21.フレイスフィアからの親善団
『アフロディアーナ』の存在が拡がり始めたある日の午後。
場所はクルード王の執務室。
そこにはクルード王に加え、スパングル大臣、マダム=マドーラの3人が集い、ゆっくりとお茶を飲んでいた。
もちろん、ただ単純にお茶を飲んでいるわけではなく…双子についての相談をしていたのだが。
「ふたりとも、最近の状況はどうだ?」
「エリスさんが来てから最近だいぶんカレン王子が落ち着いたような気がするざますわ。クルード王がわざわざ招聘された甲斐があったというものざます」
「たしかにマダムの言うとおり、あいかわらずミア姫は脱走が多いものの、比較的以前よりも落ち着いた気がします」
マダム=マドーラとスパングル大臣の報告を受けクルード王は満足げに頷いた。
こと双子のことについては、この2人以上に平等かつ公平に見てくれる人はいない。
その2人がこう言うからには、たしかに『エリス効果』はあったのだろう。
「それでは続いて…エリス殿の評判はいかがかな?」
「はい、まず勉強の面においては、ワタクシはマナーを担当させていただいておりますが…どこで習ったのか、基礎は出来ているざますわ。
一応、社交界などに出しても問題ないレベルだと言えるざます。
次に侍女たちの評判ざますが…ベアトリスを除いては上々ざますわ。
もともと難しい立ち位置に置かれている現状から考えると、充分合格点と言えるざます」
「場内の近衛兵については、特に悪い話は聞いておりません。
比較的評判は良いのですが、一つ気になることがありましてな。
…なぜか『カレン王子の恋人か愛人ではないか』という噂が流れているようです」
「ぬぅ…まぁそれは以前から噂されてたからなぁ、仕方ないか」
多少の問題はあるものの、彼らの説明はかねがねクルード王を満足させた。
クルード王は手に持っていたティーカップをテーブルに置くと、ふぅとひとつ息をついた。
数本の頭髪が…はらりと舞い落ちた、ような錯覚を覚える。
「…ここまでは順調に馴染んでくれているようだな。
この調子で、平穏無事に春まで過ごしてくれると良いのだが…」
クルード王の重みのある発言に、腹心であるふたりは大きく頷いたのだった。
「ところで、フレイスフィア王国の親善団が来るのは明日だったかな?」
「はい、今回は『歌姫』ミスティローザが親善大使としていらっしゃいます。
明後日の夜には文化交流会を中央広場で実施予定です」
そうか…と頷くと、スパングル大臣に礼を述べながら、クルード王はマダム=マドーラの方に向き直った。
「調整ありがとうスパングル大臣。ところでマダムは『歌姫』ミスティローザのことは知っているかな?」
「ええ、確かフレイスフィア王国で一番人気がある芸能人ざます。
情熱的な踊りを織り交ぜながら歌う姿が、主に若い男性に人気があるそうざます。
ワタクシとしては、少し下品すぎる気がするざますが…」
「そ、そうか。まぁ異国の文化に国民が触れ合うのは大事なことだからな、そのへんは堪えてくれよ。なんにせよ、何事もなく盛り上がると良いのだがなぁ…」
クルード王はそう言いながら、年を取ることで獲得する…渋い大人の男の笑顔を二人に向けるのだった。
だが、残念なことに…クルード王の願いが叶うことはなかったのである。
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クルード王たちがそんな話をしていた、ちょうどその頃。
カレンは、エリスと一緒に『双子専用リビングルーム』に入ろうとしていた。
部屋の扉を開けると、ミアが慌てて何かを椅子の後ろにしまい込んだ。
…なにかの本か雑誌だろうか。
見られてまずい本がこの城にあるとは思えないが、破天荒な姉のことだ。なにを取り寄せているかわかったものではない。
ぼくとエリスはとりあえず見なかったことにして、部屋のなかに入ったんだ。
テーブルについたぼくたちが、いつものようにベアトリスの淹れたお茶を飲んでくつろいでいると、エリスがふと思い出したかのように尋ねてきた。
「あ、そういえば…この前ボロネーゼさんに撮ってもらった写真ってどうなったんですかね?」
