48.ミアの初恋!?
ここから新章になります!
一気に物語が動いていく…予定です。
季節は巡り…吹き付ける風が冷たくなり、時々雪がちらつくようになった頃。
木枯らしとともに大きなニュースが二つ、ハインツに流れ込んできた。
一つは、『ハインツの至宝』カレン王子とミア姫の『ユニヴァース魔法学園』への入学。
このニュースがハインツ中に伝わったとき、多くの国民は…自国の象徴である『ハインツの至宝』が不在になってしまうことを悲しんだ。
「ああ。やはりもう今年のように、収穫祭でお二人が揃うことは無いんだなぁ…」
「もしかしてミア姫は、そのことをお分かりになって今年参加されたのかな?」
「まぁ…ちょっと寂しいけど、きっとお二人とも素晴らしい魔法使いになって帰ってらっしゃいますよ!」
「そうだそうだ!なにせ…『七大守護天使』ヴァーミリアン王妃のお子様だからなっ!」
などと、それぞれが様々な言い方で寂しさを口にしたものだった。
だが、そんな寂しさをも吹き飛ばすかのように…もう一つのニュースが飛び込んできた。
それが、世界最強の冒険者チーム『明日への道程』一行のハインツ凱旋だった。
彼らがハインツ公国にやってくるのは、およそ2年前の『魔災害』以来であった。
そのニュースが入ったとき、カレンたちは…いつものリビングルームでサファナが買ってきてくれたケーキを食べていた。
「わぁ…このケーキすごく美味しいですね」
「エリス、そうでしょー?これはね、最近マリアージュ通りにオープンしたスイーツ店のクレムナ・レジーナなの。シンプルだけど程よい甘みで良いよねー」
「うん、サファナの言う通りだね。あたしダダ甘いほうが大好きなんだけど、これはこれで美味しいわ」
「あはは。ミア姫様に公認されたって聞いたら、パティシエさんひっくり返っちゃうかもね」
そうやって盛り上がっている三人を、ぼくは窓際の席でゆったりと眺めていた。
あぁ、本当に平和だなぁ…そう思いながら、サクサクのパイ生地に包まれたクリームケーキを口にする。
うん、確かにこれは美味しい。
「あっ、カレンなに一人で窓の外見ながらケーキ食べてニヤニヤしてんの?気持ち悪いよ?」
「なっ!ね、姉さま…違うってば。ぼくも美味しいなぁと思って…」
ぼくたちがそんな感じで盛り上がっていると…
とんとんっ。というドアをノックする音がして、紅茶セットを持った侍女のベアトリスが部屋に入ってきた。少し寒さを感じるこの部屋に、紅茶の柔らかい香りが充満する。
一通りぼくたちに温かい紅茶を振る舞うと、ベアトリスが…なにかをミアに耳打ちした。
ふんふん…と言いながら相槌を打つ姉さま。
「ええええっ!?」
次の瞬間、姉さまが大声を出しながら立ち上がった。びっくりして姉さまを見つめるぼくたち。
「ど、どうしたの?姉さま」
「…来る」
「へ?」
「来るんだって…どうしよう…」
「な、何が来るの?」
「だーかーら、世界最強の冒険者チーム『明日への道程』御一行が、このハインツに凱旋してくるんだよぉおぉぉお!!」
姉さまの絶叫が、部屋のなかに響き渡った。
『明日への道程』。
それは、世界最強と呼ばれる冒険者チームだ。
彼らは数多くの…伝説的な活躍を世界各地に残してきた、現代の英雄だ。
『明日への道程』は、そもそもチームのメンバーがとんでもない人たちばかりだった。
リーダーは『英雄』レイダー。
『七大守護天使』である『聖道』パラデインを父に、『聖女』クリステラを母に持つ、生まれながらに英雄たる素質を持った人物。
彼自身も既に『天使』として目覚めており、魔法を組み合わせた独特の剣術は、どんな魔獣をも簡単に打ち破ることができると言われていた。まさに、世界で並ぶものはない勇者だ。
『野獣』ガウェイン。
かつてベルトランド王国最強の戦士と言われていた彼。
噂によるとレイダーとの一騎打ちに負けてから、いつかは彼に打ち勝つために共に旅を続けているという。
魔法を抜きにした1対1の戦闘能力においては、人類最強と噂される。
『氷竜』ウェーバー。
青い髪に青い瞳の美青年で、レイダーと同じく『天使』に目覚めた魔導師。
かなりの美青年で礼儀正しく、冷静沈着で幅広い魔法知識を持っていることから、パーティの頭脳と呼ばれている。
『うら若き魔女』ベルベット。
かつて『ユニヴァース魔法学園』に所属していた天才魔法使いの女性。
ロジスティコス学園長が見出した才能は計り知れず、また美しい容姿から男性のファンも多いという。
そんな彼らによって打ち立てられた英雄譚は数多い。
有名どころでいくと、『ベルトランドの魔獣群の撃退』『アユラン遺跡の謎の解明』『魔王復活の阻止』。
そしてなにより…2年前の『ハインツの火龍討伐』だ。
およそ2年前、ぼくたちの住むハインツ公国の地方都市ファーレンハイトに突如『火龍』という強大な魔獣が出現した。
