第一章閑話1 「最も運が良くて、最も運が悪い日」
<side 語り手>
―――ルーディナとメリアが買い出しに行き、ザシャーノンと出会い、和解し、メリアがルーディナを説得せんと話し合っているとき。
―――巨大な爆発が起き、その原因を探るため、ディウが一番最寄りでもなく遠くもないの爆発地点へと行き、バルガロンとブルガロンに出会ったとき。
―――巨大な爆発が起き、その原因を探るため、フェウザが一番遠い爆発地点へと行き、コブラヴェズに出会ったとき。
―――巨大な爆発が起き、その原因を探るため、アークゼウスが一番最寄りの爆発地点へと行き、ルガイドと出会ったとき。
その全てと同じタイミングで、彼女――クローディナ・バークアディスは、冒険者ギルドの異変に気がついた。
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<side クローディナ>
――ルーディナ率いる、『勇者パーティ』がいなくなった後。
明るく賑わう冒険者ギルドの中で、クローディナは一人、書類の後始末をしていた。
「……はぁ」
クローディナが今いる場所は、ギルドの裏側の、関係者のみが入れる部屋。
だから、ギルドの中は明るく賑わっていても――その喧騒が、こちらまで届くことはない。
故に、クローディナが今いる場所はクローディナ一人で、どちらかと言うと暗く染まっていた、暗い雰囲気の場所であった。
そんな暗い雰囲気の中で、クローディナはその暗い雰囲気をもう一段階暗くさせるように、ため息を吐く。
「……大変ですね」
三十分、もしくは一時間ほど書類の後始末を続けているはずだが、その進歩はほとんどない。
先程まで積み上がっていた書類の山はーー富士山から、北岳に下がった程度の数しか減っていないのだ。
日本の高い山ランキング一位から二位に減ったぐらいだから、まあまあ数は減っているかもしれないが――クローディナが後始末を続けていた時間から逆算すると、後最低でも、五時間は掛かると予測ができる。
「……はぁ」
心の中でそんな想像をしながら、さらに雰囲気が暗くなっていくことに気づき、クローディナはまた、ため息を吐いた。
ため息を吐くと幸せは逃げる――そんなことを、九年前からまだ一度も出会っていない、最愛の人に言われた気がする。
そのときに、幸せを掴むためならため息を吸えばいいのではないかとか、幸せを捨てないために明るいため息を吐けばいいのではないかとか――最愛の人とそう雑談した記憶が、蘇る。
「っ……」
――その記憶が蘇ってしまったことに、クローディナは息を詰める。
九年という月日は、決して短いものでも、予想できるものでもない。
だから、九年前の月日の記憶が蘇るのも、懐かしいと思うのも、決して変なことではない。
変なことではないのだが――そう言い訳して甘える自分が、クローディナは嫌いなだけだ。
「……ふぅ」
これ以上書類の後始末を続けていると、さらに自分の気持ちが暗くなるだけだと感じ、クローディナはため息ではない息を吐き、椅子から立ち上がる。
「……こういうときは、気分転換ですね」
暗い雰囲気のまま、仕事をするというのは体にも心にも良くない。
故に、クローディナはそう言いながら何か気分転換の仕方はないかと、脳の循環を巡らせる。
しかし――
「……どうしてでしょうか」
――浮かんでくる記憶が、九年前のものしかない。
トランプという紙切れのようなもので遊ぶ、ババ抜きや神経衰弱、七並べや大富豪。
日本の高い山ランキングを当てるクイズや、なぞなぞという意味がわからない理屈のクイズ。
スマートフォンという機械でやることができる、ちょっとした暇潰し感覚のゲームたち。
そしてそのスマートフォンとやらで見れる動画や、会話ができるアプリの多数など――
「――どうしてでしょうか」
――なぜ、最愛の人と遊んだものしか、提案が出てこないのか。
「……本当に、当職は未練たらたらですね」
そう言いながら、もう一度、椅子に座る。
そして、クローディナはその白い可憐な膝を、自分で抱え――
「……アヴァくん」
――最愛の人の名を、呼ぶ。
「……九年、ですよ。長いです。長すぎます。いくらなんでも、長すぎます……!」
――九年という月日は、決して短いものでも、予想できるものでもない。
そんな長い月日を、クローディナは一人で、そしてもう一人の生まれた娘と、暮らしていた。
娘と暮らす時間なら、他の些事も後悔も、全て忘れられて、楽しく過ごせる。
だが、今のようなギルドでの勤務時間――一人でいるときは、暗い思考ばかりになってくる。
「……?」
暗い思考に溺れている中、ふと――ギルドの明るく賑わっていた喧騒が、聞こえなくなったのを感じた。
「……何かあったのでしょうか」
黒い瞳に溜まる涙をポケットから出したハンカチで拭き、クローディナは椅子から立ち上がる。
そして関係者以外立ち入り禁止の部屋を出て、いつものギルド受付へと行くと――
「……へっ?」
――冒険者たちで明るく賑わっているはずのそこは、赤く赫く紅く、血肉で染まっていた。
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<視点 ??????????・?????
