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(番外編)英雄の骨休め

ずいぶん時間が空いて申し訳ありません。

久しぶりの番外編となります。

今回は…本編で回収しきれなかった伏線の、一部回収的なお話となります。

 ここは、ハインツ公国の公都ハイデンブングから少し離れた草原。

 そこにできた…大地がむき出しになっただけの道とも呼べないような道を、三人組の男性が馬に跨ってゆっくりと闊歩していた。



 この三人組。

 見る人が見れば、とんでもない武力の持ち主だということがすぐに分かっただろう。

 もしこの場に獣や…下級の魔獣が居たら、すぐにでも逃げ出したはずだ。

 それくらい…尋常でないオーラを放つ三人組であった。



「いやぁ、それにしてもあのチンケな国にしては盛大な歓迎だったな!」


 三人組のうちの一人。燃え盛る炎のような逆髪に、鋭い目つきをした男…ガウェインがニヤリとしながらそう言った。


「そう言うなよガウェイン。普通は…自国の王子や姫が『天使』になったって言ったら大騒ぎになるのは当たり前なんだからさ」

「けっ!あいかわらずレイダーは甘ちゃんだな!」

「まぁまぁガウェインさん。そう言わなくてもいいじゃないですか。それとも…柄にもなく歓迎されて照れてるんですか?」

「うっせーな!黙れやトカゲ野郎!串焼きにして食っちまうぞ!?」

「おお、怖い怖い。いくら私が人間ではないとは言っても『水龍』ですからね、火は弱点なのですよ?」



 そう、軽口を叩き合う彼ら三人は…

 今をときめく冒険者チーム『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーだったのだ。

 リーダーである『英雄レジェンド』レイダー。

 最強の戦士と名高い『野獣ワイルド』ガウェイン。

 天才魔導士『氷竜アイスドラゴン』ウェーバー。



 …だが、このメンバーの中に、本来は居るべき二人が居ない。

うら若き魔女プリティウイッチ』ベルベットと、『漆黒の聖母レイヴンマドンナ』パシュミナだ。




 実は彼女ら二人は、先日救出されたパシュミナの妹…プリムラを『安全な場所』へ送り届けるために別行動をしていた。

 安全な場所…すなわち『ユニヴァース魔法学園』へ。


 そのためには、卒業生であるベルベットが行くのが良いだろうと判断したのと、レイダーたちが行くと大騒ぎになってしまうので、今回は別行動を取ることにしたのだった。





「それにしてもよぉ。ベルベットの嬢ちゃんとパシュミナとその妹、女三人だけで行かせて良かったのか?」

「ベルベットもパシュミナも、身の心配をするほどヤワなやつじゃないさ。それに…『精神呪縛』から解放されたばかりのベルベットの妹プリムラは、精神も不安定だろう?だったら、女性だけのほうが安心するんじゃないか?」

