずの関係で、それなのに――


『私を助けようとしてくれた。私を助けたいって思ってくれて、それを実行してくれた』

「……何が言いたい?」

『大好き』

「……?」


 そこまで言ったのに、未だ理解が追いついていないアヴァーグネスに、さすがのレイヴィンも頬を膨らます。


『大好きって、そう言ってるじゃん』

「いや、なぜそう思う?」

『だって、普通は親子でも見ず知らずの関係だったら、他人のままでしょ。助けようなんて、思わないし、しないよ、普通』

「……そうなのか?」


 ――なぜ、レイヴィンがいた世界では魔族が悪役視されているのだろうか。

 ここまで善で、ここまで優しい心を持っている、善の持ち主だと言うのに。


『……あ』


 そう思ったところで、レイヴィンの姿が少しずつ、消えていく。


「む、タイムリミットを過ぎたか」

『たいむりみっと?』

「制限時間という意味だ。……結局、レイヴィンが何を言いたかったからわからないが、その気持ちだけ受け取っておこう」

『うん、そうして』


 そしてレイヴィンは、今までの記憶と、今知った記憶を合わせて、最後、言う。


『お母さんもお父さんも、大好き!!』


 ――と。




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