最終話 『おかえりっ!!』
…ここは、どこだろう。
カレンは、自分が立っている場所を見回して、そんなことを考えていた。
そこは、光り輝く草原のような場所だった。
見たことのない黄金色の草がずーっと生えているんだけど、強く霧がかかっているせいで遠くまで見通すことができない。
とりあえずぼくは…その草原を当て所なく歩いてみることにした。
あぁ。そういえば、ぼくは…死んだんだな。
歩きながら、ふと…自分の最期の場面を思い出す。
そう、ぼくは『天使』に目覚めて…そしたらそれまで抑え込まれていた『病気』が発病しちゃったんだ。
暴走する『魔力』に身体が耐えられなくなって…最期はエリスたちに看取られながら、力付きちゃったところまで記憶にある。
我ながら、なんだか…ちょっと残念な死に方だよなぁ。
どうせなら、もうちょっとマシな死に方が良かったんだけどなぁ。
…まぁでも、こればっかりはしょうがないかな。
みんなが一生懸命、ぼくのことを助けようとしてくれた。なのに、ぼくはその想いに応えることができなくて…その点については本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だけど、最後にお母様や姉さまの本心を知ることが出来たし…そういう意味では思い残すことは無い。…かな?
やがてぼくは、大きな川が流れている場所に辿り着いた。
なんとなくそこが…『この世』と『あの世』を分ける場所のような気がした。
ぼくは、この川を渡らなければならないのかなぁ?
それにしても、泳いで渡るのはちょっとイヤだなぁ。
ぼくがそんなつまらないことを考えていると…
「…きみは、そんなところでなにをしているんだい?」
「うひゃあっ!?」
突然、背後から声をかけられて、ぼくは大声を上げてしまった。
慌てて振り返ると、そこには…すこし背の高い、フード付きのローブを目深に被った男の人が立っていた。
「あなたは…誰?」
明らかに不審人物なんだけど、声がものすごく優しい感じだったのと、もう自分は死んでるんだっていう妙な開き直りもあり…ぼくは思い切ってその人物に声をかけてみたんだ。
「私かい?私のことは…そうだね、『放浪者』とでも呼んでくれないかな」
「そ、そう。じゃあ『放浪者』、あなたも死んでるの?それとも…死神かなにか?」
死神という言葉に、彼はふふふっと笑いを漏らした。
どうやら…気難しい人物では無いようだ。
「私は死神などではないよ。ただの…迷える死者さ」
「死んでるの?死んでるのに、なんでこんなところに居るの?」
「それはね…私がここで、ある人が来るのを待っているからなんだよ」
そう言うと、『放浪者』は…少し寂しげな笑顔を浮かべた。
ぼくが黙って様子を伺っていると、彼は続きを話してくれた。
「…私はね、生きているときに大きな罪を犯したんだ。それは…決して許されるようなことではない。そのことは私自身が一番良く分かっている」
「…ふーん」
「あ、そのことを許してもらおうとは思ってないよ。罪は罪として認めるつもりだしね。だけどね…一つだけ、心残りがあるんだ」
そう言うと彼は、ゆっくりと…厚い靄がかかった空を見上げた。それはまるで…失われた遠い昔のことを思い出しているかのようだった。
「…私のせいで、道を誤ってしまった人がいる。その人に…どうしても一言謝りたいんだ。そのためだけに…私は今もこの場所を彷徨っている」
「へぇ…そうなんだ」
正直彼が話していることの意味はさっぱりわからなかったので、ぼくは適当に相槌を打っていた。
とはいいつつ、中には聞き捨てならない内容もあったので、その点については確認してみた。
「その…この場所に留まることが出来るの?」
「ああ、それは出来ないよ。私は…ちょっと特別なんだ。色々と無理を押し通しててね」
ずるっ。
思わずずっこけてしまうぼく。
なーんだ、期待して損した。
「そっかぁ…じゃあぼくは諦めてあの世に行くしか無いんだね。どうせだったらここに残って、遅れて来る皆にお礼を言いたかったんだけど…」
「はっはっは」
ぼくの言葉を聞いて、目の前の『放浪者』が突然笑い始めた。
…失礼だなぁ、この人。
人が真剣に考えてるのに。
「あぁ、笑ってすまない。気を悪くしたら謝るよ。…えーっと、なぜ笑ったのかって?だって…きみはまだ、死んでないからだよ」
「ええっ!?」
『放浪者』の言葉に、ぼくは驚きの声を上げてしまった。
ぼくは…死んでない!?
