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32.尾行っ!?


第五章は、これで最終話になります。





 

「…ということで、魔法は触媒と魔法式の組み合わせで発動するのです。わかりましたか?」

「「はーい」」


 秋のある日の午前。今日は『魔法学』の授業の日だったので、エリスが講師役をしていた。

 今回の講義内容は、魔法式と触媒の関係についてだった。



「はーいせんせー、質問でーす。そしたら魔法ってのは、あくまで触媒を使って発生したことをパワーアップさせる効果しかないってことなの?」


 めずらしくミアねえさまが質問している。

 どうしたんだろう、魔法に興味があるのかな?


「うーん、ちょっと違うかな。ミアが言ったことは…というよりも魔力は、あくまで実際に発生した事象を増幅拡大させる…燃料みたいなものなの。だから、魔力に関して言うのであれば、ミアの言う通りになると思う」

「じゃあ魔法は?」

「魔法とはね。『魔力によって増幅した事象もの』に、『特別な事象ことを追加させること』を指すの。

 たとえば…マッチの火を大きな炎にするのが魔力だとすると、大きな炎を火の玉に変化させるのが魔法かな。

 それで…魔法を毎回簡単に安定的に発動させるための『公式』が魔法式なの。魔法式さえあれば、毎回変わらない事象まほうを安定して発生させることができるわ」

「へー。でもさ、この前の『芸能人タレントバトル』のとき、エリスは魔法式も使わずにバンバン魔法花火打ちまくってたじゃない?あれどうやるの?」


 あぁ、なるほど。

 姉さまは多分、魔法花火が打ちたかったのだ。

 確かにあれは派手だから、姉さま好みの魔法かも。


「あれはね…ここだけの話、厳密には魔法花火じゃないの。実は…私の魔力を放出して、光らせただけなんだ」

「へっ?」

「…はい?」


 エリスの説明に、ぼくと姉さまは言葉を失ってしまった。

 それは…とんでもない魔力の無駄遣いだった。



 普通の魔法花火は、火種に魔力を注ぎ込んで、それを魔法で変化させながら爆発させたものだ。火薬なんか使うと、より成功させやすいらしい。

 また、上等な魔法花火は光魔法なのだそうだ。これだと、発光する触媒を使って光の道を作るのだそう。


 …だけど今回エリスが説明したやり方は、とんでもないものだった。

 有り余る魔力を、なんの加工もせずにそのまま放出して光らせただけだったのだ。


 確かに『魔力』は光る特性があるので、それは可能だ。可能ではあるけれど…

 例えるならば、それはハンカチ一枚を隣の家に運ぶのに、馬車を使って運ぶような……あるいは、ネズミを退治するのに、攻城爆薬を使うようなものであった。

 …いずれにしろ、とんでもない魔力の無駄遣いだし、そもそも並みの魔力の持ち主では、とてもではないけれどそんな芸当は出来やしない。

 こんなことが出来るとしたら、『天使』であるエリスくらいだ。



「そりゃ無理だわ…聞くだけ無駄だった」

「応用が効かなくてごめんね。あのときはそれしか思いつかなくって…」


 結局姉さまは、素直に『魔法花火』を諦めたみたいだった。

 まぁ天使でもない限り、同じ手段は取れないから仕方ないんだけとね。


「はい、それじゃあ今日はこれまでにします!お疲れ様でした」

「お疲れ様、エリス」

「ほーい、おつかれさーん」


「あ、二人とも待って」


 突然の呼びかけに、部屋を出ようとしていたぼくと姉さまが立ち止まった。

 なんだろう?午後に何処かに行こうとか、そんな話かな?


