57.ヴァーミリアンの本気
ひとしきり再会を喜んだあと、ようやく落ち着きを取り戻したぼくたちは…互いのこれまでの情報を交換することにした。
久しぶりの…エリスが淹れてくれた紅茶で、ほっと一息つく。
あー、やっぱりエリスの紅茶は美味しいや。
そんなぼくたちのことを、パシュミナはニコニコしながら眺めていた。
うーん、この人が『魔族』のようには、ぜんぜん思えないんだけどなぁ。
ちょっとだけ黒目の部分が大きいのと耳の先が尖っているのを除けば、ただの気の優しい…だけどちょっと気弱そうなお姉さんにしか見えない。
一息ついたあと、まずはこちら側の状況から話し始めた。
拙いなりに一生懸命話すぼくの説明を…エリスは一喜一憂しながら聞いてくれた。
どうやら親友のティーナやバレンシア、さらにはチェリッシュまでハインツにやってきたことは、エリスにとって相当嬉しかったようだ。
「『禁呪』を使って三つ同時に魔法を発動!?そ、そんな裏技があったの!?」
続けて、ここにどうやって来たのか…その荒唐無稽な『入宮』方法を説明すると、エリスは驚きの声を上げた。
さすがに…今回の『入宮』方法は、にわかに信じ難かったみたいだ。
さて、ぼくたちの説明が終わったところで、今度はエリスたちが事情を説明する番だった。
エリスとパシュミナは互い視線を合わせ、頷き合ったあと…エリスが先に説明してくれた。
…なんだか知らないうちに仲良くなってるなぁ。
まず、出発する前日の夜。
お城の中庭で…エリスはパシュミナから、彼女の事情のすべてを聞いたのだそうだ。
その内容は、さきほど両親から聞いた内容とほとんど同じだった。
パシュミナが、過去に操られて戦争に参加していたこと。
本当は人を傷付けるのが嫌だったこと。
自分から願い出て、この地に封印されたこと。
だけど、半年ほど前に…自分の妹が、世界のどこかで『召喚』されてしまったこと。
召喚したのは…『五芒星』という悪魔集団であること。
それを知ったパシュミナが、妹を救出するために…レイダーたちに『封印』を解いてもらったこと。
そして…「決して他人を傷付けない。攻撃的な魔法や直接攻撃は絶対しない」ことを誓って、レイダーたちのパーティに加わったことを。
エリスは彼女の話に真実を見出して、『魔族』のことを受け入れることに決めたのだそうだ。
こうして旅立った道中。
移動する馬車の中で、エリスはレイダーからとんでもない話を聞かされたのだという。
「…レイダーからなにを聞かされたの?」
「………実は、ある魔法薬の精製方法にまつわる書物の話を教えてもらったの」
ミアの問いかけに、エリスは少し言い淀んだあと…そう答えた。
エリスの説明によると、カレンにかけられた呪いに気づいていたレイダーが、エリスに提案してきたのだそうだ。
なんでも、一時的に『女体化』させる秘薬の製法を見たことがある。
それを使えば、カレンの今後の生活が少しは楽になるのではないか。
うろ覚えではあるが、その製法が載った書物が『図書館』の中にあったような気がする…と。
レイダーの話を聞いて、きっとカレンの今後の生活で役に立つと考えたエリスは、レイダーたちに頼み込んで…この『魔迷宮』に入れてもらったのだそうだ。
そして…もし妹が操られていたら使い物にならないであろうパシュミナをエリスの護衛役として『図書館』に残すと、レイダーたちは『五芒星』の討伐に向かったのだという。
…聞いてみたら、ほぼ両親が推察したとおりの状況だったんだ。
「二人とも、何の伝言もなく約束を破ってゴメンね。
戻ったらふたりにすっごく謝ろうと思ってたんだけど…まさかここまで来るとは思わなかったわ」
そう言うエリスは、なんだか苦笑いを浮かべていて…ぼくはバツの悪い気分を味わったんだ。
さすがに、ここまで追いかけてきちゃったのはやりすぎだったかな?