「きみは確かに瀕死の重傷を負っている。だけど…きみはまだ死んでないよ。たぶんもうすぐ…きみのお迎えが来る」
「ぼくは…まだ死んでなかったんだ…」
「まぁ、もし『お迎え』が来ないようだったら、私が少しだけ手助けしてあげようかと思ってたんだけどね。…どうやらきみにはその必要は無さそうだ」
ひゅううぅぅう。
光の草原に一陣の風が吹いた。ぼくは慌てて髪の毛を抑える。
すると…『放浪者』が言った通り、ぼくの目の前に…光り輝く大きな『扉』が出現した。
「おやおや、さっそくお迎えが来たようだ。きみは…早く現世にお戻り」
『放浪者』の言葉に、何が何だか分からないまま…ぼくは首をコクコクと縦に振った。
…彼に促されるがままに、目の前の扉に手をかける。
いよいよ光の扉の中に入ろうかとした…その一歩手前で、ぼくはふとあることに気づいた。
あわてて立ち止まって後ろを振り返る。
「『放浪者』さん!」
「…ん?なんだい?」
「…さっき、あなたはこう言ったよね?『お迎えが来ないようなら手助けしようと思ってた』って。あなたは…ぼくを助けてくれるつもりだったんだね!ありがとう!」
ぼくのその言葉に、『放浪者』は…少し戸惑ったあと、ふっと微笑んだ。
それは本当に…優しい笑顔だった。
「きみは…わざわざ律儀な人だね。そんなこと、気にしなくていいよ」
「ううん。…いろいろありがとう、『放浪者』さん!待ってる人と早く再会できると良いね!」
「あぁ、ありがとう。銀髪の天使よ。きみのこれからの人生に、幸多からんことを」
最後にそう言うと、『放浪者』は…手を振ってぼくを送り出してくれた。
最後に…いよいよぼくが光の扉の中に入ろうかとした、まさにその瞬間。
風のいたずらで、『放浪者』のフードが脱げ落ちた。
そこから零れ出す、キラキラ輝く美しく波打った金髪。
露わになった彼の素顔は…ぼくが驚いてしまうほどの絶世の美男子だった。
だけどぼくは…この顔に見憶えがあった。
彼に似ている顔を…ぼくは知っていたのだ。
この顔は……
でも、そのことを思い出す前に…ぼくの心は眩い光の渦に包まれていった。
…
……!
……ン!
……レン…!
………カレン……!
「カレン!!」
「うわあっ!!」
ぼくは、耳元で響き渡る…自分の名前を呼ぶ声に、慌てて目を開けた。
最初にぼくの目に飛び込んできたのは、涙でボロボロのグチャグチャになったエリスの顔だった。
そのすぐ横には、血にまみれた顔に涙をいっぱい浮かべた…エリスと同じようにメッチャクチャになったミアの顔。
「…ふたりとも、すごい顔だね…」
「…ちょっと。還ってきて第一声がそれ?」
「…あんただって、血でべっちゃべちゃじゃないか」
「そっか…じゃあぼくたち、一緒だね。ふふふっ」
ぼくがそう言って二人に微笑みかけた…次の瞬間。
エリスと姉さまの瞳から、ボロボロと涙が洪水のようにこぼれ落ちてきた。
同時に、その表情が笑顔で爆発する。
「「カレーン!!!!」」
そしてぼくは…号泣する二人に、猛烈な勢いで抱きつかれたんだ。
あーあ、二人ともぼくの血で血まみれになっちゃうよ…
そんなことを考えながら、ぼくは…二人の頭をそっと撫でた。
それと同時に、ようやく実感が湧いてくる。
ああ。
ぼくは…生き返ったんだ!!