「あのね、私…明日急遽お休みをもらうことになったんだ。だから明日は一緒にお勉強できないの。マダム=マドーラには許可は取ってるんだけど、一応二人にも伝えとこうと思って…ごめんね」


 エリスの申し出は、驚いたことに…ここハインツに来て初めての休暇申請の話だったんだ。











 翌日。

 その日のエリスは、朝からなんだかソワソワしていた。いつも以上に身支度をきっちりとしているように見える。


 どうやら洋服もサファナのお店から新調したようだ。見慣れない…水色のワンピースに紺のジャケットを着ていた。



「なんだろうね、朝からエリスそわそわしてるね」

「別にいいじゃん、エリスの休日なんだからさ。ほっときなよ」


 そんなぼくの問いかけに、ミアねえさまは珍しく興味が無さそうだった。

 普段だったら、真っ先に興味を示すはずなのに…今回に限って姉さまは不発だ。


「姉さまは気にならないの?エリスがどこに行くのかって」

「えー?どうせ『マリアージュ通り』にでも行くんじゃないのー?」

「でも…あれだけ身なりを整えてるってことは、誰かに会ったりするんじゃないかな?」



 ぱさっ。

 ぼくの一言に、姉さまは動きを止めた。手に持っていた雑誌をその辺に放り投げる。


 …どうやらぼくの言葉に興味を持ったようだ。



「ほほぅ…そうか、エリスは誰かに会うのか」

「うーん、そうかもしれないって程度だけどさ」

「…もしかしてさ、男と会う予定だったりして!?」

「ええっ?!」


 姉さまの口から飛び出してきたとんでもない言葉に、ぼくは思わず身を乗り出してしまう。

 そんなの…予想外すぎる。


「で、でも…この前エリスは『付き合ったことない』って言ってたよ?」

「別に付き合ったことなくたって、デートくらいするでしょ?

 それにさ…あんた知らないの?エリスって衛兵とかの間じゃけっこう人気あるんだよ?」


 それは…初耳だった。

 そもそもぼくは、城内の男性と言葉を交わす機会なんて皆無だった。ぼくが会話をする男性なんて、せいぜいクルード王おとうさまとスパングル大臣くらいだ。


 そんなぼくが、衛兵の噂話など知るわけがない。


「そ…そうなんだ。知らなかったよ」

「なんかねー、最初来た頃は『カレン王子の隠れ彼女』って噂があったみたいなんだ。

 それで、なんとなーく近寄りがたいって印象があったみたいだったんだけど…さすがにそれはエリスに可哀想だからさ、あたしが衛兵に話を聞いたときに、全否定してあげたんだよ」


 ね、姉さまにしてはなんて余計なことを…

 い、いや。確かに…エリスの変な噂が流れてしまうことは、よくないことではあるんだけどさ。

 なんでだろう…なんだかモヤモヤする。


「それにさ、エリスってけっこう可愛いじゃない?

 背が小さくて守ってあげたいーって感じだし、人当たりも凄く良くて話しやすいから、衛兵たちの間にも最近ファンが増えてきてるみたいなんだよねー」

「へ、へぇー…そうなんだ」

「だからさ。エリスがどっかの男に口説かれて、デートに行くっていう可能性は十分ありうるんじゃないかなーって思うんだけど…どう思う?

 …ってあんた、なんで目が泳いでんのさ」

「え?あ、うん。そうだねぇ」


 ぼくは自分の動揺を悟られないように、慌てて返事を返した。

 どうしてだろう…ぼくはどうしてこんなに動揺してるんだろうか。



「…そうだ!面白いことを思いついた!

