6話「チートの家は庭もチート。家族が増えました」
朝、チュンチュンという小鳥たちがさえずっている。
朝チュン……独り寝なのに朝チュンか……。
ふと香ばしい香りが漂ってきた。
醤油で何かを調理している匂いだとすぐに気付いた。
着替えて一階に向かうと、ダイニングテーブルの上に美味しそうな料理が並んでいた。
ぶりの味噌煮、肉じゃが、味噌田楽、筑前煮、目玉焼き、ナスのお味噌汁……!
レトルトをチンしたものではないようだ!
「おはようございます、お嬢様。
昨夜はよくお休みになられましたか?」
キッチンには紺色のエプロンを身に着けたノクテリスさんがいた!
くぅぅぅぅぅ……! 家庭的な姿も似合うぅぅぅ……! 眼福! 眼福!!
じゃなくて……!
「こ、これ、ノクテリスさんが作ったんですか?」
「はい、お嬢様のお口に合えば良いのですが」
ノクテリスさんがニッコリと微笑む。
イケメンの笑顔が朝から眩しい……!
「だって、調理器具の使い方……」
「昨日、お嬢様が使用しているのを見て覚えました」
ええっ? たった一回で……?
「料理のレシピは……」
ぶりの味噌煮なんてレシピを見ても私にも作れないのに……!
「図書室に、この世界のこの世界の言葉に翻訳された本がいくつかございました。
その中に日本の料理について記された本がありましたので、そちらを参考にいたしました」
嘘っ? 料理本を見ただけでこのクオリティの料理が作れるの?
というか、ノクテリスさん一人で図書室に行ったのね。
前世でちらっと立ち読みした可愛らしい表紙だけど、中身はいかがわしい挿絵がいっぱいの小説をまだ処分していなかった……!
昨日私が落とした本の内容を確かめたりしてないよね?
あの本は早めに処分しておこう。
「食材はどうしたんですか……?」
食料庫に玉ねぎや人参やじゃがいもや長ネギはあったけど、ぶりやナスなんてあったかな?
「ぶりは今朝、海で釣って参りました。
ナスは今日、畑で収穫いたしました」
「えっ? 畑で収穫したの?」
魚はともかく、庭の畑にはまだ何も植えてないのに……!
「昨日、お嬢様がお休みになられたあと、屋敷内をくまなく探索いたしました。
納屋に野菜の種がありましたので、図書室の本を見ながら、畑に撒いたのです」
私が寝たあとそんなことをしていたの??
ノクテリスさん、働き者すぎない?
それとも、精霊はみんなこんな感じなのかしら?
「昨日畑に撒いた野菜が、今日収穫できたの?」
ナスってそんなに成長早かったかしら?
「そのようでございます。
論より証拠、ご自分の目で確かめるのが一番かと存じます」
ノクテリスさんに促され、私は窓まで走った。
「ええ……! これって……!」
外を見ると、畑には青々と野菜が茂っていた。
ナスだけじゃなく、トマトや、きゅうりや、とうもろこしもあった……!
「お嬢様の世界の野菜は成長が早いのですね」
「ううん、そんなことはないよ。
多分、この家の畑が普通じゃないんだと思う」
ヒロインとヒーローにとことん楽をさせるために、おそらく肥料なし、虫なし、水なし、手入れなしで、種を撒いた次の日に収穫できる設定になっているのだ。
うーん、チートすぎる。
「お嬢様はもしかして、種を撒くことや、収穫することを楽しみにしていたのでしょうか?
申し訳ございません。
出過ぎた真似をいたしました」
私がうんうん唸っているのを見て、ノクテリスさんは私が不機嫌だと勘違いしたらしい。
「ううん、そんなことないよ!
むしろお野菜を植えてもらえて、朝ご飯まで作ってもらえて、すっごく嬉しいよ!
ノクテリスさんありがとう!
大好き!」
笑顔で感謝を伝えると、ノクテリスさんが頬を赤く染めた。
「わたくしもお嬢様のことをお慕いいたしております」
ノクテリスさんが膝をつき、私の手を取った。
「お嬢様に好意を持っていただけたこと、身に余る光栄にございます」
私、さっきノクテリスさんに「大好き」って言ったんだ……!
「ええと……違うの!
いや、違わないんだけど……!
さっきの『大好き』は、あのお友達としてというか、家族としてというか、仲間としてというか……!
異性としてって訳では……!