「今は、レイダーさんたちが『五芒星』を追い詰める作戦を展開しています。先ほど悪魔たちが地下三階に上がっていく気配を感じ取りましたから、もうすぐ地下一階で待ち構えているガウェインさんたちと交戦することになると思いますが…」
「「あっ!!」」
パシュミナのその説明に、ぼくたちは大事なことを思い出した。
そう、ぼくたちは…何者かが現れたから、ヴァーミリアンに飛ばされたんだった。
…ということは、今頃は……
ぼくと姉さまは、思わず互いに顔を見合わせてしまったのだった。
------------------------
場面は変わって、ここは『グイン=バルバトスの魔迷宮』の地下三階。
そこに…三体の『悪魔』と一体の『魔人』が居た。
彼らは『五芒星』という名前の『悪魔団体』だった。
ちなみに『悪魔』とは、心を闇に落とした『天使』の総称だ。
その背には黒く染まった翼を持ち、その思考は邪悪そのものであるという。
悪魔の三人は、お互いをそれぞれこう呼んでいた。
『五芒星』のリーダーである『主星』。
精神操作系魔道士である『魔操師』。
魔獣使いである『調教師』。
実は…彼らには、他に二人の仲間が居た。
だが…この二人は既にこの世に存在していない。
この『魔迷宮』の中で、『明日への道程』一行に討ち取られていたのだ。
いまの自分たちが置かれた状況について、『主星』は考えを巡らせていた。
…自分たちは、明らかに追い詰められている。
なぜならば、世界最強の冒険者チーム『明日への道程』の一行が、自分たちを討ち取ろうと…既に背後まで迫ってきていたからだ。
今はとにかく生き残ることだけを考えていた。そのためには、なんとしてでもここから逃げ出さねばならなかった。だから、死に物狂いで…この『魔迷宮』からの逃亡を画策していたのだ。
それにしても、なぜこのような状況になってしまったのか…
『主星』は、一生懸命思い出していた。
自分たちの置かれた今の危機的状況。ここに至ってしまった要因を…
それは…『ある人物』と『ある本』との出会いから始まっていたような気がする。
彼らがどこで生まれ、どんな人生を歩んできたのか。それは詳しくは知られていないし、彼ら自身もお互い知らない。
様々な理由によって『悪魔』へと堕ちた彼ら五人ではあったが、『自分たちを受け入れてくれなかったこの世界への恨み』を共通認識として持つ彼らは、吸い寄せられるようにして一つのところに集まった。
そして…悪魔集団『五芒星』を結成する。
転機が訪れたのは、集団を結成してしばらく経った頃のことだった。
ある『出会い』から、彼らはとんでもない『本』を手に入れる。
その『本』の名は……『禁書・魔族召喚』。
この本を手に入れた当初、『五芒星』のリーダー『主星』は…正直その効果に半信半疑だった。
この世に『魔族』を召喚出来るような…そんな恐ろしい手段があるとは思えなかったのだ。
だが…この世界に深い恨みを持つ彼らは、この本にすがりついた。
そして、奇跡的に…『魔人』の召喚に成功する。
『魔人』とは、魔界の住人で『魔族』ほどの魔力を持たない存在だ。
ただし、『魔人』にも違いがある。
…最初から魔力の少ない平凡な魔人と、将来『魔族』になれるほどの素質を持ちながら未だ覚醒していないだけの魔人、という違いが。
今回、彼らが召喚に成功したのは『後者』だった。
漆黒の髪に尖った耳を持つ…若い女の子の姿をしたこの魔人。
その名をプリムラといった。
召喚したのがただの魔人だと知った『五芒星』たちは、最初のうちこそ落胆した。
だが…プリムラの話を聞くうちに、その考えはすぐに変わっていった。
なんと彼女は、あの…『凶器乱舞』パシュミナの妹なのだという。
パシュミナは、魔界の中でも最強の攻撃能力を誇る『上級魔族』だった。
その妹であれば…今は魔族に覚醒していなくても、その潜在能力は折り紙付きだ。
『破壊神』に連なるその系譜を手に入れたことを知った『五芒星』たちは多いに喜んだ。
そして…『魔操師』得意の精神操作魔法を使って、プリムラを操ったのだった。