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―――人が死にました。
名前はロプゾン・テナクレイ。
Bランク冒険者として、なかなかな活躍をしていたみたいでスね。
死んでしまって、私は大変悲しいでス。
いやまあどうでもいいんでスけど。
ご冥福をお祈りしまス
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<side クローディナ>
――その血肉に染まったギルドの現状が、クローディナの危機反応を強めた。
「っ……」
それはもはや、血肉の地獄だ。
中には見覚えのある冒険者や、装備からして初心者であろう冒険者、逆に装備からして熟練者であろう冒険者がいる。
そんな冒険者たちが――見るも無惨な血肉へと、豹変している。
「な、何が……」
その血肉の光景になるまで、何があったのか理解しようとして――ふと、後ろからの殺気に気がついた。
「っ、!?」
「……ぁ?」
――クローディナは、元々Sランクの冒険者だ。
そこからアヴァーグネスと関係を持ったことで、Sランクから、S+ランクに近づくほどの強さを得た。
そんな彼女に――不意打ちは、残念ながら効かない。
後ろからの殺気に気がつき、ふと後ろを見ると――見覚えのある冒険者が、自分へ剣を振り下ろしてきていた。
「っ、ロプゾンさん!?」
「ぁぁっ……!」
その見覚えのある、Bランク冒険者として活躍していた、茶色の服を着た巨漢――ロプゾン・テナクレイ。
その彼が振り下ろしてきた剣を、クローディナは後方へ跳ぶことで避ける。
「ロプゾンさん、何が……」
「ぁぁ!!」
彼に何があったのかと、クローディナはそう問う。
しかし、彼の言語からして――もう話が通じないと、理解した。
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<視点 ??????????・?????
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―――人が死にました。
名前はサウヴァン・リトニティ。
Cランク冒険者パーティのリーダーとして、みんなを上手くまとめて、冒険者ギルドではなかなかの評価をされていたみたいでス。
そんな彼が死ぬなんて、世の中予想外なこともあルんでスね。
リア充死んで、お疲れ様でス。
ご冥福をお祈りしまス
△▼△▼△▼△▼△
<side クローディナ>
――ロプゾンに話が通じないと理解したクローディナは、己の武器を、異空間から引き摺り寄せた。
「ごめんなさい、ロプゾンさん。ギルドの受付嬢として、あるまじき失態です」
「ぁぁぁ!!」
クローディナが認めた失態をさらに責め立てるかのように、ロプゾンだったものは呻き声を上げる。
そしてクローディナは、異空間から引き摺り寄せた己の武器――神霊鎌を、ロプゾンだったものへ薙ぎ払うように振った。
「ぁっ!?」
そのクローディナの一撃で首を絶たれ、ロプゾンだったものは、地面に倒れた。
「――――」
その倒れた物体は、元々ロプゾンだったもので、ロプゾン自身の心はもうなくなっていたのだろう。
しかし、仮にそうだったとしても――知り合いの首を絶ったことに、クローディナは罪悪感を感じずには、いられない。
「ロプゾンさん、ごめんなさ……っ!?」
ロプゾンだったものの死体へと近づき、そしてしゃがみ、クローディナは謝罪の言葉を述べようとする。
だが――その前に、また後ろから察知した複数の殺気に、謝罪の言葉を述べることは許されなかった。
△▼△▼△▼△▼△
<視点 ??????????・?????