 エリスの今日の行動を尾行してみない?」

「えええっ!?」



 こうしてぼくたちは、姉さまの思いつきにより…エリスの今日一日の行動を尾行することになったのだった。













「ふーん、エリスは一人で『白鳥公園』内を散歩中か」

「…ちょっと姉さま!行動が怪しいよっ!」


 いま、カレンぼくミアねえさまは、エリスを尾行するためにハインツ公城前にある白鳥公園に居た。


 …今回はエリスの『変装魔法』が使えなかったので、変装に苦労した。

 なにせぼくたちの銀髪シルバーブロンドは本当に目立つのだ…


 とりあえずぼくたちは…姉さまは大きな帽子に、ぼくは修道女がかぶるようなほっかむりに無理やり髪の毛を全部押し込んで、なんとか誤魔化すことに成功していた。

 あとは、ぼくが…それこそ修道女のような格好を、姉さまがサングラスをかけた少年のような格好をして完成だ。


 …ただ、残念ながらこの組み合わせは最悪だった。はたから見ると、怪しさ120%。だけど、現状では背に腹は変えられなかったんだ。




 エリスはどうやら、今は時間を潰しているようだった。

 鼻歌交じりに、ひとりでのんびりと公園を散策していた。

 …相当機嫌が良いように見受けられる。


「あの浮かれよう…やっぱり男だよ!」

「…そうかなぁ?久しぶりに外出して、浮かれてるだけじゃない?」

「…それにしても、あんたよくその女装かっこうを受け入れたね?」

「えっ?いや、まぁその…仕方ないかなぁって」

「へー、ふーん。…あっ、エリスが動いた!」



 姉さまの言うとおり、それまでのんびりしていたエリスの動きが急に慌ただしくなった。

 どうやら約束の時間が近づいて来たのだろう。目的地に向かってスタスタと歩いていく。



 …エリスの目的地は、公園のすぐそばにあった。

 そこは、数多くの馬車が乗り入れする『馬車の停留所』だった。



「…我々の獲物ターゲットは、どうやら長距離馬車で来るみたいね」

「ちょっと姉さま、ターゲットって…」

「もしかしてあれかな?出身のブリガディア王国に残してきた、遠距離恋愛中の彼氏とかかな?」

「だからエリスは付き合ったこと無いって言ってたじゃんっ!」

「…だーかーら、なんであんたがムキになんのさっ!」


 そんなことを言い合っていると、一台の大きな馬車がエリスのいる場所の前に到着した。


 驚いたことにそれは…定期便ではなく、個人で借りられた『チャーター馬車』だった。

 ブリガディア王国からハインツここまでチャーターで来るということは…相当な費用が発生したであろうことが、容易に想像できた。


「…ちょっとあれ、チャーター馬車じゃん。相手どんだけ金持ちなの?」

「うーん、考えられるのは…貴族?」

「しかも…エリスに会う、それだけのためにやって来た貴族さま?」


 ぼくと姉さまは、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。









 やがて、御者が馬車の入り口をゆっくりと開いた。

 そこから出てきたのは…少しだけいかめしい顔をした白髪の紳士だった。

 ぱっと見、年の頃は50歳くらいであろうか。白い髭も綺麗に整えられていて、それなりの格のある人物のように見えた。


 だがその人物は、エリスの姿を目に止めた瞬間。

 満面の笑みを浮かべて両手を広げた。


 そしてそれは、エリスも同様だった。

 ぼくたちが見たことないような…最高の笑顔を見せると、そのままその紳士の胸に飛び込んでいったのだ。



「えええええええっ!?」

「うええええええっ!?」



 ぼくと姉さまは、完全に予想外の今の状況に…思わず声を上げてしまったんだ。









「ちょ…どういうこと?もしかしてあれがエリスの彼氏!?」

「いや…姉さま、それはないって!それに相手の人、かなり年上だし…」

「でもさ、チャーター馬車で来るってことは、おそらくブリガディアの貴族でしょ?エリスは苗字を見る限り平民だし…辻褄が合わなくない?」

「ううぅうぅ…」

「もしかして…ブリガディアでは、あの人の愛人だったとか?」

「ぶっ!!ちょ…それはいくらなんでも…」



 そうこうしていると、馬車からさらにもう一人の人物が降りてきた。

 こちらも…それなりに年齢のいった女性だった。

 おそらくは老紳士の妻であろうだろうか。


 彼女の姿を確認すると、エリスは…今度はその老婦人に対して抱きついていった。

 老婦人も嬉しそうにエリスを抱きしめている。