「ふーん、そんなもんかねぇ…」

「…それだけじゃないでしょう?レイダーさん」



氷竜アイスドラゴン』ウェーバーの勿体ぶった言い方に、フッと苦笑いを浮かべるレイダー。



「なんだ?なんか他に理由があんのか?」

「レイダーさんはですね、ロジスティコス学園長に会いたくなかったのですよ。会うと…口を滑らせてしまいそうだったから、ね」

「…おいおい、そりゃ一体どういうことだ?」


 ガウェインの反応に「はぁーっ」と大げさにため息をつくウェーバー。明らかに小馬鹿にした態度だ。

 その様子にカチンときたガウェインがウェーバーに喰ってかかる。


「おいコラてめぇ!トカゲ野郎!はっきり言いやがれ!」

「…ガウェインさん、あなた本当に分かっていないのですか?自分があの『魔迷宮』で見た・・ものの意味・・を」

「あぁ!?魔迷宮で見たものだぁ?そりゃあ…エリスの嬢ちゃんが『天使の歌』に覚醒したことか?」


 その一言に、ウェーバーは目も当てられないといった様子で大げさに目を覆って頭を振った。救いを求めるようにレイダーに話を振る。


「…レイダーさん。彼の認識はこの程度みたいですよ?」

「ふふふ、良いじゃないか。ガウェインらしくて」

「おいおい、レイダーてめぇまでなに悟った顔してやがんだよ!ハッキリ言えよ!」


 胸ぐらを掴んで牙を向いてくるガウェインの手をやんわりと外すと、レイダーは目線をウェーバーに送った。

 察したウェーバーは、頭をポリポリかきながら、ゆっくりとその口を開いた。


「…ガウェインさん。あなた、あの迷宮でのティーナさんの姿を見て、何も思わなかったのですか?」

「あぁ!?ティーナ?あいつなんかやってたか?」

「…はぁ、これですよ。あなたはあのとき、ティーナが七枚の翼をその背に具現化させた姿を見て、何も思わなかったのですか?」







 ウェーバーの言葉に、ガウェインは目をパチクリさせた。

 そしておもむろに横にいるレイダーの顔を見る。


「…覚えてねぇ」


 ずるっ。


 レイダーとウェーバーは思わずズッコケて、馬から滑り落ちそうになってしまった。













 その後、日が落ちてきたので、レイダーたち三人はその場で野宿することにした。

 見晴らしの良い場所にある大きな木を見つけ、その根元で野営の準備をする。


 そして、焚き火にあたりながら、干し肉を焼き、乾パンを食べ、酒を飲んだ。





 …彼らにしてみると、このような野宿は久しぶりであった。

 ベルベットがパーティメンバーに入ってから、「あなたたち!レディにこんな野蛮な生活をさせるつもりっ!?」と言われて、きちんとした宿を取ることが多かったからだ。

 だが、久しぶりにやってみると中々に楽しいもので…彼らは多いに愉しみながら、飲んで食べた。






「おぅ、ところで昼に話してたやつだが…ティーナの翼が七枚あったって話?なにが問題なんだ?」


 かなり酔いも回ってきたころ、ガウェインが思い出したかのように昼間の話題を口にした。

 呆れた表情を浮かべながらウェーバーがそれに応じる。


「ガウェインさん。あなたまだそれを言いますか。それでは聞きますけど…あなたはこれまで、『複数枚の翼を持つ天使や悪魔』を見たことがありますか?」

「…ねぇな」

「…だったら不思議だって思いませんか?」

「あぁん?別に…思わないぜ。なにせ俺の周りには『規格外』ばっかりいやがるからな。『天使の器オーブ』を三つ使える奴もいるんだったら、羽が七枚生えてるやつがいても…別におかしくはねぇだろう?」


 あまりにも乱暴なガウェインの論理に、ウェーバーは目を白黒させた。レイダーに至っては思わず爆笑してしまう。


「あっはっは!さすがはガウェインだ!お前の言うとおりだ!」

「だろう?お前ら難しく考えすぎだぜ。もっとシンプルに生きろよな!」


 その一言に、しかめっ面をしていたウェーバーも思わず噴き出してしまった。


「…まったく、ガウェインさんにはかないませんね。良いですか、ガウェインさん。この世界の歴史上、『二翼以外の翼を持つ天使』が確認された事例は無いのですよ」

「…ほぅ」


 その言葉に、ガウェインはようやく真剣な表情を浮かべる。



 歴史上確認されたことがない。

 しかもそれを、他でもないウェーバーが言う。

 その事実が、彼の語る言葉に重みを持たせていることに気付いたのだ。



「…おいウェーバー。おまえさん、年齢いくつだっけ?」

「私ですか?確か今年で…576歳でしたかねぇ。私は魔獣『古龍エルダードレイク』ではありますが、その中では一番若かったのですよ?まぁもっとも、今では『古龍エルダードレイク』は私と…もうひとりしか生き残っていませんけどね」

「んなことまで聞いてねーよ。その、576年を生きてきたお前が…これまでの歴史上聞いたことがないって言うんだな?」

「…ええ、そうですよ」

「試しに聞くが、複数の『天使の器オーブ』に選ばれた天使ってのは、これまでどれくらいいる?」

「極めて稀ですね。歴史上数名でしょうか?ですので…稀ではありますが、皆無ではありません。レイダーさん以外では、例えば…かつて世界を混乱に陥れた『原罪オリジナル・シン』アンクロフィクサなどがそうでしたね」