これで、彼らの望みである『自分たちを受け入れなかった、この腐り切った世界の破滅』も叶うのではないか。
彼らは歓喜した。
だが、残念ながら…世の中はそんなに甘くなかった。
どこで情報を嗅ぎつけたのか…『魔人召喚』を察した『明日への道程』一行に、命を狙われることになってしまったのだ。
いくら『悪魔』とはいえ…『最強』との呼び名高い彼らに狙われては、とてもではないが勝ち目は無い。
最初は逃げ回っていたものの、徐々に追い詰められていることを察した。
このままでは、我らは滅ぼされるだけではないのか。
そんなことを感じ始めていた矢先、彼らは…再び『ある人物』から『啓示』を与えられる。その内容はこういったものだった。
「…『グイン=バルバトスの魔迷宮』に行き、『魔界の扉』を開くのだ。
そうすれば、新たな魔王が登場し…お前たちを救うだけでなく、その願いも叶えてくれるだろう」
『主星』は思い出していた。
彼らに『啓示』を与えた『ある人物』のことを。
『ある人物』…それは、かつて『主星』に『禁書・魔族召喚』を与えた女と同一人物だった。
あの…長い髪の『女悪魔』。
たしか…あの女は自分のことを『解放者』と名乗っていた。
助かるにはその道しか無いと考えた彼らは、その女悪魔…『解放者』の言うことに従った。
そして、彼女から教えられた通りの方法で『魔迷宮』に『入宮』することに成功したのだった。
『調教師』が招集した…下級とはいえ100体もの魔獣を引き連れて『魔迷宮』に潜った彼らは、最初のうちこそ順調に進んでいた。
だが…まもなく最下層『魔王の間』に辿り着こうとしたそのとき、ついに『明日への道程』一行に追いつかれてしまう。
わざわざここまでやってきたのだ。
こうなってはもはや戦うしかない。
そう判断した『五芒星』たちは、地下九階で…最初の戦闘を行った。
…結果は、『五芒星』側の惨敗だった。
五人の悪魔のうち二人が…それぞれ『野獣』ガウェインと『氷竜』ウェーバーにあっさりと討ち取られた。
慌てた彼らは…プリムラや魔獣たちを壁にすることで、なんとか彼らから逃げることに成功した。
それからは…『魔迷宮』の中での、『明日への道程』との命をかけた鬼ごっこの開幕だった。
とてもではないが、魔王復活を試みるどころではない。
そう考えた『五芒星』一行は、作戦を変えることにした。
…それはすなわち、この『魔迷宮』からの逃亡であった。
生き残った魔獣たちを何度も壁にすることで、迫り来る『明日への道程』の追撃を…多大な被害を出しながらもなんとか振り切っていった。
こうして…なんとか地下三階まで戻ってきたところで、彼らは別の『災厄』に遭遇することとなる。
もはや三人となってしまった『五芒星』一行が、魔獣たちを引き連れて地下三階を進んでいたとき。
突然、前方から強烈な雷撃が襲いかかってきた。
…まるで、天から雷雲が落ちてきたかのような閃光と爆音。
それらが過ぎ去ったあと…目に入ったのは凄惨な現場。先陣を切って進んでいた魔獣たちが、何体も消し炭と化していた。
その一撃で、ここまで生き残っていた魔獣たちの…実に三分の一が消滅していたのだ。
なんという強烈無比な魔法!
『五芒星』の一行は、目の前で起こった惨劇に震え上がった。
いったいなにが起きたのか…
もしかして『明日への道程』一行に先回りされてしまったのか…
混乱しながらも現状を分析しようとする『主星』。
電撃の残滓である煙がゆっくりと立ち去っていった。
そうして、煙の向こうから姿を現したのは…彼らが想像した存在ではなかった。
先頭に立つのは、銀髪を振り乱した女性。
その横には…少し頭の薄くなった壮年の剣士。
さらにその後ろには、三人の女性が立っていた。
「あれは…誰だ?新手か?」
「意味が分からん…俺の操る自慢の魔獣たちが、たった一撃で瞬殺されたんだぞ」
『魔操師』が冷や汗を流しながら呟き、それに『調教師』が呻きながら応える。
だが…この中で『主星』だけが次元の異なる反応を見せていた。
彼は知っていたのだ。先頭に立つ二人の人物のことを…
「くそっ!ふざけんじゃねえ!殲滅してやるっ!」
