39.仲直りっ!
ミアの手紙を発見したあと、ぼくは居ても立ってもいられなくなった。
だって…エリスが自分の意思で『美少女コンテスト』に参加するなんて考えられない。
間違いなく…姉さまの仕業だ。
そう思ったら居ても立ってもいられなくて…気がつくと、ぼくはリビングルームを飛び出していた。
長いスカートの袖を掴んで、城内をこっそりと…小走りで突き進んでゆく。
幸いなことに、今日は城内にごく少数の衛兵しか居なかった。大半の衛兵が『収穫祭』の警備などに当たっていた関係上、お城の警備は最小限に抑えられていたからだ。
それでも時々行き交う衛兵を、ぼくは隠れたり回り道をすることで、なんとかやり過ごした。
こうしてぼくは…他の誰かに見咎められることなく、なんとか白鳥公園にある舞台の裏にたどり着くことに成功したんだ。
人目を避けるようにして、ぼくは王族専用の控え室から舞台袖に近寄っていった。
舞台の上では、既にメイド服を着たエリスが観衆に挨拶をしている。どうやらこれから演目を始めるところらしい。
…ふぅ。どうやらギリギリでエリスの出番に間に合ったようだ。ほっと一息つく。
「…よかったぁ。なんとか間に合ったみたいだ…」
「…なにが間に合ったって?」
「ふわぁっ!?」
突然後ろから声をかけられて、ぼくは思わず珍妙な声を出してしまった。
ギョッとして振り返ると、そこにはなんと…ニヤニヤ薄ら笑いを浮かたミアが立ってた。
「はぁ、姉さまか…びっくりしたなぁ。急におどかさないでよ」
「うふふ。それであんたはエリスが心配でこんなとこまで来たんでしょ?我が愛しの弟よ」
「…そんな風に仕掛けた張本人が、よく言うよ」
ぼくは姉さまから離れようとしたものの…すかさずぼくが逃げ出さないように、ガッチリと腕を掴まれてしまった。
むぅ、姉さまとじゃれあってる場合じゃないのに…
仕方なく逃げることを諦めて会場のほうに視線を戻すと、いつの間にかエリスの演目がスタートしていた。
…どうやら今回、エリスは簡単な魔法を披露するみたいだった。
エリスが魔法式を描くと、掌の上に浮かんでいた火の玉が大きく形を変え、やがて虎のような造形に変形する。正直、甚大な魔力を持っているエリスにしては控えめな演目だった。
その様子を見て…ぼくはふいに気付いてしまった。
エリスは…ぼくのことを気遣って、こんなシンプルな演目にしてくれてるんだってことに。
本気を出せばもっとすごい演出をすることができるのに、あえてそれを避けているエリス。
それは…翌日の『アフロディアーナ』の演目の印象を薄れさせてしまわないための、彼女なりの配慮だった。ぼくにはそう思えたんだ。
エリスの優しさが…ぼくの弱っていた心に沁み渡った。
…それにしても、エリスはメイド服姿も案外似合ってるなぁ。
おっと、そこは今回関係無いや。
そうこうしているうちに、エリスの演目は無事終わったようだ。観客の拍手に応えて控えめに手を振っている。
前方の観客…あれは衛兵たちが陣取っているあたりだろうか。そこに居る観客たちが、エリスに対して特に大きな声援を送っていた。
…やっぱりエリスって、衛兵の人たちに人気があるのかなぁ。
その様子に、ぼくは…なんだか不安が的中したかのような、変な気持ちを覚えた。心の奥がチクリと痛む。
不安?不安って、なんだろう?
ぼくは、何に対して不安になってるんだろうか。
このときぼくは、自分の心の中に生まれてきた…正体不明な未知の感覚に、少し戸惑っていたんだ。
ふとそのとき、ぼくは…自分を見つめる視線を感じた。気になってそちらの方を見てみると、司会をしているプリゲッタと目があってしまった。
…なぜプリゲッタは自分のことを見ているのか。
その意味に気付いた瞬間、ぼくは自分の失敗を瞬時に悟ったんだ。
うわあっ、しまった!