 ウェーバーのその説明に、ガウェインは少し押し黙ってしまった。

 ようやく彼にことの重大さに気付いてもらえたことに、ウェーバーは安堵の笑みを浮かべる。

 だが今度は…ウェーバーが思ってもいなかった質問をガウェインがしてきた。



「…そしたらよぉ、ウェーバー。お前さんはさっき『二枚以外の翼を持つ天使・・は歴史上いなかった』と言ったな?だったら…悪魔・・ではどうなんだ?」



 想定外の質問に、思わずウェーバーはレイダーと目を合わせてしまう。

 よもや…その言葉が、ガウェインから出るとは思っていなかったのだ。



「ガウェインさん、あなたは…無関心のように見えて、いきなりストレートに核心をついてきますね」

「へんっ!変なおべっかはいらねぇよ。それで…どうなんだ?いるのか?」

「ええ、居ます。…いえ、居ました」

「そいつは…誰なんだ?」


 ガウェインのその質問に答えたのは、レイダーだった。

 レイダーは、少し困ったような表情を浮かべながら、ゆっくりとある固有名詞を口にした。


「………グイン=バルバトス」

「…あぁん?なんだって?」

「だから、『魔王』グイン=バルバトスだ。彼…いや彼女は、12翼の翼を持っていたんだよ」

「………おいおい、マジかよ」


 さすがのガウェインも…この時点で完全にレイダーらがティーナのことを問題視している理由が理解できた。



 500年以上生きてきたウェーバーをもってしても、これまで二枚以外の翼を持つ天使や悪魔の存在を、これまでたった二つの例でしか知らないと言った。

 それが…ティーナと『魔王』グイン=バルバトスしかいないというのだ。



 そうであれば、誰であれすぐに簡単な仮説が浮かぶ。

 ガウェインはその仮説を、躊躇することなく口にした。


「それじゃあティーナは…『魔王』の血縁なのか?」

「わからない。ただはっきりしているのは、ティーナは人間だということ。それから…『魔王』が滅びたのは20年以上前。対してティーナは16歳。直接の娘ということは、時間軸的にありえないってことだ」

「…ティーナの素性は分かってないのか?」


 その質問には、今度はウェーバーが答えた。手にした酒入りのカップをぐいっと一飲みする。


「分かっていません。どうやらティーナさんは、10歳より前の記憶を…養母であるデイズさんに封印されているそうなのです。18歳の誕生日に記憶の封印を解く予定だそうですが」

「今度はデイズばーさんか。たしかロジスティコスのじじいの別れた奥さんだったよな。それじゃあロジスティコスのじじいは、ティーナのこと詳しく知らないのか?」


 レイダーはその質問に静かに頭を振った。


「わからない。だが、デイズさんがティーナを育て始めたのは、二人が離婚した後だ。…恐らくは知らないのだろう」

「そうか、だからお前はロジスティコスのじじいに会いたがってなかったのか!」


 ここでようやくガウェインは合点がいったとばかりに平手を打った。


「おいレイダー!お前さん、今ロジスティコスのじじいに会ったら、うっかりティーナの翼のことを話しちまうって思ったんだろう?だが、それが…良い結果を生むとは思えないから、今はまだ話したくなかったんだろう?だから会いたくなかったんだろう?」

「…ああ、そのとおりだ」

「ぎゃはははは!」



 レイダーが苦渋の表情を浮かべるさまを、ガウェインは面白おかしそうに眺めた。

 それは、『英雄レジェンド』とまで言われたこの男が、仲間にすらめったに見せない表情だったから。



「おいレイダー!お前さんは相当ティーナが気に入ったみたいだな!あの娘が…有無を言わさず『魔王』の関係者と見られるのが嫌だったんだろう?まぁ確かに良い子だったよな」


 ガウェインのその評価に、ウェーバーも頷き同意する。


「ええ、そうですね。ティーナさんは…自分の『七枚の翼』が疑義を呼ぶことを承知したうえで、あの王子を助けるために『真の姿』をさらけ出しましたからね。そんな人が…かつて世界を滅ぼそうとした『魔王』に関係するとは思えません」