ぶーっ!と音がして、ミアが飲んでいたお茶を吹き出した。
がちゃん!と音がして、ベアトリスが持っていたお茶セットを落としそうになった。
そんなふたりの…いかにも怪しい反応に、過去の経験から嫌な予感がしたぼく。
「どうしたの?姉さま。なんでそんな反応するの?」
「え?いや、あたしも忘れてたなぁって…」
「ウソだね!何か隠してるでしょ?」
「いやだなぁ、あたしが隠したりするわけないじゃん」
ジロリと姉さまを睨んで、さらに深く追求しようときた…そのとき。
どんどんどん。
激しくドアをノックする音が室内に響き渡った。
席を立ったベアトリスが扉を開けると、そこにはサファナが慌てた顔をして立っていた。
「あれ、サファナじゃない。どうしたの?」
ぼくの追求から逃げるように問いかけた姉さま。
サファナは息を整える間も無く部屋の中に入ってくると、そのまま姉さまの手を取って引っ張っていった。
そのまま部屋の外でなにやら話をしているようで、ときおり「ええっ!?」とか「なっ!?」とか姉さまの声が聞こえてくる。
…正直、嫌な予感しかしない。
しばらくしてからミアは部屋に戻ってくると、ベアトリスを引き連れてそのままサファナと何処かへ行ってしまった。
「…なんだろね?」
「…どうしたんでしょうね?」
取り残されたぼくとエリスは、そう言いながら顔を見合わせたのだった。
姉さまたちが居なくなったあと、ぼくがふと視線をテーブルのほうに戻すと…姉さまが座っていた場所に一冊の本が落ちていることに気づいた。
どうやらこれは、先ほど姉さまが隠した本らしい。
なんだろう…これ。
手に取ってみると、それはよくあるファッション誌だった。
なんでこんなものを隠したんだろう?
小首を傾げながらこちらを見ているエリスに、ぼくは手に取った雑誌を見せびらかした。
「…これを隠すとは、姉さまはよっぽどファッションに興味があることをぼくたちに知られたくなかったのかな ?」
「ちょ…っとカレン、それはさすがにミアに失礼じゃ…」
「でもさ、何はともあれ…姉さまも年頃の女の子だってことなのかなぁ?なーんてね」
ぼくは軽口を叩きながら席に戻ると、ペラペラと半ば無意識に雑誌のページをめくってみた。
…流れる、まったりとした時間。
向かいでは、エリスがクッキーを嬉しそうにつまんでいる。
「あ、あれ?」
ふとそのとき、ぼくは雑誌のなかに見覚えのある名前が載っていることに気づいた。
「どうしたんですか?」
ぼくの声に気づいたエリスが、席を立ってぼくの後ろに来ると、一緒に雑誌を覗き込んでくる。
…あまりに近い距離に、ぼくは思わずドキッとしてしまった。
いけないいけない。
気を取り直して雑誌に目を向けると、そこにはこう書かれていた。
「新進気鋭のファッションデザイナーのサファナ氏が、新ブランドを設立!』
「…だってさ。サファナも仕事してたんだねぇ」
ぼくはのんきにそんなことを言いながら、該当のページまでペラペラとめくっていく。
そして、そのページに到達した瞬間。
「あああああっ!?」
「えええええっ!?」
ぼくとエリスは、同時に大声を上げてしまったんだ。
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突然やってきたサファナに呼び出されて、ミアは「ラッキー!救いの神が来たっ!」と思いながら部屋から出てきた。
「サファナ、良いタイミングで来てくれて助かったよ。今カレンたちに例の写真のこと追求されててさ…
ところで、どしたの?」
「それがさ、さっき大変なことが起こっちゃったのよ!」
サファナの慌てた様子に、あたしは心の中で「なにをおおげさな…」と思っていた。サファナが大げさのは今に始まったことではない。
振り回されることないように、あたしは冷静な態度でサファナの話を促すことにした。
「ふーん、なにがあったの?」
「それがね…さっきうちの店にさ、フレイスフィア王国の『歌姫』ミスティローザが突然やって来たのよ!」
「ええっ!?」
前言撤回、あたしは思わず驚きの声を上げてしまった。
だって、『歌姫』ミスティローザですよ?