エリスの演目に集中しすぎて、身を隠すのを、わすれてたっ!
そう。いつの間にかぼくは、舞台袖から身を乗り出してたのだ。
これでは…舞台上や前方の観客席からは、ぼくの姿が丸見えだ。
だけど、気付いたときにはもう既に手遅れだった。
プリゲッタの顔が、見る見るうちに強張っていく。
「ほら、カレンっ!ぼーっとしてないで、エリスに一言言っておいでっ!」
ここで姉さまが予期せぬ行動に出た。なんと…いきなりドンっとぼくの背中を押してきたのだ。
完全に不意打ちだったので、踏ん張ることもできずに…ぼくはヨロヨロと壇上に身を乗り出してしまう。
うわわっ!姉さまっ!
いきなりなんてことを…!?
だけどぼくは…そんなことは、すぐにどうでも良くなってしまった。
なぜなら…
壇上に飛び出してしまったぼくの姿を見つけたエリスが、驚きの表情を浮かべながら…ぼくの方に駆け寄って来てくれたから。
「カレン!!どうしてここに!?」
目をまんまるにして…驚きの表情を前面に出したエリスが、ぼくの目の前まで走ってきて立ち止まる。そして、そっとぼくの両手を握り締めた。
それだけで、ぼくの胸がドキドキと高鳴ってしまう。
…どうしよう、なんて話せば良いのだろう。
なんだかすごく緊張する。
「いや…その…姉さまから、エリスが『美少女コンテスト』に出るって聞いてさ。ちょっとエリスのことが心配で…」
「カレン…!」
エリスが、本当に嬉しそうに微笑んでくれた。目の端が、少し光ったように見える。
…もしかして、泣いてる?
「エリス…大丈夫?」
「あ、ゴメン。大丈夫だよ。
なんだかカレンが来てくれたのが、とっても嬉しくって…」
そう言いながら、目尻を手でこするエリス。
そんな仕草が…すごく可愛らしいなって感じてしまった。
その瞬間、ぼくは…今まで感じたことのないような不思議な気持ちを、胸の奥に抱いたんだ。
「カレン、ごめんね。私この前、変なこと言っちゃって…」
「ううん、ぼくの方が悪かったんだよ。エリスの気持ちも考えずに、自分一人で色々やろうとしたりして…」
ぼくたちはお互いに頭を下げて謝りあった。二人同時に顔を上げてしまい、互いの目線が合って…それがなんだか可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
なんだろう…ずっとあったわだかまりが、一気に解消されたような気がする。
エリスと話せて良かった…
だけど、このとき。
ぼくは…周りの状況がまったく見えてなかった。
気がついたらさっきよりも身を乗り出していて、完全に自分の姿を大勢の観衆の前に晒していたんだ。
周囲のざわめきに気付いたぼくは、このときになってようやく自分の失策を悟った。
ご丁寧にスポットライトまで当てられている。…これはプリゲッタの仕業だな。
その観衆の前でぼくとエリスは手を握り締めあっていたわけで…
げっ!ど、どうしよう。
自分の姿を晒してることなんて、すっかり意識の外にあったよ。
どうしたもんかとアタフタしてると、司会をしていたプリゲッタから思わぬ助け舟が入った。
『おおーっ!なんとなんと!突然登場したミア姫様。どうしたことかと思ったら、どうやらお友達であるエリスさんの応援に駆けつけたようでしたー!
…実はお二人がとっても仲良しなことは、城内では有名なお話なのです。城内でも良く一緒に行動している姿が目撃されてるんですよー!
あ…みなさん、これは極秘情報ですからねっ?』
プリゲッタの軽いジョークに、会場がワッと笑いに包まれる。
さすがプリゲッタ!おかげでこの状況の理由がついたよ!ありがとう!