??????????・?????・?・????・???????>
―――人が死にました。
名前はカーフィナ・レイヴォズト。
サウヴァンさんと同じCランク冒険者パーティで、彼に恋心を抱いていたようでス。
でスが、報われる前に死んでしまって、悲しい限りでスね。
リア充死んで、バんざーい。
ご冥福をお祈りしまス
△▼△▼△▼△▼△
―――人が死にました。
名前はキルフィ・ラーサンド。
カーフィナさんと同じく、サウヴァンと同じCランク冒険者パーティで、彼に恋心を抱いていたようでス。
こちらも報われる前に死んでしまって、悲しい限りでスね。
リア充死んで、万々歳。
ご冥福をお祈りしまス
△▼△▼△▼△▼△
<side クローディナ>
――クローディナは後ろから感じる複数の殺気に、思わずまた、後ろを振り返った。
「あなたたちは……」
後ろを振り向いて視界に入ったのは、一人の男性と、二人の女性だった。
その一人の緑色の髪に、高身長の男性は――Cランク冒険者パーティのリーダーをしていた、サウヴァン・リトニティ。
そして二人の女性の片方の、桃色の髪のツインテールに、ドレスのような水色の服を着た女性――サウヴァンと同じCランク冒険者パーティで、彼に恋心を抱いていたと噂されていた、カーフィナ・レイヴォズト。
そしてもう片方の、水色の髪のポニーテールに、盗賊のような軽装をした女性――カーフィナと同じく、サウヴァンのパーティで、彼に恋心を抱いていたと噂されていた、キルフィ・ラーサンド。
その三人は全員が真面目で、何事にも全力で、想いも一途の――言わば、冒険者の中の優等生のようなものたちであった。
クローディナも、彼ら彼女らが、これからどう成長するか、楽しみに見ていたというのに――
「なんで……」
――もう、手遅れだというのか。
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<視点 ??????????・?????
??????????・?????・?・????・???????>
―――人が死にました。
名前はレイヴィン・バークアディス。
まだ今年で九歳の子供で、母親の頑張りを見たいがためにギルドへ行って、冒険者たちに殺されたようでス。
あー、血肉の冒険者たちに、でスね。
小さな獲物がいたら殺すのは、平然なものでスからねぇ。
私だって……おっと、話の論点がずれましたね。
母も父も子も、とりあえず皆んな可哀想でスね。
ご冥福をお祈りしまス
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<side クローディナ>
「っ……!」
――見た目は至って生前となんの変わりもないのに、クローディナの危機反応は彼ら彼女らは敵だと、そう告げる。
それに――
「ぁぁ!!」
「ぁ、ぁ?」
「っぁ……!」
――その出された声からして、もうまともな人間とは、クローディナは思えなかった。
「っ……!!」
だからクローディナは、躊躇して攻撃を喰らい傷を負うぐらいなら殺してしまえと、区切りをつけた。
「……ぁ」
その声が、誰の声なのかはわからない。
ただ、わかったのは――クローディナが、その神霊鎌で、その三人の首を切り落としたことぐらいだ。
「――――」
そして、また殺気が来るかと、周りを警戒する。
しかし他の冒険者たちの血肉は、動くことも声を上げることはしないし、する様子もない。
「……ギルドの受付嬢、失格ですね」
周りからの殺気がないことを確認して、クローディナは、そう自嘲気味に言葉を溢した。
――ギルドの受付嬢というのは、冒険者ギルドでの喧嘩や仲間割れを防ぐという役割も、一応ある。
今回の場合は喧嘩でも仲間割れでもなく、謎の異変であった。
だが、それでも――クローディナが役目を果たせず、冒険者たちを見殺しにしたと言っても、過言ではない事件だった。
「なんで……」
――一体、自分が書類の処理をしている間に何が起こったのだろうか。
――全体、そしてその原因がどう働いて、こんな悲惨な事故を起こしたのだろうか。
答えを探そうとしても、これまでこう言った事件は見たことも聞いたこともないので、探そうにも探せない。
そうクローディナが地面に膝をつけ、俯いていると――
「……え?」
――また一つ、殺気を感じた。
その殺気を感じたのは、ギルドの中ではなく、ギルドの入り口ら辺。
と言っても、このギルドは狭く、クローディナの今いる位置からも入り口は見えるので、そこに目を通すと――
「……え?」
――冒険者よりも、明らかに小さな背の女の子がいた。
黒い髪に、黒い瞳に、白い肌に、花柄の小さめのワンピースを着た、背の小さい女の子。