ミスティローザといえば、色っぽいセクシーな衣装で腰を振りながら歌を歌う…この世界でも超有名な部類に入る、芸能人のひとりではないか。
「なんで『歌姫』ミスティローザがサファナのお店なんかに来るの?そもそもさ、フレイスフィアの親善団が来るのは明日じゃなかったっけ?」
「それがね…どうやらお忍びで先行してハインツに来たみたいなのよ。しかも、早めた理由が…うちの店に来るためだったみたい」
「へぇー、すごいじゃん。それってサファナのブランドが彼女に評価されたってことじゃないの?」
あたしは素直に感心した。
フレイスフィア王国の『歌姫』ミスティローザといえば、その知名度もあり、若者にはかなり影響力のある人物だ。
そんな彼女がわざわざお忍びで『サファナスタイル』に来るなど、新興ブランドとしては光栄なことこの上ないだろう。
「それがね、どうもそうじゃないみたいなのよ。わざわざお忍びで来た理由ってのがさ、『アフロディアーナ』に会うためだったのよ」
「なっ!?」
まさか、ミスティローザほどの有名人が、わざわざ『アフロディアーナ』に会いに来るとは…
こりゃ、立ち話でするような内容じゃないな。
あたしは一旦部屋に戻ってベアトリスを呼び寄せると、カレンたちを放置して三人で別の部屋に篭ることにしたのだった。
すぐ近くにある会議室に入ると、あたしはサファナに…ミスティローザがお忍びでやってきたときの様子について、詳しく話してくれるようお願いした。
ベアトリスの淹れたお茶を飲んで一息ついたサファナは、ゆっくりと頷くと今日の出来事について話し始めたんだ。
サファナは双子の授業がない日は、基本的に朝からお店に顔を出していた。
従って、今朝もいつものように他の店員と一緒に開店準備をしていたそうだ。
すると、大きめの帽子にサングラス、そのくせ服装は露出度の高いスリット入りのワンピースという…いかにも怪しげな外観の美女が準備中の店内にやってきた。
色黒の肌のこの美女。声をかけてみると、その人物はなんと驚くべきことに…フレイスフィア王国の『歌姫』ミスティローザだったそうだ。
さすがのサファナもこれには驚いたらしい。
だが、もっと驚いたのは、彼女が来た目的が『アフロディアーナ』にあったことだった。
「これはこれは…うちの店なんかに『歌姫』ミスティローザに来ていただけるとは、とても光栄です」
「そんなおべっかは結構よ。あなたは新しいブランドのモデルに、私じゃなくて例の…『アフロディアーナ』という女性を選んだんでしょう?」
挨拶もそこそこに放たれる言葉の刃に、少しタジタジになるサファナ。
内心「あちゃー、候補に上がってたこと本人が知ってるのかー」と思ったらしい。
それでも適当にごまかしていると、埒が明かないと判断したのか、ミスティローザが単刀直入に要件を伝えてきた。
「私がここに来たのは…私に勝った『アフロディアーナ』という女性に会うためです。サファナさん、彼女を紹介して貰えませんか?」
「それは…いくらあなたの頼みでも無理よ」
「だったら、せめて伝言をお願いします。『明後日の交流会での私の舞台を見に来なさい』と。私の真の魅力をお伝えしますわ。
なんなら舞台に上がって来て勝負してもいいわ。…私に勝てる自信があるのであれば、ね。
…もちろんサファナさん、あなたにも是非来て欲しいですわ。
私をあなたの…新ブランドのイメージモデルに選ばなかったことを、きっと後悔させてさしあげます」
サングラスを外して鋭い目で睨みつけてきながら、ミスティローザはそう言い放ってスタスタと出て行ってしまった…らしい。
これが、本日サファナの身に起きた一連の出来事だった。
「なかなかプライドが高い人のようですね。その鼻をへし折ってやりたいです」
指をポキポキ鳴らしながら、普段はあまりそんなことを口にしないベアトリスが物騒なことを口にする。
あたしはそんな彼女をなだめながら、サファナに今後の方針について問いかけてみた。
「どうするもなにも、どうしようもないわね。無視するわ。
あんまり有名な芸能人と揉めたくはなかったんだけどね…」
「しっかし、すごい女だなぁ。
ミスティローザって、確か18歳でしょ?