ぼくは心の中でプリゲッタに感謝すると、このスキに…元の舞台袖に逃げ込むことにしたんだ。
「あ、カレン!待って!」
「ん?どうしたの?」
舞台裏にある王族専用の控え室に入る寸前、慌ててぼくを追いかけてきたエリスに声をかけられた。勢い余ったのか、ぶつかるようにしてぼくの腕にしがみついてくる。
そんな彼女にドキドキしっぱなしのぼく。だけどエリスは気にした様子もなく、息を整えると…ぼくに対してこう言ってきたんだ。
「あのね、カレン。最終日の『精霊の儀式』のあと…私と『精霊のダンス』を踊ってほしいんだけど…どうかな?」
えっ!?
…えええええっ!?
そ、それは…どういう意味っ!?
ぼくは、その言葉の意味を理解して、半ばパニックに陥ってしまった。
だ、だ、だって、『精霊のダンス』と言えば、恋人同士が永遠の愛を違うために踊るダンスなんでしょ?
それに、ぼくを誘ってきたってことは…
それって…もしかして…
「…ダメ?」
動揺を隠しきれないぼくに、少し寂しそうな表情を浮かべながら確認してくるエリス。
そんな彼女の態度に、ぼくが断れるはずもなくて…
カクカクと、頭を縦に何度も振ってエリスの申し出を受け入れたんだ。
「あーよかった!断られたらどうしようかと思って…
それじゃあ、まだ成績発表が残ってるから、私は会場に戻るね!
…明日またがんばろうね!」
エリスは満面の笑みを浮かべると、ぼくに手を振って、そのままプリゲッタが待つ会場へと戻って行ったんだ。
…あとには、呆然と立ち尽くすぼくだけだ取り残されていた。
「わわわ、どうしよう…エリスから『精霊のダンス』に誘われちゃった」
こうして『収穫祭』初日のメインイベント『美少女コンテスト』は、ぼくの乱入のせいで一時グチャグチャになってしまったものの…無事終了したのだった。
…え?
『美少女コンテスト』の結果はどうだったかって?
エリスは、『敢闘賞』というのを受賞していた。
なんだろう、敢闘賞って?
他の顔見知りの結果は、なんとシスルが三位だった!
ぼくにはよくわからないけど、これって凄いことなんだよね?
あとは…バーニャが『特別審査員賞』を受賞していた。
特別審査員って、ミアだよね?身内に賞を与えてどうするんだか…
翌日。
『収穫祭』二日目。
この日は丸一日、芸能人によるイベントが各地で催された。
ぼくは早い時間からアフロディアーナに変身して、サファナやボロネーゼと一緒にお忍びで各イベントを回ったんだ。
…もちろん、エリスにはちゃんと説明をした上で、ね。
エリスは…昨日の『仲直り』以降、完全に今まで通りのエリスに戻っていた。
だから今回は、「気をつけてね!」と明るい笑顔で送り出してくれたんだ。
ほっ…良かった。
イベント会場では、たくさんの芸能人たちが、様々な芸を披露していた。
歌やダンス、ジャグリングや劇など。それぞれが盛り上がりを見せている。
三人でお忍びで回るイベントは、それなりに面白かった。
…でも本音を言うと、ぼくはエリスと一緒に見て回りたかったな。
サファナ、ボロネーゼ。ごめんね。
もっとも、今回の目的は『挨拶回りと激励』だったから、仕方なかったんだけどね。
夕方になってぼくたちがサファナのお店で待機していると、ここでようやくエリスが合流してきた。
「あ、エリス!いらっしゃい!」
「カレン、到着したよ!どうだった?楽しかった?」
「うん、でも半分は挨拶回りが目的だったからね。…エリスは何してたの?」
聞いてみると、なんとエリスはミアとベアトリスと一緒に、お忍びでイベントを見て回っていたらしい。
うわー、なんかショック!