「……ぁぁ」
「あ……」
クローディナのような黒い髪に、クローディナのような黒い瞳に、クローディナのような白い肌に、クローディナが去年の誕生日プレゼントで買ってあげた、花柄の小さめのワンピースを着た、背の小さい女の子。
「……まぁ」
「あ、あ……」
クローディナとアヴァーグネスのような黒い髪に、クローディナとアヴァーグネスのような黒い瞳に、クローディナとアヴァーグネスのような白い肌に、クローディナが去年の誕生日プレゼントで買ってあげて、ものすごく喜んでいた花柄の小さめのワンピースを着た、背の小さい女の子。
「……まま」
「あ、あ、ぁ……?」
発音がままならない口で、自分のことをママと呼ぶ、九歳ぐらいの背の小さい女の子。
「……ママ」
「あ、あ、あ……?」
――嫌でも、わかる。
「……ママ」
「あああ!!」
だから、現実から目を背けたいから。クローディナは神霊鎌を、自分の首へ当てようと――
「――よせ。ディナがいなくなったら、余が来た意味もなくなるであろう」
「へっ?」
――したが、その寸前で、神霊鎌を持つ手を、掴まれる。
そして、彼女は聞いた。
――九年前よりも低くなっていて、九年前よりも威厳が増している、その声を。
――自分のことを、ディナと愛称で呼ぶ、その声を。
「へ……?」
「久しいな。前よりも随分、可愛くなったではないか」
「あ……」
激突にいろいろ起こりすぎて、未だに何が起こっているか、わからないクローディナ。
そんな彼女の目の前にいる、黒髪に黒い瞳の紳士のような黒服を着た高身長の男性は、彼女の顎を掴み、半ば強引に――自分の唇と、クローディナの唇を合わせた。
「あ……」
「さて、目を覚ましたか、ディナ」
「ああ……」
その声に、顔に、匂いに、暖かさに、目から自然と、涙が出てくる。
九年間、会いたくて会いたくて、でも会えなかった最愛の人が、今、自分の目の前にいる。
「アヴァくん……?」
「ああ、そうだ」
「アヴァ、くん……?」
「九年も待たせてすまないな。余もいろいろと忙しかった……というのは、言い訳にしかならないか」
「アヴァくん……!」
クローディナは、その目の前にいる男性――アヴァーグネス・ノア・ノーヴァディを、力一杯、抱きしめた。
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<side アヴァーグネス>
「――しかし、感動の再会を待つとは、貴殿もなかなかに空気が読めるのだな。ディナの娘だったものよ」
「……ぱぱ?」
「ああ、貴殿の母親であったディナの婚約者であるアヴァーグネスだ。立場的には、貴殿の父親になる。――それも、前までの話だが」
散々泣いて、散々喚いて、散々キスした反動が出たのか、クローディナは今、可愛い顔をしながら眠りについている。
そのクローディナをお姫様抱っこし、アヴァーグネスは、目の前にいる女の子を睨みながら、続きを言う。
「ディナに子がいるのは、知っていた。というより、余が襲ったのだからな。知っていないはずがない。それで、いつかは子の顔を拝見したいと思っていたのだが……それが、このような形になるとはな」
「……パパ」
「黒幕……皇帝というのも、随分と厄介な真似をしてくれるものだ。余と直接関わり合いがないとは言え、ディナの子を余の手で殺すというのは、余にはできそうにない。――だが、貴殿の場合は違うな」
「パパ?」
「――血肉に染まった程度の愚物が、ディナの子を名乗るでない」
「パ――」
背の小さな女の子が、何かを言おうとする前に――その地面が、捲れ上がった。
「パぁっ!?」
「改めて自己紹介をしよう。――魔界王であるエクスシーズ・ノア・ユニヴァースの配下、『十魔星』が一角、『暗黒の魔王』の二つ名を持つアヴァーグネス・ノア・ノーヴァディだ」
アヴァーグネスの、その偉大な尊厳を表すような自己紹介の後――その小さな女の子が、捲れ上がった地面を跳び、駆け抜ける。
「パパ」
「うむ。やはりディナの子だけあって、運動神経はなかなかのものか」
「パパ、パパ、パパ!!」
捲れ上がった地面を駆け抜けアヴァーグネスへと接近し、小さな女の子は、アヴァーグネスに蹴りを入れようと――
「――幻影」
「パっ!?」
――して、アヴァーグネスの頭部を蹴るが、お姫様抱っこされていたクローディナごと、アヴァーグネスがそこから瞬時に消え去った。
「パパ……?」
「ファントムは和訳すると幻影だ。英語と国語をしっかりと勉強しろ」
「パパっ!?」
そしてまた突如、小さな女の子の後ろから、アヴァーグネスが現れた。
「パ――」
「――正夢」
――アヴァーグネスのその発言後、小さな女の子の意識は薄れていった。




