41.アナザーサイト 〜シスルの収穫祭〜
私の名前はシスルといいます。
生まれも育ちもハインツで、今は…栄誉ある侍女として、ハインツ城で働いています。
今回、私は侍女になって初めての『収穫祭』を迎えました!
ハインツで生まれ育った私たちにとって、『収穫祭』は特別なお祭りです。
国内で催される…老若男女が最も楽しみにしているお祭りであり、毎年お祭りの間は国をあげての大騒ぎとなるからです。
特に若い人たちにとっては大切なお祭りとなっていて、『収穫祭』終了後の『精霊のダンス』を踊るために、みんな必死になって恋人を探したりしています。
私もこれまで『収穫祭』の時期はそれなりに楽しんできました。
ですが、今年の『収穫祭』は…私にとって特別です。
なぜなら、私が憧れる二人の女性が…初めて同じタイミングで表舞台に登場するからです!
一人は…『サファナスタイル』のカリスマモデル『光の女神』アフロディアーナ。
そしてもう一人が…私が敬愛する『ハインツの月姫』ミア姫様です。
このふたりをいっぺんに観ることができる…しかも間近で観る機会があるなんて、本当に素敵で心が湧き踊ります。
お二人の参加の公式アナウンスがあってから、とっても心待ちにしていました!
そして、やってきた『収穫祭』当日。
私はなぜか…バーニャさんやベアトリスさんと一緒に、カレン王子に呼び出されました。
部屋で待っていると、エリスさんまでやってきました。どうやら彼女も声をかけられたようです。
一体何事が起こるのかと思ってたら…なんとびっくり!カレン王子の差し金で、私たちは否応なく『美少女コンテスト』にエントリーされてしまったのです!
『収穫祭』のときに開催される『美少女コンテスト』は、ハインツに住む若い女の子たちの憧れです。
そんなものに参加させて頂けるなんて…光栄を通り越して血の気が引いてしまいます。
カレン王子が立ち去ったあと、私たち四人は頭を突き合わせて…どう対応するかを相談しました。
「王子には困りましたねぇ。でも私が『美少女コンテスト』に出場するなんて…オホホホ」
バーニャさんは困った困ったと言いながらも、なんだかとっても嬉しそうです。
…もしかして、本当は嬉しかったんですかね?
「…とりあえず演目に関しては、皆さんの特技で挑む、というのはどうでしょうか?」
エリスさんの提案に、他に良い代案も無かった私たちは、無条件で賛同することにしました。
しかし…私の特技って、何なのでしょう。
なにはともあれ、演目の方向性が決まれば次は服装です。
「私は目立ちたくないので、このままの服装にします」
そう言って、ベアトリスさんはメイド服のスカートをつまみ上げてました。
…なんというか、ベアトリスさんらしい合理的な考えです。
でも…冷静に考えると、今回私たちは『カレン王子推薦の侍女』としてエントリーするので、この格好で出場するのがベストかなぁって思いました。
なので…さほど悩むことなく、私たちはメイド服で出場することにしたのです。
「私は…どうしましょう。私もできればあまり目立ちたく無いんですけど…」
侍女ではないエリスさんはメイド服を持っていないので、どうやら服装に困っているようです。
そんなエリスさんに、バーニャさんが助け舟を出しました。
「エリスちゃん、そしたら私のメイド服貸しましょうか?」
「えっ?良いんですか?すごく助かります!」
「いいのよー、気にしないで。ちょっと着れなくなっちゃった…昔着てたやつを貸してあげるだけだから」
「あは、あはは…」
バーニャさん、目が笑っていませんよー。
バーニャさんは、基本的にはとっても優しいのですが、時々目つきが怖いときがあります…
最後は、実際にどんな演目をするのか、です。
本当にどうしよう…正直私はかなり悩みました。
私の特技は魔道具使い、魔道具を造ったり使ったりすることです。といっても…魔道具は事前に準備するものなのでそれなりに時間がかかります。
だけど今回、準備に与えられた時間はあまりありません。
しかも、すでに手持ちの魔道具では汎用性に欠けています。
何か良いアイディアはないのか…
さんざん悩みぬいて…私がやっとこさ閃いたのが、以前造った魔道具『煙発生装置』を活用することでした。
この魔道具は、大気中の水分を吸い取ってスモークに変えるという…私が一から創り上げたオリジナルの魔道具です。ちょっとマニアックすぎて、これまで使い道があんまりありませんでした。
これを使って…とっておきのお洋服に早着替えをする、というのが今回私の考え出したアイディアでした。
…こんなので、目の肥えた観客の皆さんに満足してもらえるんですかね?
