10話「邪神デスファールト」
――ヒロイン・ジゼルサイド――
新聞記事によると、アヴェリーナ一行はホーエンベルク王国の北に位置する死の山に向かい、そこで消息が途絶えたらしい。
死の山か……邪神が封印されていてもおかしくない名前ね。
ティリスは私をお姫様抱っこしたまま飛行し、ホーエンベルク王国を北上し死の山を目指していた。
街道には荷馬車を押したり、重そうなリュックサックを背負ったり、両手にバックをかかえたり、子どもの手を引いたりしながら南に向かっている人達の列があった。
どうやら邪神の復活を知って、北にある街や村から逃げてきた人々のようだ。
この人達の為にも、邪神を倒さなくては!
やがて点在していた街や村が見えなくなり、街道も途切れ、草木も生えない荒野に入った。
荒野の遥か先に険しい山が見える。
あれがおそらく死の山だろう。
アヴェリーナ一行はあの山に行ったきり戻らないのよね……。
邪神に殺されたのか、捕らえられたのか、それとも逃げ出したのか……私にはわからない。
彼らが今どうしていようと関係ない。
私はティリスやフェンリルやケット・シーとの平穏な生活を守るために、邪神と戦うだけだ。
◇◇◇◇◇
そうしているうちに死の山に到着した。
富士山ぐらいの高さがある気がする。
山頂に降り立ち付近を捜索すると、洞窟があった。
どうやらあそこが邪神の間に続く入口らしい。
やっぱり空を飛べる仲間がいるって便利。
正直、あの荒野を徒歩で抜け、この山を登ってくるのは、骨が折れたと思う。
下手すると邪神と戦う前に心が折れてしまう。
敵に倒されるならまだしも、荒野や山に心を折られ敗走したのでは締まらない。
洞窟の前に立つと、禍々しい邪気を感じた。
周囲のエネルギーを吸収するかのように、風が洞窟の奥に向かって吹いている。
「ジゼル、何があっても私の側を離れないでくださいね」
ティリスが私の手を握る。
ティリスのいつになく真剣な表情に、心臓がトクンと音を立てる。
「うん、わかったわ。
ティリスも気を付けてね」
ティリスは周囲の様子を慎重に確認し、洞窟の中に足を踏み入れた。
私もティリスに続いて洞窟の中に入る。
ゲームの仕様なのか、魔法の効果なのか、洞窟の中は思いのほか明るかった。
これなら、松明もランプも必要なさそうだ。
しばらく進むと、下り階段があった。
長い長い螺旋階段が地の底まで続いている。
山を登った後、また降りるというのは中々にメンタルにくる作りになっている。
空を飛んで山頂までこなかったら、心を折られていたかもしれない。
アヴェリーナ一行は、心を折られることなく邪気の元へたどり着いたのかしら?
だとしたら、その根性は称賛するわ。
そんなことを考えながら、一歩一歩階段を降りていく。
階段が終わると、開けた場所に出た。
そこには、禍々しい大きな扉があった。
上下左右の長さが普通の扉の2倍はある。
中から禍々しいほど邪悪な気配を感じる。
間違いない。
この奥に邪神デスファールトがいる。
一本道で助かった。
洞窟の中が迷宮になってたら、ここまでたどり着けなかったかもしれない。
ティリスが険しい表情で扉を見つめている。
彼の闘志が握った手から伝わってくる。
ティリスは頼もしい味方だ。
でも、世の中に絶対はない。
「あのね、ティリス。
お願いがあるの」
「ジゼル様、どうしました?」
「私は聖女だし、この世界のヒロインだから絶対死なない自信があるわ。
だけどティリスは違う。
だから……。
危なくなったらティリス一人で逃げてね」
本当は死なない自信なんてない。
気を抜くと足はがくがくと音を立てて震えそうだし、心臓は口から飛び出しそうだし、冷や汗だって止まらない。
だけど私はこの世界のヒロインだから、逃げるわけにはいかない。
でも、ティリスは違う。
無人島に戻って家の中に籠っていれば助かる。
あの家には結界がある。
精霊の寿命は知らないけど、あの家の中にいれば、少なくとも50年は生きられる。
そこでフェンリルたちと穏やかに暮らしてほしい。
「私は、好きな人には死んでほしくないの」
「それはわたくしも同じ気持ちです、ジゼル様。
いえ、ジゼル」
初めて彼に名前を呼び捨てにされた。
そんなことで胸がキュンとしてしまう。
戦いの前だというのに、不謹慎かしら?
「私はヒロインだから死なないってば」
「体を小刻みに震わせて、手に汗をかきながら言う人の言葉など信用できません」
うっ……私が虚勢を張ったのがバレてる。
「それに、心臓の鼓動も早くなっております」
ティリスが私を抱きしめた。
私の心臓の鼓動が早いのは、ティリスが抱きしめたせいもある。
「何があってもわたくしがジゼルを死なせません。
わたくしはその為に存在しているのですから」
見上げると、ティリスの瞳には強い意思が宿っていた。
ティリスはヒロインを守る為に作られた存在。
私をおいて逃げるわけがない。
あ~あ~、ティリスだけには生き延びてほしかったんだけどな。
「じゃあ、方法は一つだね。
邪神を倒して二人で生還する」
私はティリスに向かってにっこりと微笑みかける。
「もとより、それ以外の道は考えておりません」
ティリスも穏やかな笑みを浮かべた。
こうなったら、ティリスを守るしかない!