完全に頭に血が上ってしまった『調教師』が、そう叫びながら…生き残った魔獣を引き連れて、その女たちに突撃を仕掛けていった。
その様子を見た『主星』は、さっとその身を翻す。
「まずい…逃げるぞ」
「どうした?『主星』。やつを援護しないのか?それに、逃げるったって…後ろからは『明日への道程』の連中が迫ってきてるんだぞ?」
「いいから逃げるんだ!あれは…まずい!」
顔面蒼白の『主星』は、呻くように…続けて『魔操師』に伝えた。
「あれは…『七大守護天使』の一人、『塔の魔女』のヴァーミリアンと、その亭主の『双剣』クルードだ!あんなもんに敵うわけがない!『切り札』を連れて逃げるぞ!」
その言葉に、『魔操師』も一瞬で顔面蒼白になった。
あわてて『主星』の指示に従い、黒いローブを着た小柄な人物を呼び寄せる。
その人物…プリムラは、無表情にその命令に従った。
さっと身を翻して、元来た道を戻る二人の悪魔と一体の魔人。
「それにしても…どこに逃げればいいんだ!?」
「そんなの知るか!とりあえず一度地下四階に戻って別のルートを探すぞ!」
「なんてことだ…ここまで来て…」
こうして『主星』と『魔操師』は、『調教師』を残して別ルートに進むことにしたのだった。
------------------------
「はぁ…はぁ…ありえねぇ…」
そう唸るように『調教師』は呟いた。
彼は混乱していた。
自分の誇る『魔獣軍団』は、つい先ほど…目の前の二人の人物によってついに全滅させられていた。
その大半は雷撃で、討ち漏らした残りは剣士によって細切れにされたのだ。
…気がつくと『主星』と『魔操師』も姿を消していた。
どうやら自分は見捨てられたらしい。そのことにようやく気付いた。
「…なぁ、先に逃げたやつらを追いかけても良いか?エリスが心配だ」
「いいわよ、ティーナちゃん。ここはわたしに任せて行きなさい。クルードを護衛に付けるわ」
自分を無視してそんな会話をする女性たち。一人を残してそのまま『主星』たちを追いかけて行った。
だが、そんなことはどうでもいい。
…目の前の『天使』が問題だった。
雷を自在に操る、銀髪の天使。
圧倒的な魔力。『悪魔』である自分ですら、まるで意に介していない…そんなレベル。はっきり言って、次元が違いすぎる。
恐る恐る…『調教師』はその人物に尋ねてみた。
「きさまは…何者なんだ?」
「ん?あなた、わたしを知らないの?」
ふふんっと笑いながら、女天使はその手に電撃を集めていく。
それは…巨大な『電撃を帯びたハンマー』の形状へとゆっくりと変貌していった。
ハンマーというその形…!
それに…電撃!?
その二つの事実は、彼にある人物を連想させた。
その人物は…
「おまえは…まさか…ヴァーミリアンか?『七大守護天使』の一人、『塔の魔女』の…」
「ピンポンピンポーン!だーいせーいかーい!」
その女…ヴァーミリアンは、ケラケラ笑いながら、手に持つ『電撃のハンマー』を持ち上げた。
それであれば、あれは…噂に名高いヴァーミリアンの固有魔法『雷神の鎚』か!?
目の前が真っ暗になりそうになりながら、『調教師』は必死に自分の中の魔力を絞り出した。
その背に『漆黒の翼』が具現化し、魔法を防御するための結界を創り上げる。
「くっそー、こうなったらきさまの最強魔法に耐えてみせる!!」
「…わたしの、最強魔法?」
歯を食いしばりながらそう宣言した『調教師』の言葉は、なぜかヴァーミリアンの気に障ったようだった。
それまでの余裕しゃくしゃくだった表情が、みるみるうちに…鬼のような形相に変わっていく。
「ねぇあんた。あんたにはこれが…わたしの最強魔法に見えるの?」
「ち…違うのか?それが…一撃で千匹の魔物を葬ったきさまの固有魔法『雷神の鎚』じゃなかったのか?」
恐る恐る確認する『調教師』の言葉に、ヴァーミリアンは「はーっ!」と盛大なため息をついた。
…どうやらかなり落胆したらしい。
「…確かにこれはわたしの固有魔法『雷神の鎚』よ。だけどあんたには…これがわたしの最強魔法に見えたのね?」
「…ち、違うのか?」