そんなことを少し思ったものの、今更検討しなおしたり色々練習する暇は…もはやありません。
結局私は、そのまま本番に挑むことにしたのでした。
…演目は受けなくても、ハインツの皆さんに私のことを覚えてもらえたら良いな。
そうして迎えた本番は、驚きと喜びの連続でした。
私の演目については、なんとか成功しました!
…実は私、早着替えが得意だったのです!
せっかくなので髪型もツインテールにしてみたのですが、観客の皆さんにはそこそこ受けたみたいでした。
なんとか早着替えを成功させたとき、皆さんから暖かい拍手をたくさんいただくことが出来ました。
自分の出番が終わって、ホッとしたのもつかの間…そのあとに起こった出来事に、私は大変感動しました。
それは、エリスさんの演目のあとに起こりました。
それまで比較的大人しかった観衆が、会場の前方からザワザワし始めました。
どうしたのだろう…と思って視線を皆が見ている方向に向けたら…
な、な、なんと!
ミア姫様が舞台袖にいらっしゃっていたのです!
これが、どんなにすごいことかお分かりいただけるでしょうか!?
ミア姫様は、とっても奥ゆかしい方なので、めったに人前には出ていらっしゃいません。
私も、ミア姫様が一人で出歩かれている姿は、これまで一度しかお見かけしたことがありませんでした。
そのときは、とっても優しいお声掛けをいただいて、深く感銘を受けたのですが…
そんなミア姫様が、なんとなんと!大勢の観衆が居る舞台袖にまで、たった一人で足を運ばれたのです!
これが、驚かずにおれるでしょうか!
しかも、ミア姫様がいらっしゃった理由が…なんとなんと!
親友であるエリスさんのことを心配されてのことだったのです!
このこと知って、私は尚更感動いたしました。
プリゲッタさんがアナウンスしていたように、ミア姫様とエリスさんが仲が良いのは、城内で働くものにとっては周知の事実です。
ですが…それでも!
友人であるエリスさんを心配して、勇気を振り絞ってここまでいらっしゃったんだと思うと、感動のあまり私は涙を流してしまいました。
お二人の友情は、ほんとうに素晴らしくて…私もこんな素敵な関係の友人が欲しいと、心の底から思いました!
そして、最後の驚きはその後にやって来ました。
『美少女コンテスト』の結果…なんとビックリ、私が三位になったのです!
どうして私なんかが三位になれたのか、さっぱりわかりません。
私より可愛い人なんて、たくさん居らっしゃったと思います。
ですが、せっかく頂いた順位なので、慎ましく受け取らせて頂くことにしました。
…たぶんこれは、侍女を代表して私が頂いたのではないかと考えています。
ちなみに優勝したのは、マリアージュ通りのショップ店員の方でした。準優勝は同じくマリアージュ通りのカフェの店員さんです。
お二人とも、とっても綺麗な方でした。
ただ…大変残念なことに、先ほどミア姫様がお見えになられたせいで…優勝者と準優勝者の印象がどうしても弱くなってしまったのはとても可哀想でした。
そのほかには、エリスさんが『敢闘賞』を受賞してました!
これは別名『衛兵特別賞』と呼ばれるもので、衛兵の皆さんが選んだ…『嫁にしたい娘ナンバーワン』の称号です。
これに選ばれると、お嫁さんとして希望する人が殺到するという…とても名誉ある賞なのです。
…きっと、ミア姫様との友情が高く評価されたのでしょう。
あとは…バーニャさんが『特別審査員賞』を受賞していました!
これは…特別審査員であるカレン王子から贈られる賞です。
…もしかしてカレン王子は、バーニャさんのことが好きなんですかね?
こうして、興奮冷めやらぬまま『収穫祭』一日目が終了したのでした。
二日目は、芸能人イベントの日でした。ハイデンブルグの街中で、様々なイベントが行われる日です。
この日私はお休みを頂くことができたので、同じくお休みを頂いたバーニャさんと一緒に各イベントを満喫しました。
前日の『美少女コンテスト』のおかげで、私たちはものすごく注目を浴びました。
たくさんの人たちに声をかけて頂いて、感謝の気持ちでいっぱいです。
バーニャさんも「あらあら、どうしましょう!」と良いながらも、とっても嬉しそうにしていました。
…小さな子供たちに囲まれて、大人気のバーニャさん。「あなたたち、十年後にまた私のところに来てね」と、男の子たちに言っていました。
…じょ、冗談ですよね?
目が怖いですよ?
そして夜。
待ちに待ったアフロディアーナのショーです!
早い時間から場所取りをした私たちは、そこそこの場所から『光の女神』の世紀のショーを観ることが出来ました!