絶対絶対絶対絶対絶対にティリスと一緒に無人島に帰る!
フェンリルやケット・シーのもふもふを堪能する!
毎朝鶏の声で起きたいし、ヤギの新鮮なミルクだって飲みたい!
邪神を倒して、あの穏やかな日常に戻るんだ!
そう思うだけで力が湧いてくる気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ティリスが重そうな扉を開けると、厳かな作りの謁見の間のような空間だった。
ただし人間とは趣味が違うようで、ドクロとか悪魔の像とかが並んでいて、とても悪趣味だった。
部屋の奥、数段高くなった場所に玉座が配置されていて、そこに男性が座っていた。
銀色の長髪に、金色の鋭い目、人間離れした整った容姿。
白いジュストコールを纏っているが、胸の前がはだけていて鍛え上げられた腹筋が覗いていた。
超絶美形の敵キャラ。
足を組んで玉座にふんぞりかえっている姿は、そこはかとなく色気が漂っている。
きっと前世では、彼目当てのファンもいたんじゃないかな。
私の好みではないけど。
偉そうな態度のいじめっ子タイプは苦手なのだ。
「よく来たな。
聖女ジゼル、待ちかねたぞ。
我が名は邪神デスファールト。
世界の全てを破壊するもの」
邪神が含みのある笑みを浮かべ、金色の瞳で私を見据える。
上から下まで値踏みされるように見られて、正直気分が悪い。
「ジゼルだけでなくわたくしもいます」
邪神の視線に気づき、ティリスが私の前に立った。
「闇の精霊ノクテリスか……。
人の世にめったに姿を見せない精霊を味方に付けるとは、
聖女は男をたらしこむのがうまいらしい」
邪神が蔑むような目で私を見る。挑発に乗ってはだめ。
「邪神デスファールト!
今日がお前の最後よ!」
私は剣を構える。
「威勢がよいな。
先に来たものも威勢だけはよかった」
「えっ?」
「あまりに暇なので、先に他の人間と遊んでいた」
邪神が目線を送った先には、五体の石像が立っていた。
石像の顔には見覚えがある。
公爵令嬢アヴェリーナ、王太子ラインハルト、宰相の息子フリッツ、魔術師団長の息子ルイ、騎士団長の息子ジャックの5人だ!
どうやら逃げず、諦めず、邪神の元までたどり着いていたようだ。
「彼らをどうしたの?」
私は邪神に向けて剣を構える。
「奴らは我を封印しようとして失敗し、我に石にされたのだ」
邪神は石像を見てフッと鼻で笑った。
「聖女でもないただの人間が、我に敵うと思ったのか?
笑わせる」
邪神が目を細め、馬鹿にするように笑った。
「例え力がなくても、国と民を守るために彼らは戦った。
私は彼らを立派だと思うわ!」
彼らの名誉を守る筋はない。だけど、私以外の国民にとって彼らは善良な勇気ある若者で、理想の統治者に違いない。
「そんな彼らの勇気をあなたに笑う資格はないわ!」
「流石聖女、自分を罠にかけた人間に対しても優しいな」
邪神がくくっと声を上げ見下したように笑う。
学園での一件を邪神も知っているようだ。
アヴェリーナから聞いたのか、どこかからこっそり見ていたのかは私にはわからない。
「こいつらには石になっても意識がある。
視力も人間の時と同じようにある。
体が動かせないのに意識だけがあるというのは、中々苦痛らしい。
こいつらは生きながら地獄を味わっているのだ。
聖女であるお前に冤罪をかけるような愚か者には、ふさわしい末路だ。
そう思わないか?」
なるほど、彼らは石像にされても意識があるのね。
邪神が嗜虐趣味でよかった。
見たところ石像は五体ともどこもかけていない。
邪神を倒せば、元に戻すことができるはずだ。
助けることができる。
それが分かっただけでも収穫だ。
「私はそんなふうには思わないわ!」
「つまらん反応だな。
もっと嬉しそうな顔をすると思っていたのに」
「彼らにはあまり良い思い出はないわ。
だけど学園の同期が石像にされて生き地獄を味わっているのを見て、喜ぶ趣味は私にはないわ!」
彼らは仲間ではない。
でも、知り合いが石像にされて苦しんでいるのを見て笑うほど、私は嫌な人間ではない。
「なるほど、これは失礼した。
お前にとってこいつらは、そこそこ価値があるようだな」
言葉とは裏腹に、邪神は楽しそうな表情をしていた。謝罪は口だけのようだ。
「どれか一体破壊してみるか?
そうすれば、お前は顔色の一つも変えてくれるかな?」
邪神が腕を石像に向けた。
こいつ、性格悪い!!
悪役令嬢とその取り巻きは、私に冤罪をかけられ断罪した。
仲間というより敵の立ち位置だ。
だけど、彼らは私と同じ人間だ。
「邪神デスファールト!
彼らに触れることは許さない!」
私は邪神に向けて剣を構える。
「彼らのことは嫌いだけど、この国の人にとって彼らは希望なの!
それに、彼らには帰りを待ってる家族がいるはず!
目の前で同族が命を奪われそうになって、知らんぷりできるほど私は冷徹じゃないわ!」
私は邪神に向かって突進した。
数歩歩いたとき、目の前の段差に気づかず思い切り躓いてしまった!
読んで下さりありがとうございます。
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