「…残念だけど違うわ。この程度の魔法をわたしの最強魔法だと断じるなんて、ちょっと許し難いわね」
ヴァーミリアンはそう呟くと…少し思案したのちパチンと指を鳴らした。
「…そうだわ。せっかくだからあなたの冥土の土産に、わたしの50%の魔力を見せてあげる」
そう宣言すると、ヴァーミリアンは…手に持った雷の鎚を両手で握りしめ、ぐっと力を込めた。
…ごごごごごこごご……
地鳴りのような音と共に、ヴァーミリアンの身体に周囲の空気が吸い寄せられていく。
バチ…バチバチ…
さらに、周囲の至る所で放電現象が発生している。
その様子を見て、調教師』は…恐怖に震えていた。
ヴァーミリアンの身体から発せられる絶望的な量の魔力に、完全に圧倒されていたのだ。
「さぁ…準備できたわよ。あなた、耐えられるかしら?」
ガガッ…ガガガガッ…
そう言い放つヴァーミリアンの手には、超巨大サイズとなった鎚が…高圧電流を周囲に解き放ちながら鎮座していた。
「なっ、なんだその…破壊の権化みたいな鎚は!それがきさまの50%の魔力だというのか?」
「んー?あなた何言ってるの?自分の周りをよーく見て御覧なさい?」
その言葉に従って自分の周りを見渡した『調教師』は…自分の置かれた状況を認識して、完全に言葉を失ってしまった。
一…二…三………八つ。
そう。自分の周りに、ヴァーミリアンが持つのと同じ大きさの『電撃の鎚』が…なんと八本、取り囲むように宙を舞っていたのだ。
「ばっ…ばかな…!一つだけでもあの魔力の鎚が、は、八本だとっ!?きさまは…『雷神の鎚』を同時並行的に放つことができるのかっ!?」
「うふふ、その通りよ。今回は特別にサービスしとくわ。あなた…これに耐えられるかしら?
…それじゃあ行くわよ!
固有魔法…『電鎚舞踏』!!」
次の瞬間、『調教師』を取り囲んでいた八本の巨大な『電撃のハンマー』が、爆裂音を放ちながら一斉に襲いかかった。
「こ、こんなの…耐えられるかぁぁぁ!!」
どごごごごごーん!!!
『調教師』の最期の言葉は、爆音によって遮られた。
『魔迷宮』のフロアー全体を、世界の終わりのような爆撃音が包み込む。
そして…全てが終わったあと、そこには塵一つ残されていなかった。
『雷神の鎚』八本分の魔力を帯びた電撃を喰らった『調教師』は…まるで業火の前の紙切れのように、あえなく散っていったのだった。
『悪魔』が持つ魔法防御壁など、ヴァーミリアンの魔力の前では何の役にも立たなかった。
こうして…悪魔『調教師』は、『七大守護天使』ヴァーミリアンの手により、あえなく『魔迷宮』で消滅したのだった。
「ふんっ。たいしたことなかったわね」
全てが終わったあと、ヴァーミリアンが両手をハタキながら独り言を呟く。
すると…
パチパチパチ。
ヴァーミリアンの背後で、手を叩く音が聞こえてきた。
「…さすがは『七大守護天使』ヴァーミリアン様。素晴らしい魔力ですね」
「…その声はウェーバーね。そこで見学してたの?」
「はい、邪魔したらこっちまで襲われそうでしたからね」
「…ふんっ、邪魔しなかっただけ上等よ」
そんなヴァーミリアンの声に呼応するかのように、柱の影から二人の人物がゆっくりと姿を現した。
一人は、青い髪に青い瞳の青年。もう一人は、戦士の鎧に身を包んだ逆髪の戦士だった。
…彼らは冒険者チーム『明日への道程』の一員である、ウェーバーとガウェインだった。
「ちぇっ。出口で仕留めてやろうと先回りしてたら…なんのことはねぇ、『塔の魔女』に美味しいところ掻っ攫われちまったぜ」
「あーら残念だったわね、ガウェイン。こういうものは早い者勝ちなのよ」
悔しそうにそう呟く『野獣』ガウェインを鼻で笑うヴァーミリアン。
「まぁ、終わってしまったものは仕方ないですね。追いかけて残りを仕留めるとしますか。早くしないと…レイダーに全部取られちゃいますよ」
「違いねぇ!急ごうか!」
「…それじゃあ、先に手を出したもの勝ちね?」
…不謹慎にもそんなことを言い放つ三人。
こうして彼らは…足を引っ張り合いながらも、先に逃げ出した残りの『悪魔』を追いかけるため、地下四階を目指して歩き出したのだった。