この『火龍』が…並の魔獣ではなかった。
かつて世界を震撼させた『魔戦争』。このとき魔王軍側の『魔将軍』であった『土龍』ベヒモスに匹敵する実力を持っていたのだ。
人語を話し、自らを「新・魔獣王パイロキネス」と名乗ったこの魔獣は、それまで眠っていた場所に近いファーレンハイトの街を突如出現した。
そして、「我こそは魔獣の新たなる王、『 火龍』パイロキネスなり!人間どもよ、泣き叫びひれ伏せ!我に従うのだ!」と宣言しながら、ファーレンハイトの街を火の海へと変えていったのだった。
甚大な被害を出す『魔災害』に、クルード王も事態をたいへん重く見て、王妃ヴァーミリアンを召喚しすぐにでもこの魔獣を討伐しようとした。
だが…それに先立ち、現地を救うために現れた冒険者たちがいた。
それこそが…このとき偶然近くを旅していた『明日への道程』一行だったのだ。
当時レイダー、ガウェイン、ウェーバーの三人体制だった彼らは、激しい戦闘の末…見事『火龍』パイロキネスを討伐する。
その結果、魔災害による被害は最小限に抑えられ、ファーレンハイトの街に再び平和が戻ってきた。
こうして…彼らはハインツの『救国の英雄』になったのだった。
その後のファーレンハイトの街の復興については、ご存知の通りだ。
ハインツの双子…つまりミアの活躍?によって、たくさんの義援金が集まって無事に復興がなされることとなる。
「へぇ…そしたらあの三人…今は四人か。その四人がこのお城にやって来るの?」
「四人じゃないよ!五人!五人!いまはさらに一人『治癒術師』のメンバーが増えて五人になってるらしいんだよ!」
「へ、へぇ…そうなんだ」
「うむ、そうなのだよ弟よ。舌噛まずに言える?治癒術師!」
ぼくにとってはどうでもいい情報を、一生懸命訴えかけてくる姉さま。正直ぼくは『明日への道程』の五人目のメンバーが、治癒術師だろうと奇術師だろうと別に構わないんだけどなぁ…
そんなことを言うと面倒なことになりそうだったので、大人なぼくは姉さまの言うことを黙って聞いていたのだった。
それにしても…ぼくはすっかり忘れていた。『明日への道程』と聞いただけでこの反応。
そう、姉さまは…
「…姉さまは、そんなにレイダーに会えるのが嬉しいの?」
「う…嬉しくなんかないよ!ただ…ちょっと、英雄に会えるのは…楽しみだったりするかなー?ってね」
すぐに顔を真っ赤にして伏せてしまう姉さま。らしくない態度に、ぼくはなんだか呆れてしまう。
…まったく。いっつもそれくらいしおらしければ良いのにさっ。
「…ねぇねぇカレン。ミアはどうしてあんな反応してるの?」
そんな姉さまの様子に疑問を持ったエリスがぼくに問いかけてきた。
ぼくは苦笑を浮かべながら、エリスに教えてあげたんだ。
「あのねエリス。姉さまは…『英雄』レイダーに憧れてるんだよ」
「あらら、そうだったんだ」
そう、姉さまは…『明日への道程』、特にリーダーであるレイダーの大ファンだったのだ。
二年前の事件のときに、あっさりと『魔災害』クラスの魔獣を撃破したレイダーを、姉さまは心酔していた。あのときから、ずーっと『明日への道程』の情報を追っかけ続けていたのだ。
そういう意味では、レイダーは…ミアの初恋の人と言えるのかもしれない。…先方にとってはいい迷惑だろうけどねっ。
あーあ。それにしてもこの様子じゃあ、しばらく姉さまはテンション高そうだなぁ…
最高のニュースを持ってきた!とベアトリスをナデナデしている姉さまを見て、ぼくはそんなことを考えていたのだった。
そして数日後…
『明日への道程』一行は、ハインツ城にやってきた。
それにしても、彼らがお城にたどり着くまでが大変だった。たくさんのハイデンブルグの街の人たちが、英雄たちを一目見ようと集まっていたのだ。
そんな観衆に手を振りながら…街中をゆっくりと歩き回るレイダーたち。その後をゾロゾロとつけて回るファンの人々。
結局…ハインツ城にたどり着く頃には、彼らに付き従う観衆はかなりの大集団となっていた。
そんな救国の英雄たちを…|クルード王を中心としたぼくたちは、わざわざ城門近くまで出向いて歓迎したんだ。
直立不動の衛兵たちに見守られながら…『明日への道程』の五人のメンバーが、ゆっくりと徒歩で入城してきた。
先頭を歩くのがリーダーである『英雄』レイダーだ。
全身を覆う魔法鎧に身を包み、一見するだけで相当腕の立つ冒険者であることがわかる。
決して美男子というわけではないが、精悍な顔つきと穏やかな性格に、彼のことを慕う女性は大変多いのだという。
その後ろを歩くのが二人の男性…『野獣』ガウェインと『氷竜』ウェーバーだ。
ガウェインは、逆立つ髪に筋肉質の肉体を持った…見るからに戦士という風貌。…うーん、ちょっと怖いかな?
