1話「絶体絶命! 精霊召喚!」
「平民の娘、ジゼル!
貴様の悪事の証拠は掴んでいる!
もはや言い逃れはできない!
観念するんだな!」
私が乙女ゲームのヒロインであるジゼルに転生したと気づいたのは、卒業パーティーの会場で悪役令嬢と攻略対象に囲まれ、断罪されているときだった。
どうやらここは、ヒロインより先に前世の記憶を取り戻した悪役令嬢に攻略された世界だったようだ。
悪役令嬢こと公爵令嬢アヴェリーナ・グランベールが、美しい顔を歪め、私を見下すように見つめている。
彼女の周りには、王太子ラインハルト、宰相の息子フリッツ、魔術師団長の息子ルイ、騎士団長の息子ジャックがいた。
彼らは眉間にしわを寄せ、親の敵でも見るような目つきで私を睨んでいる。
「公爵令嬢アヴェリーナ・グランベールに対する非礼の数々、誠に許しがたい!
貴様の罪は万死に値する!」
王太子は悪役令嬢の肩を抱き、私を指差すとそう叫んだ。
宰相の息子と、魔術師団長の息子と、騎士団長の息子が、悪役令嬢を庇うように前に立つ。
どうやら、王太子をメインの攻略対象とするハーレムルートが完成しているようだ。
悪役令嬢が前世の記憶持ちで、ヒロインより前に記憶を取り戻してるとかズルすぎるよ!
悪役令嬢は身分、容姿、スタイル、財力、知能の全てが高スペック!
その上、攻略対象者たちとはヒロインより先に出会う。
だから彼らの好感度が上がらないように、意地悪で高飛車な性格なんじゃん。
外見は高スペック!(赤い髪を腰まで伸ばしたやや吊り目勝ちの美人+ボン・キュッ・ボンのナイスバディ)
中身は前世日本人の庶民的な女の子(推測)、しかも攻略対象のトラウマとそれを癒やすすべを知っている。
そんなギャップ萌え&癒やし系スペック持ちの完璧美少女に勝てるわけないじゃん!
ヒロインの名前がジゼルで、悪役令嬢の名前がアヴェリーナ・グランベールということは、ここは前世でプレイした乙女ゲーム「恋の天秤を傾けて、私だけを愛して!」略して「恋天」の世界だ!
タイトルに「天秤を傾けて」……とあるのは、ヒロインの好感度が上がると、自動的に悪役令嬢の好感度が下がる仕様だからだ。
つまり、その逆もしかり。
悪役令嬢の好感度が上がれば、自動的にヒロインの好感度は下がる。
アヴェリーナが入学時点で前世の記憶を取り戻し、攻略対象のハートを掴んでいるとしたら、入学時点で攻略対象者達の私の好感度は地の底だ。
私がもっと早くに前世の記憶を取り戻していたとしても、勝ち目はないってこと。
わ〜〜! これ、入学前から詰んでる奴だ!
悪役令嬢に前世の知識を渡すとか、虎に翼を与えるようなもんだよ!
いや、虎に翼と人間の知能と機関銃を与えるようなもんだよ!
ズルいよ〜〜!
ズルすぎるよ〜〜!
つうか私、入学してから何もしてないよ!?
ジゼルとして生きていたときの記憶をたどっても、悪役令嬢や攻略対象に一切関わってない。
普通に学園に通ってただけだよ。
それなのに何で断罪されてるの……?
クラスメイトに話しかけても無視されて、廊下を歩いてると周りからヒソヒソ言われることはあったけど、貴族の学院に平民がいるのが目障りなんだと思ってた。
もしかして、悪役令嬢が裏で手を回して私の悪い噂を流してたとか……?
逆ハーレムにたどり着く為の悪役令嬢の策略?
そこはせめて、ヒロインと悪役令嬢の友情エンドにしようよ!
そうすれば、誰も傷つかないじゃん!
「衛兵!
ジゼルを捕らえよ!」
そんなことを考えているうちに、王太子が兵に命をくだしていた。
王太子は金髪のサラサラショートカットに、青い瞳を持つ美少年。
前世の私は高貴な風貌で、優しく微笑む王太子にときめいていた。
しかし! 現世での彼は眉間に皺を寄せ、私を親の敵を見るような目で睨み、命を狙ってくる敵!
なので全くときめかない!
それは他の攻略対象も同じだ。
まずい……!
このままだと、裁判にかけられることなく王太子の独断で処罰されちゃう!?