とてもそんな若い娘の発言とは思えないね」
「…まぁ、それくらいの若い子が今の地位を築くには、それなりのプライドも必要なのよ」
「まったく、少しは年相応の女の子らしくしろってんだ」
『……』
のんきにそんなことを言っていたあたしをマジマジと無言で見てくる二人。
あー、そうですか。
そうですよねー。あたしなんかにそう言われたくないですよねー。
「…とりあえず、今日来たのはそんな話があったってことをあなたに伝えたかっただけよ。
ミア姫、あなた親善団と明日の夜会食するんでしょう?だからそのとき気をつけるようにね」
あ、そうだった。
そういえばすっかり忘れていたのだけど、明日来るフレイスフィア王国の親善団と夜に会食をすることになっていたのだった。
どうせカレンは出ないだろうから、それくらいは親孝行してあげないと…と思って引き受けたのが運の尽きだった。
…こんなことならクルード王に頼まれて無計画にオッケーなんかしなきゃ良かった。
あー、めんどくさい。
そうして情報交換が終わったので、あたしたちはとりあえずさっきまでいたリビングルームに戻ることにしたんだ。
部屋に戻ると…
そこには、ジト目であたしを睨むカレンと、真っ赤な顔でしかも泣きそうになりながらこちらを見つめるエリスの姿があった。
その手には…例の『アフロディアーナの特集記事』が掲載されているファッション雑誌が握られている。
…しまった、先に見られちゃったか。
あたしが心の中で舌を出していると、カレンが鬼のような形相で食いついてきた。
「ちょっと、姉さま…これはどういうこと!?
ぼくがサファナの新しいブランドのイメージモデルに…知らないうちに勝手になってるんだけどっ!?」
「しかも、わ…私も何故か後ろに映ってたりするんですけどっ!」
ちぇっ、めんどくさいなぁ。
そもそもどうやって暴露しようか色々考えてたのにさ。
せっかく考えてた…二人を驚かせる仕掛けが、ぜーんぶ台無しになっちゃった。
あーもう、ガッカリだよ!
さっきのミスティローザの話だけで面倒臭いことはお腹いっぱいになっていたあたしは、フォローするのも面倒になってしまった。
「…ったく、ガタガタうるさいなぁ。だいたいカレン、『アフロディアーナ』がミア姫だってバレてるわけじゃないんだから、別にいいじゃない」
「なっ…!」
「それにエリスは、顔がはっきりと映ってないでしょ?わざわざそういう写真を選んだんだから大丈夫よ。そもそもカレンのバックに居るとモブキャラとしか認識されてないし」
「モ、モブ!?」
「大体さぁ…あたしは色々忙しいんだから、そんなことで絡まないでくれる?そもそもこっそり話を進めて一気に暴露して驚かせようと思ってたのに、勝手に見ちゃうなんて…面白くないじゃないか」
『お、面白くないっ!?』
絶句しているカレンとエリスを放置して、あたしはもう自分の部屋に戻ることにしたのだった。
あーあ、本当に今日は思い通りに行かない日だなぁ!
…つまんないのっ!