アフロディアーナは、本当に綺麗な女性です。同性の私から見てもため息が出ます。
そして、魔道具使いである私には分かるのですが…彼女はかなり高度なレベルの魔法使いではないかと考えています。
もしかすると『天使』じゃないかって思ってしまうくらい、見たこともない高度な魔法を使っているように思えました。
その事実を知って、私はますますミステリアスなアフロディアーナの虜になってしまいました。
…ところで、遠目に見えるアフロディアーナの顔は、なんだか誰かに似ている気がするんですよねぇ…
気のせいですかね?
こうして…大熱狂のうちに、『光の女神』アフロディアーナのショーは幕を閉じました。
私とバーニャさんは、興奮冷めやらぬまま、そのままお城に戻っていったのでした。
そして最終日。
この日は…ハインツ王家にとって大切な『精霊の儀式』が催されます。
私も僭越ながら、精霊の行進に参加させて頂きました。
先頭を歩くカレン王子は、本当に凛々しくてお美しい様子でした。
その姿に、街の女性たちは黄色い声を上げています。
私の横に居るプリゲッタさんも、目がハートマークになっていました。
プリゲッタさん曰く「あれだけでご飯が三杯はいけるわっ!」とのこと。
…さすが、イケメン好きのプリゲッタさんです。さっぱり意味が分かりません。
ゆっくりとした行軍で広場に到着すると、舞台に上がって…いよいよここから最後の『精霊の儀式』です!
このときになって、ようやく…ミア姫様の演じる『精霊』が、全身を覆うヴェールを脱いで、その全貌を現しました!
あぁ…すてき…
私は、完全に言葉を失ってしまいました。
こんなに美しい女性を、私はこれまで見たことありません。
『精霊』に扮したミア姫様は、透き通るような白い肌がまるで本物の精霊のようです。
さらには、風になびく銀髪が光に反射して…本当に幻想的な雰囲気を醸し出していました。
なにより、長いまつげの伏し目がちな瞳と、厚い唇…あぁ、なんて素敵なんでしょう!
…もう、興奮し過ぎて言葉になりません。
カレン王子が演じる『青年』もとっても素敵で、最後に二人が抱き合ったときには、私も思わず興奮してしまい観衆と一緒に声を出してしまいました。
横に居るプリゲッタさんなんかは、興奮しすぎて気絶してしまいそうです。
観衆に手を振りながらも、なにか小声でお言葉を交わしていらっしゃる王子と姫。
…きっとふたりで、今日の演技を讃えあっているのだろうな。
羨ましいくらい仲良しで、とっても素敵なご兄妹愛です。
私にも兄はいますが、こんなには仲良くはありません。
まさに『ハインツの太陽王子と月姫』。
本当に…素敵な時間でした。
無事に『精霊の儀式』が終わり、後片付けも済んだあとは…いよいよ『もう一つの収穫祭』です。
お仕事から解放された私は、バーニャさんやプリゲッタさんと一緒に夜のハイデンブルグの街を散策して回りました。
あちこちで『精霊のダンス』を踊ったり、ナンパしたりお酒を飲んだりと…街中が大騒ぎする若者たちで賑わっています。
そんな風に浮かれたハイデンブルグの街を歩くのは、とっても楽しかったです。
三日間、様々なイベントの司会をしたプリゲッタさんはやっぱり目立っていて、一緒に歩いていてもたくさんの人に声をかけられたり口説かれたりしていました。
私やバーニャさんもそれなりに声をかけられたりしたのですが、それよりもはるかに凄かった気がします。
…きっとプリゲッタさんが『コンテスト』に出場してたら優勝していたのではないでしょうか。
本人にそう伝えると、プリゲッタさんは…屋台で買ったイカ焼きを頬張りながら「私、そういうのはもう卒業しちゃったんだよねー」と言ってました。
後々聞いた話なのですが…なんとプリゲッタさん、今から三年前の『美少女コンテスト』で準優勝をしていたそうです。
…大変失礼致しました。
あと、街中を散策していたら、サファナさんが素敵な男性と踊っているのを見かけました。
あれは…もしかしたらサファナさんの彼氏ですかね?
バーニャさんが屋台の食べ物に夢中だったので、プリゲッタさんにそのことを伝えると、「今見たことは絶対にバーニャさんに言ってはダメよっ!」と、ものすごく真剣な表情で固く念を押されてしまいました。
…何かあるんですかね?
こうして、私が侍女になって初めての『収穫祭』は過ぎていったのでした。
本当に楽しくて…夢のような時間でした。
『収穫祭』が終わると、いよいよハインツは冬です。
侍女として過ごす初めての冬は、どうなるのでしょうか。
これから、楽しみです!