だからといってらノクテリスさんを異性として認識してないってことではなくて……!
い、いずれはそうなるかもしれないけど……!
い、今は出会ったばかりだし……!
お互いのことをよく知らないし……!」
テンパって喋りすぎた……!
いらんことを話した……!
ノクテリスさんに引かれたかも……?
ノクテリスさんの顔ををちらりと見る。
彼は穏やかに微笑みを称えていた。
よかった! 気分を害してはいなそう。
「お嬢様にはお心の準備が必要なご様子」
「はい、でもかなり……ノクテリスさんのことは意識してると言いますか……。
お顔が好みといいますか……」
これじゃあ、彼の顔しか見てないみたいじゃない!
「もちろん、内面も好感を持ってます!
じ、時間はかかると思いますが、ノクテリスさんのこと……れ、恋愛として(小声)、大好きになると思います」
「そのようにわたくしを気遣っていただいて光栄に存じます。
では、いずれその時が訪れるまで、お互いのことを知っていきましょう」
ノクテリスさんはスッと立ち上がる。顔が近い……!
彼は優雅な仕草で私の髪を一房掴み、髪に口づけを落とした。
ひゃーー!! やめてーー!! こっちは男性に免疫ないんだから〜〜!!
そんなことされたら、顔がゆでダコみたいに真っ赤になっちゃうよ〜〜!
というか、ノクテリスさんの好感度が上がるの早くない?
ヒロインが召喚した精霊だから?
それともこれがヒロインが持つチートな能力なの??
悪役令嬢がいない世界なら、ヒロインは周囲の男性の好感度をほいほい上げちゃうってこと?
ヒロインがこんな能力持ちなら、悪役令嬢も必要以上に警戒しボッチになるように仕向けるわけだ。
「冷めないうちにお食事にいたしましょう。
食後のデザートも用意してございます」
「わぁ、楽しみ!」
話がそれたことにホッと胸を撫で下ろす。
いつものノクテリスさんだ。
その時、庭から「メー」という鳴き声と「コケコッコー」という鳴き声が聞こえた。
「ノクテリスさん、今の鳴き声って?」
「散歩をしていたとき見つけたので、家畜にしようと飼育小屋に入れておきました。
ご迷惑だったでしょうか?」
「ううん、嬉しいよ。
新鮮なヤギのミルクが飲めちゃうし、卵も食べられちゃう」
卵は冷蔵庫にも入っていたけど、取り立ての卵はまた格別だよね!
あれ? そういえば無人島に野生の鶏やヤギなんかいるのかな?
ノクテリスさんは飛べるから、どこかの島からこっそり拝借してきたのかも?
まあ、細かいことは気にしてもしょうがないよね。
今はかわいい鶏とヤギが家族に加わったことを喜ぼう!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
炊きたてのご飯で食べるぶりの味噌煮は最高だった。
肉じゃがも味噌田楽も筑前煮も目玉焼きもナスのお味噌汁も至高の味だった!
前世で行ったどの食堂のお料理よりも美味しい!
ノクテリスさん、シェフになれちゃうよ!!
さすが50万円課金することで召喚された精霊!
スペックが私の想像の遥かに上を行っているわ!
ノクテリスさんが用意してくれたデザートは、大福とみたらし団子だった。
小豆ともち米があるのは知ってたけど、まさか大福とみたらし団子になって出てくるとは思わなかった。
小豆を焦がさずに煮るスキルを持っているとは、ノクテリスさん恐るべし!
食後に冷蔵庫と食料庫を確認したら、使ったはずの食材が復活していた。
シャンプーも石鹸も、昨日使用したから減っているはずなのに満タンだった。
確か説明書には、この家にはオート修復機能があると記されていた。
もしかして、使ったものが次の日に復活してるのもオート修復機能の効果?
うわ〜〜! だとしたらすっごい嬉しい! 超超チートアイテムじゃない!
お米の在庫を気にしながらご飯を食べなくていいなんて素晴らしすぎる!
好きなだけ白米を食べられるんだぁ!
玄米や、赤飯や、味ご飯も食べられちゃう!
無限に回復するならお店も開けちゃうなぁ。
この国では私はお尋ね者だからお店は出せないけど、遠い大陸に行けば誰も私のことを知らないはず。
ほとぼりが覚めたら、祖国からうんと離れた大陸に家ごと移動して日本食のお店を開いちゃおうかな?
食後の緑茶を啜りながら、私はそんなことを考えていた。