ぼくもそっちの方がよかったなぁ。
ぼくが膨れているのがわかったのか、エリスが笑いながら慰めてくれた。
そうこうしているうちに、いよいよ…本番が近づいていた。
「さぁ、行くわよ!」
サファナの掛け声に、ぼくとエリスは頷き合う。
ついに…ぼくが生まれて初めて企画した、『アフロディアーナの舞台』が開幕するのだった。
結論から言うと、僕たちのショーは大成功だった。
ショーの全体の流れはこんな感じだった。
『スパイラルエッジ』の皆さんのダンスが一通り終わったあと…タイミングを見計らって、ぼくは登場した。
そして、事前に何度もリハーサルした通り、『スパイラルエッジ』の四人とのコラボレーションダンスを披露する。
…と言っても、ぼくは『魔法花火』を使うふりをするだけだけどね。
『スパイラルエッジ』のダンスに合わせて、アフロディアーナの(…正確にはエリスの)魔法花火を炸裂させた。
こうして一通りコラボレーションしたあと、いよいよ『アフロディアーナ』の単独ショーの開催となった。
ここでの演出は、以前の『文化交流会』のときに披露したアフロディアーナのショーを少しアレンジしたものだ。
ぼくとエリスの息はピッタリで、一度もリハーサルしていなかったにもかかわらず…まるで何度も練習してきたかのような、完璧な内容だった。
派手な魔法花火の演出効果に、会場は多いに盛り上がったんだ。
演目をこなしながら、ぼくはふと思った。
『アフロディアーナ』は、ぼくとエリスが力を合わせないと出現することができない。
そういう意味では、『アフロディアーナ』は、ぼくとエリスの…『友情』の証なのかなって。
…ちょっと『友情』って単語がしっくりこない気がするんだけど、まいっか。
全ての演目が終わったあと、大歓声の会場に向かって挨拶をすると、ぼくは『黒子』をしているエリスのほうに視線を送った。
すると、見事に隠蔽していたエリスが、ぼくにウインクを返してくれる。
…あぁ、うまくいってよかった!
ぼくは大満足で舞台袖に引き上げて行ったんだ。
「アフロディアーナ!大成功よっ!お疲れ様っ!」
「アフロちゃーん!最高だったワァ!」
控え室に戻ると、サファナとボロネーゼが感極まった様子で嬉しそうにぼくに抱きつこうとしてきた。
うわっ、勘弁してよ。
サファナはともかく、ボロネーゼに抱きつかれたら潰されちゃうから。
ぼくは慌てて二人から身を逃がす。
「あらぁ、アフロちゃんったら、つれないワネェ!」
そう言いながら身悶えるボロネーゼのお腹に軽くパンチを入れると、ぼくたちはそのまま『スパイラルエッジ』の皆さんに挨拶をしに行ったんだ。
…ちなみに、ボロネーゼの腹筋は鉄板みたいに硬かった。
普通の控え室に居た彼ら四人は、全力を尽くしたものだけが見せる本当に満ち足りた表情を浮かべていた。吹き出す汗を拭いながら、懲りずにまた…ぼくにハイタッチを要求してくる。
んー、しょうがないなぁ。
ま、最後だから仕方ないか。
そう思いながら四人とハイタッチをしていると、いつの間にか…他の芸能人の人たちも集まってきて、結局全員とハイタッチすることになってしまった。
…うーん、これもまぁ良い思い出かな?
控え室ではこのまま打ち上げが始まりそうだったので、ぼくはこの辺りで退散することにしたんだ。
参加したい気持ちはあったんだけど…さすがにこればっかりは仕方ないかな。
そのままこの場に残ることになったサファナとボロネーゼに別れを告げ、ぼくは一足先にお城に戻っていった。
だけど、お城に戻る帰りの馬車の中で、ぼくとエリスは二人だけの『打ち上げ』をしたんだ。
…と言っても、エリスが用意してくれてた『清涼水』の魔法薬を飲んだだけなんだけどね。
「アフロディアーナのショーの成功に…」
「ぼくたちの…友情に」
「「乾杯!!」」
二人で笑いながら飲む魔法薬は、最高に美味しかったんだ。
ぼくは…大仕事をやりとげた達成感と、大切な友人と打ち解けることができた満足感に、心の隅々まで満たされていたのだった。