対してウェーバーは、青い髪に青い瞳の美青年で、魔導師のローブに身を包んで爽やかに微笑んでいた。
ぼくは正直、ウェーバーのほうが話しやすそうだと思った。
そして最後尾を歩くのは…二人の女性。
金髪のセミロングにカチューシャをつけ、若草色のワンピースを着た女性は、『うら若き魔女』ベルベットだ。
少しつり目の気の強そうな表情は、歴戦を乗り越えてきた自信のようなものがうかがえる。
その横にいる黒髪の女性は…見たことのない人物だった。
…誰だろう?
なんだかちょっと暗い雰囲気の人なんだけど、法衣などを着ているくらいなので、彼女が…姉さまが言っていた新しい『治癒術師』のメンバーなのかな?
確認してみようかと横にいる姉さまの方を向いてみると…
姉さまは目をハートマークにしてレイダーを凝視していた。
…ダメだこりゃ。
ぼくは盛大なため息をこぼしながら、後方に控えているエリスに目で合図を送った。エリスは…なぜか『治癒術師』のほうを真剣なまなざしで見つめていたんだけど、すぐにぼくの合図に気付いて、姉さまの態度に苦笑いを浮かべたのだった。
「ようこそ、英雄たちよ!我がハインツは君たちを心から歓迎しよう!」
「お久しぶりです、クルード王。またカレンフィールド王子にミリディアーナ姫も、大変凛々しく、またお美しくなられまして…」
「あっ…いえ…ども…」
「ありがとうございます、『英雄』レイダー」
うーん、今回は珍しく姉さまが使い物にならない。
しょうがないなぁ…いつも姉さまにはがんばってもらってるし、たまにはぼくがメインに立って応対するかな。
顔を真っ赤にしてモジモジしている姉さまに変わって、ぼくがレイダーに頭を下げたんだ。
こうして、お父様やぼくらとの一通り挨拶を終えると、レイダーは微笑みを浮かべながら…ぼくたちの方に向かってスタスタと歩み寄って来た。
姉さまはこちらに近づいてくるレイダーに驚いて、キャッと声を上げながら顔を隠してしまう。
そんな姉さまの態度を嘲笑うかのように…レイダーは歩みを止めることなく、ぼくたちの横をすっと通り過ぎてしまった。
ガクッとうなだれる姉さま。くすくす、いい気味だ。
そのままぼくたちの後方に向かって歩を進めたレイダーは、なんと…エリスの前で立ち止まった。
…えっ?
なんでレイダーがエリスのところに?
予想外のレイダーの行動に動揺してしまうぼく。だが、そのあとレイダーが取った態度に…ぼくはさらに驚かされた。
なんと、『英雄』レイダーが、エリスに微笑みかけながら…親しみのこもった声で話しかけたのだ。
「やぁ。久しぶりだね、エリス。元気にやっているようで良かったよ」
「お久しぶりです、レイダーさん。よく私がここに居るってご存知でしたね?」
「ははっ、そりゃそうさ。だって…」
そしてレイダーは…ぼくにとっては青天の霹靂の…信じられない言葉を、エリスに対して言い放ったのだった。
「だって…俺は、君に会いに来たんだからね」
「えっ?」
「「ええっ!?」」
英雄の口から出た、信じられない発言。
これは一体どういう意味?
『英雄』レイダーがエリスのことを……『求めて』いる?
ぼくは、目の前で繰り広げられるこの状況に頭がまったくついていかなかった。姉さまと同様に…呆然と二人の様子を見守ることしかできなかったんだ。
『英雄』からの突然のラブコール?に、驚き戸惑いの声を上げるエリス。だけど…その態度は決して嫌がっているようには見えない。
そんなエリスの様子に…ぼくは、胸の奥がズキリと痛むのを感じたんだ。