 その姿を見て、ぼくたちは…完全に無言になってしまった。







「…」

「…」

「…姉さま、あれって……」

「…うん、そうだよねぇ……」



 そう、ぼくたちは気づいてしまったんだ。


 あの態度は、明らかに…



 自分の『肉親』に、久しぶりに会ったときの態度に他ならなかった。






 つまり、あの老紳士と老婦人は、エリスの両親ということになるわけだ。

 老夫妻のあの優しげなまなざしは、どこをどう見ても…可愛い我が子を心の底から愛でる表情にしか見えなかったから。








 その後、エリスたちは近くの喫茶店に入っていった。どうやら三人でお茶をするようだ。ぼくたちも慌ててついて行く。


 …本当はもう、尾行なんてする必要はなかったんだけど、なんとなく成り行き上そうなってしまったのだ。



「…でもさ、あの二人は明らかに貴族じゃない?しかもエリスは、苗字からすると平民…これは一体どういうことなんだろうね?」

「うーん。その辺りが、エリスが過去を話したがらない理由に関係するのかな?」


 ぼくと姉さまは、エリスからは死角になる場所に陣取ると、遠目にあちらの様子を観察していた。

 はたから見てると、三人はとっても嬉しそうに会話を楽しんでいるように見えた。


 時折聞こえる会話の内容からすると、お互いの近況を報告しあっているらしい。

 父親と思しき人物などは「ずいぶん髪が伸びたんだな…」などと感慨深げに言っていた。



「…でもさ、エリスってあんまり両親に似てないね」

「…その辺もいろいろ事情があったんじゃないかな?いずれにしろ、これ以上はもうエリスのプライベートに関わることだよ」


 ぼくはもう、このあたりが潮時だと思っていた。

 あれは明らかに、『家族だけの時間』だ。ぼくたちが興味本位で覗いて良い場面ではない。



「…なんだよ急に。さっきまでエリスのプライベートに興味津々だったくせにさっ」

「ちっ、ちがっ!」


 ぼくは大声を出しかけて、慌てて自分で自分の口を塞いだ。

 そのままサッとテーブルの影に身を隠す。


 エリスは不思議な表情を浮かべながら、ちょっとだけ周りをキョロキョロしていた。

 だけどそれもわずかな時間のことで、すぐにまたエリスは両親との会話に戻っていった。








 この出来事が、結果的に…ぼくたちがこの場を撤収する良いきっかけになった。


「…帰ろうか、姉さま」

「…そうだね」




 ぼくたちはそう言葉を交わすと、そのままお店を出て…王城へと戻っていくことにしたのだった。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー









「どうしたんだい?エリス。急にキョロキョロして」


 老紳士に声をかけられたエリスは、慌てて視線を彼に戻すと首を振った。


「あ、ううん。なんだか聞いたことがある声が聞こえた気がして…でも気のせいだったみたい。

 それよりも…インディジュナス卿ボルトン様、シャンテ夫人。こんな遠くまで来るなんてびっくりしたわ」

「この人がどうしてもエリスに会いたいって聞かなくてねぇ。それとエリス、ここにいる間くらいは昔みたいに呼んで欲しいわ」

「え…あ、うん」


 シャンテの言葉に少しだけ躊躇した後、意を決して…本当に言いたかった言葉を、エリスは口にした。


養父おとうさん、養母おかあさん。久しぶり!会いに来てくれて、すごく嬉しいよ。それに元気そうで…本当に良かった」

「それはこっちのセリフだよ、エリス。ここでは上手くやってるかね?」

「うん。ここの人たちは本当に良い人たちばっかりで…私、すごく幸せだよ」

「そうかそうか…『あの件』以来、お前は私たちの娘ではなくなってしまったが、国を離れてしまえば…それは関係ないからな」

「うん!それに、私はいまでも本当の両親は二人だけだと思ってるからね!」



 そう言いながら、エリスは二人の手をそっと握った。


 そこには…どこからどう見ても本当の親子にしか見えない、三人の姿があった。




「それにね、お父さん、お母さん」

「ん?どうしたんだい?」


 優しい笑顔で話の続きを促すボルトン。

 エリスは少しだけ照れた表情を浮かべると、二人に対してこう言ったのだった。





「私ね、ここで…大切な友達が出来たんだ」







日常編はこれにておしまいです。

次から新章になります!


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