ゲームのエンディングでは、囚われた悪役令嬢は国外追放にされていた。
絶大な権力を持つ、グランベール公爵家のご令嬢であるアヴェリーナがそんな目に遭うんだ!
平民の私はどんな目に遭わされるかわからない!
最悪、拷問の末に市中引き回しの上に打ち首獄門さらし首にされるかも……!?
終わった……! 私の人生終わった!
短い人生だったな……!
せっかくピンクのふんふわな髪に水色の瞳を持つ、儚げな超絶美少女ヒロインに転生したのに、恋もせずに死ぬなんて嫌ーー!!
誰か……!
誰でもいいから助けて……!!
『アイテムを購入しますか?
現在の課金額:505,120円。
課金残額:505,120円』
その時、天から機械的な声が聞こえた。
これって……?
思い出した!
私、この声を前にも一度聞いている……!
前世の私は幽霊と泥棒が出るような、日の当たらないオンボロアパートに暮らす冴えないOLだった。
生活費を切り詰めて、引っ越しの為にコツコツ貯金して。
貯金額が50万円を超えたから次のアパートを探そうとしたとき……後ろから歩いてきた人にぶつかって、駅の階段から落ちて死んだんだ。
そういえば私、死ぬ寸前に『乙女ゲームの世界に招待します。あなたはヒロインに転生します。課金すれば特別なアイテムを購入することも可能です。課金しますか?』という謎の声が聞こえて……。
貯金50万円を全部課金したんだった……!
『繰り返します。
課金残額:505,120円。
アイテムを購入しますか?』
「します!
アイテムを購入します!」
『承知しました。
アイテムの一覧を表示します。
何をいくつ購入しますか?』
目の前にウィンドウが表示され、アイテムが高額順にずらーーと表示される。
そうしてる間にも衛兵が迫ってくる。
このままだと牢屋に入れられて、石を膝に乗せられ、顔に焼きごてとかされちゃう……!(時代劇で見た!)
「何でもいいからここから助け出してくれる凄いアイテム出して……!」
『了承しました。
課金額50万円を消費し、闇の精霊ノクテリスを召喚します』
私が叫んだのとほぼ同じ瞬間、ウィンドウが光り、中から人らしきものが出てきた。
長身で、スリムだけど多分鍛えられてそうな身体。
黒い髪を後ろで束ね、理知的で涼やかな緑の目。
黒のジュストコールを上品に着こなしたその人は、私の前で穏やかに微笑んでいた。
「闇の精霊ノクテリス、お呼びにより参上仕りました。
ジゼルお嬢様」
ノクテリスと名乗ったその人は、私の前に跪き、優雅な仕草で私の手を取った。
突如、人が現れたことに周囲の人間は動揺している。
「ジゼルが召喚魔法を使った!
奴はきっと悪魔の手先に違いない!
召喚した魔物ごとジゼルを捕らえよ!」
王太子はノクテリスを魔物、私を悪魔の手先と判断したようだ。
「おやおや、外野が少々うるさいようですね。
私の手で粛清いたしましょうか?」
そう言って立ち上がり、目を細めたノクテリスさんの目は、スリッパでゴキブリを叩き殺すときのママみたいな目をしていた。
ノクテリスさんは王太子とその他大勢を害虫と判定したみたい。
あかん……!
このままだと、全員殺されちゃう!
前世で平和な日本に暮らしていて現世でも平民だった私は、人に殺される覚悟も、人を殺す覚悟も持っていない。
「駄目! 誰も殺さないで!
私を連れてここから逃げてくれればそれでいいから!」
仮令相手が私を殺そうと刃を向けても、自分が相手に刃を向ける覚悟なんて出来ないよ!
「承知いたしました、お嬢様」
そういうとノクテリスさんは、私を軽々と抱き上げた。
前世を含めて人生初のお姫様抱っこに、こんな状況だけど心臓がドキドキしてしまう。
「お嬢様、しっかりと私にお掴まりください」
私はノクテリスさんの肩に腕を回した。
前世でも現世でも恋人がいなかった私は、男性とこんなに密着するのは初めてで……手が震えてしまう。
「では、参りますよ」
ノクテリスさんは私を安心させるようにニッコリと笑うと、会場に集まった人々を避けるように飛び、窓を割って外に飛び出した。
「待てーー! 悪魔の手先! 逃げるなーー!」
会場からそんな声が聞こえたが、もちろん待つわけがない。
ノクテリスさんは私を連れて高速で空を飛行する。
あっという間に王都は豆粒ほど、小さくなっていた。
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