「やったー!生き返ったぞー!!」
バレンシアが万歳しながら歓声を上げる。
それをきっかけとして、周りのみんなが一気に喜びを大爆発させた。
「すごいね、本当にすごいよ!」
「いだっ!わかったから叩かないでくれよ!」
「きゃー!すてきー!」
バレンシアが喜びの声をながら、ティーナの背中をバシバシ叩いた。
そんな彼女に、チェリッシュが満面の笑顔で抱きつく。
こっちはこっちでなんかグチャグチャだ。
「すげぇよ!奇跡が起こったぜ!」
「そんなことわかってますよ!ですから…ガウェインさん、少し落ち着いてください!」
興奮気味のガウェインに絡まれて、隣のウェーバーが迷惑そうに…それでいて嬉しそうに笑っていた。
ベルベットは涙を流しながら、ここぞとばかりに隣のレイダーに擦り寄っている。
しかしレイダーは…そんなベルベットにあまり構うことなく、治癒術の連発でヘトヘトになったパシュミナを支えていた。
こっちもこっちでなんだかドロドロの予感…
そんな中…クルード王に支えられたヴァーミリアンが、ゆっくりとぼくの側にやってきた。
ミアに支えてもらって、ぼくはなんとかその身を起こす。
「…おかえり、カレン」
「…ただいま、お父様」
「…カレン…」
「ありがとう、お母様。ぼくは…還ってきたよ」
次の瞬間、お母様の顔が変な形に歪んでいった。
その瞳から、大粒の涙がボロボロこぼれ落ちてくる。
「うわーん!カレンが生き返ったよぅ!わーんわーん!」
まるで子供みたいに大泣きし始めるお母様。
うわぁ…こんなに泣いているお母様を、これまたぼくは初めて見たよ。
そんなお母様を必死になだめるお父様。
あーあ、なんだか大変そうだなぁ。
だけど…そんな二人が命と…それから人生をかけてぼくを救おうとしてくれたのは事実だ。
それに、二人がこれまでぼくのことを何よりも第一に考えてくれていて、いろいろと手を打ったりしてくれていたことも…今のぼくならちゃんと理解することができた。
だから、そんなお父様とお母様、それから姉さまを…ぼくはまとめてぎゅーっと抱きしめた。
こうして、ぼくたち家族は…互いに抱き合いながら、びっくりするくらい大泣きしてしまったんだ。
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「エリス…キミは本当によくやったよ」
カレンたち家族が抱き合っているその横で、ティーナがエリスの肩に手をポンっと置いた。
その一言に緊張の糸が切れたのか、はたまた肩の荷が下りたのか…エリスはぺたんとその場にしゃがみこんでしまった。
そんな彼女をそっと支えるティーナ。その顔には、エリスとバレンシアしか知らない特別な笑顔があった。
「…ありがとう、ティーナ。あなたが居てくれたから、私は勇気を貰えたよ」
「…ボクは別になにもしていないさ。キミが…自分の力で手に入れた未来だよ」
ティーナのその一言に、エリスは…ここまで堪えていたものが、一気に溢れ出てしまいそうになった。
思わずウルッと来てしまう。
「…ねぇティーナ。覚えてる?
あなたはあのとき私に言ったよね?運命なんてくそくらえだ!運命を変えるのは、持って生まれた才能や力なんかじゃなくて、最初の一歩を踏み出す『勇気』なんだ!…って。
私ね…あのときあなたが、私に最初の第一歩を踏み出す『勇気』をくれたこと…すごく感謝してるんだよ?
私は…この人生を選んで、本当に良かった。
ティーナ。こんな私に…新しい未来を示してくれて、ありがとう。
私はあなたが居てくれたから…自分の道を自分の力で歩むことが出来てるんだ」
そう口にして微笑むエリスは、誰よりも輝いていて…
ティーナは少し眩しそうに目を細めた。
「ねぇティーナ?」
「ん?なんだい?」
「私たち…ずっと親友だよね?」
その言葉に、ティーナは一瞬だけ目を丸くしたあと…すぐに目を細めて頷いた。
「……あぁ、そうだね」
「…もしティーナに何かあったら、絶対に私が力になるからね?」
「……あぁ、そのときはよろしく頼むよ」
ティーナの返事に満足したのか、エリスは安堵の表情を浮かべた。
そんな親友の頭を、ティーナは…無言で優しく撫でたのだった。
「そんなことよりも…なんかあっちで呼んでるみたいだよ?」
ティーナに言われてエリスがそちらのほうに目を向けると…ヴァーミリアン王妃が片手でおいでおいでをしながら彼女を手招きしていた。
何の用だろう?
小首を傾げながらそちらに向かうエリス。
「はい?どうされましたか、ヴァーミリアン王妃」
「エリちゃん…ちょっとここに座って!」
目の前に着くなりそう指示されたエリスは、素直にヴァーミリアン王妃の前に座る。
そんな彼女を…ヴァーミリアン王妃はいきなりぎゅっと抱きしめた。
「あわわ…!?」
「エリちゃん、ありがとう。あなたは…わたしの息子の命の恩人よ。あなたが居てくれて…本当によかった」
その一言は…エリスにとってなによりの宝物となった。
自分が生きてきて…本当によかったと心の底から思えた言葉だった。
それと同時に、このときになってようやく…自分の力でカレンを救うことが出来たんだ、という実感が湧いた。
「そんな…私なんかが少しでも力になれたのなら、本当に良かったです」
「うふふ、あなた本当にカワイイわね。あなただったら…カレンをあげても良いわよ。どお?」
「えっ!?ええっ!?」
「ちょ、ちょっと!!お母様!?何言ってるのっ!?」
ヴァーミリアン王妃のとんでもない一言に、エリスは顔を真っ赤にして思わず動転してしまう。
言われた方のカレンも、同じように顔を真っ赤にしながらあたふたしていた。
そんなエリスたち二人を見て…
周りの一同は、大笑いしたのだった。
エピローグに続く。