「へへん。だから…その事実関係がハッキリするまで、お前さんたちは『様子見』するって決めたんだな!」

「…そうだ」


 レイダーの発言に、ガウェインは手に持っていたカップをがんっと地面に叩きつけた。

 ニヤリと笑いながら、レイダーとウェーバーを睨みつける。


「…俺も乗った!あのティーナの嬢ちゃんの心意気は、俺も気に入ってんだ。あの嬢ちゃんの素性がハッキリするまでは、温かく見守ってやろうじゃないか!」

「そうですね。幸い…友人には恵まれているみたいですしね」


 ウェーバーのその言葉に、レイダーはふっと笑みをこぼす。


「…そうだな。ティーナは友人に恵まれているようだ。確か…エリスやハインツの双子は来年『魔法学園』だったな」

「あぁ、そういえばレイダーさん。あなたの妹さんもエリスさんたちと同じ歳でしたね?来年『魔法学園』ですか?」

「ああ、その予定と聞いている」

「ほぉー、そいつは面白えぢゃねーか。ってことは…お前さんの妹の友達の、化け物じみたあの娘も学園行きか?」

「はははは、化け物じみた、か。ガウェインにそう言われたら彼女も可哀想だな」


 レイダーは笑いながら、一人の少女の存在を思い出していた。

 妹の友人であり、ガウェインをして『化け物じみた』と言わしめた…あの少女を。

 だが確かに、彼女は様々な意味でいびつな存在だった。


 そんな彼女も、妹と一緒に学園へ行くと聞いていた。

 そのことで…エリスやハインツの双子、そしてティーナに出会い、何かが大きく動いて行くのではないか。

 レイダーは、そんな感覚を抱いていた。

 奇しくも彼女らは同年代であり、そして偶然にも『魔法学園』へと集まって行くことになっている。

 それはまるで、運命に導かれているかのように…


 レイダーはそんなことを考えながら、手にしたカップの酒を一気にあおったのだった。







「…ところで、これからどうしますか?」


 ウェーバーの何気ない問いかけに、レイダーは思案しながら夜空を見上げた。


「そうだな…今は半年にも渡った『悪魔団体の壊滅ミッション』が完遂したばかりだから、特に目的も無いな」

「だったらよ、ブリガディア王国に行かねぇか?」

「ほぅ、ガウェインさんが何処かに行きたいと言うなんて珍しいですね」

「あぁ、ちょっと…試合ってみたいヤツが居るんだ」


 ガウェインのその台詞に、ウェーバーは少しからかうような表情を浮かべた。

 なにせ、『世界最強の戦士』と呼ばれる彼に試合を挑まれるなど、不幸以外のなにものでもないからだ。


「それで…あなたに戦いを挑まれる不幸な人はどんな人なんですか?」

「あぁ、なんでもブリガディア王国の騎士学校にいるらしい。まだ16歳だったかな?赤毛の嬢ちゃん…バレンシアによると、俺並みに強いんだとさ」

「…いくらなんでも、若すぎませんか?」

「あん?別に今は強くなくたっていいよ。俺に匹敵するくらいに成長する可能性を秘めてるんならな」

「ほほぅ、そうですか。それで…その青年の名前はなんて言うんですか?」

「名前か、たしか…シリウスだったかな。なんでも『剣狼』スラーフが幼い頃から鍛え上げた逸材で、騎士学校では現役の騎士でも敵うものも居なくなっちまって、その歳で『剣聖』とか呼ばれていているらしいぜ」

「『魔戦争の英雄』の一人『剣狼』スラーフの秘蔵っ子で、大陸最強と名高いブリガディア騎士団の騎士で既に敵うものが居ないほどの逸材ですか…それは、もしかしたら本物かもしれませんね」

「んまぁ、期待し過ぎは禁物さ。これまでも何度も失望させられてきたからな」


 そのとき、レイダーがパンッと手を叩いた。

 思わずレイダーの方を見る二人。


「わかった!それじゃあガウェインの望みを叶えるとしようか!どうせ差し迫った事態も無いしな…」

「レイダーさん。それじゃあ…」

「ああ、次の目的地は、ブリガディア王国の首都ハイペリオンだ!」

「ヒャッホー!さっすがレイダー、話が分かるやつだぜ!ククッ、どんな美味しいヤツなのか、いまから楽しみだぜ!」


 そして、再び酒の杯を重ねる三人。

 時折笑い声が、誰も居ないこの地に響き渡る。


 …彼らの表情はとても楽しげで、まるで初めてのキャンプを愉しむ若者たちのようであった。







 こうして、現役最強の冒険者チームと呼ばれる『明日への道程ネクストプロムナード』の三人…レイダーとガウェインとウェーバーは、ブリガディア王国へと向かうことになったのだった。



 ガウェインは、未来の好敵手ライバルとの邂逅を夢見て。

 ウェーバーは、久しぶりの諸国漫遊の旅を期待して。

 そしてレイダーは…まだ見ぬ明日への道程を想って。



 それは、彼らにとって…様々な運命が絡まり合い、再び激流と化すまでの間の、つかの間の『骨休め』となるのであった。


機会があれば、もう少し番外編を書こうかと思っています。

よかったら引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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